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刀── 其ノ漆 「戦の前の静けさ」


闇夜の町を立ち漕ぎで駆け抜ける。

昨日から一晩経って、五月十六日。

現在、時刻は十一時十七分、剣さんとの待ち合わせの時間まで残り一時間を切っている。


そして今は、我が相棒シルバーサイクロンに乗り、甘利田さんを迎えに屋敷へと向かっている途中である。


家から出る際に、四歳離れた妹である杏美里に、──こんな夜中にコソコソ何をしてるのかと不審がられてしまい、そのせいで家を出るのが少々遅れてしまった。

あいつめ、いつもは私になんか興味持たないくせに、こんな時にだけ過敏になって。


かなりのスピードで漕ぎ進む。

ここ巴市は田舎と都会の中間に位置する微妙な町であるため、街灯が少なく前が見えずらい。


だが、微妙な町だけあって十一時を過ぎると外を走る車も、外を出歩く人もほぼいなくなるため、人にぶつかる可能性はほぼゼロである。


ペダルを踏み、前に進む度、体に夜風が突き抜け、心地よい。

私は自転車が好きだ。

私の相棒、シルバーサイクロンとは、かれこれ四年ほどの付き合いがある。


中学二年生の三学期、最後の期末考査で全科目平均点がクラス内五位だったため、父が私に買ってくれたのだ。

メタリックに輝く銀が、どんなマウンテンバイクにも勝る美しさを誇っていた。


私にとって地獄のような事件が起き、学校をサボり始めた際も、毎日シルバーサイクロンに乗り、色んなところを巡ったなぁ。


こんな感傷に浸りながら、自転車を漕ぎ続けていたら、気が付けば甘利田さん家の前にまで着いていた。

静まる民家の並びに一際異彩を放つ、巨大にして絢爛な屋敷。

甘利田邸。


仰々しく構える門の前で自転車を止め、鍵をかける。

最近は自転車の法律が変わり、路上駐車もしずらくなったと聞くが、こんな夜中に路駐の切符を切りに来る警官なんていないだろう。


確か門のパスワードは、


「1AD4────男子と繋がりたい、と」


長くて省略してしまったが、このパスワード、本当に覚えるのが難しい上に、覚えたくもないな。


パスワードを入れると、門は大層な音を出しながら開いていく。

近隣迷惑という点は目をつぶっておこう。


門をくぐり、甘利田邸の敷地内に足を踏み入れる。

予め、甘利田さんには──勝手に入ってきていいと了承は貰っているが、なんだか泥棒をしているような気分になってくる。


大丈夫、私は甘利田さんを呼びに来ただけだ、何もやましい事はない。

そう自分に言い聞かせ、石畳の道をわざと踏み鳴らしながら歩く。


すると、噴水の前にギラリとこちらを睨む眼光が。


「うわあああ!! 私、まだ何も盗んでませんから!! 泥棒じゃないです!! 堪忍や、堪忍やって!!」


驚きのせいで謎の関西弁が出てしまった。

中途半端な関西弁なんて、関西人がいちばん嫌うものなのに。


「怖がらせるつもりはなかったのですが......」


そうおずおずと口に出した、鋭い眼光の持ち主は、聖蓮さんだった。


「聖蓮さんだったんですか。あんな睨まれたら誰だってびっくりしますよ」


「睨んでいたつもりはなかったのですが、最近老眼で暗いところだと見えずらくて」


そう言い、目尻を摘む聖蓮さん。

この細い目にあんな鋭さがあるなんて。

あれは獲物を狩る獣のような目であった。

でも、これぐらい怖くなきゃ、甘利田家の執事なんてできないんだろうな。


「傾様、先程驚いた際、『まだ何も盗んでませんから』と仰ってましたが、『まだ』とは一体どのような意味でしょうか?」


「............。まぁ言葉の綾というか、その時のノリと言いますかなんというか......。あっ、そうだ、聖蓮さんはなんでこんな時間にここに?」


話をすり替えた。

正直、強引なすり替えではあったが、聖蓮さんは会話を戻さないでくれて、そのまま、


「その事ですが、昨日の晩にお嬢様の部屋から声がしまして、それを盗み聞き......ゴホン、たまたま耳に入ってしまい......」


あっ、この人今、盗み聞きって言った!

