刀── 其ノ拾 「黄金郷 」
黄金郷。
甘利田さん及び、私の前にいる化け物の名前。
今、私がつけた。
黄金郷とは、エル・ドラードとも呼ばれ、十六世紀頃にスペイン人たちの間で噂となった、黄金都市の事。
その言葉の意味は、スペイン語で『金箔を被せた』や『黄金の人』というものである。
正直いって、ピッタリだ。
目の前の異形に。
その異形の姿は醜く、不気味であり、おどろおどろしいが、その中に何処か不思議で惚れ惚れするような幻想感があり、私は黄金郷から目を離せずにいた。
それは、豪華絢爛で煌びやかなその黄金の見た目に見蕩れているのもあるが、やはり1番はその姿形だろう。
なんと形容すれば、なんと説明したらいいんだろう。
言葉が見当たらない。
言葉が存在しない。
そもそもの私の語彙力と言語化能力が乏しいのもあるが、黄金郷の姿形を誰かに説明しなさいと言われたら、広辞苑などの国語辞典数冊と、まだこの世に存在していない言葉が乗っている遥か未来の国語辞典が必要になる。
そんな見た目をしているのだ。
大まかに、ざっくりとしたところだけを掻い摘んで説明すると、黄金郷の形状で特筆して挙げるポイントは四つある。
まず一つ目、足だ。
その巨体を支えるためにある、黄金に煌めく四本の足。
こんな巨大な足で暴れられたら、私や剣さんはひとたまりもないが、幸い、その足は地団駄も踏まずに固定されたかのように静止している。
そして二つ目は腕だ。
腕と言っても、人間のように肩の部分から出ているのではなく、支えとなる足と中枢である胴の間から、巨大な黄金の腕が何本も生えている。
そして三つ目は足で支えられている中枢の部分、胴だ。
縦に長く横に少し膨らんだ円筒のような見た目、例えるのならばカイロウドウケツに近しい。
その上の方には黄金の女性像のようなものが六個付いている。
シン・ゴジラの第五形態みたいだな。
そして最後、四つ目は核となる甘利田さんだ。
円筒状の胴の中、そこに彼女はいる。
下半身が埋まっており、完全に固定されている上、両腕が頭の上で縛られている。罪人かのごとく。
それに、目は何処からか生えてきた手によって、隠されている。
胴がカイロウドウケツと表したのなら、中にいる甘利田さんはドウケツエビだと言いたいが、それは愛の巣などではなく、寄生されているように見える。
「融合──しているな」
私の横に立っていた剣さんはぽつりとそう呟いた。
「融合......って? 甘利田さんが斬血・剪定刀のムシャと合体しちゃったってことですか?」
「ああ、先程から考えていたが、斬血・剪定刀に宿る三つの意志の内、今甘利田を蝕んでいるのは百人斬り事件の被害者の怨念だろう。怨念は刀の中でしか生きられず、自由に移動可能な肉体を得るために甘利田に呪いという形で取り付き、蝕んで行った──そう俺は考える」
剣さんは続けて、
「そして今、甘利田の体を依代に、寄生先にし、その実体を手に入れた。今は調和している、甘利田と怨念が五分五分の状態だが、いずれ甘利田はその怨念に飲まれていき、甘利田は消滅し、怨念は自由の身を手に入れるだろう」
甘利田さんを──助ける方法は?
