刀── 其ノ伍 「裸の付き合い」
負けた。
めちゃくちゃに負けた。
めっためたに負けた。
滅多打ちに負けた。
私と甘利田さんの間で行なわれた野球拳対決。
その結果は零勝六敗、紛うことなき惨敗である。
私ってこんなにじゃんけん弱かったんだ。十六年生きてきて初めて気づいた発見だ。
まず最初、一回戦目、セーラー服をもぎ取られるという最悪のスタートから続けて、二回戦目にスカートも。これでもう既に恥ずかしい姿に。
そして三回戦目、パンツを脱がせようとする甘利田さんに何とか懇願し、ローファーと靴下と云う二つの防壁を手に入れたものも束の間、直ぐに二回負け、防壁は無事崩壊した。
残されたのは、ブラジャーとショーツのみに。
もうあとが無くなった私は背水の陣を敷き、自分を乗り越える、自分の運を乗り越える為に、チョキ二連撃という決死の作戦に出た。
両腕を組んで手首の隙間から見たら、確かにチョキが写っていたんだ。
しかしこの世は不条理。神様は私みたいな根暗喪女より陽キャ美女の方が好きらしい、まあそれは神様でなくとも誰でもそうだと思うが。
甘利田さんの二連撃グーにより私は無事敗北、無事全裸。
ひっぺがされた私の衣類は全て、甘利田さんによって丁寧に折り畳まれ、床に置かれている。この丁重さが逆に恥ずかしさを際立たせているだが。
「ムフー、コレが傾サンのカラダ。クラスメイトの裸の姿をしっかり見るなんてワタシ、初めてです」
「私も初めてだよ、クラスメイトに裸の姿をしっかり見られるのは」
それもろくに話したことのない、クラスカースト上位の一軍陽キャ女子の甘利田さんに見られるなんて。
それにしてもめっちゃ見てくるな、甘利田さん。
私の体、つむじからつま先までをじっくりと、そしてじっとりと。
「ムフフー、やはり小ぶりな方デスカ、服越しからは分からなかった細部の形までくっきりと」
「!? どこ見てるの、変態!!」
「いやー、ドコを見ているかなんて聞かれても〜、もしかしたら顔かもしれませんし、足の話かもしれません。ナノニ、どうして傾サンは胸を隠すのデスカ?」
こんなデカイ胸をたゆんたゆん揺らしながら、言われても困る。
私と甘利田さんの間で明らかに大きさに格差があるのは胸だけだ。
「そんなにワタシの胸ばっかり見て、頭の中がおっぱいおっぱいになってマスワヨ」
「それを言うなら、いっぱいいっぱい! 私の頭の中を思春期男子中学生みたいにしないで」
例え男子中学生だとしても頭の中がおっぱいオンリーになることは多分ないだろう。
いや、甘利田さんの壮大な双丘を見たらおっぱいオンリーになってもおかしくは無いな。
逆にならない方が雄として、種として、普通ではない。
「マア、慎ましい胸がお好きな殿方だっていると思いマスシ。ソレに、傾サンの持ち味はバストではなくヒップの方デスカラ。お尻のサイズならワタシと同じぐらい、いやそれ以上の──」
「私お尻大きくないから!!」
はぁ、どうして揃いも揃って私のお尻が大きいことにしたいんだ。私は胸も尻も普通、平均サイズ、オーソドックスである。
「マァマァ胸の話もそこそこにして。さっきから傾サンを立たせてお話するのも忍びないですし、よかったらベッドにでも座ってください」
甘利田さんは促すようにクイーンサイズのベッドを叩く。
正直言うと、座るの躊躇うんだよな。
今の私の状態は全裸。こんな状態でベッドに座るなんて、すごく不衛生。
高そうなベッドに泥を塗るようなことはしたくない。
「イエ、そこの点に致しましては心配なさらず、ワタシにとってはご褒美デスノデ」
「......」
そうだ、甘利田さんは変態なんだった。それもかなりマニアックの。
そうとまで言われ、座らないですとも言えないので仕方なく、ベッドに座る。
ベッドは底つき感が一切なく、私のお尻が深く沈むこんでいく。一応言っておくが、私のお尻が大きく重いから沈んでいる訳でない。
