刀── 其ノ弐 「ご招待」
時刻は多分、五時半ぐらい。終礼をしたのが四時ぐらいだったから、一時間半ぐらいは経過している。
月に一回、放課後に一時間半も掃除をさせるなんて、正に悪魔の所業である。
まあ、私はサボったけど。
そうして現在、帰宅中。私は篠ちゃんと並んで楽しくトークをしながら帰宅、ではなく、一人でトボトボと廊下を歩いている。
篠ちゃんは、両親が迎えに来ているらしく、駐車場の方へと消えていってしまった。
篠ちゃんのお父さん、篠ちゃんのお母さん、どちらもとても穏やかで滅多に怒ることが無さそうな親だったと記憶している。
篠ちゃんがその体を大病に犯された時、あの人たちはどんな気持ちだったのだろうか、考えれば考えるほど、いたたまれなくなる。
上靴からローファーに履き替え、下足前から出る。
今日、剣さんのところに行くのはどうしようか。あそこ、学校から行くのに結構時間がかかるからなぁ。
でも、剣さんも斜忍さんも連絡手段を何も持ってないし、行かなかったら心配されるかな?
そう考えながら、校門を出ると、
「お待ちしておりました、傾柊明様」
「あぴゃっあ!?」
いきなり後ろから近距離で声をかけられたせいで、変な声が出てしまった。
「だ、誰ですか、あなた。それに、なんで私の名前を知って──」
「いきなり驚かせてしまい、誠に失礼致しました。私めの名前は聖蓮四郎と申します。メアリーお嬢様の専属執事であり、お嬢様の命で傾様を回収しに参りました」
そうダンディーなイケボで自己紹介をした聖蓮さん。
聖蓮さんは、見たところでは五、六十を超えているような老紳士で、整えられた白髪に、細めの瞳、黒い燕尾服を身にまとい、顔や手に着いた皺は今までの彼の苦労を物語っていた。
そして、鼻の下には白い髭が蓄えられており、さながら木星帰りの男のようであった。
お嬢様の命で私を回収。そうか、甘利田さん、私に用があるって言ってたな。
けれども、放課後、甘利田さんは用事(友達との遊び)があった為、こうして今、執事を遣わせたのか。
「聖蓮さんは私が来るまで、ずっとここで待ってたんですか? だとしたら、放課後から待ってたとして、一時間以上もここで待たせちゃいましたね。なんかすいません」
「いえいえ、メアリーお嬢様から傾様を連れてくる件については前々からお話されていましたので、今日はお昼の二時頃からここで待っておりました」
「二時!? 二時からってことは三時間以上もここで立って待ってたんですか!?」
それはもうただの不審者でしかない。
聖蓮さんはその風貌通りに、上品に笑いながら、
「それでは、そろそろ参りましょうか。お嬢様も待っておりますので」
そう言い、聖蓮さんは歩き始めた。私もその後ろについて行く。
背筋をよくして歩く聖蓮さんを見ると、つい私も背筋をよくしてしまう。
少し歩くと、道路に一際目立つ車が停めてあった。
映画とかで見たことはあったが現実で見たのは初めてだ。
黒光りしていて、とても長い、リムジン。
「もしかして、その車......」
「ええ、これから傾様に乗車してしてもらうお車でございます」
聖蓮さんは黒々としたリムジンのドアを開け、私に乗るように促す。
促されるままに、リムジンの中に乗り込んだ。
中は思った通りに広く、ざっと十何人は乗れそうなぐらいだ。
「お好きな場所にお座り下さい」と言いながら聖蓮さんは運転席に腰をかける。
本当に広いな、それに大型モニターやカクテルバーまでも着いている。写真でも撮って、後で杏美里に自慢してやろう。
ロングソファーにでも座ってみようかと思ったが、一人で座っても虚しいだけだと気づいたので、私は運転席の隣側、助手席に座ることにした。
「本当にここでよろしかったのでしょうか?」
「はい、聖蓮さんと話したいこともありますから」
「ほっほっほ、そうですか、それでは出発しましょうか」
エンジンの音が鳴り、動き始めたリムジンの中だが、一切の揺れがなく、止まっているのかと思うほどだ。
