刀── 其ノ拾玖 「黄金の旋風」
甘利田さんを巡る、斬血・剪定刀との戦い、その話のオチ。
というか、美術館から出たすぐ後の話。
私と甘利田さん(ネグリジェとコートを着なおした)の懸命な心肺蘇生によりなんとか剣さんの命は取り留められた。
剣さんには心臓も肺もないんだけどね。
その後、私たちはそそくさと美術館を出た。
もう用が無くなったのもあるが、何より美術館に無断で入っている今の状況は、普通に不法侵入であるからだ。
そんなこんなで今はコンビニにいる。
もう遅い時間(スマホで確認したら二時を過ぎていた)なんだから早く寝ろ、と思うかもしれないが、私も甘利田さんも美術館内で気絶という名の睡眠を取ったので、あまり眠くは無いのだ。
そんな時、ポケットの中になけなしの千円札が入った財布があることに気づき、『お疲れ様会』と称して、コンビニでアイスでも買って食べることになった。
私の奢りだ。
庶民の娘がお嬢様に奢るだなんて、何事かと思うが、私も見栄を張りたいのだ(それに財布を持っているのは私だけだったし)。
私がコンビニ内でアイスを選んでいる間、甘利田さんには外で待っていてもらう事にした。
斬血・剪定刀の見張りである。
刀を持ってコンビニの中に入ることはできないので、私はコンビニの前にある傘立ての中に斬血・剪定刀を入れてきたのだ。
斬血・剪定刀が誰かに盗まれないように──ではなく、間違えて触ってしまう人がいないようにである。
斬血・剪定刀は私以外の人間が触れると、嫌がって攻撃をしてしまうことは、つい先程、甘利田さんにも触ってもらったら、甘利田さんも電撃が流れたみたいになっていたので確実だ。
その時、甘利田さんはジオダインを食らったみたいと言っていたな。
甘利田さんはペルソナ派だったようだ。
もしかしたら、メガテン派の可能性もあるけど。
甘利田さんを外に待たせるという点において、箱入り娘である甘利田さんを深夜に外で一人放置するのはどうかと思ったが、甘利田さんはある程度の武術は習得しているらしいので、大丈夫だろうという結論に至った。
お疲れ様会には剣さんも誘ったのだが、今日はもう眠い、と断られてしまった。
私たちと違って剣さんにはずっと戦わせてしまったからな、また今度お礼でもしよう。
アイスコーナーに並ぶ、アイスを吟味しながら、ふと斜忍さんのことが頭に浮かぶ。
そういえば、斜忍さんにもかなり助けてもらったからな。
美術館に結界を張ったり、甘利田さんの呪いを一時的に弱めたり。
斜忍さんにもなにかお返しをしないと──だが、あの人好きなものとかあるのか?
月曜に知り合ってから、今日まで六日間毎日話しているが、掴みどころのない人である。
いっぱい本を集めてたし、おすすめの官能小説でもあげよう。
斜忍さんでいえば思い出したが、斜忍さんは斬血・剪定刀がどうやって作られたかについての話をしてくれた。
斬血・剪定刀が作られたのは、今からおよそ四百五十年程前──安土桃山時代。
巌邑 一紗という一人の刀鍛冶の男によって作られた刀らしい。
だが、その刀は作られた当初から曰く付きの刀だったと──何故ならば、その刀は刀としてあまりにも斬れ過ぎた刀であったからだ。
斬れない刀よりは斬れ過ぎる刀の方がいいんじゃないかと思ったが、そうでもないらしく、罪人を皮を剥ごうと、その刃を立てると、肉と骨まで断ってしまった、という話まであるらしい。
こんな恐ろしい刀がもし悪人の手に渡ったら、と危惧した巌邑一紗はその刀を人を斬る道具ではなく、草や木を整え、花を生けるために使う、剪定用の刀、剪定刀と名付け、売りには出さずに家宝としたらしい。
人を殺すための道具であるはずの刀が、人を殺し過ぎるがために、その用途を変えられるとは、難儀な話だ。
そんな、刀でありながら、人殺しの命から外れた剪定刀だったが、時は流れて、何者かに持ち出され、虐殺の道具にされた。
鴉村百人斬り事件。
江戸時代頃に鴉村で起きた、百人以上の村民がある一人によって斬殺された事件。
何百という人間の肉を裂き、骨を断ち、その刀身を血で染め上げた。
その後、近代になり発見され、鴉村百人斬り事件に使用された凶器と分かり、その恐ろしさから斬血という名を増やされ、斬血・剪定刀は完成した。
刀にも意思がある──と斜忍さんは言っていたが。
斬血・剪定刀は今までどんな気持ちだったのだろうか。
虐殺の道具に使われ、殺された被害者の怨念や持ち主の残留思念など全く関係のないものが、自身の刀の中に入り込まれる気分は。
だからこそ、甘利田さんに引き抜かれた時に、その怒りのままに、甘利田さんを呪ったのだろう。
確かに、斬血・剪定刀は何も無関係だが、甘利田さんはさらに無関係だ。
ただ興味本位に刀を鞘から抜いただけだ。
だから、退治した。
だから引き抜いた。
私が。
私ならいくらでも呪ってくれてもいいにな。
なんか好かれちゃったよ......。
買うアイスを決めた私はレジに向かう。
私のレジを対応をしたのは無口なアルバイト(しかも無表情)。
いや、別に無口で無表情だからといって何も悪いわけでないんだけど。
普通に会計をして、普通にお釣りを貰い、普通に店から出る。
もしアルバイトの人が小銭を文鎮代わりにレシートを置いていたら、仕返しをしなければならなかった。
今は夏で、おでんなんて売っていないから助かった。
このネタ、今でも通用するか?
