始── 其ノ参 「無き者共」
「よぉし、それじゃあ最初はカブキちゃんを襲った化け物について話そうか」
斜忍さんは薄ら笑いを崩さぬまま、ソファの左端、私とは反対の方に腰を掛けた。
「カブキちゃんを襲った化け物の正体は──ムシャだよ」
「ム、ムシャ......? ムシャってあの漢字の武者ですか? 」
「あぁ、武る者と書く武者じゃあなくて、無き者と書く無者だよ」
斜忍さんは指で空に無者という漢字を書いて見せた。
ムシャ、無者、ムシャ、それが路地裏で私を襲った化け物の正体。
「万物の恨みつらみが形を成して生まれた化け物。所謂、怪異や妖怪、怨霊の類いだと思ってくれたらいいよ」
「それじゃあ、私みたいにムシャに襲われたりするケースって多かったりするんですか? 」
「うぅーん......そうだねぇ、それなりにはあるよ。でも殆どが表沙汰になってない話だからね。カブキちゃんがムシャについても事件についても知らないのも無理はないよ。それに普通の日常を生きている分には知らない方がいい事でもあるからねぇ 」
「知らない方がいいこと?」
斜忍さんは膝に両肘を立てて両手を組み、顎を乗せ、まるで特務機関の代表のように気取る。口元と目元は相変わらずヘラヘラしたままだったが。
「ムシャというのは基本的に悪意の塊なんだよ。そんなムシャに捕まった被害者がどうなるかは、考えなくても分かるよねぇ。 場合によれば、死んだ方がマシだと思えてしまうようなケースがしばしば......」
死んだ方がマシな事。私が路地裏でされた事の延長線だと考えたら、自ずとわかってしまう。
「そうならない様にツルギくんがパトロールをしているんだけどね」
「斜忍さんはムシャについてどこでこんな情報知ったんですか? ネットでオカルトとか見ててもムシャって名前を一切聞いた事聞いたこと無かったですし」
何気ない質問に返されたアンサーは私の想像していた物とは大きく違った。
「うぅん、まぁムシャというのはあくまで専門的な概念のひとつだからねぇ。霊能関係に一枚噛んでる人しか知らないようなものだよ。有名な所で言うなら、トイレの花子さんや八尺様なんかも見方を変えればムシャだとも言えるよぉ。まぁ僕はムシャについて大学とかで色々教えてもらったのもあるけど──」
「──だけど一番の理由はやっぱり、僕たちもムシャだからだね」
え.........?
心の声が抑えきれず廃工場の中に響いた。
「斜忍、 いくらなんでも言い方ってものがあるだろ。ついさっき、ムシャに襲われてた傾にこんな直球に! 」
静寂を最初に破ったのは、今まで私たちの事を黙って見ていた剣さんだった。
「は、はは、大丈夫ですよ、剣さん。別に、大丈夫ですから......」
見せかけの笑顔を顔に貼り付け、剣さんに返事をする。引き攣った笑顔にしかならない、いや、笑顔にできていたかも分からないが。
脳髄の海馬にあの路地裏での出来事を無理やり呼び起こさせられ、喉がキュッと締まる感覚に襲われる。
そこの見えない深い海に沈んでいくような、音も光もない虚無の狭間に閉じ込められたような、そんな感覚に。
心臓が動悸し、冷や汗が流れ、視界がボヤける。斜忍さんが、剣さんが滲んで見え、その目で直視する事が出来なかった。
落ち着け、落ち着け、落ち着けよ、私。
私からついて行ったのに、斜忍さんが忠告してくれたのに、私から知りたいって言ったのに、二人がムシャだって分かった瞬間に怖がるなんて、一方的に都合がよすぎるぞ、私。
分かってる、分かってる、二人はあの襲ってきた暴漢みたいな悪い人じゃない事を。剣さんは私のことを助けてくれたし、斜忍さんだって私の手の怪我を治してくれた。
でも、でも、恐い......
