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始── 其ノ肆 「奇怪な男」


「ツルギ君、なんで隠すのぉ。ピシッとしなよピシッと、男の子でしょ。それに恥ずかしがるよぉなものなんて何もついてないんだから」


「だとしても、お前と違って俺には少しばかりの羞恥心というのがあってだな」


古びた廃工場、この中で今、剣さんは斜忍さんに脱がされ、裸体を私の前に晒していた。

股間の当たりを恥ずかしそうに隠す剣さんだが、その股間には斜忍さんと同じく何も付いていない。


私は羞じらう剣さんの体をじっくり見回す。

決して、視姦され恥ずかしがる剣さんをみたいだとかいう変態的思考ではなく、ただ単純な好奇心からだ。もう一度言うが、変態的思考ではない。


剣さんの体でまず先に目につくのはやはり、この機械の体だろう。

細身で骨格のようなメカニカルな身体には、至る所に刃が付いている。


まずは手。指が鉤爪のように鋭く、この手による殺傷力は私自身、身をもって味わっている。


次は腕脚。その腕と脚は刃が取り付けられたというより、腕脚そのものが刃であると言っていいほどであり、腕を振るえば鉄が斬れ、蹴りを繰り出すと大木が伐採される程の威力が見ただけでも窺える。


そして最後にそれ以外。手足だけでも戦闘能力は十分にあるというのに、それに飽き足らずにそれ以外の部位、胸、腹、背、肩など諸々、全ての部位に、微細な鮫肌のような刃が着いており、触っただけでも肉が大根おろしみたいに剃られそうだ。実に悪趣味、作った人の顔が見てみたい。


体を隈なく全て見たあと、次に目につくのはその頭。真っ赤で派手なその頭。

最初に見た時は、その頭から生える角の形で鹿の頭蓋骨を模したものだと形容したが、よく見ると狼の頭蓋骨のようにも、竜の頭蓋骨のようにも見える。


「んっ? おい、ちょっと近いぞ、傾。こんな近づいたら危ないぞ」


剣さんは私の身を案じ、体を少し後ろに動かした。

剣さんを見るのに熱中し過ぎたようで、つい近寄りすぎていたらしい。よく見ると、私と剣さんの距離は五十センチもなかった。

興味あることになると周りは見えなくなる。昔からの良くない癖だなあ。


それにさっきから思っていたが、その頭どういう仕組みで動いているんだ?

話す言葉に合わせて口は動くし、眼窩から覗く黄色い眼光は目線に合わせ移動する。


「なんだ、この頭が気になるのか? それなら──」


剣さんはおもむろに、自らの頭を取り外し、机にゴトンと置いた。


「頭が取れたのに、動いてる......!?」


その言葉の通り、剣さんは首なしの状態で机から離れ、何事もないかのように立っている。

この状態で鎧を着たら、さながらデュラハンだ。


私は机に駆け寄り、眼窩から眼光が消え、置き物のようになった剣さんの頭を手に持つ。

下側から、被るための穴に手を入れて中を確認すると、中は空洞で一切の仕掛けもなかった。


剣さんの首からは黒い炎のような靄が立ち上り、その中に黄色い炯眼が現れる。


これを見た私の心は一気に童心に帰り、剣さんの頭を机に戻し、駆け寄る。


「どうして俺の方に来る!? あの頭が気になったんじゃないのか!? 」


食い気味に来た私に驚いた剣さんは、後ろに仰け反り転けてしまった。


「全くツルギ君は鈍感なぁんだからぁ〜。カブキちゃんはねぇ、ツルギ君自身に興味があるんだよぉ」



「ツルギ君がこんな反応になるもの仕方ないねぇ。ツルギ君が新しい人と話すのなんて久しぶりだから」


「二人が今みたいな関係になったのはいつ頃からなんですか? 」


「それは多分、今から17年前、大学生の時かなぁ」


「斜忍さん大学出てるんですね。あんまりそんなイメージなかったので驚いたというか。なら、斜忍さんは何歳なんですか? 」


大学を出ているのなら、少なくとも二十二歳以上ということになる。でもこのミステリアスな風貌からは四十以上を超えていると言われても驚きでは無い


「うぅーん、僕が産まれた時は着物が主流だったからぁ〜。明確には分からないけど、五百歳ぐらいなんじゃないかなぁ」


「五百歳!? 寿命とかって」


思っていた年齢より何倍も大きな数字を出され、つい大きな声が出てしまった。


「考えたこともなかったなぁ。でもぉ、友達のムシャで何千年も生きてる子もいるからねぇ」


「でも、産まれてからずぅっと、色んな所を放浪する生活さ。帰る所も寄り付く所もなかったからね。ある所では化け物と恐れられ、またある所では神の使いと崇められ。自分の名も、性別も、年齢も、生まれ月も分からないまま、ただただ漂泊。だけれど、僕は二十五年前ぐらいに一人の男性に出会ったんだよ。その人のお陰で僕がムシャについて詳しく知ることも、ツルギ君と出会う事もできたんだ」


