忍── 其ノ壱 「風来の鼠娘」
水曜日って、なんかいいよねっ。
五月二十日、水曜日である今日、唐突に思ったことだ。
好きな曜日ランキングがあるなら多分、一位が土曜日で、二位が日曜日だろうと思うが──私はそこに異議を唱えたい。
二位は日曜日より水曜日であるべきだと。
日曜日は休みの日ではあるが、次の日に月曜日があるという絶望が待っている。
そこで、水曜日だ。
水曜日はちょうど週の間、月、火の陰鬱とした気分が消え、木、金と残り二日で休みであるという幸せが来るのだ。
ここで金曜日の方が、次の日休みだからいいだろ、と考える奴がいると思うが、そいつは多分巨乳とか好きなタイプだ。
目先の欲に囚われるな!
幸せは徐々に噛み締めろ!
雨ニモマケズ、風ニモマケズだ。
そんなことを考えながら、今日も一人帰路に着く。
先週の土曜日に起こった、斬血・剪定刀や黄金郷との戦い。
この戦いによって私の体の節々は悲鳴をあげている。
だが、もう暫くは大きな事件は起きないだろう。
今日はどうしようかな?
剣さんたちの根城である廃工場に向かうか、それとも家で一人ゴロゴロするか、まぁ帰りながら考えよう。
そういえば、日曜日の話。
深夜、甘利田さんと別れたあと、家族に物音でバレぬようにコッソリ家に侵入し、そのままベッドで速攻眠って起きたら昼の二時だった。
廃工場に行って斜忍さんに斬血・剪定刀の話をしに行く予定だったことを思い出し、甘利田さんを電話で呼び出した後、共に駆け足で向かった。
待ち合わせ場所で甘利田さんとあった時、大きな寝癖が残っていたので、私と同じくさっきまで爆睡していたのだろう。
かなり疲れた戦いだったからな。
甘利田さんは特に。
フェンスを抜け、草を掻き分け、廃工場内に入ると、中では斜忍さんが一人、ルービックキューブで遊んでいた。
子供かよ。
斜忍さんは、私たちのことを見ると一言、
「おはよう、というこんにちはが正解かなぁ?そしていきなりだけど、ごめんねぇ、カブキちゃん。僕がもぉと手筈を整えてれば、こんなことにならなかったのにぃ」
正直、驚いた。
私的には、──よく頑張りましたぁ。あっはー、ご褒美に僕のおっぱいでも触らせてあげよっかぁ? ──みたいな事を言ってくるかと思ったら、謝罪の言葉が出てくるとは。
「僕だって反省ぐらいはするんだよぉ。酷いなぁ全く。詳しい話はツルギ君から聞いたよ、色々と無理させちゃったねぇ、カブキちゃんにアマリダちゃんも」
珍しく服を着ていた斜忍さんは私と甘利田さんに近づき、二人の頭を撫でた。
ちなみに、斜忍さんが服を着ている確率は四回に一回である。
その後は斜忍さんの触診という名のセクハラにより、私と甘利田さんは服をひっぺがされ、全裸で全身をくまなく触られた。
剣さんはちょうどパトロールに行っていたらしく、本当に良かった。
男性に体を見られたくないのもあるが、何より剣さんが女子二人の全裸姿に正気を保ってられるか分からなかったからだ。
私たちの全身をまさぐった後、斜忍さんは手でオーケーマークを作り、
「うぅん、二人とも体は大丈夫だよ。アマリダちゃんはすこぉーしだけ呪いの残穢は見えるけど、そこは経過観察だねぇ。カブキちゃんもツルギ君に聞いた話によれば酷い怪我みたいだったけどぉ、その痕跡は一切見えないね」
どうやら二人とも大丈夫らしいので、そこは何とか安心だ。
「あの、それで、剣さんの話を聞いたなら、斜忍さんもわかると思いますが、私が斬血・剪定刀を引き抜いた時、私の体に何かが入っていく気がしたんですけど。──それの正体はわかったりしますか?」
斬血・剪定刀を黒い塊から引き抜いた時、刀を伝って、私の指に入ってきた何か、その正体だけが気がかりだったのだ。
「まぁ、それはねぇ多分引き抜いたカブキちゃんを新しい持ち主だと見初めた斬血・剪定刀の意思、斬血・剪定刀のムシャがカブキちゃんは体に入ったんだろうね。安心して、既に刀を引き抜いた時点で悪い要素は消えて、単純に剪定刀としてカブキちゃんの体に入ったからぁ」
安心出来るかぁー!
