刀── 其ノ捌 「作戦決行」
巴市立美術館。
巴市が誇る建築物であり、数多くの絵画や彫刻、現代アートが飾られている美術館だ。
私は人生で三回、ここに訪れたことがある。
一回目は中学一年生の校外学習。
当時友達だった子と一緒に巡ったが、絵画も彫刻も現代アートも一切として良さがわからなかった。どうやら私は感受性が乏しいらしい。
二回目は中学生三年生の一月。
不登校になって荒んでいた私を憂いた両親が気分転換にと、兄と妹を連れて家族全員で行ったのだが、やっぱり私には感受性が乏しかったし、昔のことを思い出して、嫌な気分になってしまった。
三回目は高校一年生の六月頃。
好きな漫画の原画展があり、篠ちゃんと一緒に行った。
この時が一番、この美術館を楽しむことができた。
そんな、私にとってもかなり印象深い巴市立美術館。
そこにある駐輪場に自転車を止め、三分遅刻をして待たせてしまった剣さんを探す。
正面入口のところに向かうも、そこに剣さんの姿はなかった。どこにいるのだろうか。
すると、前にある草むらからゴソゴソと音を立て、中から剣さんが出てきた。
「剣さんッ!? なんでこんなところから」
「ああ、一般人に見られたらまずいだろ、夜中にこんな見た目をやつを見つけたら卒倒ものだ」
「紅月鎧のウワサもありマスカラネ」
甘利田さんも知ってたんだ、その噂。
剣さんの見た目はいつものように『紅月鎧』の名に相応しい真っ赤な板金鎧に、赤い被り物をつけた姿。
だが、前に路地裏で会った時と違い、腰に刀を携えていた。
「コレ、もしかして青龍刀デスカ?」
「そうだ、よく分かったな」
青龍刀。
中国武術にて用いられる刀剣の総称。
反った刀身に、幅が大きな切っ先が特徴の刀である。
「今回の斬血・剪定刀のムシャは、傾を襲った暴漢のムシャなんかより何倍も強い。念には念をと斜忍がくれたんだ」
廃工場に無断居住しているような斜忍さんがどうやって青龍刀なんて見つけてきたのか不思議に思うが、今回は口に出さないでおく。
また明日にでも聞けばいいし。
剣さんは歩きだし、私たちはその後ろについて行く。
すると剣さんは、『STAFFONLY』と書かれた扉の前で立ちどまった。
文字から予測するに、バックヤードへと続く扉だろう。こんな扉の前に立ち止まって、剣さんは何をするつもりなのだろうか。
「もしかして......ここから中に入ったりなんて──」
「ああ、そうだが。それがどうかしたか?」
なんの躊躇いもなく言い切った。
この人、言い切った。
建物に許可なく入り込んだら、不法侵入で捕まってしまいますよ、剣さん。
「それも承知の上だ。だが今は甘利田の命を最優先に考えるべきだろう。背に腹はかえられんからな」
「それはそうですけど......」
「美術館の職員に──この子がこの美術館に展示されている刀に呪われているので、解呪の為入らせてください──なんて言っても、信じて貰えると思うか?それに、もし体を見せて信じてもらうにしても、なんの問題のない一般人を徒らにムシャの世界に巻き込むわけにもいかない」
「──ムシャに関しては、一度見てしまっただけでも、世界は大きく歪むからな」
剣さんの意見はごもっともではあるが、もしバレたりした際にどんなことになってしまうのかとビビってしまっている自分がいる。
自分から甘利田さんを助けると言ったくせに、直前になってこうだなんて、弱いなぁ私。
「赤信号みんなで渡れば怖くない、デスヨ。もしバレても、ワタシが頑張って隠蔽してアゲマスカラ、安心してクダサイ」
そうだ。
そうだったな。
私は甘利田さんを助けるんだ。
私は甘利田さんを助けなくちゃいけないんだ。
なぜそうなのかは私にもよく分からないが、とにかく私は甘利田さんを助けなくちゃいけない、そんな気がしたのだ。
それに、ムシャなんて超常的な存在を知った私に、今更法律になんてビビっていられるか。
自身の頬を叩き、さっきまでの臆病者の自分に喝を入れる。
思ったより強く叩きすぎて頬が痛いが、それもいい刺激だろう。
「よし、分かった。行こう、剣さん、甘利田さん」
二人と顔を見合せて今一度覚悟を決めり。
どうなってもいい、やってやる。
剣さんは扉の前に立ち、右手で腰に携えた青龍刀を掴み──
ガチャリ、と反対側の手で扉を開けた。
ああ、そういう開け方ね。
「ん、どうかしたか?」
剣さんはキョトンとした表情でこちらに首を傾げる。
正直言うと、その手に持っている刀で扉を斬ったり、扉を破壊して、戦いの火蓋を切って欲しかったが、当たり前に考えると、目立たないように開けた方がいいよな。
そして私たちは、美術館のバックヤードに不法侵入する。
晴れて犯罪者の仲間入りだ。