私は深呼吸してから、野球拳などでズレていた話の筋道を元に戻す。
「それで、どうしてカラダのことを話す相手に私を選んだの? 見知った人には言えないとはいえ、わざわざ私なんか──」
誰かに頼られるというのは誰かに信頼されることと同義。
私が最も疎み、嫌うことだ。
「ソレは、傾サンならワタシの話を真剣に聞いてくれと思って......。嘘だと思わず、親身に聞いてくれて、変なことを言っても受け止めてくれそうダッタノデ──」
これじゃただのサンドバッグ、感情の吐き出し場所、痰壺のようなものじゃないか、私は。
「──デモ、一番の決め手になったのは、昨日のお昼休み、傾サンが一人机で『怪奇事象レポート其の参』と書かれたファイルを読んでいて。その時、ワタシは自身のカラダに起こった現象が、病気ではなく呪いか何かの類だと思っていたトキデ。何か怪奇現象に詳しいんだったらワタシのカラダの呪いについて何かわかることがあるのデハト」
『怪奇事象レポート』。それは斜忍さんが大学時代に、遭遇したムシャとの記録を仲間と共にまとめたファイル(全部で七冊ある)であると、斜忍さんは言っていた。
このレポート、実に面白いのだ。
妖怪や都市伝説についてまとめられた本はいくつか呼んだことはあるが、そのどんな本よりも正確性がある。
このムシャがどんな性質で、どんな攻撃方法があり、どうやって祓うことができるのか、などがびっしりと載っている。
数日前、斜忍さんから貸してもらい、見てみるとすごくハマってしまって、家でも学校でもずっと読んでいたのだが、まさかそこを見られているとはな。
私は誰にも注目されず、クラスのほとんどの人に名前すら覚えられていないのではと思っていたのに。
「イヤイヤ、傾サンはカナーリ有名デスヨ。いつも静かで自分からは誰とも話さないけど、頼まれ事は嫌な顔ひとつせず引き受けてくれるので、裏では『氷壁の委員長』というあだ名がつけられるほどに」
「何その絶妙にダサいあだ名。別に、悪口的な意味は何も含まれてないけど、何か嫌だ」
「それに、中学時代もかなり有名だったデスシ。何せ成績も学校内でほぼトップだったとか、夏休みのほとんどをボランティアに費やしたとか──」
中学時代、私にとっては思い出したくない記憶ではあるが、甘利田さんが言っていることは全て事実である。
あの時は勉強をすることも、誰かのために尽くすことも楽しいと思えた。
中学三年生の時、あんなことが起こるまでは。
あの事件の後から私は勉強も一切しなくなったし、ボランティアなんてもってのほかだ。
私は、過去の私を殺したのだ。
「なんで中学時代の話を甘利田さんが......?」
「なんでも何も三年間クラスは違えど、同じ中学でしたので噂ぐらい耳に入ってきますわ。それに輝色中学校を卒業した大体の生徒はワタシたちと同じように真御井高校に進学していますので、中学時代の傾サンのことを知らない人はほぼ居ませんよ」
そうか、同中だったのか。一切知らなかったな、そんなこと。
それに私の中学時代を知る人がかなりいるとはな。最悪って気分だ。
高校に関しては、元々それなり偏差値のいい高校に行こうとしてたのを、人生がどうでもよくなって勉強をやめて、なし崩し的に入っちゃったからな。もう少し考えればよかったか。
「それに、本当にうわさ程度ですが、中学三年生の時、色々あった、と──マァ、プライバシーの侵害ですのでこれ以上深くは聞きませんが──」
甘利田さんは私の前でバレエか何か踊りながら言った。
誰に中学時代を知られていようとこんなこと、もうどうでもいい。
今はもう学力は中の下だし。友達は作るのをやめたし。
以前の私はもういない。これでいいんだ。
あと二年経てば、高校も卒業するし。
それにしても、見ていて惚れ惚れするほどのバレエの上手さだな。