え、私体の中にムシャが入ったの!?
それっていずれ体乗っ取られたりしない!?
「安心してよぉカブキちゃん。斬血・剪定刀は悪いムシャであって剪定刀は悪いムシャじゃないからさ。共依存だよ、共依存。クマノミとイソギンチャク的な」
「私に得があるんですか? それ」
「まぁいずれ見えてくるものもあるだろうから無下にしないであげないよ」
「カッコイイデス、傾サン! ヴェノムデスヨ、ヴェノム! 傾サンはエディデス!」
作品によっては、というかほとんど悪役なんだよなぁ。
カーネイジって言われないだけマシか。
「斬血・剪定刀はカブキちゃんの物として所有するとして、新しい名前は付けておいた方がぁ、良いよ」
「新しい名前?」
「そう。斬血・剪定刀って名前は刀にとっちゃ、忌み名のようなもの。カブキちゃんが新しい持ち主として名前を付けて可愛がってあげなきゃ。──名前はそのものにとっての全てでもあるからね」
てな訳で、斬血・剪定刀改め──チグロちゃんが私の新たな相棒となったのだ。
なんでチグロちゃんって名前かだって?
マインドだよ、マインド。
刀を抜いたあの時、私の全身から吹き出していたのは血、体に入ってきたのはどす黒いもの、血と黒。
合わせて、血黒。
チグロちゃんである。
ちゃん、にしたのは、その方が可愛いからだ。
そしてチグロちゃんは今、私の肩にかけられた竹刀袋の中に入れられている。
なぜ登下校なんかに刀を持って行っているかと言うと、それも斜忍さんから言われたのだ。
「あっ、今度からは斬血・剪定刀は常に持ち歩いていた方がいいよぉ。カブキちゃんはムシャの匂いがかなぁり染み付いてる。ムシャとかの怪異は、関われば関わるほど深みにはまり、どんどん日常の理から遠ざかっていく。ムシャやムシャを知る者は惹かれ合う運命なんだよ」
そんな時、きっと斬血・剪定刀は君のことを守ってくれるさ──と、言っていたからだ。
剣さんもそうだが、みんな矢鱈と匂いだとか言ってくるな。
やっぱりそういうオカルト系の人たちの中には普通の人には分からない匂いがあるものなのだろうか。
まぁ、そんなものわかる人なんてそういないだろうし、刀を日常的に持っていてもおかしくないさ。
私は角を曲がり、住宅街に面する道路を歩いていると、
「そこのお前、少し止まってもらおうか」
感情の無さそうな淡々とした平坦な声。
私の前に現れた一人の男性。
ろくに整えられていないボサボサの髪に、髪と同様だらしない無精髭、それに青白い顔で死んだ魚のような目をした男が、私の前に立ち塞がった。
なんだか、嫌だ。
見た目だけで人を決めつけるのは酷いことだが、なんというか嫌な人だ。
見た目の汚さもあるだろうが、なんというか雰囲気に嫌なものを感じる。
胡散臭い人、といえば斜忍さんが頭に浮かぶが、この人も別ベクトルではあるが、胡散臭い雰囲気だ。
それに服装。
ヨレヨレのシャツにトレンチコート。
探偵を彷彿とさせる見た目だが、こんな見た目じゃ探偵のカッコ良さが台無しだ!
その男は、ゆっくりと私に近づき、顔を寄せて私の全身の匂いを嗅ぎ始めた。
「お前、何か匂うな。お前の体から匂いがぷんぷんするぞ」
もしかして、この人、ムシャの匂いがわかる人なのか!?
それならマズい。
「えぇ〜、なんの事ですかー? もしかしてそれ、私の体臭じゃないですかー? 私、実はワキガなんですよ、多分その匂いですよ。あんまり嗅がれると恥ずかしいなー」
我ながら、下手くそな演技だ。
それに、嘘のワキガ設定まで追加してしまった。
そして何より、いきなり見ず知らずの女子高生の体の匂いを嗅ぐ中年男性、かなりやばい人だぞ。
「いや、汗臭いワキガの匂いもするが、それとは違う。妙な匂いがお前からはする」
えっ、ほんとに私、ワキガなの!?
