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刀── 其ノ陸 「斬血・剪定刀


「アッハー、これは多分『斬血ざんけつ剪定刀せんていとう』だねぇ」


今現在、巴市の町外れにある廃工場。

斜忍さんはいつもと変わらぬ、人を小馬鹿にしたような態度でそう言った。


斜忍藤。

男でも女でもない、人間でもムシャでもない、矛盾だらけの存在。

私の命の恩人である剣さんの育ての親でもある。


甘利田さんを助けるとは言ったものの、残念ながら私には、ムシャに対抗する手段も、ムシャに対する専門知識も持ち合わせていないため、斜忍さんや剣さんに力を借りるしかない。


甘利田さんとの話の後、服を着替えた私たちは甘利田邸を出た。

その際、聖蓮さんが送ってくれると言っていたが、あのリムジンで廃工場まで行くと、目立って辺りに人が集まり、最悪通報されかねないので、私の家の前まで送ってもらった。


家に着いた後は、家に入らず、玄関前に置いてある自転車(我が相棒、名前はシルバーサイクロン)に二人乗りで、廃工場に向かったのだった。


「ザンケツ・センテイトウ?」


甘利田さんは赤いソファの真ん中に座り、斜忍さんに聞き返した。

行く途中にムシャの存在や、剣さんと斜忍さんについては触りだけ説明したのだが、案外緊張してないというか。

まぁ、その方がやりやすいのだが。


「まぁず、見た感じと匂いからムシャの仕業だっていうのはわかってるからぁ」


「匂い? ムシャって匂いでわかるものなんですか?」


「もしかして、ワタシ臭イ?」


甘利田さんはそう言い、心配そうに脇辺りの匂いを嗅ぐ。


「いやぁ、汗の匂いはちょっぴぃーりだけしたけどさぉ。そういうのじゃあなくてね、ムシャには特別に匂いがあるんだよ、言葉では表せない嫌なね」


そう言いながら、甘利田さんの胸の谷間に鼻先と顔を埋める甘利田さん。

何やってるんだ、この人は。

それに甘利田さんもどうして初対面の人(正確に言えば人ではない)に胸元に顔を突っ込まれ、嫌な顔一つせずに平然としていられるんだ。


「ムシャの匂いはねぇ、ツルギ君が一番過敏に反応できるんだけどねぇ。ほら、こっち来て嗅ぎなよぉ〜ツルギ君」


「あぁ、そうだな......。匂いは近づかなくても十分、漂ってくるから......大丈夫だ」


初対面からぐいぐい距離を近づけてくる斜忍さんに対し、遠巻きから見ているだけの全身赤の鎧を来た機械人間こと剣さんに甘利田さんは、


「傾サン、ワタシ戦刃通サンに嫌われてるのでしょうか......。ワタシから離れたところに座ってマスシ、ワタシが目を合わそうとしてもソッポを向いてしまって──」


私の耳に囁く甘利田さん。

さっきから剣さんが甘利田さんに対して素っ気ない態度なのは、剣さんが甘利田さんのことが人間として嫌いだから──とかいう嫌な理由では一切ないだろう。

むしろ原因は甘利田さんの方にあると思われる。


その原因は、甘利田さんの今の格好。

甘利田邸を出た際、甘利田さんが身につけた衣類は、薔薇の刺繍があしらわれた紫のパンツ、黒いスパッツ、そして半袖のTシャツのみ。


暗くて誰にも見られない。

つけてない方が楽。

という二つの理由から、ブラジャーを身に着けていない。


Tシャツを一枚ぺらりとめくると、中にある肉の塊がこぼれ落ちてしまいそうな──。

そんなあられもない上半身を、斜忍さんからの触診だという理由で、惜しげも無く首元までTシャツを捲っている。


