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始── 其ノ弐 「住処」


「もし良ければなんだが、着いてきて欲しい場所がある。そこならもっとちゃんとした治療も出来るし、どうだ?」


戦刃通さんはこちらを見た後、ゆっくりと歩みを進めて路地から出た。

この傷をちゃんと治療して欲しいのもあるが、何より戦刃通さんについて興味があるのでついて行くことにしよう。


鞄を急いで肩にかけてから、親鳥の後にトコトコついて行く雛のように、戦刃通さんの後ろを追う。

路地から出ると、空はもう既に茜色から藍色に変わりつつあった。


「戦刃通さん──」

「剣でいい」

「剣さん。 今、向かってる所って何処なんですか?」

「何処と聞かれたら、そうだな、俺が住んでいる所だ」

「そうですか......」


会話のキャッチボール、たった3回で終了。

気まずい、実に気まずい。

例えるなら、クラスであまり話したことの無い男子とペアになった時ぐらい気まずい。

はぁ、私のコミュ障具合が遺憾無く発揮されている。


たまに通りかかる学生とか、サラリーマンだとかに凄い目で見られるのも中々に辛い......。まあ、そりゃ真っ赤な鎧を着た男の人が歩いてたら誰でも見てしまうのは分かるが。

というか、剣さんはなんでこんな見られてるのに何食わぬ顔で歩けているんだ?


「剣さんって何者なんですか? 人間ですか......それとも──」


「そこら辺は、後で説明しよう。言える事といったら。 うぅん......あっ、年齢、年齢なら言えるぞ。 年齢は確か、17だ」


確かって。自分の年齢が確かじゃないって更年期の人からしか聞かない言葉だ。私の母ですら覚えているし、毎年誕生日の近くになるとしつこく言ってくる。


剣さんとは特に会話が続くこともなく、私は手の痛みに耐えながら歩くこと二十分。

気づけば、町外れ。ぽつぽつ立っている街頭には、蛾やら羽アリが集まっている。


「着いたぞ、ここだ」


目線を街灯から移し替えると、そこには古びた廃工場が会った。

錆びた看板には──巴市第二工場と。

私が住んでいる巴市には巴市第一工場と巴市第二工場の二つの工場があり、巴市第二工場は十年程前に、経営難と老朽化を理由に巴市第一工場と併合され、廃工場になったのだ。


「よし、着いてきてくれ。 少し危ないから気を付けろ」


剣さんは当たり前かのように壊れたトラ柄フェンスの隙間に入っていった。

ここに住んでいるのか、剣さんは。

私も剣さんと同じように、トラ柄フェンスの隙間をくぐっていく。


廃工場の中に入ってみると広く、以外にも綺麗であった。

別に綺麗な訳では無いが、外の雑草の生え具合と比べると、という事である。


辺りを見回すと、色んなものが散乱している。

椅子、机、本棚、脚立、壊れた冷蔵庫、中がくり抜かれたテレビ、車輪の無い自転車、目玉が無い大きな熊のぬいぐるみ、羽のない扇風機、番いの人体模型、そして大量の道路標識。


廃工場の真ん中に目を転じると、そこには大きな赤いソファが置いてあった。


「帰ったぞ。斜忍」


「おかえりぃ〜 ツルギ君」


剣さんが『斜忍ななしの』と呼んだ人物の声はソファがある所から聞こえてきた。


聞こえてきた斜忍さんの声はゆっくりとして穏やかであり、且つねっとりとして妖艶な声だった。


斜忍さんはむくりと上半身をあげると、気怠そうに頭を掻き、ボサボサとしたくすんだ白いロング髪を靡かせてみせる後ろ姿が見える。


「あれぇ?他に誰かいるかい?この匂い、女の子かな? もしかして、ツルギ君彼女でもできた?」

「な!? ち、違う!!彼女を連れてきたのは用があってだな!」

「用? ツルギ君がわざわざ連れてくるなんて、よっぽどの事なんだろうねぇ」

「ああ、彼女が襲われていた所を助けたんだが、色々あって手を怪我してな 」


そうやって私たちに背を向けて話す斜忍さんだが、その背中は全てを見通してるかのような雰囲気を感じさせる。

そして、剣さんは怪我した理由を色々って言ってくれてるけど、全然、私の自業自得で恥ずかしくて仕方がない。


「手に怪我? それはそれはそれは大変だ」


斜忍さんがソファから立ち上がると、太ももまでの長い丈の白衣を身に着けたうしろつきが見えた。

身長は目で見ただけでも2mぐらいはある様に思われる。


「君ぃ、名前は?」

「傾柊明です」

「カブキちゃんかぁ。 いい名前だねぇ」

「僕の名前は斜忍堂ななしの どう。あくまで仮の名前なんだけどね。名無しの権兵衛の ななしの とジェーン・ドゥ ジョン・ドゥのどう を組み合わせたんだ。 センスあるでしょ?僕の恩師がつけてくれたんだよ 」