嘘で言ったはずなのに、普通に傷ついてしまった。
「い、いきなり初対面の人に汗臭いだ、ワキガだなんて、失礼ですよっ! それも女の人にっ! 新手の変態ですか!」
「ワキガだとは自分から言っただろう。それに俺は変態では無い、俺の名前は煮凍利 太良久だ」
煮凍利 太良久 文字通り、堕落した男だ。
煮凍利さんはそう言うと、ポケットの中から一つの手帳を取り出し、こちらに見せてきた。
「これ、もしかして──警察手帳......」
煮凍利さんが左手で持っている手帳。
私に突き出してきた手帳。
これは確かに警察手帳だった。
パスケース型の手帳。
上部には煮凍利さんの写真。
下部には金に光るバッジが付いていた。
本当に警察なのか......。
そう思えば、だらしない格好や正気がない顔も、手練の刑事の感が出てきた。
ちょっと、かっこいいかも。
──じゃなくて。
マズイ、今はマズイ状況だ。
煮凍利さんが警察ならば、チグロちゃんを私が持っていることがバレたら、私は捕まってしまう。
現行犯逮捕だ。
「どうかしたか? いきなり冷や汗が多くなった気がするが。俺が手帳を見せたことで、なにか不都合が生じたか?」
「い、いやぁ別に、別に何も無いですけど。警察と話す時に緊張するぐらい誰でもあることですよ。それに、私が何をしたって言うんですか? いきなり話しかけてきた要件はなんですか! 要件は!」
もうめちゃくちゃだった。
警察相手にも関わらず、最後は謎にキレてしまったし、かなり動揺してしまっている。
冷静に、冷静にだ、私。
「知っているか? 先週の日曜日に巴市美術館にて盗難が起きたんだ。盗まれたのは斬血・剪定刀という刀らしい。俺はこの事件の犯人であろう鼠娘という存在を追っているんだ」
鼠娘......?
知らない話をしているが、今現在、斬血・剪定刀ことチグロちゃんは私のカバンの中にある。これがバレたら厄介なことになるのは間違いない。
「へぇー、そうなんですかぁ。警察さんも大変そうですね。頑張ってくださいね、敬礼。では私は用事があるので──」
「待て。お前のような奴に大して重要な予定も無いだろ、あったとしても帰しはせんがな。それに、やけに冷や汗が多いな、それに顔もよく触っている。顔をよく触るというサインは、嘘をついている証らしいな。お前、鼠娘か?」
本当になんだよ、鼠娘って。
鼠小僧か、猫娘かどっちなんだよ。
それにこの人、私の事見て予定無さそうな暇なヤツって決めつけたな。
貴方だって人の事馬鹿にできる見た目してないのに。
「そう手は煩わせん。所持品検査だけでいい。すぐに終わるさ。だからこのカバン二つの中身を見せてくれ」
マズイマズイマズイマズイ。
非常にマズイ。
中を見られたら私が鼠娘とかいうのであろうがなかろうが、一発でお縄にかかってしまう。
「それって、任意ですよね......」
「ああ、任意だが、拒むということは相当見られると困るものがあるってわけだな」
私の目を見つめてくる煮凍利さん。
煮凍利さんの目は、深淵のように黒く、全てを見透かされているような感覚に陥ってしまう。
「なんだ、見せれないのか。お前、本当に斬血・剪定刀を持っているのか。どっちだ、どっちに入っている。学生指定のカバンか? それともその黒い入れ物か? 大きさ的には黒い入れ物の方だろう」
煮凍利さんはトレンチコートのポケットの中をゴソゴソと探り、中から紙パックの酒を取り出し、飲み始めた。
「あっ、勤務中なのにお酒飲んでる! ダメですよ、いいんですか警察がこんなことして!」
「バレなきゃ犯罪じゃない。それに話を逸らすな、中には何が入っているんだ」
ゆっくりと、煮凍利さんは私の竹刀袋を掴み、中を開けようとする。
「違いますから......! 何も入ってないですから、本当に......!」
「なら何故拒む。卑しい訳がないなら見せれるはずだ」
「この中には......大量にエッチなものが入っているんです......! 卑しいものじゃなくて、いやらしいものが!」
「それはそれとして危険だ。猥褻物所持罪で逮捕だ」
猥褻物所持罪なんて言う罪名はない。
あるのは猥褻物頒布等罪だ(多分)。
本当にこの人、警察か?