それが何より重要な話であり、それ以外の話など極論今は必要ない。
「ある。甘利田は合体しているんだったら、引き話せばいい。融合しているんだったら、融解すればいい」
「そう簡単に言っても、あの中に捕まっている甘利田さんを切り離すなんて」
「だが、これぐらいしか今できそうな方法はない。『調和』している状態と言ったが、甘利田と百人斬り事件の怨念が五対五であるのは今だけだ。時間が経てば経つほど、甘利田の体は、甘利田の心は、取り込まれていく」
タイムリミットまで残り一時間ほど──と、剣さんは言った。
もし私たちが一時間以内に黄金郷から甘利田さんを救えずに燻っていたら、甘利田さんの肉体は、精神は黄金郷に乗っ取られてしまう。
だが、一時間のタイムリミットというのはかなり長く感じる。一時間もあれば、私たちが黄金郷から甘利田さんを救い出すか、私たちが黄金郷に殺されるか、どちらかの結末にはなるだろう。
「うーん......。まあそうだが、あまり嫌な考えはしない方がいい。俺たちも無傷で甘利田を救い出す、ポジティブに考えるぞ」
「あとそれに、黄金郷という名前か......。かなり気に入っ──
いきなり私たちの頭上にさっきまで不動だった黄金郷の巨大な掌が振り落とされた。
「──────ッ!?」
危なっ!!
間一髪、左側に避け、圧死を免れることができた。
こんな大きな手に叩き潰されたら、肉と骨がぐちゃぐちゃの血みどろミンチになってしまう。
大きな音が鳴り、手が叩きつけられたところからは砂埃、ではなく金粉が巻き起こる。
黄金の手で、黄金の床を叩いているのだから、そりゃそうだろう。
黄金郷はゆっくりと床から陥没した手を引き抜く。さっきまで手が着いていた床は、掌の型に凹み、金塊がボロボロと零れ落ちていく。
ムシャが作り出したものなんだから、少しぐらいくすねてもバレないんじゃないか?
こんな呑気なことを思っていたら、黄金郷はさっきとは違う別の手を私に向かって振り下ろす。
幸い、掌が振り落とされて床に衝突するまでのスピードは早くはない為、走って避けるまでの猶予はある。
猶予はあるが、その猶予をいつまで私が有効に使えるかが重要だ。
ただでさえ体力がない上、さっきまで連れられた甘利田さんを追いかけるために全速力で走っていた(ドアの前で少しは休憩したが、そんなものただの気休めにしかない)私が、いつまで掌が落ちてくるまでの猶予に、掌の圧死範囲内から抜け出せるか。
手が振り下ろされ、私が掌の範囲外まで避け、掌が地面につき、手が埋もれ、手が引き抜かれ、床が掌の跡に窪む。
それの繰り返しだ。
私は部屋を上から俯瞰して見た際に弧を描くように逃げる。
この調子で逃げ続ければ、いずれは元いたドアの前の位置まで戻ってくることになる。
こうして避け続けていたら、剣さんと出会う。
そうか、最初一発目に手が振り落とされた際、私は左側に、剣さんは右側に避けて、私たちは分断されたが、黄金郷を中心として私たちは左に右に弧を描くように避けていたことで、ちょうど半分移動した時に出くわしたのか。
なんだか、旅人算の問題みたいだな。
旅人算なんて言葉、いつぶりに思い出したか。
「剣さん、これから私たちどうしたら......」
「今はかなりまずい状況だ。このまま避け続けようにも──傾、床を見てみろ」
剣さんに言われた通りに床を見る。
すると、私がこれから落ちてくる掌から避けるために通ろうとしていた床は、掌の後で凸凹になっていた。
振り下ろされる手から逃げていた時、剣さんもまた同じく手から避けていた。
つまり、黄金郷の周りの全ての地面が掌の型に沈んでいる。
「凸凹にになった床は、普通の床の何倍も走るのに力がいる。黄金郷はただ手を振り落とし力を消耗しないが、こちらはジリ貧だ。何か解決策を見つけないと、な!」
そう言って剣さんは、降ってきた手に向かって飛び出した。
そして、手に持つ饕餮刀で黄金郷の前腕を斬り落とした。
「アアアアアアアアァァァァァ!!!!」
黄金郷の中に捕らわれていた甘利田さんがそう絶叫する。
黄金郷と甘利田さんは痛覚が繋がっているのか!?