「ありゃりゃ、いきなり言うのは不味かったかぁ」
「そりゃそうだろ、こういうのはちゃんと順序とかをなぁ......」
「そりゃそうかぁ、失敬、失敬。僕、人間の心は分からないからねぇ、だって人間じゃないし」
さっきから変わらない無遠慮な声の斜忍さんはソファの左端から右端、私の隣へとゆっくりにじりよって来て、
「ごめんねぇ、いきなり言っちゃって。よぉし、よぉし」
「......!?」
斜忍はいきなり赤子でも慰めような甘ったるい猫撫で声を出しながら、私の背中を擦る。
あまりにいきなり過ぎて、声も出なかった。
「でもいずれは必ず言わなきゃ行けないことだったからねぇ。大丈夫だよ、怖くない怖くない」
「お、おい、何してるんだ、斜忍......!?」
「何って、カブキちゃんが怖がってるからあやしてあげてるんだよぉ。人間にはそうするといいって本に書いてあったからね。ほぉら、おいでぇ、撫で撫で〜」
私の体を胸元に抱き寄せ、頭を撫でまくる。
肌の暖かみ、柔らかな胸の感触、妙に甘い匂い。
なんだ、この気持ち良さは。路地裏でされた抱擁とは違う、優しく柔和な抱擁。
私の恐怖が、私の恐れが、ゆっくりと溶かされていくような、そんな温かみ。
まるで乳児を寝かす母のように、私を抱きしめ、背中をリズム良くトントンと叩く。
「ぼぉ〜や〜 よぉいこだ ねぇんねしなぁ〜 い〜まも む〜かしも かぁわりぃなくぅ〜 」
徐々に瞼が落ちていく......ああ、心地いい、このまま眠りに落ち──
「って!! なんで寝かせようとするんですか!」
瞼をカッと開き、斜忍さんに突っ込みを入れる。この私を見た斜忍さんは一瞬驚いた後、にんまりと笑みを浮かべ、
「えへへ〜 、落ち着かせるにはこれがいいかな〜って。でも、カブキちゃん、顔がちょっと綻んでるよぉ」
「ぐっ......。 それは......」
確かにそうだ、否定できない。斜忍さんの抱擁からの子守唄のコンボで私の気持ちは大分落ち着いた。
「僕の胸に顔を埋めてた時なんて、凄くにやにやしてたよぉ。ほら、こうやって──」
指で自身の口角を引っ張り、笑顔の真似をする斜忍さん。
そんな斜忍さんの様子が何処か面白く、今までの緊張が決壊して、つい笑いが溢れ出た。
「あはっ! あははは!!」
私の笑いのツボ、いや、笑いの壺は完全に壊れ、笑いが止まらなくなる。
それに呼応するように斜忍さんも高らかに笑う。
そんな私たちの様子を見た剣さんは呆れか、どうかは分からないが、大きな溜息を吐いた。
「よぉし、じゃあ、落ち着いた事だし、僕の話からする事にしようか。僕もツルギ君はムシャはムシャでも、普通とはちょっと違うアブノーマルな存在だからねぇ」
「僕の正体は、人間の母とムシャの父を持つ混血児、いわば半人半妖だよ」
「ムシャとのハーフ......。人間とムシャとの間にって子供とかできるんですか? 違う生物同士だと染色体の数とか、遺伝子とか科学的に不可能じゃ......」
「ムシャなんていう非科学的超常存在に科学なんて通じると思うかい? 」
何も、何も、言い返せなかった。
「それに、種族を超えた愛なんていうおちゃらけた感動ストーリーなんかじゃあなくて、ムシャの父が嫌がる母を襲って無理やり僕を孕ましただしねぇ。父は母を孕ましたあと、どこかに消えて行ったし、母は僕を産んだ時に死んじゃったからねぇ。」
お母さんは斜忍さんが産まれた時に死んだ。じゃあなぜ産まれる前の襲われた話や父が逃げた話を斜忍さんは知っているんだ。考えるとするならば、親族に聞いたとかか。
「それは僕が母の胎内で夢で見たからだよ」
「夢で見たから? 斜忍さんがお母さんのお腹の中にいる時ですか? 」
「そうだよぉ。人間は母の子宮に宿った際に、夢で生物有数の記憶を辿りながらその形を作っていくんだよ。その中で自分の先祖、自分の親の記憶も追憶する。カブキちゃんも胎児の時に体験してると思うんだけどねぇ、忘れちゃったかな」