「ごめん、待たせた?」
「イエイエ、全然大丈夫デス」
斬血・剪定刀を傘立てから引き抜き、私たちはコンビニの前辺りに居座る。
深夜二時にもなると、コンビニ前で屯するヤンキー崩れもいないので、私と甘利田さん二人の独壇場である。
「はい、アイス買ってきたよ」
甘利田さんに買ってきたアイスを見せる。
私が買ってきたのは棒付きのアイスキャンディー。
しかも、棒が二本付いており、真ん中で割れるタイプだ。
久しぶりに見つけたのでつい買ってしまった。
「コレが......アイス......デスカ......」
「ん? 何その反応。もしかして甘利田さん、アイス食べたことない......?」
「イエ、アイスは食べたことあるのデスガ、こんな見た目のアイスは初めて見ました。ワタシはソルベ的な物を買ってくるかと思っていて......」
金持ちすぎるだろ......。
ソルベってなんだよ、ソルベって。
輪切りなのか? 輪切りになって三十六個個別に送られてくるのか?
「ふ、ふふ......。まぁ、私と甘利田さんとは住む世界が違ったってことで。もしかしたら私みたいな貧困庶民が食べるアイスが案外美味しかったりするかもしれないからさ......」
「ちょっと言い方が悪かったのは謝りマスカラ! そんな卑屈にならないでクダサイ!」
アイスを袋から開けて、半分に割る。
あっ、右の方が多く割れてしまった。
これもこのアイスのあるあるである。
私は甘利田さんに右側を渡し、私は左側を食べる。
「来れるんデスネ──大きい方を」
「ああ、別にたまたまだよ」
小さい頃、このアイスを妹と食べると、私が大きい方を選んでしまうと癇癪を起こし始めるので、このアイスを食べる時はいつも私の方から小さい方を選んでいた癖が出てしまったみたいだ。
「コレ、どうやって食べるのが正解なのでショウカ?」
「えぇ......アイスキャンデーの食べ方なんて初めて聞かれたよ。普通に、棒に付いたアイスの部分を食べるだけだよ」
それぐらい、考えたりしたらすぐ分かる話のような気もするが、私みたいな庶民の考えと、甘利田さんのような貴族では常識が違うのだろう。
すると甘利田さんはアイスキャンディーを数秒睨みつけた後──それを口に咥え、しゃぶり始めた。
「ストップストップストップ!! 違う、違う、違う、この食べ方は違うから!!」
「ンン? デモ、コノ食べ方が殿方に喜ばれる食べ方だと書いてありましたケド」
「何処に!? 何処にこんな出鱈目が書いてあるの!?」
「インターネットデス」
あぁ、やっぱ駄目だ。
聖蓮さん、やっぱり甘利田さんのスマホにセーフティーサーチをつけた方がいいです。
顔がザクIみたいになってたぞ......。
「それで、斬血・剪定刀が、私以外の人間が触れないらしくってさ。そのままだと甘利田さんのお父さんから盗んだみたいになるけど......大丈夫かな?」
「多分、大丈夫だと思いマスよ。確か斬血・剪定刀はお父様が知り合いから譲ってもらったものらしく、お金はかかってませんノデ。それにお父様は優しい方デスカラ、地下強制労働千五十年ぐらいで許してくれマスヨ」
「全然優しくないよ!! 一条と同じぐらいの罪じゃん!」
まさか甘利田さんのお父さんが帝愛グループのボスだったとは。
思い返してみれば、甘利田さんの邸宅にやけに黒服の人が多かったのもなにか裏がある気がしてきた。
地下強制労働も冗談じゃないかもな......。
でも、返したくても返せないんだよな。
とりあえず今は考えるのをやめて、アイスを食べることに集中することにした。
「──今日は、本当に色々とありがとうございました」