斜忍さんは両手を組んで天井に向かって大きく伸びをし、もう一度、髪の毛を気だるそうに掻きむしり、ゆっくりとこちらに振り向い──


「きゃあああ!!」


裸。斜忍さんは白衣以外は体に何も身につけていない、露出狂のそれだった。


私は思わず、反射的に手で眼鏡の上から目を覆ってしまう。

よし、落ち着け、顔だ、上だったら問題はない。まずは顔から確認しよう。


目線を上げ、手と手の間から斜忍さんを垣間見る。

第一印象として脳に浮かび出た言葉は、中性的。

凛々しい男性のようなクールな顔立ちをしつつも、美しいお姫様のような繊細さもあり、斜忍さんを百人に見せて性別は男女どっちかインタビューしたら、五十対五十になりそうだ。


そしてその表情は、どんな人間をも慈しむ聖母のような慈愛性がありながらも、どんな人間をも当てこする浮浪者のような軽薄性もあるように思えた。


私はゆっくりと視線を下に、下半身に、股間に移した。

こんな男女どちらか分からない声と顔をしていたら気になるだろう、誰でも。だから私は悪くない、私は悪くない。嗚呼、神よ、ふしだらな女にお許しを──


「なっ、無い!?」


無かった。有り得ない。だが、たしかに無かった。

斜忍さんにはブツが、恥部が。凹も凸も、雌蕊も雄蕊も、女陰も男根も、貝も兜も。

マネキンのように滑らか股。

両性器具ならぬ無性器具といったところだろうか。

それにあと、乳首もない──


「んっ? あぁ、これのことかい?」


斜忍さんは自身の股に手をやり、人差し指と中指の二本指で広げて見せた。

なんでわざわざこんないやらしい見せ方をしてきたか分からないが、勿論、何もないので、股の肉が少し広がっただけだ。


「まぁまぁまぁ、これについては後々話そうかぁ。怪我してる子を立ちっぱなしにするのもなんだし、カブキちゃんはソファにでも座ってていいよぉ」


お言葉に甘え、ソファの右端に座ったはいいものの、剣さんにも斜忍さんにも気になる話を後回しにされて、ここの人達は物事を先延ばしにするのが好きなのか?


白衣を脱ぎ、椅子に掛けた斜忍さんは、完全に全裸になった。細身でありながらも、何処と無く体は丸みを帯びている。よく見れば胸や尻にも膨らみがあるようにも......。幻覚か?


近くにあるオンボロのタンスから斜忍さんが取り出したのは、純白のパンティだ。

パンティに足を通した後は、違う段からジーパンと黒いニットセーターを出して、袖を通す。


すっかり、街中にいても可笑しくない見た目になった斜忍さんは地面に落ちていた救急箱を拾い上げ、私の前に腰を下ろし、


「カブキちゃん。 手を出してごらん」


掌を前に出すと、救急箱から軟膏を取り出し、掌に塗りたくった。焼けるような痛みに唇を噛み、気を紛らわすために、目線を奥にある本棚に移した。


本棚の中は右から、少年誌のバトル漫画、新戯作派のデカダン小説、ちょっとえっちな恋愛漫画、平成中期のライト文芸、ヲタク向けの百合萌え漫画。

......斜忍さんって節操ないんだな......。


「はぁい、出来たよ」


気付けば、手には包帯がしっかり巻かれていた。


「そこまで酷くなかったから、しばらく安静にしていたら、自然治癒すると思うから安心して」


立ち上がり、救急箱をそこらに投げ飛ばすと、


「で、本題に入ろうか。 知りたいんでしょ君は......ツルギ君の事や、君を襲った化け物の事を。手を怪我したなら、こんな所で治療するより、病院にいってしてもらった方が全然マシだよ。 でも、わざわざツルギ君に着いてきたって事は──」


「............」


私は自分の内に眠る好奇心に嘘をつけず、黙って斜忍さんの顔を見つめることしか出来なかった。


「アタリってとこかな? いいよ、教えてあげるよ」


「でも、ひとつだけ忠告させて欲しい。今から知る話によってカブキちゃんの世界は百八十度変わる事になる。清水に泥水を一滴でも入れたら、もうその水は清水に戻らないように、カブキちゃんも元の世界に戻ることは出来ない。日常が非日常に侵されていく。それでも本当に知りたいかい?」


斜忍さんは口角をにへらと緩ませ、浮ついた笑顔を見せる。


少し離れた場所で椅子に座りながら、私たちの様子を伺っていた剣さんの顔を見て、私は覚悟を決める。


「はい、知りたいです......!!」


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