美術館におけるバックヤードの役目は美術品の保護と展示の準備らしいが、その通りに厳重そうなバックヤードであった。
真っ白な長い廊下に、等間隔にあるドア。無機質すぎてホラーゲームか何かだと言われても遜色がないほどに。
異変起きたら引き返さないとな。
それに暗い。とにかく暗い。
施設の閉館時間をすぎているのだから、明かりが一つもついていないのは当たり前ではある。
懐中電灯ぐらい持っていけばよかったかなぁ。
昨日の夜と今日の昼、甘利田さんとは合計七時間程電話をしたが、本当なんのために作戦会議とやらの電話をしてたのだろう。
てか、通話時間かなり長いな、付き合いたてのカップルか。
今の持ち物はスマホと財布と篠ちゃんのスカートの中に入っていたシャーペンのみだ。
あっ、そういえばスマホのライトあるじゃん。
私がスマホのライトをつけようとポケットからスマホを取り出そうとすると、先頭を歩いていた剣さんが足を止めた。
並び順は前から、剣さん、甘利田さん、私、となっている。間に甘利田さんを挟み、甘利田さんの体に異変が起こっても、すぐに分かるようにだ。
剣さんが足を止めた理由はどうやら、バックヤードの出口、美術館への入口に着いたからだ。
剣さんはそのまま、その入口のドアを開けた。
すると、美術館の中は少しではあるが明かり、間接照明が付いていた。
普通の人からしたら、まだ暗いと言える明るさだったが、さっきまで暗闇にいて、暗闇に目が慣れてきた私たちにとっては十分な光であった。
「ドウシテ、中に電気が付いているのデスカ? ソレに警備員の一人もいませんし」
モット怪盗映画みたいに隠れながら侵入すると思ってマシタノニ、と残念ぶるように言った甘利田さん。
「電気だとか警備員やらの諸々の問題は、今日の昼、斜忍がセッティングした際にどうにかしたらしい。具体的に何をどうしたかは聞かされてないけどな」
「ヘェ〜、斜忍サンって結構スゴい人なんデスネ。昨日会った時は、話していて面白い方デシタけど、手放しに信用できる人かと言われたら正直......」
大丈夫、甘利田さん。四日間毎日会ってきた私もそう思ってるから。
「ははは、まあそれもそうだろうな。俺も斜忍と初めて会った時は、同じような反応だった。それに今も半分......いや、七割......いや、八割ぐらいはそう思ってる」
ほとんどじゃんか、それ。
「あいつは何百年も生きてきて、人間のいいところも嫌なところもたくさん知ってるせいで、どこか人間を達観して見てるところがあるからな。でも俺は──」
剣さんは続けて、
「斜忍のことを信頼している」
そうはっきりと言った。
信用はしていないが、信頼はしている。
信頼はしているが、信用はしていない。
「それに、斜忍はやる時はやるやつだからな。ここに結界を張ったり、甘利田に術式を使ったりもしたくれたらしいしな」
「結界......術式......?」
「ああ、ここには、他に被害が出ないようにしたり、人に見つからないようする御札を貼ったらしい。昨日も甘利田の体を触った際に呪いの進行を遅らせる術をかけたと──あいつは言ってるが、どこまで信じたらいいか」
結界に御札に術式に、オカルト満載なワードがドンドンと飛び出していく。
断じて厨二病では無いが、こういうの好きだぞ、私は。
「斜忍さんってちゃんとした呪術とかできるんですね」
「そりゃ、呪術に聡明な鯨屋先生の元で育てられただけのことはあるからな。それに、大学時代、俺や斜忍の他にそれぞれ、錬金術、符術、降霊術に特化したメンバーがいたからな。大体の霊術ならあいつは使いこなせる」
そこまでそう言われると斜忍さんが何やらすごい人に思えてくる。実際すごい人ではあるのだが......。
だが、凄いです、と素直に褒めることができるのかと言われたらできない。私のプライドの問題だ。
そして今、私たちは美術館の中心にある案内マップの前にいる。
「うーん......困ったな。迷ってしまった」
「堂々と言った!」
「仕方ないだろ、ここで見栄を張る意味もないしな。斬血・剪定刀がどこにあるか、斜忍に聞いてきたらよかったか。刀だったら......一階南の日本工芸品のエリアか? それともまだバックヤードか?」
匂いを頼りにしようとしても結界が邪魔で、と嘆く剣さん。
匂いでわかるだなんて、剣さんは犬か何かなのだろうか。そう見れば、剣さんの頭が犬のようにも見えてくる。
「ねぇ、甘利田さん。甘利田さんがお父さんの仕事を手伝った日っていつだっけ?」
「エエト、確か一週間ほど前デシタ」
一週間前。
それなら大体の場合、荷解きは終わってるはず。よってバックヤードの可能性少なめ。
なら、もう展示されてる?
