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見習い天使に転生した私、冷血公爵様の恋を叶えないと消滅するようです #1

「君の命がかかっていると知っているのに非情で申し訳ないが……僕には忘れられない、決してもう結ばれることはない初恋の人がいるんだ。その人以外を愛することはないので諦めてほしい。君が消滅してしまうまでのあいだに、僕が叶えられることはなんだってしよう」


 今回、私が「恋愛成就させなくてはいけない」人間、この地を治める若き公爵様にそう言われた言葉が、頭のなかで繰り返し再生される。

 つい昨日言われたように感じるその言葉は、夏から秋に変わってすぐくらいに言われたものだ。

 神様から与えられたリミットは、ひとつの季節が終わるまで。今はもう、すっかり辺りが冬めいてきている。

 消滅のときが近いのだとなんとなく分かっていたが、彼にはまだ言えないでいた。


 一部の記憶が欠落した状態で私が転生したのは、人間ではなく天使だった。

 どうやら正式な天使になる前の天使のタマゴ、見習い天使という状態らしい。

 見習い天使は十名の人間の恋を成就させないと消滅してしまうと聞かされた。

 無事達成できたら正式な天使になれると同時に、なんでもひとつ願い事を叶えてもらえるとのことだった。



 転生する前、私はとある国の公爵令嬢だった。

 蝶よ花よと大切に大切に育てられたお姫様で、世間知らずだったと自分でも思う。

 ちょうどいい年齢と家格の相手がいなかったので、当時の私には婚約者はいなかった。

 恋に恋する少女、恋に憧れていた私が恋した相手は、恋が叶う望みが低い、庶民である花屋の息子だった。


 私に非常に甘い親でも、私と彼の恋は大反対だった。

 親や使用人の目を盗んで繰り返していた逢瀬も知られたあとには禁止されてしまって、彼に会うことすらできなくなってしまったのだ。

 公爵令嬢と庶民が一緒になるには駆け落ちするしかなかった国だけれど、ひとりで生きていくことなんかできっこないお姫様と、慎ましやかな生活を送っているごくごく普通の庶民が駆け落ちすることはできなかった。

 泣いて泣いて泣き叫んで、泣きつかれたあとの記憶はない。


 恋愛に関して、そんな苦い記憶しかない私が誰かの恋愛成就の手助けなどできるのだろうか、と転生した当初は思っていたけれど、九人目まではなんとか乗り切れた。

 みんな幸せそうに笑って「ありがとう」と、恋人と手を繋いで私に感謝の言葉を告げてくれるのだ。

 恋が実る、あの瞬間は何度経験しても胸がいっぱいになる。

 私が彼ら彼女らのようなしあわせを掴むことはできなかったし、これからもたぶんできない。

 けれど、それでもよかった。



 最終試験を兼ねているのだろう、十人目は「冷血公爵様」と噂高い男性だった。


 身構えていたけれど、彼は予想に反してずいぶんと話しやすいひとだった。

 突然自室に現れた、羽根を生やして宙に浮いて喋る不気味極まりない存在であろう私の話をちゃんと聞いてくれたし、その上で誠実に彼の感情や状況を話してくれた。

 私のことを最大限に気にかけてくれて、彼が冷血公爵様と言われている理由が分からなかったものだ。


 彼は私に似ている。

 私が彼と逆の立場だったとして、彼の命が掛かっているからと、忘れられない人を忘れて新しい人を好きになるだなんてできやしない。

 名前も顔も忘れてしまったけれど、私は彼への恋心はこの先もずっと、抱えて生きていくのだから。



 私の姿は「恋愛成就させる対象者」の人間にしか見ることができない。

 つまり、冷血公爵様……エリオットしか、私の姿は認識できないのだ。

 そんな私のために「定期的に決まっている時間の掃除以外で部屋には入らないように」と使用人に言い聞かせた一室を用意してくれた。


「君の命を奪うことに見合っていないかもしれないけれど……他にも何か、希望はあるかい?」と聞いてくれたエリオットに「時間があるときでいいから、話し相手になってほしいです」と告げた要望に「分かった。君とお茶会をする時間を設けよう。甘いものは好き?食べられる?」と二つ返事で了承してくれた。