斬り落とされた手、切断肢は遠くに吹き飛び、大きな音を立てて地面に落ちたあとは、蒸発するように消滅した。
残った方の腕の断面からは、血も出なかった。
黄金の血か、金銀財宝が断面から流れ落ちてこないかな、と少しは期待したが、期待はずれのようだ。
「傾、今のを聞こえてない──ないてことはないよな。俺が黄金郷の腕を斬った時、黄金郷は一切として動じずに甘利田が痛みに叫び苦しんだ。甘利田には痛覚があるんだ。痛覚があるってことは五感があるってことだ!」
「いや、それは違うんじゃないですか!?」
五感の内、一つが健在なら後の四感も使えるみたいなものじゃないだろう。
五感はそんなニコイチならぬ、ゴコイチみたいな仕組みじゃない。
「そうである確率が高いなら、それはもう事実なんだ。中にいる甘利田を見てみろ。目と腕は囚われているが、鼻と耳と口はまだ使える。この前逃げ続けても意味がない、こちらから行動を起こさなければ甘利田は救えない」
今回は耳を使うんだ──と、自身の頭の耳の部分をトントンと叩く剣さん。
「甘利田に、話しかけろ。なんでもいい、アイツの心を揺さぶるようなそんな言葉を。悪口でも褒め言葉でも何でも、ただひたすらに語りかけろ」
「はいッ! わかりました」
了承してしまったが、異形に対して語りかける──こんな作戦が成功するのだろうか。
だが、今はこれしか策はない。
黄金郷はさっき手を斬られたことが衝撃だったのか、こちらに手を叩きつける素振りも、腕を動かす素振りもない。
なら、こちらも行かせてもらう。
私は両手で口を覆い、手でメガホンのようにし、甘利田さんに叫ぶ。
「甘利田さーん!! 聞こえてるー!? もし、聞こえてるんだったら、返事してー!!」
返事はない。
............。
そりゃそうか。
これで返事が帰ってきたら、その方が驚きだ。
何か、何か甘利田さんの心を揺さぶるような話は。
私、甘利田さんと話したのなんて昨日が初めてだから、甘利田について何も知らない。
好きな食べ物も知らないのだ。
私が知っているのは、嬉しくなるとオシッコを漏らしてしまうことと、露出と触手とおしがまが好きなことぐらいだ。
......ロクな情報がない。
とりあえず、「もうやめて!」だとか、「止まって!」だとか、暴走する主人公を止める漫画のヒロインのような適当な呼びかけをしながら、脳内を探る。
その時、今日の夜、甘利田さんを向かいに行くために甘利田邸を訪れた際の聖蓮さんとの会話を思い出した。
聖蓮さんは、甘利田さんが頑張ろうてしすぎて、周りとどこか距離を置いている──と言っていた。
だが、それだけではダメだ。
もっとだ、もっと思い出さないと。
今日の昼と昨日の晩にした甘利田さんとの電話......はダメだ。
あれは『作戦会議』という名のただの雑談会でしかなった。
私は頭を捻り、考える。
幸いにもまだ黄金郷は動く気配を見せていない。
思い出せ、思い出せ、昨日の記憶。
────────────完璧。
完璧──こんな言葉を思い出した。
昨日、甘利田邸の甘利田さんの部屋にて。
斬血・剪定刀の呪いによって体中に黒い手形ができたことを私に相談してきた時、甘利田さんは友達である雨衣野さんや聖蓮さんには言わないで欲しいと、あの人たちの前では完璧でなくてはならない──と、そう言っていた。
甘利田さんは完璧になろうとして、自分を殺し、周りと距離を空け、心を閉ざしたのだ。
本当の自分に、弱い自分に、『完璧』という蓋をして。
これが甘利田さんの弱点ならば、ここを攻めていけば、無理やりにでも甘利田を目覚めさすことができる。
私は思い切り息を吸いこんで、大きな声で叫ぶ。
「甘利田さんってさー!! なんだか思ってたイメージと違うよねー!!」
その時、黄金郷がピクリと動いた。