胎児は胎内で夢を見る。こんなの学術性もクソもない話だが、ムシャという現実離れした存在が私の正常な認識の邪魔をしてくる。
「それが僕が男女どっちでもない事に繋がるんだよ」
「カブキちゃん、ライガーって知ってるかい? 一応言っておくと、プロレスラーの方じゃないからね」
「わかってますよ! これ流れでいきなり、獣神サンダー・ライガーの話をしない事ぐらい! 異種族交配とかの話的に、動物のライガーの事ですよね」
「よく分かったねぇ、凄い! カブキちゃんは今日から物知り博士ちゃんだ! それで、そのライガーの特徴は何か分かるかい? 」
前半の部分、特に物知り博士ちゃんの部分にものすごくイラッときたが、これは胸の中に一時しまい込み、ライガーの特徴を考える事にする。
ライガーの特徴、まず第一はオスのライオンとメスのトラからできたハイブリッドだと言うことだろう。第二は世界最大の大きさを持つネコ科という事だろうか。
「うーん、それもそうだけれど、僕が言いたいのは生殖機能が無いっていうところだよ」
「確か生殖機能がないのは、生殖細胞が異常だからでしたっけ 」
「せいかぁい。でも、僕はね、他にも理由があると思ってるんだ。それはね、神様が取っちゃったからなんだよ、生殖機能を。異種族交配、そんなの自然の摂理から離れた行為。こんな行為を神様は許しはしないよね。だから、人間とムシャ、この間に産まれた僕から生殖機能を奪ったんだよ。これ以上、異常分子を、存在してはいけない存在を、増やさないためにもねぇ」
存在してはいけない存在、自身のことをそう言い張る斜忍さんだが、その顔には一切の悲壮感が無かった。
「だからぁ、僕には男性器も女性器もないんだよ。だって子供が産めないんだからあっても必要ないからねぇ、僕には。だから、乳首もついてないんだよ、乳首は授乳のために付いている。子供も作れない僕には無用の長物だよ。あ、でも、乳腺はあるのかなぁ? 僕の胸に針を刺したら、中に溜まってた母乳がびゅーびゅー溢れ出ちゃうかもねぇ〜」
斜忍さんはその両胸を掴み、上下に揺らす。
この人なんかずっとえろいんだよなあ。しかも下ネタのチョイスがおじさんおばさんのそれだし。
話を変える為に、斜忍さんは大きな音で手を叩いた
「それじゃあ僕の話はおしまぁい。次は〜お楽しみの〜」
斜忍さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、剣さんを見る。
「えっ? 俺か? 」
「そりゃそうだよぉ、カブキちゃんもこれが目的で来たもんねー」
ねー、と斜忍さんと顔を見合せた後、剣さんをふたりして見ると、ツルギさんは少したじろいた。
「ツルギ君については実際に見てもらいながら、説明した方が早いよ」
斜忍さんは手をワキワキさせながら、少し長いスツールに腰掛けていた剣さんに近づく。
「何をするっ!? やめろっ! 脱がすな! 」
「よいではないか〜よいではないか〜」
「やめろっ! 刃が当たる、危ないっ!って、 下も脱がすのかっ!? 」
目をつぶって聞くと、同人BL音声にしか聞こえない二人のやり取りを耳福としていると、
「じゃじゃーん!! 」
斜忍さんは両手を横に出し、剣さんを見せびらかすようなポーズをとった。
鎧を全て脱がされた剣さんの体、その白い機械の体が顕になる。
剣さんは恥ずかしいのか、股間の部分を手で隠している。
可愛い、少しプルプル震えてる所が可愛い。恥ずかしがってるところが可愛い。意外と体ががっしりしてなくて、ほっそりしてるのが可愛い。ああ、可愛いなぁ。
拝啓、お父様、お母様、あなた達が汗水垂らして育てた娘は、とんでもない変態かもしれません。