またまた始まった斜忍さんの昔話タイム。この人、かなり饒舌というかお喋りというか。

そのニヤついた顔とねっとりとした喋り方も含め、近くにいたら面倒くさそうな人だ。


ふと、剣さんを見ると、これから長話に付き合わされる私に同情したような顔を見せた。

そんな事お構いなしに斜忍さんは、


「その男性の名前こそは鯨屋万象くじらやばんしょう大先生。ムシャなど怪異を扱う学問『怪奇学』のオーソリティにして、センセイ自身も元一流の怪異ハンターなんだよぉ」


「センセイに拾われた僕は、センセイの元で、一般的な社会教養とムシャについての専門知識を何年か教えてもらった後、センセイが教授を勤めている円環大学に入学したんだ」


ここで驚いたことが一つ。それは斜忍さんが円環大学に通っていたと言うことだ。


円環大学とは、ここ巴市から北の方にある鹿目市にある大学で、偏差値七十以上を要する難関大学である。

斜忍さんはヘラヘラしているように見えて案外、賢いのかもしれない。


「センセイに連れられ大学に行って、センセイと偉い人が少しお話した後、センセイがその人にアタッシュケースを渡したら、僕は入試も何もなしで入学できたんだよぉ。何でだろう、不思議だねぇ」


「裏口入学じゃないですか!! それ!! 」


しぃーと口に手を当てる斜忍さん。

その鯨屋先生という人も、かなり変な人であると思われる。

斜忍さんの育て親だと考えれば、それもそうか。


「入学した後、センセイが取り仕切る、円環大学怪奇研究会って所に入ったんだ。そ・こ・でツルギ君が生まれたんだよぉ」


斜忍さんの昔話へとレールがズレていた話を、剣さんについての話に修正する。


「生まれた? 生まれたって一体、どういう事ですか? 」


今一度、剣さんを見る。

こうやって改めて見れば見るほど謎が深まる。剣さん、あなたは何者なんですか?

ムシャを殲滅するため作られたアンドロイド?

機械のような見た目をしてるだけのムシャ?

そんな私を見た斜忍さんは、


「ツルギ君はねぇ、簡単に言えば、──降霊術でムシャを降ろした絡繰り人形──かな」


降霊術。古来から伝わる魔術儀式であり、基本的には死者の霊魂などを肉体や物体に口寄せする行為。


「これはねぇ、夏だったかなぁ、ある日怪奇研究会のメンバーで降霊術をしてみようって話になってね」


「こんな簡単に出来るもんなんですか。降霊術って」


「怪奇研究会のメンバーは皆、霊媒師や呪術師やゴーストバスターだったり、霊能関係者だったから、知識面では困ることはなかったけど、依代をどうするかで揉めたねぇ〜。最初はただの日本人形でする予定だったんだけどぉ、途中でもっと壮大にやりたいって言う意見も出てきて」


自身の出生の話の時とは違い、旧友と再開し、酒場で昔話に花を咲かせるがごとく、斜忍さんは楽しそうに語っていた。

斜忍さんにも人間の部分が存在するのだな。


「そんな時、メンバーの1人がドイツに旅行に出掛けてね。そこでぇ首なしの機械人形を拾ったらしくて日本に持って帰ってきたんだよ。そして、これを使おうって事で満場一致で依代問題に終止符が打たれたんだ」


異国の地で落ちていた首のない全身刃のアンドロイドを拾うなんて、斜忍さんもそうだが、霊能関係者には変な人しかいないのか。


「そして当日、十月二十三日、午前十一時四十三分、円環大学D棟怪奇研究会部室にて、研究会メンバー五人とセンセイに見守られながら、戦刃通剣は誕生した」


「降霊術って死んだ人の霊を口寄せするですよね。なら、剣さんは昔に死んだ人間って事ですか?」


「うーん......そうなんだけどそうじゃないというか」


「俺は過去の、生前の記憶が無いんだ」


仮面を付け直し、赤い板金鎧を再度着用した剣さんは言った。


「今より遥前に生きていて、何かが理由で死んだ、そうざっくりとした所はわかるのだが、生前の自分がどんな性格で、どんな見た目だったのか、それを一切として忘れてしまったんだ」


「だからツルギ君はカブキちゃんと同じ清廉潔白な未だ穢れ知らぬ乙女ってところかな? 」

「乙女なんですか!? 」

「男の子だって乙女になれるんだよ」


『漢』みたいな話だろうか。


「それで、斜忍さんと剣さんは鹿目市からどうしてここに? 」


「僕たちは大学を出たあとはとある目的の為に、日本全国色んなところに行ってムシャ退治をしていたんだよぉ。でも、ここ巴市が僕たちの目的の為の重要な場所になることがわかったね、つい一、二年ぐらい前からここに住んでるんだよ」


