刀── 其ノ壱 「再会、それは嵐の如く」
四日間。その日数は、私が剣さんや斜忍さんと出会った日から今日までの経過日数である。
その四日間で、私の人生はどう変わっただろうか。剣さんや斜忍さんのような友好的なムシャと親睦を深め、ムシャ大辞典でも作ったか。あるいは、人間に危害を加える悪いムシャを始末する、ムシャスレイヤーにでもなったか。
正解は、何もしていない。何もしていないのである。
この四日間、私がしたことは、二人がいる廃工場に放課後毎日通い、二人となんの屈託もない、趣味だとかの世間話をしていただけだ。
そんなこんなで迎えた金曜日の放課後。明日から休みだとあってか、クラスメイトたちも浮き足立っている。
明日一緒にどこに行こうかや、何をしようかなど、友達同士、建前同士、表の仮面同士で予定を立てるクラスメイトたちを私は冷ややかな目で見ながら、帰宅の準備をしていた。
「アノ、スミマセン......」
いきなり後ろから話しかけられ、私は驚く。
声がかけられた方に振り向くと、一人の少女が。
くせ毛がちのブロンドボブ。サファイアのような蒼い双眸。ランウェイを歩くパリコレモデルのような整った顔立ち。服越しでもわかるグラマラスな体つき。
Theアメリカンな少女だ。
「アノ、傾サン。今日、少しだけお話したい事がありまして。この後、お時間よろしいデショウカ?」
取ってつけたようなカタコト日本語を話す彼女の名前は甘利田・アメリア・メアリー。
大企業の社長の一人娘、いわゆるご令嬢であり、父も母もアメリカの血を持つ、生粋のアメリカ人だ。
その上、富豪であることを鼻にかけず、クラスの誰とでも平等に接し、友達にいつも引っ張りだこになっている人格者。
私みたいな陰湿捻くれメルヘン陰キャ喪女とは真逆に位置する存在だ。
苦手なんだよなぁ、こういう陽のオーラが滲み出てる人。
「別、に放課後は空いてるけど、何か用があるの?」
「それは、アノ──」
その時、甘利田さんの周りを四、五人の女子が取り囲む。
「メアリー!! 早く帰ろー!!」
「早く早くー!!」
「早く行かないと無くなっちゃうよ!!」
クラスの一軍女子たちだ。一軍グループ、それは私が最も嫌う種類の人たちである。どうせ、どいつもこいつも人の気持ちなんて考えられないような奴らばっかだ。
「スミマセン、でもワタクシ、今日は用事が......」
「えー!? 前から約束してたよ! クレープ食べて、タピオカ飲んで、プリ撮って、パフェ食べよーてっ!!」
何なんだそのギャルのテンプレを貼り付けたみたいな予定は。後、食べ物系は一気に食べたほ 方がよくないか、途中でプリクラ挟むの逆に面倒臭いだろ。
「行こーよー!!」
「メアリー居ないとつまんないよ!!」
「ほんとほんと!!」
甘利田さんは推しに弱いのか、言葉を発することができていない。
「あ、それじゃ、ついでに傾さん、今日の私の月掃除変わってよ。今度埋め合わせるからさ」
一軍グループのリーダー格の女子である雨衣野さんが、ヘラヘラ笑いながら、頼み込んでくる。
埋め合わせって言ってるけど、どうせすぐに忘れるだろうな。
「うん、別に大丈夫。私が代わりにやってあげるよ」
ここでノーが言えない。私って弱い女だなあ。
「ありがとー、傾さん!! じゃあ行こ! メアリー」
「いこいこー!!」
ヌーの大移動に巻き込まれた子供ライオンのように、甘利田さんは教室の外へと連れられていった。
あっけらかんとなってしまった教室を出て、雨衣野さんに半ば無理やりに押し付けられた月掃除の場所に向かう。確か、一組の月掃除の場所は中庭だったはず。
中庭に行く途中の道、下足前にて相生先生に出会った。相生先生は私のクラスの担任兼、生徒指導部長でもあり、生徒に裏では『熱血馬鹿ゴリラ』と呼ばれている。
相生先生が月掃除の監督なのか。
「ん? どうかしたか、傾」
私の姿を見つけた相生先生は、こちらに近づいてくる。
この人も苦手なんだよな。暑苦しいし、むさ苦しいし。
「元々月掃除だった雨衣野さんが用事があったみたいなので、代わりに......」
「──そうか! 偉いな、傾は! やっぱりクラスメイト同士なんだから友情っていうのは大事にしないとな──」
私の肩を掴んだ相生先生は、友情だのなんだのをベラベラと語ってくる。
先生、男女とか関係なく距離が近い。そのせいで女子にもかなり嫌われてしまってるのが分からないのだろうか。
うわっ、唾飛んできた!
