消えた死の予言、残された任務
運命は変わった。
少なくとも、俺はそう信じていた。
滝の裏で待ち受けていた死の未来は消え去り、シャルロットは無事に救われた。
そして家では、新しい命が生まれようとしている。
剣の修練。
魔法の特訓。
穏やかな家族との日々。
このまま平和な時間が続くのだと、ほんの少しだけ思っていた。
だが、運命の書はまだ閉じられていなかった。
消えたはずの未来。
終わったはずの任務。
そして残された、たった一度の機会。
運命は再び動き始める。
誰も知らない新たな結末へ向かって。
――残り六十六日……。
その後の日々は矢のように過ぎ去った。
毎朝、父と剣の稽古をした。^
毎昼、母と魔法の特訓をした。
毎夜、運命の書を読みふけった。
そして驚いたことに、魔法の訓練は恐ろしいほどのスピードで進んでいった。
その日、俺は小屋の裏庭に立ち、母がじっと見守るなかで構えていた。
「よし、カズマ。もう一度やってみようか」
「はい」
「体に魔力を巡らせてごらん」
目を閉じる。
その感覚はすでにすっかりお馴染みとなっていた。
まるで自分の内側に、もう一つの循環器系が通っているかのような心地だ。
「今度は、体がどんどん軽くなっていくイメージを抱くんだ」
「もっと軽く……」
魔力が両腕と両脚を駆け巡り始める。
視界が一段とクリアになった気がした。
体がフワリとほぐれていく。
より軽く。
より速く。
目を開けた。
「……できた気がする」
「あの木まで走ってみて」
庭を蹴って一気に飛び出した。
距離がものの数秒で消え去る。
「うわっ……」
振り返る。
自分の足が信じられないほど速くなっていた。
母はしばらくの間、無言のままだった。
「母さん?」
「カズマ……」
「はい?」
「あんた、天才だね」
何度か瞬きをした。
「天才?」
「その魔法はね、普通なら習得するのに何年もかかるものなんだよ」
「何年も?」
「そうさ」
母は片手で額を押さえた。
「それをたった三週間足らずで覚えるなんてね」
あぁ。
つまり、これは普通じゃないってことか。
まったくもって当然のようにはいかないらしい。
「信じられないね……」と母は呟いた。「まずは魔力のコントロール。次は身体強化。そして今度は体重の軽量化かい……」
やれやれと首を横に振る。
「時々、お前を見ていると本当に子供なのか疑わしくなるよ」
その疑問、こっちが思っている以上に危うい領域だからやめてくれ、母さん。
その日の夜、夕食を終えたあとにマリア――母さんに呼ばれた。
「カズマ」
「はい?」
「ちょっと居間に来てくれるかい? 父さんと話があるんだ」
俺の心臓がキュッと凍りついた。
しまった。
バレた。
絶対にバレたんだ。
もしかしたらあの本を見つけられたのかもしれない。
もしかしたら俺が転生者だということが知られたのかもしれない。
もしかしたら今から家を追い出されるのかもしれない。
もしかしたら――
「息子よ、そこに座りなさい」
言われるがままに腰を下ろす。
二人の表情は真剣そのものだった。
めちゃくちゃ真剣だ。
冷や汗が背中を伝い始めた。
「カズマ」と母さんが口を開く。
「し、質問ですか?」
「お前に大事な話があるんだよ」
終わりだ。
父さんがテーブルの上にそっと手を置いた。
「お前に、弟か妹ができる」
沈黙。
瞬きをする。
一回。
二回。
三回。
「は?」
「母さんが妊娠したんだよ」
俺の脳みそが完全にフリーズした。
「はァ――!?」
マリアは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「分かったのはつい数日前さね」
ロベルトは耳まで届きそうなほどの満面の笑みを浮かべた。
「お前、お兄ちゃんになるんだぞ!」
一人を見る。
もう一人を見る。
そして、一つの明白な結論が脳裏に閃いた。
「つまり、最近やけに機嫌がよかったのはそういうわけか……」
「そうさね」と母さんが答える。
「で、父さんがいつもバカみたいにニヤニヤしてたのも――」
「そうさね」とロベルトが返す。
「ってことは、二人してやたらと部屋にこもっていたのも――」
両親の動きがピタリと止まった。
「…………」
「…………」
「カズマっ!」と真っ赤になったマリアが叫んだ。
「なんだよ? ただ点と点を繋げただけだろ」
「その点を繋げるんじゃないよ!」
「だってどう見たって一直線に繋がってるだろ!」
パシッ!
「痛っ!」
頭を抑えながら、改めて両親の様子を窺う。
ロベルトは子供のように嬉しそうに笑っている。
マリアは幸福感を隠そうと必死だったが、隠しきれていなかった。
そして、この世界にやって来てから初めて――
俺は奇妙な感覚を覚えた。
温かい感覚。
心地よい感覚。
俺は本当に、この家族の一員なんだ。
「おめでとう、母さん」
マリアは一瞬、目を丸くした。
それからふっと柔らかい笑みを浮かべた。
心からの、本当の笑顔だった。
「ありがとね、カズマ」
その後しばらく、他愛のない話を続けた。
なんだか変な感じだ。
だが、悪くはなかった。
おそらく、この世界に転生して以来初めて、俺は心の底からこの家族の一員になれた気がした。
夜遅く、両親がすでに寝静まったあと、俺は一人ベッドに横たわり天井を見つめていた。
それから、そっと右手を差し出す。
――名付けよ、我がもとへ。
黄金の光に包まれて本が現れた。
好奇心からページをめくる。
そして、思わずベッドの上でガバッと起き上がった。
「は?」
俺の目がページの上を走る。
それから慌てて最初に戻る。
もう一度読み返した。
間違いはない。
滝の好機は、跡形もなく消え去っていた。
まるで初めからそんなものなど存在していなかったかのように。
黄金の文字がゆっくりと浮かび上がってくる。
**任務:シャルロット・フォン・シュラーデンの救出**
**残り機会:1**
【お礼とお知らせ:ラストスパート連動スケジュール!】
皆様、こんにちは。!
いつも温かい応援とたくさんのブックマーク・評価を本当にありがとうございます。お陰様で前回の連動も大好評だったため、本アークを最高の形で締めくくうべく、追加のラストスパート連動を開催することが決定しました!
日時は 10月30日・31日・11月1日 の3日間、毎日12時と19時の2回更新となります。
その後は通常通り、毎日12時更新に戻ります。
本日のエピソード、そしていよいよクライマックスを迎えるこの展開を楽しんでいただけたら嬉しいです。もしよろしければ、感想欄やレビューで「ここまでの感想」などを教えていただけると、執筆の何よりの励みになります!
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