甘利田さん本人が死守している、完璧のイメージ。
「雨衣野さんもほかのみんなも言ってたよー!!」
勿論、嘘である。
こんな話したこともないし、あの人たちとはあまり関わりたくない。
甘利田さんを救うためなら、どんな悪口も、どんな嘘でも言ってやる。
「ウルサイ......ウルサイ......ウルサイ......」
「甘利田さんは全っ然──完璧じゃないって!!」
「シャラッッッップッ!! ソレハアナタニハカンケイノナイコトデショウッ!!!!」
薄い円筒の中で捕らわれていた甘利田さんはそう叫んだ。
かなり驚かされてしまった。
少し怒らせる気ではいたが、そこまで激怒するとは。
「アナタニハ、アナタニハ、アナタニハ、アナタニハ、ワタシノキモチハ、ワタシノクノウハワカラナイ......。ダカラアナタハダマッテイテクダサイッ!!!!」
怒鳴りつけるように言われるが、怯まない。
「こんな苦悩があるなんて、そんなんじゃ甘利田さん、『完璧』にはなれないよ」
『完璧』その言葉が沸点であったらしい。
「ダマレェェェェェェェ!!!!!!!! コノ、ビチグソクソビッチガァァァァァ!!! ワタシハ!! カンペキ──ナンダヨォォ!! カンペキ──デナクチャイケナインダヨォォ!」
甘利田さんが怒鳴ると同時に、黄金郷の胴のあたる部分、円筒の外側の上部から何かが射出された。
それは地面にどちゃりと音を立て落ちた後、立ち上がった。
それは、女性の形をしていた。
黄金郷に付いていた、黄金の女性像六体のうちの一体だ。
甘利田さんの感情が昂った時に、射出される仕組みになっているのだろうか。
黄金の女性像、それはとても美しい見た目であると、芸術に関する感性が乏しい私でもわかる。
サモトラケのニケやミロのヴィーナスと共に並んでいても遜色がないほどに神々しく、そして危険な香りがした。
黄金女性像はゆっくりとこちらに動き出す。
今更、像が動き出したなんて野暮なことは言わない。
これは彫刻の形をしたムシャであるのだから。
私は後退りをする。なにかは分からないが、確実に危険である、と私の細胞が言っている。
路地裏の時と同じだ。
黄金女性像は一歩、二歩、とにじり寄り、そして私に向かって一直線に駆け出した。
「────ッ!?」
早い。
黄金女性像は、私の反射神経が反応し、避けるより早く私の元に行き、走った勢いのままに私のお腹に拳を強く打ち付けた。
「がはぁ!!!!」
口の中から何かが溢れ出してくる。
それが唾なのか、吐瀉物なのか、血なのか分からないが、とにかく強打により無理やり何かが溢れ出た。
そのまま私は大きく後ろに吹き飛び、壁に激突する。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
お腹が風穴が空いたような、貫かれたような痛みに涙が溢れ出てくる。
今まで、ろくに喧嘩も、暴力も振るわれたことのない温室育ちの私には、耐えられない痛みだ。
「傾ッ!! 待ってろ、今向かう!!」
遠くから剣さんがそう叫び、私の元に駆けつけようとして──黄金郷の手に押し潰された。
私が攻撃されたことにより気が動転し、上から迫ってくる手に気が付かなかったのだ。
「剣さ......」
黄金女性像は私の側頭部に回し蹴りを決め込んだ。
「─────ッッッッッッッッ」
痛すぎて、声も出なかった。
地面に崩れ落ち、身を悶えさす。
めまいが止まらず、胃の中からせり上がる衝動に我慢できずに床に吐瀉物を吐き出す。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。
助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて。
そんなことを思いながら、私は深い闇の中に落ちていく。