いくら重要な部分が黒い手形で隠されているとはいえ、乳は乳である。


見てくれは人間には思えないが、中身はれっきとした十七歳の青年である剣さんからしたら、この上ない劇薬である。


「多分、剣さんが甘利田さんの方を見ないのはあ思春期的なやつだかさ、嫌われてるとかあんまり気にしなくていいと思うよ」


「いやぁ〜、思春期っていうのは、よく分からないねぇ。僕にはぁ」


「ウーム、だとしても私が体を晒しているのにチラ見すらされないとは、これはこれで傷つきマスネ。ワタシのカラダを見た男子生徒たちは皆、腰を屈めるのに......」


とんでもないことを当たり前のように言った甘利田さんは、顎に手を当て考える素振りを数秒した後、急に何かを思いついたかのように顔を明るくさせ、


「思春期──ってことは、ワタシのカラダに興味がないのではナク、ワタシのカラダには興味があるけれど恥ずかしかったり、ワタシの気持ちを考慮して見れないってことで デスヨネ!! そんなこと考える必要はアリマセン!! 好きに見ていいデスヨ、戦刃通サン!! いや、見てクダサイ!! ワタシのプライドのために!!」


そう叫び、剣さんの元へと胸を晒しながら、揺らしながら躙り寄る甘利田さん。


「うおぉぉぉぉぉぉ!? なッ、なんで近づいてくるんだ!? 助けてくれっ、傾! 斜忍! 甘利田を止めてくれ!!」


何やら意味のわからないことを叫びながら暴れる甘利田さんを制止するのにかかった時間、およそ十五分。

この人、いつも学校で見せている姿とは真逆なほどに違うな。

学校での甘利田さんと今の甘利田さん、どっちが本来の甘利田さんなのだろうか。


甘利田さんが落ち着いてからしばらくした後、本題に入るために私たちは配置に着く。

私と甘利田さんは隣り合わせでソファに座り、剣さんは少し離れたところに置いてある椅子に。


すると、ホワイトボードを持ってきた斜忍さんは黒のマーカーで『作戦会議』と滲んでほぼ読めない文字で書いた。


「あ、うん。そんなところで作戦会議と洒落込もうじゃあないかぁ」


「『刀』にまつわる呪いっていうのはぁ色々あるんだけどぉ」


「例えば、徳川殺しで有名な妖刀『村正』なんかが有名だな」


斜忍さんの説明に剣さんが具体例を補足する。


妖刀。

呪われた刀。

ファンタジーや漫画などではよく使われるアイテムだ。


「アマリダちゃんが触ったっていう刀も、妖刀のうちの一つ、斬血・剪定刀って訳だ」


「それにしてもアマリダちゃんのお父さんはなかなかに厄介なものを持ってたもんだねぇ。斬血・剪定刀なんて呪物の中でも、かなぁり激ヤバなタイプの呪物だから、本業の呪術使いでも手を出さないレベルだよ」


斜忍さんは漫画や文芸書、論文が入り交じった本棚から、一冊の古い本を取り出した。


「斬血・剪定刀は『鴉村百人斬り事件』に使われたとされる刀だよ」


──鴉村百人斬り事件。

その物騒な言葉の響きに、思わず強ばり、唾を飲み込んでしまう。

甘利田さんと剣さんの反応も同様であった。


「この本に掲載されている内容によれば──江戸時代中期、都の離れにある一つの村で起こった事件である、と。その時はまだ鴉村っていう名前じゃあなくて違う名前だったらしいんだけど、この本には書いてないねぇ。なんだったんだろう?」


私たちとは対照的にへらへらと笑ってみせた斜忍さんは続けて、


「だがある日、何者かによって村の人間全員──老若男女問わず全ての村人がひとり残らず斬り殺された。『百人斬り』と言われているものの、実際の被害者は百人をゆうに越えたと書かれているね」