一、二年もこんな場所に住んでいるのか。正直言うと、この廃工場の居心地は最悪だ。埃は漂っているし、普通に少し臭い。


「斜忍さんたちの目的って──」


「僕たちの目的。それはツルギ君を人間にする事だ」


「人間になんて......できるんですか? 」


「この身体は日常を送るのには不便が多すぎる。この素の体では、人を触れば傷をつけてしまい、物を触れば壊してしまう。それに、視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚、五感は普通の人間より劣る。俺は生まれながらに枷を背負って生きているんだ」


剣さんは大きなため息を吐いた後、俯いて赤い手甲に包まれた掌を見つめる。


この世に生を受けた時から触れるもの全てを傷つけてしまう。こんな剣さんの苦悩を私は計り知れなかった。

もし剣さんが普通の人間に、肉と血と皮でできた人間に生まれていたら......。


「本来、降霊術っていうのは、過去の死人の記憶を短時間拝借する術なんだよ。でも、僕らは偶然にもツルギ君の記憶だけじゃなくて魂まで口寄せしちゃってね。この場合、新たな魂と生まれたツルギ君の魂数時間では消える事はなく、普通の人間と等しくなる」


──この事は僕たちの思慮が浅かった──と真面目に謝る斜忍さんだが、頭の斜め上をコツンと叩き、ウインクして舌を出す、てへぺろポーズをされれながら謝られると無性に腹が立ってきて仕方がない。


「でも、人間になるって簡単に言ってもこんなこと可能なんですか? オレンジの玉を七つ集めたら願いを叶えて貰えたりとか」


「まぁ、願いを叶えるってところは合ってるちゃあ合ってるというか。僕たちはとある呪具を探しててぇ。この呪具の力を使えば、どんな者でも好きな姿になれるんだよ」


「それが伊邪那岐ノ鉾、そして伊邪那美ノ楯」


伊邪那岐、伊邪那美。両者とも日本神話に登場する神の名前であり、国生みや神生みの物語が有名である。

剣さんが出した名前に乗っかるように斜忍さんは、


「その二対の呪具の力を使えば、ツルギ君を人間にすることもできる。伊邪那岐ノ鉾と伊邪那美ノ楯、その二つがぶつかり合う間に挟まることができたら、挟まれた者は自身が思うなりたい姿になんでもなれるんだよ。ほら、こうやって、合体、合体」


そう言い、右手で輪を作り、左手の人差し指を突き出し、輪の中に人差し指を出し入れする斜忍さん。真面目な話をしてるかと思ったら、こういうことしてくるの、厄介だなぁ。


それにしても、短時間にムシャだとか降霊術だとか呪具だとか色んな言葉を聞いたせいで脳が麻痺してきたようだ。


私は今一度、斜忍さん、そして剣さんの前に立った。こんな話をされて、もう関わるなと言われたくはない。言われたくないのなら、自分から突っ込んでしまえばいい。


斜忍さん、剣さんと一緒にいれば、私の人生は変わるかもしれない。クソッタレの何もできない私の人生を二人は変えてくれるかもしれない。

こんな一心で私は頭を下げ、言った。


「あの、私にできることなんて何も無いかもしれないですけど、私も、この呪具探しを手伝わさせてください!! あの時、剣さんに助けてもらえなかったら、私は今どうなってたか......。だから、私は剣さんの力になりたいんです!! なんの力もない私は足手まといにしかならないかもしませんけど......でも、でも──」


「ん〜 いいじゃない、別に。ツルギ君もそう思うよね?」


私は深々と頭を下げた頭をあげると、ニヤける斜忍さんが。この妖艶にして気持ちの悪い優しい声で。


「ん、まぁ俺は、傾がそうしたいのなら、俺は止めないが」


「よし、じゃあカブキちゃんも僕らの仲間になったって事だね」


斜忍さんはニンマリ笑い、私と剣さんの腕を引き、近づける。斜め右には斜忍さん、斜め左には剣さん、まるで小さな円になると、斜忍さんは拳を突き出した。


「ほらほらぁ、二人とも早くしてよ。こういうのは始まりがぁ重要なのだからさ」


急かされるように拳を突き出す私と剣さん。


「じゃあこれから、カブキちゃんも入れたみんなで、ツルギ君を人間に戻すため、頑張ろぉーー!! おぉーー!! 」


掛け声とともに拳を点に突き出した斜忍さんだったが、私たちが着いてこれずに、固まっていると、ほら、ほら、と私たちを小声で促す。


「「お、おぉーー!! 」」


こんな奇妙な円陣とともに、私の奇妙な人生の大幕が上がった。




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