それに、もはや無理やり私からカバンをひったくろうとしてくるな、この人。
「もしかして、見たいんですか!? 私がどんなエッチなものを持ってるか。 私がどんなものを使って夜一人シーツを濡らしているか知りたいんですね! 変態さんなんですね!」
「俺は変態さんではない。それは免罪さんだ」
上手いこと言ってんじゃねーぞ。
傍から見れば、嫌がる女子高生を無理矢理襲う中年男性、免罪では済まされないぞ。
「キャー、変態に襲われるー! 助けてー!」
私がこう叫んだ時だった。
「とりゃーーーっ!!!!」
と、勢いのいい声と共に私たちの方になにかが飛んできた。
そのなにかは煮凍利さんに向かって、思い切りタイキックを決め込んだ。
「うッッッッッ!」
蹴りがモロに腰に入った煮凍利さんは、腰を抑えながら、地面にへたり込んでしまった。
「って、何をやってるんすか、煮凍利さん! 見てない隙に少女に手を出すなんて、見損なったすよ!」
煮凍利さんにタイキックを決め込んだ何か──その正体は一人の女性だった。
海外の人のような赤毛のミディアムヘアに、キッチリした白いシャツ、サスペンダーのついたズボン、そしてショートコートを羽織った女性。
「弥生よ、俺はお前の上司であり、お前より年長者なんだぞ。少しは俺の腰を労れ」
「三十五過ぎた中年の腰と、うら若き少女の貞操なんて比べるまでもないっすよ」
「ああ、中年の腰より少女の貞操が優遇される社会になったか。時代も変わったものだ」
少女の貞操より中年の腰が優先されていた社会なんていつの時代もなかったと思うが。
「ウチの煮凍利さんが本当に申し訳なかったっす!!」
弥生、と呼ばれた赤髪の女性は、腰を拳で叩きながら起き上がろうとする煮凍利さんの頭を掴み、無理やり下げさせ、同じように弥生さんも頭を下げた。
「いや、別に大丈夫でしたよ......。ギリ、手は出されてませんでしたし」
「俺の名誉のために言っておくが、別にお前を襲う気はなかったぞ」
弥生さんは頭を上げ、
「あたしの名前は弥生 舞阿智。煮凍利さんのやっている探偵事務所の助手、いわばワトソン役をやらせて貰ってるッす」
弥生舞阿智。
弥生で、マーチ。
三月に生まれていないと付いては行けない名前をしている。
これで弥生さんが七月生まれとかだったら、漫画みたいにずっこけてしまう。
それに、探偵事務所の助手、ね。
トレンチコートだったりサスペンダーだったり、二人の探偵っぽい見た目にも合致がいった。
実際に探偵だった訳だからな。
あれ......?
弥生さんが探偵助手なら、探偵は煮凍利さんってことになるけど──
「え? 煮凍利さん、確か警察の人じゃ──」
「あ、もしかして煮凍利さん! また警察手帳偽装したんすか! やめてくださいって前言ったすよね」
「警察手帳......偽装? な、なら、煮凍利さんは本当は警察じゃないってことですか?」
煮凍利さんは悪びれもなくあっけらかんとした表情のまま。
「ああ、俺は警察では無いが? 俺の職業は探偵だ」
「警察手帳の偽装は立派な犯罪ですよ! 探偵が犯罪なんて──」
「あくまで俺は、お前に自身の名前が書かれた手帳を見せただけだ。勝手にお前が警察手帳だと思い込んだのだろう。それが警察手帳と似ていたのならばたまたまだ」
キィー!
