見習い天使に転生した私、冷血公爵様の恋を叶えないと消滅するようです #2
「天使様、出掛ける準備はできたかい?」
「……はい」
「今日のドレス、君によく似合っているね」
「ありがとうございます。一応、お忍びで出掛ける時のドレスを意識したというか……エリオットさん以外には、見えないんですけれど」
「ああ、そうか。僕だけが見られるんだね。それは役得だ」
「なんというか、お世辞を言わせてしまってすみません……」
「いいや、お世辞ではないよ」
手を差し出されて馬車に乗り込む。
私一人であれば空を飛んで移動できるものの「一緒に出掛けるのだから、一緒に行こう」とエリオットに誘われて、馬車での移動となった。
今日は以前エリオットと約束した「城下町まで買い物に出掛ける」日だ。
私にはドレスや宝飾品は必要ない。
イメージするだけで一瞬でその服に着替えることができるのだ。
これは天使に転生して一番嬉しかったことかもしれない。
転生した当初は夜な夜なひとりでファッションショーを開催したものだ。
今日のドレスは、かつて私がお忍びで彼と出掛ける際に着ようと思って用意していたものである。
町娘風のこのドレスにかつての私が袖を通せたことはなかったけれど、思い入れが深いドレスだ。
きっともう、この先は二度と着る機会はないだろうから、最期に着ておきたかった。
私には、エリオットが何を考えているのか分からない。
私が「あなたの恋を叶えないと、私は消滅してしまうんです」と馬鹿正直に話してしまったせいで、彼に「私という存在を消す」という選択をさせてしまった。
もう人間ではない存在であるとはいえ、口が聞けて姿が見える相手を自分の選択によって消滅させてしまう、という行為に負荷がかからないわけがない。
罪悪感もあるだろう。
そういった感情をすこしでも軽くするために、私への償いのような行為のひとつであると思うけれど、普段かなりよくしてもらっている。それだけで十分だ。
転生してから今までで一番いい暮らしをさせてもらっている。
まるで転生前に戻ったかのように錯覚するくらいだ。
後悔がないと言えば嘘になってしまうけれど、幸福の気持ちのまま、私は消滅できるだろう。それなのに、彼はまだまだ足りないと思っている節がある。
どう伝えれば、彼は納得してくれるだろうか。
「さあ、ついたよ。足元気をつけて」
「ありがとうございます」
私の姿はエリオットにしか見えない。
誰もいない空間に向けて話しかけているように見えてしまう。彼の評判が悪くなってはしまわないだろうか。
「街中では私とは会話しないほうがいいのではないか」と提案したものの「それくらいで評判が悪くなる男ではないと自負しているよ」とにっこりと笑いながら言われてしまった。
エリオットはよく「君は何も気にしなくていいから」と言う。
素直に彼に甘えていいのだろうか。……いや、絶対によくない。
そうは思っても、スマートな彼によって気がつくと話が進んでいたり、解決してしまっていたりする。もっとしっかりしないと、と思うものの、元来の性格はすぐには変えられそうになかった。
「僕が誰かにどう見られるかは気にしないけれど、君が気になるという意見は尊重したい。今日はアイザックに一緒に回ってもらうことにしたよ」
「あ……ありがとうございます」
「本日はよろしくお願いいたします、天使様」
「いえ、こちらこそ……あ、」
エリオットが顔を向けている方向、私がいる位置に近いところにアイザックが立って、すぐそばにいる私に向けて頭を下げて挨拶をしてくれた。
つい返答してしまったが、アイザックには私の姿が見えないだけでなく、私の声も聞こえない。
「ふふ。こちらこそ、だって」
すぐに察して通訳をしてくれたエリオットに頭が上がらない。彼には何から何まで世話になってばかりだ。
私が消える前に、何か少しでも彼に還元できたらいいのだけれど、果たして私ができることはあるのだろうか。
アイザックは私の存在をエリオットから聞かされている、数少ない人間の一人だ。
エリオット付きの執事である彼は、私に対して話しかけてくれたり気遣ってくれることも多いので、勝手に親近感を抱いている。彼と会話をすることは、出来ないのだけれど。
「さあ、色々見て回ろうか。気になるお店はある?」
少し迷って、素直に「手芸店に行きたいです」と口にする。
きっと多少、いや、もしかしたら結構な無理をしてスケジュールを調整してこの時間を取ってくれているのだろう。