洗練されているというか、完璧に作り上げられているというか。
「今、ワタシのバレエが上手いと思いましたネ」
「なッ!? 心が読まれた」
「読心術も貴族の嗜みデシテヨ」
すごいな、貴族。
「バレエが上手い? それもそのはず、バレエは習い事の中でも一番最初に始めたものデスノデ」
「習い事、甘利田さんいくつぐらいやってたの? お金持ちっていっぱい習い事してるイメージがあるから気になっちゃって」
「えーと、確か。バレエ、水泳、茶道、琴、セパタクロー、囲碁、ピアノ、そろばん、スケッチ、バレー、歌、ソフトボール、チェス、テニス、哲学、ダンス、習字、華道、体操、料理サッカー、ゴルフ、ギター、将棋、剣道、空手、合気道、柔道、ボクシング、テコンドー、多岐にわたり、ほとんど今も続けてますね」
多い、多い、多い、多い、流石に多すぎるよ。
私なんか唯一通っていた水泳も『バタフライ』という壁にぶつかり、いくらたっても上手くできなく、もう辞めたい、と小三で母に泣きついたものなのに。
それにこの人、踊っているバレエの中にフラメンコだとかブレイクダンスとか色んなダンスを織り込んでる。
多才だなぁ、本当に腹が立つほどに。
しばらくすると、甘利田さんは踊るのを止め、こちらに近づいてきた。
「デモ、今日は傾サンに、迷惑をかけてしまいましたね」
「わざわざこんな所まで来てもらって、傾サンにとってはどうでもいい話なのに」
「ワタシ、傾サンを好きに愚痴を吐ける都合のいい相手か何かだと思ってしまってましたね、すいませんでした。でも、こんな話ができる相手、傾サンが初めてで」
甘利田さんは深々と腰を曲げ、こちらに頭を下げた。
「そして、何か少しでもあてがあるのなら──」
「──どうか、ワタシを助けてください──」
甘利田さんは私の目の前で土下座をした。
え......あ......。
この時、今の状況のおかしさに気づいた私は、どんどん青ざめていく。
私は、私は何をやっているんだ。甘利田さんに土下座までさせるなんて。
最初に手形を見た時からムシャの仕業だとバレエある程度わかっていただろう。
それなのに、それなのに私は、何も言わなかった。
助けれる術を持っていたのに、信用されたくないだとかの、自分を守るだけためのちっぽけな虚飾の自尊心が邪魔をしたのだ。
最低だ、最低だ私は。クラスメイトに土下座をさせるなんて。
人を助けることは嫌いだ。
友達を作ることは嫌いだ。
人に信頼されることは嫌いだ。
人に信用されることは嫌いだ。
でも助けを求められ、解決できる可能性のある手段を持っているにそれをしない。
そんなことをしたら私は、人として大事な何かが失ってしまうような、そんな気がした。
もしそのまま、甘利田さんの頼みを断ったら、甘利田さんはどうなってしまうだろうか。
じわじわと呪いに侵され、死んでしまうかもしれない。
その時、私は甘利田さんを見殺しにしたことになるのだ。
甘利田さんは私よりも多くの人間に愛されているし、死んでしまった多くの人が悲しむだろう。
関係が薄いから。
見知った仲ではないから。
そんな自己欺瞞の言葉を吐き続け、見殺しにした罪から逃げ続ける。
──そんなの、私が嫌いな人間と同じじゃないか。
「ナ、ナンテネ、ハハ。お見苦しい所を見せてしまいましたね」
起き上がった甘利田さんの頬には涙が伝っていたのがわかった。
手で顔を拭い、気まずそうに頭を搔く甘利田さん、その声はとても震えていた。
雨に濡れた子犬のように震えていた。
「もし、ワタシの身に何かあっても、聖蓮や周りには何も言わないでください、お願いです。服を着た後すぐ、聖蓮に車を手配させますのでこれでは──」
私は勢いよくベッドから立ち上がり、甘利田さんの手を掴み、思い切り啖呵をきった。
「私が──どうにかして甘利田さんを助けてあげる!!」