「血に塗れた村に鴉が死肉を求めごった返していたのを見た人が、『鴉村』だなんて名前をつけたらしいよぉ」


名前を聞いたときから薄々思ってはいたものの、かなり胸糞な話である。

それに『何者かによって』ということは、百人斬りの犯人──斬血・剪定刀の持ち主はこの事件の後も見つからぬように正体を隠し、その後も生き続けていたのだろう。


「この本ねぇ、最後らへんのページが全部墨で塗りつぶされているんだよぉ。それもかなぁり昔に。ま、これは別に何も関係ない話だけど」


斜忍さんは妖艶に笑いながら、本を本棚に仕舞い直した。


「ジャア、ワタシはその斬血・剪定刀の持ち主の呪いに呪われたということデスカ?」


「いやぁ、それは違うねぇ。斬血・剪定刀には三つの魂が宿ってると僕は推測する。一つ目は刀の持ち主、百人斬りの犯人の残留思念。そして二つ目は被害者の怨念。最後三つ目は刀の意思」


「刀の意思?」


「なんだぁ知らないのかい。人に人の、虫には虫の、草には草の意思があるように、刀にだって意思はあるんだよぉ。こんなことオセアニアじゃあ常識だよぉ」


いやここ日本だし。

ジャパニーズ。

ベリベリジャパニーズ。

四日ほど会ってきて今更かもしれないが、この人本当に信用できるのか?


「アッハー、そんな怪訝な顔しないでよ、カブキちゃん。僕のことは信用してくれていいよ〜、オレオレ詐欺ぐらい信用してくれていいよぉ」


「それ、信用しちゃいけないってことじゃないですか!」


「じゃあ、『レターパックで現金送れ』ぐらいかなぁ」


「『レターパックで現金送れ』は全て詐欺です!」


「斜忍に傾。これは甘利田の命がかかってる問題なんだぞ。少しはしっかりとな」


剣さんに叱られてしまった。

ごもっともの意見なので言い返すこともできない。

ふと、隣の甘利田さんを見るとくすくすと笑っていたので、プラマイゼロと言ったところだろう。


「話を戻すと、アマリダちゃんの症状を見るに、三つの魂の中の二つ目、被害者の怨念がアマリダちゃんを呪ってると僕は思うんだぁ」


「では斜忍サン、コノ被害者の怨念とやらをどうにかする方法は何かあるのでしょうか......?」


おずおずと質問した甘利田さんに対し、斜忍さんは、


「ん? そんなこと簡単だよ、斬血・剪定刀から被害者の怨念を祓っちまえばいいんだ。祓えなくても刀をぶっ壊したらいいし。確か、巴市立美術館にあるんだよねぇ」


刀を壊す、これだけで終わるなんて、とても簡単な話じゃないか。

もし、甘利田さんのお父さんに何か言われても、大事な娘が命の危機だと説明したら了承してくれるだろう。


「なら、今すぐにでもみんなで──」


「時期尚早──だよ、カブキちゃん。確かにアマリダちゃんを今すぐにでも救いたいっていうのはわかるけどねぇ。僕たちにも色々と準備したいことがあってね、それにカブキちゃんたちも学校があって疲れてるだろぉ」


「──じゃあ、明日、五月十六日の夜中十二時に巴市立美術館の前で集合だ。それでいい?」


こちらにウインクをして返答を求める斜忍さん。

これに対し、甘利田さんはとっておきのウインクで返した。

これ、私もしなくちゃいけないやつかな。

えい!


ぎこちなくも私もウインクをする。ウインクをしたのなんて何年ぶりだ......いや、人生で初かもしれない。

人生で初のウインクがこれなのは少し嫌かもしれないな。


残されたのは剣さんだけ。

剣さんはただ困惑の表情から変えなかったが、意図を理解すると、


「お、俺はやらないからなッ!」


「............」


「............」


「............」


無言。

私たちは無言の圧力で、ウインクのまま剣さんを見つめ続ける。

しばらくしてこの雰囲気に耐えられなくなったのか剣さんは、


「うぅ......恥ずかしい......」


と言いながら、ウインクをしてくれた。

空間にいる全員がウインクで互いを見つめ合うという気まづいのか、よく分からない流れがしばらく廃工場内に続いた。







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