相生先生の話を適当に聞き飛ばしたあと、私は中庭に向かう。
別に掃除が嫌いなわけではない。結構、綺麗好きなほうだし。でも、私が一人で掃除してる間、甘利田さん達が遊んでいると思うと、少し嫌な気分になってくる。
中庭に続く長い一本道。人は誰一人いない。私はこの陰鬱な気分を変える為に、映画『スパイダーマン3』でヴェノムに寄生されてしまったピーター・パーカーの真似をすることに決めた。分からない人はネットで調べたらすぐ出てくるだろう。
脳内でJamesBrownの『People Get Up And Drive Your Funky Soul』を流し、ワルを気取って歩く。
左右を四回指さし確認し、中庭のドアを思い切り開ける。
この後は学生服を整え、ドアの前で踊ってみせる。
手を叩き、腕を回し、腰を振る。
こんな痛々しく、滑稽で恥ずかしい姿、他の誰かにでも見られたらおしまいだ。人生二回目の不登校生活になってしまう。
でも、大丈夫、この中庭には今、私しかいない。大丈夫だ。
全てをやり終えた私は、満足感で大きく深呼吸をする。少しづつ脳が冷えてきたので、冷静になり、ふと横を見てしまった。
そこには、人がいた。
人が、いた。
全部、見られていた。
さっきの踊りを全部。
最初から最後まで。
無様な私を。
終わった、終わった、終わった。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。
顔がどんどん熱くなるのが分かる。
私のことを見ていた少女、その姿はとても奇妙。さらりとした緑のロング髪、枝のような手足、痩せ干せた体。
そのあえかな少女は私を見て驚き一言。
「もしかして、柊明ちゃんっ!?」
私はこの声に聞き覚えがあった。嗄れた声であったが、確かに聞き覚えがあった。
「もしかしてその声、篠ちゃん!?」
今の彼女の姿は私が知っているものとは大きく違っていたが、確かにこの声は篠ちゃんの声だ。間違える筈がない。
その儚い少女はこくりと頷く。
この掠れた声の主の名前は、笹野原篠。
去年、高校1年生の時に私と同じクラスで、唯一の話し相手だった子だ。
なぜ過去形の話し相手『だった』という風にしているのには理由がある。
それはとても寒い冬の事だった。去年の十二月。今まで無遅刻無欠席だった篠ちゃんが突如、姿を消した事件だ。
電話をかけても、家に行っても、家族の誰一人と反応が無く、借金があって一家総出で夜逃げしただとか、根も葉もない噂が渦巻いていた。
「今までどこ行ってたの、篠ちゃん! 私、ずっと心配してたんだよ。もし、篠ちゃんがまた──」
私の言葉を遮るようにして篠ちゃんは、
「ふふっ、柊明ちゃんはいっつも心配性だね。大丈夫だよ、私は」
「なんでいきなり学校休んだりしたの?」
「えーとね、実はあの時、今まで誰もなったことない大病になっちゃって。大きな病院のお医者さんも治せるかわかんないって言ってて、もう親も私もてんやわんやでさ。だから、学校にも連絡とかできなくて。それにほら、病気の後遺症だって」
そう言って篠ちゃんは、枝のような手をプラプラと振って見せた。
篠ちゃんの体、それは前の彼女を知っている者なら絶句する、異様としか言いようのない変化をしていた。
百七十センチ程あった背丈は百五十センチ程まで縮み、栗色のポニーテールがトレンドマークだった髪は緑に変色しており、肉付きの良かった体は髑髏と見間違える程、窶れていた。
正直、別人と言われても納得のいく変化だ。いや、別人と言って欲しいぐらいだ。
筋肉が衰えるのはまだ分かるが、身長が大きく縮んだり、髪の毛が緑になるとか、普通に有り得ない話だ。何か超次元的な何かが──。