これに乗ったあと、お父さんの車なんて乗ったら、酔いまくりそうだ。
「音楽のひとつでも流しましましょうか。傾様、なにか聴きたい曲はおありですか? この車内には最高級のサウンドシステムが着いておりますので、とても聴き心地が良いと思いますよ」
「うーん、特に何も無いですね。それじゃあ、聖蓮さんがチョイスした曲聴きたいです」
かなり気になる、自分の二倍、三倍も生きている人間がおすすめする曲がどんなものか。
老人ならやはり演歌か。いや、聖蓮さんは演歌とかを好むタイプの老人には見えない、もっとクラシックとか洋楽とかを聞いてそうなタイプだ。
「では、私のおすすめの曲を流させてもらいますね」
信号で止まった際に、前に着いたパネルをポチポチと操作する聖蓮さん。
すると、車内に付属するスピーカーから音楽が。誰だ、モーツァルトか、ベートーヴェンか。ビートルズか、クイーンか。
──流れたのはキューティーストリートの『キュートなキューたい』だった。
別にキューティーストリートがダメって訳じゃない。私もたまに聴くし。でも、聖蓮さんのおすすめの曲として流されるとは思ってもいなかった。
見た目で人を決めつけていけないってことだな。
「キューティーストリート、好きなんですか? 」
「ええ、お恥ずかしながら。他にもフルーツジッパーやキャンディチューンなんかも......」
カワラボが好きなんだな、聖蓮さんは。
「Spotifyでもプレイリストを作って、いつも聞いておりまして」
「Spotifyとか使うんですね」
「それはもうバリバリに」
「バリバリに!?」
聖蓮さんの車さばきは素晴らしく、こんな長いリムジンなのに普通の車と同じように難なく運転している。
「聖蓮さんは甘利田さんの専属執事ってことは、甘利田さんが小さい時からずっとお世話してきたってことですか?」
「ええ、私の家系、聖蓮家は先祖代々、甘利田家に仕えてきました。メアリーお嬢様も、忙しいお父様に変わり、我々が育ててきました」
「一家代々、なんですね。聖蓮四郎ってことは、上に三人お兄さんがいるってことですか?」
「いえ、私は一人っ子で長男です」
「じゃあ、なんで四郎って名前なんですか!?聖蓮さんの両親に会って、小一時間ほど問いただしたいです!!」
「雰囲気、らしいです」
そんなんでいいのか、我が子の名前って。
でも、そんなのでもいいのかもしれないな、子供の名前って。
私もなんで柊明って名前なのか詳しくは知らないし。強い子になれ、みたいな風に母が言っていたことは覚えているのだが。
「甘利田さんってどんな人なんですか? クラスでもあんま、いやほとんど話したこと無くて」
「うぅむ、言うならば、明るく健気な努力家であると私は思いますよ。工具で例えるなら、プラスドライバーのような方です」
「なんでそんな分かりにく例えをするんですか!! もっとわかりやすい例えにしてくださいよ。例えば動物とか」
しかもプラスドライバーて。どういう意味なんだ。
「動物、ですか。動物で例えるなら犬、でしょうか。よく嬉しくなるとお漏らししてしまうので」
「甘利田さん、お漏らしちゃうんですか!?」
「それによくしっぽも振りますし」
「しっぽ生えてるんですか!?」
「ほっほっほっ、冗談ですよ。お漏らしをしてしまうことを以外は」
お漏らしはしてしまうんだな、甘利田さん。次から甘利田さんと話す時、どこを見て話せばいいのだろうか。
「足元をよく見て注意すればよろしいのではないでしょうか」
「漏らしてる前提だ!」
聖蓮さん、寡黙で堅実そうな見た目をしておいて、かなりウィットに富んでいて面白い人だな。
──聖蓮さんとの二人っきりのドライブデートを楽しむこと数十分。
「到着致しました。足元にお気をつけてお降り下さい」
至極丁寧な口調の聖蓮さんに言われるがまま、黒光りのリムジンから降りた私の目に映ったのは、巨大なお屋敷だった。
西洋造りの巨大な屋敷。