それなら、剣さんの言ったように日本工芸品のエリアか。
でも、斬血・剪定刀なんていう百人斬りの曰く付き刀を普通に展示するか?
もしかして──
私はスマホを取り出し、ワイファイ繋がり悪めの美術館の中で調べ物をする
開くのは、巴市立美術館公式ウェブサイト。
ここから『特別展示』の枠をタップする。
最新の特別展示、五月十二日から二十八日まで──
『日本の刀展 ~国宝から妖刀まで~』
ビンゴ!
良かった、篠ちゃんと特別展示の原画展に行く時に調べた記憶が残ってて。
「ソレじゃないですか、傾サン!」
「確か、特別展示は二階北エリアだった思う」
「よし、よくやったな、傾! それじゃあ早速行くぞ!」
もうちょっと褒めてくれてもいいんですよ、剣さん。
そんなことを思いながらも、剣さんと甘利田さんの背を追い、二階北エリアへと向かう。
階段を登る。
北に向かう。
特別展示室に向かう。
トントン拍子の流れで向かった私たちの前に、それは待ち構えていた。
展示ケースの中に飾られた多くの刀とは異彩を放つ、専用の展示ケースに入れられている。
──斬血・剪定刀。
鴉村百人斬り事件の犯人の愛刀。
甘利田さんを呪い、体を蝕んだ錆刀。
「これから、斬血・剪定刀をどうするんですか?」
自然に冷や汗が流れてしまう。
何故だ、何故だろうか。
「斬血・剪定刀のムシャが話が通じる相手かによって変わる。通じるタイプなら、基本的こちらが頭を下げて解呪してもらう。だけど、ないだろうなぁ、このタイプなことは。ムシャは悪意の塊だし、人を呪うようなやつは特にだ」
「──だから今回は、この刀をぶっ壊す」
すると、その時、私の脳に直接、とても嫌な気を感じた。路地裏の時と同じ。
──ドサッ──
と大きな音と共に、甘利田さんが地面に頽れる。
なんだ、何が起こったんだ。
「ハァ......ハァ......ハァ......ハァ......ハァ......」
「どうしたの!? 大丈夫!? 甘利田さんっ──」
甘利田さんを抱き抱え、顔を見る。
酷く青ざめ、呼吸が乱れていた。
「痛いッ!! 痛いッ!! 体が......握り潰される......みたいな......感覚......!!」
目線を顔から下に、胸に向けると──
「ーーーーーーッ!?」
ネグリジェを着用し、これでもかと晒し出されていた甘利田さんの巨大な胸は、全てが黒に染まっていた。
黒齣、ということがぴったりな状況である
斬血・剪定刀の呪い。
全身に付いていた黒い手形。
だがもうそれは手形と呼べるものではなかった。
黒い手形が何度も付きまくり、肌の部分の完全に隠されている。
コートを脱がす。
ネグリジェを脱がす。
ナイトブラを脱がす。
ショーツを脱がす。
サンダルを脱がす。
一糸も纏わぬ姿となった甘利田さんの姿は酷く禍々しく、おどろおどろしかった。
体の喉元から下が全て、黒い跡で覆われており、その姿は黒いぴっちり全身タイツを着ているようで、どこかエロティックを感じさせる。
って、こんな時に何考えてるんだ私。
甘利田さんを抱き抱え、少しでも気分が良くなるように美術館の床、木製の床に仰向けに寝かす。
「甘利田さん!! 大丈夫!? 甘利田さん!!」
「あぁ......うぅ......はぁはぁはぁ......んぐぅ......」
私の呼びかけにも応じず、甘利田さんは自分の体を抱き抱え、体中を掻きむしり、苦しみに喘ぐ。
「剣さんッ......! これって......」
「斜忍がかけた術以上に呪いが進行しているッ!! やはり斬血・剪定刀に近づいたからか!!」
甘利田さんは、苦しむ。
とにかく苦しむ。
体中から大量の血が出そうなほど、黒い指の黒い爪で、黒い体を掻きむしる。
白目を剥き、喉元から上やこめかみにはこれでもかと言うほどに血管が浮かぶ。
激しく身悶え、半狂乱になりながら、うわ言にならないことをただ叫ぶ。
甘利田さんがこんなに苦しんでいるのに、私は何もすることができない。
痛みを肩代わることも、呪いを解呪することも。
私はただ、見ることしか出来ない。
こんな私が、自分でも嫌になる。