その時、私の頭にムシャという言葉がよぎったが、頭の中に戻した。
私は人に深く詮索しない。余計に情が湧いてしまうから、ただそれだけの理由だ。
人に深く干渉せず、人に深く干渉させず、が私のモットーであるから。
その方が、私にとっても、篠ちゃんにとっても気が楽だと思うし。
「やっぱり、柊明ちゃんも気になるよね......。私、元々巨乳だったのに、こんなペチャパイになってたら......」
「ち、違う!!確かに、確かに気になるけど、私が気になってるのはもっと手とか足とか他の位置だから!!」
ペチャパイなんて死語、今の世で使う人まだいたんだ。
篠ちゃんはカラカラと笑いながら、花壇に腰かけ、隣を指でトントンと叩く。
私は篠ちゃんの隣に座り、話を始めることにした。
「それで篠ちゃん、戻ってきたのはいつ?」
「うーんね、確か、高校二年生になってからかなぁ。始業式の何日か後に来たから」
それならその時、私に何か一言は報告して欲しかったな。メールでもよかったし。
「それじゃあ、柊明ちゃんはどう? 最近、調子は」
「別に何事も無く普通だよ」
「いっつもそうじゃん、つまんないな〜。あっ、妹ちゃんは元気? また会いたいなぁ」
「杏美里の事? あいつなんか、最近中学生になったからって調子に乗って、親とお兄ちゃんの前ではいい子ヅラする癖に、私の前では反抗してきて」
傾杏美里、私の妹にして、最近思春期に入って反抗期真っ盛りのメスガキだ。
今日の朝だって、杏美里が悪いのに、私のせいに──
「あははっ、柊明ちゃん、怖い顔になってるよ」
私と篠ちゃんは掃除のことなんて忘れ、最近勉強はどうだとか、傍から見たらつまらないと思われるような、他愛もない会話をする。でもそれは私にとってはすごく楽しかったし、篠ちゃんも楽しいと思ってくれていたら──
すっかり鴉が鳴き始めた頃、今まで話とは売って変わった妙な話を篠ちゃんはした。
「ねぇねぇ知ってる? アラもう聞いた? 誰から聞いた? 紅月鎧のそのウワサ」
「なんで急にウワサさんみたいな話し方になるの......? それでその紅月鎧......? って?」
「知らないの、柊明ちゃん? いま学校で一番ホットな話題だよ。熱さでいうと床暖房ぐらいの」
「熱さ結構微妙じゃん」
それに床暖房の熱さは各家庭によって結構変わる気がする。
「紅月鎧はね、最近この辺りでよく見られる変人の事だよ。全身真っ赤の鎧を来て頭に鹿みたいなお面を着けてて──」
あれ、この人、どこかで見覚えが。
多分私、この紅月鎧とかいう人と毎日会ってる。
「紅月鎧に襲われたって話も結構あるみたいだよ。柊明ちゃんも気を付けなよ」
「多分、紅月鎧さんは人を襲ったりするような悪い人じゃないと思うよ。それに私はこんな襲われるほど可愛い子じゃないよ」
四日前、襲われたけど。
「いやいやいや、柊明ちゃんは可愛いよ。目つきがちょっとだけ悪いけど、それ以外は顔も可愛いし。一見地味な委員長系かと思えば、実はお尻が大っきいグラマラスな──」
「──ああああああ!! うるさい、うるさい!! 私、お尻全然大っきくないから!!」
「大きいよ、ほら、私と柊明ちゃんだったら、柊明ちゃんの方が座ってる幅多いし」
「それは篠ちゃんが体が全体的に小さいからで、私が大きい訳じゃないから!!」
私たちが揉み合って話していると、中庭の扉が開き、相生先生が入ってきた。
「おーい、お前ら、もう終わりだから帰れよー!!」
相生先生の一言により、月掃除、そして私たちの会話は終わりを告げた。
ふと空を眺めると、すっかり茜色になっている。
そういえば、掃除道具すらも、触らなかったな。




