刀── 其ノ拾壱 「覚悟とは」
痛い。
とても痛い。とにかく痛い。すごく痛い。めちゃくちゃ痛い。非常に痛い。とんでもなく痛い。めためたに痛い。筆舌に尽くし難いほどに痛い。
お腹が痛い。
ただの腹痛なんかの比ではない。肝臓、胃、膵臓、小腸、腎臓、大腸、脾臓、全ての腹部の臓器が捻り潰されそうな程の痛みが絶え間なく流れ込んでくる。
あの拳、とんでもなかった。
とんでもなく素早く。
とんでもなく恐ろしく。
とんでもなく鋭かった。
お腹に直撃した後、そのままお腹にめり込み背中に拳の形が浮き出たのかと勘違いしてしまう程に。
まぁ、貫通しなかっただけマシだったと考えよう。
いやもしかしたら貫通したかもしれない。
怖くなってきた。血、出てなかったよな。
普通、腹パン一発であそこまで吹き飛ばされるものなのか?
ヤンキーの喧嘩でも、プロの格闘家同士の戦いでも見た事ないぞ。
だが、実際にこの身をもって受けてしまったのだが。ムシャとはそういうものなのか。
お腹も痛いが、特に痛いのは頭だ。
お腹を殴られ、既に満身創痍である私に対し、死体蹴りかの如く、回し蹴りをお見舞いしてきた。
それはもう綺麗に側頭部へとクリーンヒットした。
吹き飛んで行った眼鏡と共に、頭もなくなってしまったのかと。
頭がかち割れそうだ。いや、頭は本当にかち割れていてもおかしくない。
蹴られた瞬間、頭がショートし、何も考えることができなかった。
お腹を殴られ、頭を蹴られ、吐瀉物を吐き、気絶した。
もう私の体はボロボロだ。
考えてみれば、どうして私はそこまでしてまで、甘利田を助けようとしているんだ?
私と甘利田さんが親友以上の関係ならばまだしも、昨日初めてまともに話したばかりの甘利田さんを、私は痛い思いをしてまで助ける義理も義務もない。
──違う。
どうして助けるなんて無謀にも口に出してしまったのだろうか。
私は何も出来ないのに。
私にはなんの力もないのに。
下手に口を挟んで、自分勝手な正義感を振りかざして、結局私がしたのは人の足を引っ張ったことだけだ。
もし、なんの力もないくせに甘利田さんに助けるなんて言わなかったら、甘利田さんは変に私に期待せずに持っている多額のお金を使い、もっと優秀なムシャハンターを雇えたかもしれないのに。
もし、剣さんたちに相談しなかったら、剣さんは黄金郷にやられずに、もっと多くの困った人を助けれたのに。
私が、私が自分勝手なせいで二人を巻き込んだのだ。
二人の道を壊したのだ。
自分だけ死ぬなら勝手にすればいいが、人を巻き込むなんて、クズ以下のクズだ。
何もしない方がマシだ。
──黙れ
慢心しすぎたみたいだな。
ムシャに遭遇し、剣さんたちと出会ったせいで、自分が周りの人間とは違うのではないかと。
漫画か何かのキャラクターにでもなったつもりでいてしまった。
自分が数ある人間の中のちっぽけな存在であることを忘れ、愚かにも慢心したせいだ。
断れる時はあったはずだ。
最初、聖蓮さんが校門前に立っていた時にでも、無視すれば──
──だから、黙れ。
私はどうなるんだろう。
多分、目が覚めてもまたあの全身黄金の動く像に滅多打ちにされるだろうし。
剣さんも......黄金郷のあの巨大な手に潰されてしまった。
私のせいだ。私に気を取られていて、剣さんはやられたんだ。
斜忍さんが助けに来る?
あの人が助けに来てくれるだろうか。。
それに助けに来たとしても、斜忍さんに戦闘能力はあるのか?
戦闘能力があるなら、ここにもついてきているだろう。
私はそのまま死ぬのかな......。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
嫌だ、嫌だ嫌、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
まだクリア出来てないゲームがあるのに......。
夏になったら、ずっと好きだった漫画がやっとアニメになるのに......。
好きな配信者の配信、今日の見れてないのに......。
篠ちゃんとまだまだ話したいことがあったに....。
剣さんともっと──
ああ、ごめんなさいお母さん......
親不孝な娘で。
家族には迷惑ばっかかけてきたな。
私が死んだら家族ぐらいは悲しんでくれるだろうか。
もしかしたら、私が死んで清々するかもな。
──黙れ、そんなことを考えるな。
ハハッ......ハハハッ......ハハッ......アハッ......アハハハハ......
なんだか笑いが止まらなくなってきたな。
死が、目の前に迫ってきているからだろう。
死を前に人間は笑うことしか出来ない。
受け入れられないどうこうの話ではない。
何故だか知らないが、笑いが止まらなくなるのだ。
死──
死──
死──
死──
死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死。
あーあ、甘利田さんなんて助けなきゃ良かっ────────────
なぁ私。なぁ私よ。違うだろ、全部。
他人に責任を擦り付けるな。他責思考をやめろ。
全部、全部、全部、全部全部、私の責任だろ。
私が選んだんだろ。
甘利田さんは何も悪くない。
私が悪いんだ。
馬鹿な私が。
愚かな私が。
浅はかな私が。
まだ死にたくない──だって?
馬鹿なこと言うなよ。
私の命なんてどうでもいいんだ。
ゲームがクリアできてない?
篠ちゃんとまだまだ話したいことがあった?
私が死んだら、こんな後悔しなくて済むだろ。
人間は死ねば体も肉体も精神も感情も後悔も全て塵と化す。
だから、死んでしまれば後悔なんてしなくていい、したくてもできないのだから。
だか、もし見捨てて逃げたのなら、私には一生甘利田さんの幻影が付きまとう。
例え、ゲームをクリアできたとしても、好きな漫画のアニメが見れても、配信が見れても、篠ちゃんと話せても、私は幸せだろうか?
私は胸を張って自分の人生を歩けるだろうか?
こっちの方が後悔は残るだろう。
その時に、私は私が嫌いになる。
私は私を殺してしまう。
甘利田さんを助ける理由?
こんなの簡単だ。
自分の為だ。
自分が後悔したくないから。
自分が嫌な気分になりたくないから。
ただそれだけ。
自分の為に相手を救う──それだけなのだ。
私は正義の味方でも、立派な聖人でもない。
ただ一人の、愚かで泥臭い人間だ。
誰かを助けて感謝されたい訳じゃない。
目の前で誰かが死ぬのを見るのが嫌なんだ。
私が嫌な思いをしたくないんだ。
体の節々が痛いし、死への恐怖で笑いと体の震えが止まらない。
──でも、甘利田さんを見殺しにするのなんて、一生嫌な気持ちになって生きていくのなんて、私には耐えられない。
それなら、私が死ぬ方が遥かにマシだ。
残された人のこと......? こんなの私は考えない。
だって私はクズだからな。
だから助ける。
絶対に助ける。
私の体が、私の命がどうなったっていい。
自分の為に、甘利田さんを助けてみせる。
申し訳ないが、甘利田さんたちには被害者になってもらうしかないな。
私の我儘の。
私のエゴの。
これが私の覚悟だ。