公爵という肩書を持つひとのスケジュールは時間単位で決められていると知っている。せめて早く回って早く帰って、彼を解放してあげるべきだ。
「手芸、好きなんだね」
「それもあるんですが……ちょっと、やりたいことがあって」
「聞いても?」
「うーんと……そのうち話します」
「分かった」
アイザックの案内で連れてきてもらった手芸店はきっと、この街一番のお店なのだろう。
かなり規模が大きいこともあるが、何より店員の接客態度が洗練されている。前世の世界でもこんなお店があったらよかったのに、と羨ましい気持ちになってしまった。
今日一番の目的地であるリボンコーナーに向かう。
思った以上の品数の多さに目が回りそうになったものの、色分けされていたのでお目当てのものをすぐに見つけることができた。
「リボン?」
「はい」
「君は紫色が好きなの?」
「えっと、その……私の想い人の瞳の色が紫で」
話しながらだんだん恥ずかしくなってきた。
まさか、色について聞かれるとは思っていなかったのだ。でも、使い道を考えると私の感情が一番乗るこの色がいい。
「そうなんだ、僕と同じだね」
そう告げたエリオットを見やる。
そういえば、彼の瞳の色も深い紫色だ。全く意識していなかった。
というのも、彼は私が見えているものの、彼と視線が合うことがほとんどないのだ。
それこそ、この世界にやってきて、彼と初めて話した日ぶりかもしれない。
「深い紫色」は前の世界では一般的な瞳の色だったけれど、この世界でもそうなのだろうか。
私は今いる世界のことをほとんど知らないのだと思い知らされたけれど、あと少ししかいない世界だ。
このままでも困らないので、これ以上は考えないことに決める。
「他に、欲しいものは?」
「もう大丈夫です!」
「もう?君、食べ物は食べられるよね?」
「……へ?はい」
飲食物はお供えみたいなものなのか、飲み食いすることができる。食べなくても影響はないので、完全に嗜好品のようなものだ。
「せっかくだから、僕の行きつけのお店でランチを摂ろうか。そのあと、この街一番のパティスリーに寄ろう」
「え、でも……」
「忙しい?忙しいようなら、無理にとは言わないけれど……」
私が忙しくないということを、誰よりもエリオットが知っているだろう。
与えてもらった部屋でごろごろと寝転んだり、たまに邸内を散歩するくらいだ。
彼の気持ちを変えられないと分かっている私が消滅までにできることはもうないので、余生を怠惰に過ごしている。
「エリオットさんが、大丈夫なのであれば……」
「もちろん、僕が誘っているんだからね」
エリオット宅で振る舞われる一流シェフによる料理の数々も美味しいが、ランチを食べるために訪れたレストランも大変美味しかった。
前世でお気に入りだったうちのシェフが作る料理と味が似ていて、涙が出そうになってしまったのは私だけの秘密だ。
ランチに舌鼓を打ったあと、この街一番だと評判のパティスリーに寄って、やっと帰宅する流れになった。
今日一日休みなのであれば、少しでも長く身体を休めてほしい。
「今日はありがとうございました」
「少しは楽しめた?」
「はい、とても」
そんな話をしながら馬車に乗り込もうとした直前、ふわりと香った匂いを視線で追う。
このいい匂いの元は、こじんまりとした花屋の店先に並んでいる花々だろう。
「見ていこうか」
「でも……」
「どの花が気になる?買っていこう」
花屋の店先まで強引に連れて行かれる。にこにこと笑顔を浮かべているのに、強制力があるのはさすが公爵様といったところだと思う。
「……じゃあ、このお花を」
私が一番好きなダイヤモンドリリーを指さすと、すぐ隣りにいるエリオットが息を呑むような音が聞こえた。
「エリオットさん?」
「……ああ、ごめんね。なんでもないよ。これを包んでもらおう」
花屋でダイヤモンドリリーを包んでもらったあと、エリオットは馬車内で一言も話さなかった。
機嫌が悪いというわけではなさそうだったけれど、私からは話しかけないほうがいいと判断して黙っているうちにお屋敷に到着した。
お礼を言って、間借りしている部屋を目指す。
ダイヤモンドリリーがほしいと言ったとき、ほんの一瞬、エリオットは初めて見る表情を浮かべていた。
その理由を聞くことはできなかったけれど、あの花屋、もしくはダイヤモンドリリーに何かあるのかもしれない。
エリオットは聞けば想い人の話をしてくれるけれど、当たり障りないエピソードが多かった。どの話題が彼女との思い出に触れてしまうのか、未だに分かりかねている。