 公爵業というのは非常に忙しい。

 かつてお父様が、私たち家族と一緒にディナーを共にするのも難しい状況だったことをよく覚えている。

 まだ公爵になってからさほど経っていないエリオットは、お父様の比ではないくらい忙しいはずだ。


 それなのにエリオットは日に一度必ず、私とのお茶会の時間を取ってくれる。

「なに、息抜きになってちょうどいいよ」と彼は笑っていたが、相当無理をしているのではないかと思う。


 私の命を失くす選択をした償いのような部分もあるのだろう、全部話すべきではなかった。

 これまでどの対象者にも話したことがなかったのに、彼には不思議と転生したことも含めて話してしまっていたのだ。

 今更後悔しても、遅いけれど。


 あーあ、私に記憶を消せる力があればよかったのに。

 いくら悔いても時間は巻き戻らないと、私は痛いほど知っていたのに、彼にとてもひどいことをしてしまった。




 自分の至らなさに落ち込んでいると、控えめなノック音が部屋に響いた。

「はい」と返すとすぐに「入ってもいいかな?」と聞かれて了承する。

 ここは彼の家だ、望まれていない居候の私のことなど気にしなくてもいいのに、彼はとてもやさしい。

 彼が「冷血公爵」と揶揄されるような対応をしているのはきっと、普通に接していたら好かれすぎてしまうからというのもあるだろう。

 誰も彼の一番にはなれないというのが、大部分を占める理由だと思うけれども。


「今日は時間が長めに取れたから、アフタヌーンティースタイルにしよう。君が好きなチョコレートのものを頼んだよ」

「……私、チョコレートが好きだって言いましたっけ?」

「君の顔を見ていたら分かるよ」

 ふ、と笑いながら言われて顔に熱が集まるのが分かる。

 あまりにも子供っぽい自分が恥ずかしい。

 淑女として、表情に感情が出ないようにと教育されていたというのに。


 エリオットに促されて部屋に入ってきた使用人たちが庭に面した大窓にテーブルを移して、てきぱきとアフタヌーンティーの準備を進める。

 あっという間に二人分が用意されて、エリオットは「紅茶は自分で注ぐから、下がっていいよ。ありがとう」と使用人たちをすべて下がらせた。

 使用人たちは、二人分の食べ物を用意することに違和感を覚えないのだろうか……?と私の分も用意してもらうのは遠慮しようと考えていたけれど、エリオットは「彼女とお茶をするから」と言っていると聞いた。

 この屋敷で働くものたちは皆、エリオットが婚約を断る理由を知っている。

 ここに彼女はいないし、私はエリオットの想い人ではない。

 大事な彼女の名を借りるような行為に申し訳なさが募ったけれど、彼は「僕が好きでやっていることだから」と有無を言わせない様子で言ったものだ。


「この部屋、お庭がよく見えるので嬉しいです」

「花は好き?」

「はい、とても」

「そう。この部屋にしてよかった」

「嬉しいです。ありがとうございます」

 この屋敷の庭はとても華やかで、とても力が入れられているのがひと目見て分かった。

 転生前の私の実家よりも規模が大きい。

 エリオットの意向であろう庭に、ずっと考えていたことを投げかける。


「エリオットさんも、花がお好きなんですよね?」

 見事な庭だけでなく、この屋敷は屋敷中に様々な花が活けてある。

 彼ひとりしか住んでいない公爵家だ、彼が指示しているほかないだろう。


 私の問いに、エリオットはにこり、と笑うだけで答えてはくれなかった。

 これはきっと、あまり触れられたくないところなのだろう。


 この最悪の空気を何とかしなければ、と口を開いては閉じる。

 何を言ったらいいのか、言葉が浮かばなかった。

 私の様子を見かねてか、エリオットが静かに口を開く。


「彼女が、好きだったからね」

「エリオットさんの想い人さんが……」

「うん」

「あの……言いたくなかったらもちろん、言わなくていいんですけど」

「なあに?」

「想い人さんのお話、もっと聞いてもいいですか」

「きっと退屈だよ」

「それでもいいんです。私、天使は天使でも恋のキューピッドだから、恋の話は栄養になるっていうか……」

「そう言われたら断れないね」


 はは、と力なく笑ったエリオットの、心のやわらかい部分に触れてしまっている自覚はあった。

 それでも、彼の心に刺さったままの棘を少しでも抜くのは天使としての役目のひとつだ。


 彼はきっと、この先も彼女のことを想ってずっと生きていくのだろう。

 彼女のことを想うたびに辛くならないように、楽しかった思い出をひとつでも思い出せるように。

 今の私が、私によくしてくれている彼に還元できることはこれくらいしかない。


「僕と彼女は、彼女の家の庭でよくお喋りをしていたのだけど……彼女は虫があまり得意ではなくてね。庭ではないところで会おうかとも話していたんだけれど、どうにか克服するんだって涙目になりながら話していたな」

「虫……その気持ち、分かります」

「女性は苦手な方が多いよね。花をきれいに咲かせてくれているのだからって、虫にも愛情を向けるひとだったな」


 エリオットは想い人の話をするとき、表情がやわらかくなる。

 本当に彼女のことが好きなのだろう。

 彼にこんなにも想われている彼女は幸せ者だと思う。



「庭は、エリオットさんの思い出が詰まったところなんですね」

「そうだね」


 先ほどエリオットに「恋愛トークは私にとって栄養がある」と言ったが、実のところそのような効果はない。

 エピソードとして誰かに話すと記憶として定着率が高いので、エリオットから彼女との話を聞き出しているのだ。

 私は、前世で愛した彼の名前や顔だけでなく、一緒に過ごした時間もほとんど覚えていない。

 彼には私のような後悔してほしくないから、という、単なる私のエゴだ。



 コンコン、とノック音が部屋に響いた。エリオット付きの執事だ。


「ごめんね、もうタイムリミットみたい」

「いえ、お忙しいのに、時間を作ってくれてありがとうございます」

「この部屋に君を閉じ込めてしまっているのは僕だからね。そうだ。今度、一緒に街に行こうか」

「……え?」

「外商を呼んでも欲しいものはほとんどないと言うし……街を見て回って、欲しいものが見つかるかもしれないからね」

「でも、忙しいんじゃ……」

「たまには休暇を取れって言われているから。また今度、約束ね」


 差し出された小指に自分の小指を絡ませる。

 人間は天使に触れることができないのに、つい反射的に手を差し出してしまった。


 触れ合っているように見えるのに実際には触れていない指を少し揺らして「約束」と言ってからエリオットは部屋から出ていった。

 私は彼に弱いところがあると自覚している。

 何故なのかは、分からないけれど。

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