昨日の晩は確か甘利田さんの寝る前に電話をし、作戦会議をしていた。

なら、甘利田さんの体のこと、聖蓮さんに知られ──


「お嬢様のお体のことに致しましては、少し前から気づいておりました。具体的にどうなっているかはわかっておりませんが、ここ数日、お嬢様の体の露出が極端に減ったことと、何か焦ったように調べ事をしていることから何かあったのではと」


「聖蓮さんが異変に気づいていること、甘利田は知って──」


聖蓮さんは、よく小さな悪戯を一緒になってしてくれた、近所に住んでいる何個か年上のお姉ちゃんのように、口に指を当てた。


「このことは私と傾様、二人の内緒事にしましょう。では、屋敷内に入りましょうか。お嬢様も待っておりますと思います」


聖蓮さんが後四十歳ほど若かったら惚れていたかもしれない。

私たちは生まれた時代が違ったのね......。

侮れない男、聖蓮四郎。


「あの、冥土さんは一緒じゃないんですか?」


こんな質問をしてしまった理由は、単純に冥土さんを吸いたいからである。

私の体が冥土さんの体を、匂いを、温かみを求める。

まずい、ロリ禁断症状が出てしまった。

抑えなければ。

なんまいだ、なんまいだ。


「冥土は、いつも十時頃には就寝してしまってまして」


「子供か!」


見た目が子供みたいだけど中身はキチンとした大人であることが売りではなかったのか。

これじゃあ中身までロリ、ガチロリのロリロリじゃないか。


聖蓮さんがドアを開け、私たちは中に入る。

すると聖蓮さんは口を開き、


「お嬢様は、少し完璧になろうとし過ぎるところがございます。お嬢様が赤ん坊の時にお母様が亡くなり、お父様もお仕事で多忙になり、お嬢様は私一人で頑張らなくてはと、甘利田家を継ぐのにふさわしい人間にならなくてはと、頑張りすぎており......」


聖蓮さんは続けて、


「ご友人とも、私たちとも一線を置き、何かを隠しているような、そんな気がするのです。お嬢様が誰かを家に招き、相談をするなんて信じられぬことでして。どうか、どうか傾様、お嬢様の支えになってください」


深々と頭を下げる聖蓮さん。


「頭を、頭をあげてください聖蓮さん......。私はただ甘利田さんに────いや、任せてください。私が甘利田さんを助けますから」


そう、言い張ってしまった。

聖蓮さんは一言──ありがとうございます、と言ったあとはどこかへ行ってしまった。


よし、それじゃあ甘利田さんの部屋に行くか。


「アノ......」


「わっ!」


いきなり後ろから声をかけられ、また驚いてしまった。

この屋敷で暮らしている人たちは皆、一回は来客を驚かせないと気が済まないのだろうか。


「さっき、誰かと話してませんデシタカ? 声が聞こえてきてイテ」


「えっ......? あ、あれ、話してないけどなー。多分、私の独り言かも。私、独り言多いタイプだから」


「ヘー、ソウナンデスカー」


露骨に引かないでよ、傷つくからさ。

ピンクのネグリジェの上から、これまた高そうなコートを着た甘利田さん。

同じ屋敷に住まう信用した相手にも、今の自身の体を見られたくないのがわかる。


「ソレジャア、行きマショウカ。早く動かないと誰かに見られてシマイマス」


私たちは颯爽と甘利田邸を後にする。

門の前に置いておいたシルバーサイクロンが窃盗にも合わず、路駐禁止の紙も貼られていないことを確認し、サドルに乗り込む。

荷台のところに甘利田さんを乗せ、出発する。


薄いネグリジェを着ているため、甘利田さんの巨大な胸の柔らかさが背中にふんだんに伝わってくる。

嬉しい気持ちと妬みの気持ちが交互に襲いかかってくる。

心が二つある。


ここから美術館までは近いので、まだ時間に猶予はありそうだ。自販機にでもよって寄ってジュースでも買っていこうか。念の為、財布にはなけなしの千円札が一枚入っている。

私と甘利田さんと剣さん。三つぐらいは余裕で買える。


というか剣さんはジュースとか飲むのだろうか。

機械だからそういうのは飲まないのか、いやでも確か剣さんは普通の人間よりは劣るが味覚はあると言っていたような。

それだったら食べ物や飲み物の味を楽しんだりもするか。


そんな事を考えながら適当に運転していると前から人が──


「危ないっ!」


ぶつからないように急ブレーキを踏み込む。

まさかこんな時間に歩行者がいるとは思わなかった。私の怠慢である。


私はぶつかりそうになった相手の顔を見る。


「すいません──って、篠ちゃん!?」


「誰かと思ったら柊明ちゃん、やほやほ」


篠ちゃん。

笹野原篠。

高校一年時の私の唯一の話し相手で、最近失踪から戻ってきた大病ガールである。


「ン? 傾サン、コチラの方はお知り合いデスカ?」


私の後ろから顔を覗かせた甘利田さん。

そんな甘利田さんを見て篠ちゃんは、


「だ、誰よその女! 柊明ちゃんのシルバーサイクロンの後ろにそう易々と乗るなんて! 柊明ちゃんの後ろには私にしか乗せないってあの時言った言葉は嘘だった、の?」


「あれ、篠ちゃんいつもとノリ違うくない? なんで浮気された女性みたいな話し方に?」


それに、篠ちゃんをシルバーサイクロンに乗せたことはあるけれど、篠ちゃんしか乗せないと言ったことは一度もないぞ。


「アラ〜、いきなり突っかかってきて何様でございますか〜? しかし、傾サンはもう身も心も私のモノになってしまいましたからね。傾サン、いやマイダーリン」


「なんで甘利田さんは乗り気なの!? それに既婚男性を誑かす悪い令嬢みたいなキャラは何?」


「で、でも私と柊明ちゃんは今まで過ごしてきた日数が違うから! 私たちの愛はぽっと出のあなたなんかに負けない!」


「デモ〜、既にワタシたちは裸を見せあった関係性デスノデ」


「ねぇ、変な言い方で言わないで。あれは仕方なくだから、仕方なくだからね」


「それじゃあ私だって、寝てる柊明ちゃんに▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢したことあるから」


「え、今やばいこと言わなかった?なんて言ったの?」


「今夜は右脳で抱きしめて、って言ったよ」


「違うでしょ!!」


今から甘利田さんの呪いを解呪しに行こうとしてる時に、調子狂うなぁ。


「それで篠ちゃんは、なんでこんな時間に外を歩いているの?」


聞いておかないといけないことを聞いておく。

どうしてこんな夜中に篠ちゃんは歩いているのだろうか。それも一人で。


「散歩......だよ。急に散歩したくなることってあるでしょ、柊明ちゃんにも」


「まぁあるっちゃあるけど......」


こんなか弱い少女が制服姿のまま、深夜に一人歩いていたら、襲われるかもしれない。何せ、この私も数日前に襲われた経験があるのだから。


それに、襲われた場合に、篠ちゃんは抵抗することはほぼ無理だろう。

この骨と皮だけでできたような体を見れば一目瞭然だ。


「こんな夜中にせっかく出会えたんだし、毎度の如くやってる性癖発表会でもしよっか」


「そんな恒例行事みたいに言われても。別に私、篠ちゃんと会う度性癖発表会なんてした覚えないよ!?」


性癖発表会なんて場を設けて話したことは一度もない。


そもそも篠ちゃんと下ネタ的な猥談はあんましたことなかったな。

篠ちゃんそんな下ネタとか言うタイプじゃなかったし。

しばらく会ってない間にかなりキャラ変したな、篠ちゃん。まぁ私、下ネタ好きだからいいや。


「宣誓ー!! 私は学園モノと純愛モノが好きです!!」


うわっ、してもいいって言ってないのにやり始めた。

それも両手を後ろで組んで、腹から声を出す選手宣誓スタイルで。


「ワタシはッ、露出と触手とおしがまが好きデスッ!!」


「甘利田さんも乗らなくていいからっ!」


我慢なんてしてるから嬉しいことがあったはずみに膀胱の括約筋が緩んで、嬉ションなんてしちゃうんだぞ。


「確か柊明ちゃんが好きなのはお尻にゼリーを入れたあとチューブを繋ぎあっ──」


「私にそんなニッチな性癖ないから!!」


本当に何それ、その性癖。

もしそれが好きな人がいたとして、私は分かり合えそうにないな。


「あっ、思い出した。私、柊明ちゃんに渡したかったものがあるんだよ......」


そう言うと、篠ちゃんはスカートの中をまさぐり、一本のペンを取り出した。


「はいこれ、柊明ちゃんに貸してもらってペンだから返すね......」


「ねぇ今どこから取り出したの?」


「パンツの外だから安心して」


どこに安心できる要素があるのかわからなかったが、篠ちゃんからペンを受け取る。


「あれ......? これいつ篠ちゃんに貸したっけ?」


「高一の二学期の化学の授業の時に貸してもらったよ」


「その時から今までずっとスカートの中に入れてたってこと──」


「うん、そうだけど。毎日寝る前に『明日はもっといい日になるよね』って声もかけてあげたし」


「ハム太郎かっ!!」


私のペンは『へけっ』なんて返事はしない!

ただのペンだ。

近所の文房具屋で買ったシャープペンシルだ。


「アノ......傾サン、ソロソロ行かないと......」


少し慌て気味の甘利田さんに差し出されたスマホの画面を見ると、時刻は十一時五十一分を超えていた。


やばい、篠ちゃんと話しすぎたな。

美術館に急がないと。


「ごめん、篠ちゃん。私たち行かないといけない場所があって」


「そうなんだ、じゃあまたね」


篠ちゃんに別れ、再び自転車を漕ぎ始める。

遅刻しないように急ぎめで。


篠ちゃんと甘利田さん、意外と気が合いそうだったな。

自己紹介もできてなかったし、今度三人で話す場でも作ってみるか。


「傾サンにも、あんな楽しそうに話す友達がいるんデスネ......」


甘利田さんはそんなことを言い出した。


「篠ちゃんは──友達じゃないよ。私、友達を作らないって決めてるし。それは篠ちゃんもわかってることだし──」


これは私が篠ちゃんに初めて会った時に言ったことであり、篠ちゃんは受け入れてくれて、私たちの関係は続いている。


あの時の廃倉庫の時から。


「でもそれってなんだか──ズルい、デスヨネ」


「ズルいってどういうこと?」


甘利田さんはそれ以上、何も言わなかった。

何も言ってくれなかった。


私はただ、無心に自転車を漕ぎ続けた。



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