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追放された貧乏伯爵家の在庫係、余り物に触れると『次の持ち主』が見えるので倉庫から領地を救います  作者: 花守りつ


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返還倉庫予定地の看板から、予定地の三文字を外します

朝になると、返還倉庫予定地の入口には、昨日より多くの音が戻っていた。


坂の下から、洗われた空瓶が二本、かちりと鳴って上がってくる。診療所の助手が、息を切らしながら青札を掲げた。


「今夜分、足りました。これは、また次の夜へ行く瓶です」


ミラは瓶に触れた。


見えたのは、廃棄箱ではなかった。熱の下がった子の枕元で、同じ瓶がもう一度水で洗われ、棚の端に置かれる場面だった。


「到着確認。廃棄ではなく、次夜配送待ち」


セナが板の一番の下へ、その言葉を足した。


次に、古毛布の端切れを抱えた小屋番の少年が来た。ぼろぼろの端を縫い合わせたものだ。立派な毛布ではない。けれど荷車の座板に敷くと、ピムの膝が冷えずに済む。


「これは余り物ですか」


少年が不安そうに聞いた。


ミラは端切れを受け取り、指先で布目をなぞった。見えたのは、孤児院の夜ではなく、坂道を下る荷台の上だった。賃金札を握った子が、冷たい板に直接座らずに帰れる。


「いいえ。帰り道の席です」


カイが二番の横に、少し大きな字で書く。


『届いた人が帰るまで、到着済みにしない』


水車小屋のリオは、油の染みた布を持ってきた。


昨日、出口の幅を測った同じ手で、彼は布を掲げる。


「歯車の油布です。水車は今朝も回っています。パン屋が、昼までに粉を受け取れます」


ミラが油布に触れると、粉の白い煙と、焼き場の女将が麦袋の名札を確かめる指が見えた。歯車は歯車で終わらない。粉になり、パンになり、診療所の粥になる。


「三番。物は、次の手順へ渡るまで閉じない」


リオが自分の字で加えた。


その横へ、麦袋の名札が置かれる。黒ずんだ紐には、焼き場番ロドの名前が残っていた。


ロドは黒パンの包みを胸に抱え、少し照れた顔で言った。


「昨日の半日分で買いました。俺の名前で」


ピムが隣でうなずく。


「私の札も、後日じゃありませんでした」


賃金札の控えが、板の下に並ぶ。紙切れは小さい。けれどそれが手に渡ると、人はパンを買い、坂を下り、明日もう一度ここへ来るかどうかを自分で決められる。


坂の上から、バルトの使いが封筒を持ってきた。


『返還倉庫予定地に関する補填費および商会出入りの仮処理』


長い題名だった。


ミラは封筒を破らなかった。昨日のように怒鳴る声も、ここにはいない。彼女は青札を一枚取り、封筒の上に貼る。


『生活到着確認前の一括処理、保留。補填費は、夜薬・帰路・水車・賃金へ先戻し』


使いは困った顔をしたが、入口の板と、その前に並ぶ瓶、端切れ、油布、麦袋名札、賃金札を見て、封筒を抱え直した。


そこへ、坂の途中で足を止めていたバルトが、低く言った。


「補填費を先に戻せば、私の取り分が消える」


「取り分ではありません」


ミラは、賃金札の控えを指した。


「ロドが今日のパンを買う分。ピムが荷台で帰る分。水車が止まらない分。診療所の瓶が夜に戻る分です。先に名前を変えても、生活には届きません」


バルトは言い返しかけたが、ロドが黒パンの包みを胸に抱いているのを見て、口を閉じた。大きな裁きではない。けれど、少なくとも今日、この入口で彼の一括処理は人の手から札を奪えない。


「……バルト様へ、そのまま戻します」


「お願いします」


ミラは頭を下げた。勝ち誇るためではない。戻すべきものが、ようやく戻り始めたからだ。


セナが看板を見上げる。


『返還倉庫予定地』


リオが測り紐を柱から柱へ渡した。荷車は入って、出られる。ロドとピムは自分の名前で賃金札を受け取った。診療所の瓶は夜へ戻り、水車の油布は粉へつながり、麦袋の名札は焼き場番の手にある。


ミラは、看板の端へ手を伸ばした。


「まだ、正式な大きな倉庫ではありません」


誰も止めなかった。


「けれど、余り物が生活へ届いたかを確認する場所には、もうなっています」


彼女は小刀で、看板の薄い上板を外す。


予定地。


三文字が、ぱきりと乾いた音を立てて取れた。


残った文字は、少し不格好だった。


『返還倉庫』


セナが空瓶を棚へ置く。カイが賃金札の控えを小箱へ入れる。リオが出口の測り紐を結び直し、ロドが麦袋名札を焼き場へ持っていく。ピムは古毛布の端切れを荷台に敷いて、腰を下ろした。


ミラは入口の小さな机に、自分の棚卸帳を開いた。


伯爵家を追い出された時、その帳面は余り物の数を書くためだけのものだと言われた。


でも、違った。


ここに書くのは、余った数ではない。


まだ届いていない朝と、届いたあとに帰ってくる名前だ。


ミラは最初の行に、今日の日付を書いた。


『返還倉庫、開く。未配送のものは、生活へ届くまで閉じない』


風が吹いて、看板の下の青札が一枚揺れる。


それは処罰札でも、廃棄札でも、予定地の札でもなかった。


誰かの明日へ向かう、最初の返還札だった。

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