すっごく腹立つ人だ、この人。
隣で弥生さんがひたすら謝り続けているのに、知らん顔で酒を口に運んでいる。
「ホントにうちの煮凍利さんが申し訳ありませんっす! 君、名前は? 」
「私の名前は傾 柊明です」
「傾ちゃんっすか。なんで煮凍利さんは傾ちゃんに絡んだりしていたんすか? 趣味っすか? 趣味なんすか?」
「趣味ではない。鼠娘探し、俺だって仕事をしていたんだ。ここで待ち構えて、通りかかる女全てに声をかけて持ち物検査をしていた。鼠娘の証拠がないかをな」
普通に事案だ。
中年の死んだ顔をしたおじさんが街ゆく女性に声をかけていくなんて。
「全く、通報されても知らないっすよー。それにあたし的には鼠娘は本当に女の子の娘じゃなくて、組織犯罪の仮の名だと思いますけどね」
弥生さんは履いているスニーカーの口紐を結びながら、こう言った。
それにその靴、カーボンプレートが五個ぐらい付いており、ソールも超分厚い。
「あたしは働かない煮凍利さんの代わりに、鼠娘の証拠探しをしてるんっすから、そろそろ行きますね。あと傾ちゃん、煮凍利さんに変なことされたら大声で叫んでくださいね」
それに膝が弱点ですから迷わず蹴っていいっすよ、と言い残し、弥生さんは疾風のようなスピードで何処かに走り去ってしまった。
この人もこの人で癖がある人だなぁ。
こんな人でもないと、煮凍利さんには付き合えないのだろうか。
「それで傾よ、お前は鼠娘事件に対してどう思う?」
煮凍利さんはスタスタと歩きながら、私に質問をしてきた。
えぇ、これ私もついて行かないと行けないやつ?
「そんなこと言われましても......。それに、急に歩き出してどこに向かってるんですか?」
「質問に質問で返すな、疑問文には疑問文で返せと学校で習ったのか? だが、俺は優しいから、お前からの質問に答えてやろう。今俺が向かっているのは、鼠娘が斬血・剪定刀を盗んだとされる巴市美術館だ。犯人は事件現場に帰ってくると言うからな」
私と煮凍利さんは特に意味もないような、書き起すに至らないような話をしながら歩いていく。
「......」
しばらくして、煮凍利さんがいきなり足を止めた。
「ん......? どうかしましたか、煮凍利さん」
「切れた......酒が切れてしまった」
紙パックの酒を飲み干し、さっき新しく開けた缶のビールを逆さまにし、何も入っていないとアピール。
本当に一滴も入っていなかった。
缶とか、何滴かチョロリと出てきそうなものなのに、一切出てこなかった。
「そして、俺たちの横にはちょうどよくコンビニがある」
煮凍利さんが指を指す。
確かに、私たちの目の前にはコンビニがある。
「だが、俺には今手持ちがない。これが何を意味するか分かるか」
「我慢する ──ですかね」
「馬鹿を言ってるんじゃない。鈍感な女は嫌われるぞ。分かるだろう、金をくれと言っているんだ」
はぁ?
何言ってんだこの人。
いい歳したおっさんが女子高生から金をせびる?
なんてことが起きているんだ。
「あげるわけないじゃないですか! 貴方が酒を飲むためのお金を渡すなんて──」
「本当にお金をください、傾さん」
──土下座した。
この人、土下座したよ。
煮凍利さんは地面の上であることなど気にせず、自身が社会人であることなど気にせずに、深々と地面煮頭をつけ、土下座をしている。
「な、何してるんですかッ! ここ、外ですよ!?」
「さぁ、次は何をしましょうか、傾様。靴でも足裏でもなんでも舐めましょう」
さんから様にグレードアップしたよ。
この人、土下座しながらこんな台詞を言うなんてプライドも恥もないのか?
それにクソ棒読みだし。
せめて、一定の演技力ぐらいは見せて欲しいものだ。
「は、早く頭を上げてくださいッ! こんなことして、恥ずかしいですよッ!」
「どうする、傾よ。俺はこの先、子供のように駄々をこね泣きわめくことも、豚のように卑しくお前の靴を舐めることも厭わない。お前は耐えれるか、周りからの目線を。さぁ、金を寄越せ、傾。俺が酒を買う為の金を」
本当になんだよこの人。
もう怖くなってきたよ。
煮凍利さんの言う通り、周りからの目線がきつい。
どんどん周りに人が集まって言っている。
ほとんどが煮凍利さんを見る怪訝な視線だが、少なからず私の一緒にいるだけで、同類だと思われている──
「クッ............」
私は仕方なく、カバンの中から財布を取り出した。