アイスを半分ぐらいまで食べ終えた時、甘利田さんはポツリとそんなことを言った。
「いやぁ、私は別に何にもしてないから。お礼言うんだったら、剣さんと斜忍さんに言った方がいいよ」
正直私がしたことなんて、自分勝手に我儘を押し通しただけで、ここまでの段取りをしてくれた斜忍さんや懸命に戦ってくれた剣さんに感謝した方がいい。
「戦刃通サンや斜忍サンにも感謝していますが、何より傾サン、貴方に感謝したいんデス。ずっとワタシは傾サンのような方に出会えるのをずっと待っていました」
「私みたいな人って?」
「ワタシの事をぶっ壊してくれる人デス。傾サンはワタシの体にがんじがらめに巻きついていたモノを、積み上げたモノをぶっ壊してくれたじゃないデスカ」
がんじがらめに巻きついていたもの。
それは彼女が心に抱えていた『完璧な人物』でいなくてならないという考えだろう。
ただ私は普段の周りに見せている甘利田さんより、素の状態の甘利田さんの方が好きだっただけで、感謝されるようなことはしてないのにな。
なんだが真剣なムードになってきたので、最後のセリフがスキマスイッチみたいだなっていうツッコミは言わないでおこう。
「ワタシが化け物──金色のムシャに囚われていた時に、傾サンが言ってくれたこと、少しではありますけど、聞こえてましたヨ」
「あ、あの時は、思いつきとかで話してたから、ちょっと恥ずかしいかも......あんま思い出さないでくれたら......」
「──私がなんでも受け入れてあるから、甘利田さんの全てを見せて──デシタッケ?」
ヤバい、超恥ずい。
あの時は脳にドーパミンが大量にいっていた状況だとはいえ、私はそんな恥ずかしい事を言っていたのか。
──でも、その言葉は撤回はしない。
「ソノ言葉、ワタシとっても嬉しかったデスヨ」
にっこりとこちらに笑いかける甘利田さん。
こんな笑顔で見ないでくれ、私が溶けてしまう。
「ソレに最後、傾サンは何か言おうとしてマシタヨネ。確か、──だから、私と──デシタヨネ。私と、何なのデスカ? その次は何なのデスカ?」
「あれ......? 私、そんな事言ったっけ?」
これは本当に何も覚えていない。
最後の方なんて無我夢中だったから、何を言ったか、何を思ったかなんていちいち覚えていない。
「アッ! わかりマシタヨ。傾サン、だから私と友達になって──って、言いたかったんデスワヨネ。全く、傾サンったら〜、友達は作らない主義なんてニヒルかましておきながら、本当はワタシと友達になりたかったんじゃないデスカ〜」
「......ッ!!」
その時、私は即座に違うと言えなかった。
言えなかったのか、言いたくなかったのかは分からないが、とにかく言葉が出なかったのだ。
いつもの調子なら、友達なんて作る意味はないと、そんな事をサラッと言えていたはずなのに──どうしてだろうか。
私も嫌だったのだろうか、ここで否定し、甘利田さんと距離を開けるのが。
私の心の内では──
いや、まだその答えは出さなくていいや。
そう先を急いでもいいことはない。
それに、この話は私にとって、凄く大事な話だから──いつか、いつか、答えを出せばいい話だ。
「コノコノ〜、傾サンはワタシの嫁にナルノダ〜」
いきなり、甘利田さんが後ろから飛びついてきた。
それにノリとかちょっと古いし(平成らへんの深夜アニメノリだ)。
「ちょっと......! まだ私アイス食べ終わってないんだけど──」
「別にいいじゃないデスカ。なら残りワタシが食べてあげますヨ」
「ただでさえ、甘利田さんの分を多くしたのにまだまだ欲しがるのか! この強欲めっ」
五月十七日。
曜日はもう日曜日。
時刻は午前二時四十分。
今日の風は、妙に心地が良かった。




