見習い天使に転生した私、冷血公爵様の恋を叶えないと消滅するようです #3
コンコン、と控えめにノックする音が部屋に響いた。
「はい」と思わず返してしまってから、ドアの向こうにいる人たちには聞こえないことを思い出す。
定期的に部屋の掃除をしてくれている時間だ。彼女たちには私の姿は見えないし、声も聞こえない。
同世代の女の子たちと話したいという欲求もなくはないが、怖がらせるのは不本意だ。
それに、天使という人外の存在を人間に認識されるのはあまりよろしくないだろう。
この屋敷のなかで私のことを認知している人間は少ない。エリオットの判断だけれど、私もそれが正しいと思っている。
掃除の邪魔にならないようにふわり、と宙に浮く。
彼女たちは私に触れることも出来ないのでぶつかることはないのだが、気にはなるのだ。
一番邪魔ではないのは空中だろうと気がついてからは、ふわふわと部屋の中を漂いながら掃除する様子を見守っている。
掃除中の彼女たちの会話を聞くのがひとつの楽しみにもなりつつある。盗み聞きをするようで申し訳ないけれど、エリオットからは聞けない話ばかりなのだ。
「……あら、ダイヤモンドリリーが活けてあるわ。使われていない部屋なのに」
「この部屋は最近、公爵様が息抜きでお茶をするときに使っているからでしょう」
「でも、それ以外では使っていない部屋なのに……公爵家の凄さを感じているわ」
「それで言ったら、ここよりも使用頻度が低い、というか、整える以外で入室禁止の部屋があるじゃない」
「ああ、あの角の部屋ね」
「あの部屋にも、ダイヤモンドリリーが活けてあるわ」
「ふうん。公爵家のお気に入りのお花なのかしら」
「さあ……」
彼女たちの話に出てきた「角の部屋」は、二階の一番端っこに位置するところにあるらしい部屋のことだろう。
「この屋敷の中は好きに移動してくれて構わないよ。ただ、二階の一番端にある部屋だけは絶対に入らないで」と初日に言われていた。
言われるがまま素直に受け入れていたが、彼女たちの話に出てきた「ダイヤモンドリリー」が引っかかる。
その部屋には、一体、何があるの?
この身体にはもう血は流れていないはずなのに、どくどくと血が早く流れているように感じる。
ばくばくと鳴らないはずの心臓がうるさい。
意を決して、絶対に入るなと言われている部屋へと向かった。
「……ごめんなさい、エリオットさん」
「角の部屋」の周りに到着してすぐに辺りを見回して、エリオットがいないことを確認する。
シン、と静まり返っているこのエリアには、誰も近づかないように言い含められているのかも知れない。
ドアに手を翳す。
ガチャリ、と小さく音が鳴って鍵が空いた。天使が持つ能力のひとつだ。
恐る恐る部屋へと足を踏み入れる。
明かりをつけるとエリオットや使用人たちにバレてしまう可能性が高くなるだろう。ほんの少し、自分の周りだけを明るくする魔法をかけた。
「…………かわいい、部屋ね」
閉ざされていた部屋は、女性が好みそうな調度品が誂えられていた。私が前世で暮らしていた部屋によく似ている。
「…………」
窓際まで足を運んだ。私が借りている部屋よりもよく、庭が見える。
近くにあるチェストの上に置かれた可愛らしい花瓶に活けられていたのは、ダイヤモンドリリーだった。
なぜだか分からないけど、胸が苦しい。じくじくと張り裂けそうに痛かった。
ここにはもう心臓はないのに。
私の意思とは反してぼろぼろと溢れ落ちた涙がカーペットに跡を残すことはなかった。
私はもう、人間ではないのだ。




