バルト様、返還倉庫は処罰箱ではありません
返還倉庫予定地の入口で、板が外されかけていた。
昨日、セナたちが自分の字で書いた四条の板だ。まだ墨の端は少しにじんでいる。その下に結ばれた青札、洗った空瓶、賃金札の控え、リオの測り紐まで、商会の木箱へ一つずつ入れられていた。
木箱の横には、太い字で『一括処理品』と書かれている。
ピムが、測り紐を抱えたまま立ちすくんでいた。
「それを入れたら、帰る幅がわからなくなります」
商会の男は、困ったように肩をすくめた。
「無承認の板と札は、混乱の元だそうです。バルト様のご指示で、いったん処罰箱へ」
「処罰箱?」
ミラが聞き返した時、坂の上からバルトが降りてきた。外套の裾に土がつかないよう、わざと板の前で足を止める。
「返還倉庫などと名乗るからだ。管理者不在、承認印なし、規則板は無効。空瓶も賃金札も測り紐も、商会保管庫へ一括移管する。臨時協力者の支払いは後日精算でよい」
カイの手が、賃金札の控えへ伸びた。
ロドがその前に立つ。
「後日だと、今日のパンが買えません」
「働いた記録は残る」
「俺の腹には残りません」
小さな声だった。けれど、ロドは逃げなかった。
ミラは木箱のふたに手を置いた。中に入れられた空瓶に触れる。見えたのは、今夜の診療所だった。昨日より少し熱の下がった子が、半量では足りない薬を待っている。瓶がここで処罰品になると、その夜はもう一度探し直しになる。
「一番」
セナが板のない入口で言った。
彼女は、商会の男の手から空瓶を受け取った。声は震えていたが、瓶は落とさなかった。
「余り物と呼ぶ前に、生活で使われたかを見る。これは今夜分の到着待ちです。処罰品ではありません」
バルトが眉を上げる。
「小娘の言葉で帳簿は動かん」
「帳簿を動かす前に、瓶を動かします」
ミラは空瓶に青札を戻し、診療所の助手へ渡した。助手は何度も頭を下げ、坂を駆け下りる。
次にカイが賃金札を拾った。
「二番。物も札も、生活に届くまで到着済みにしない」
彼は札をロドとピムの手へ分けて置いた。
「後日精算では、帰る前のパンになりません。これは、今日の半日分です」
ロドは札を握りしめ、ピムは自分の名前を指でなぞった。商会の男が取り返そうとして、手を止めた。二人の手の中に入った札は、もう箱の中の処理品とは同じに見えなかった。
「三番は僕です」
リオが測り紐をほどいた。
彼は入口の敷居に膝をつき、木箱を横へずらす。箱が置かれていたせいで、荷車の車輪は外へ出られない幅になっていた。
「入ったものと運んだ人が、もう一度出られる道を閉じない。処罰箱をここに置くと、人が帰れません」
測り紐が柱から柱へ渡る。リオは数字を読まず、荷車を一歩だけ押して見せた。車輪が敷居の欠けに引っかからず、外へ抜ける。
ピムが、ほっと息を吐いた。
「帰れる」
その一言で、入口の空気が変わった。
最後に、セナが板を抱え直した。カイとロドとピムも手を添える。ミラ一人の板ではない。読んだ人、運んだ人、測った人、帰る人の板だ。
「四番」
ピムが、つぶれた自分の字を指す。
「運んだ人、読んだ人、測った人、灯した人の名前を消さない」
バルトは短く笑った。
「名前を残しても、管理者にはなれん」
「管理者名で閉じるための場所ではありません」
ミラは板を入口へ戻した。青札を一枚、木箱のふたではなく板の下に結び直す。
『処罰箱へ移管不可。生活到着中』
それから、バルトを見た。
「バルト様。返還倉庫は、処罰箱ではありません。入れたら終わりにする箱ではなく、届くまで閉じない場所です」
バルトの顔から、笑みが少しだけ消えた。
完全に勝ったわけではない。商会保管庫の封筒も、後日精算の言葉も、まだ坂の上に残っている。けれどその場で、空瓶は診療所へ出た。ロドとピムは自分の名前の札でパンを買いに行ける。リオは出口の幅を測り終え、荷車を外へ通した。
人が帰れるなら、箱ではない。
バルトは入口の看板を見上げた。
『返還倉庫予定地』
「ならば、まだ予定地だ」
そう言い捨てて、彼は外套を翻した。
ミラは看板を見た。板は戻った。青札も、空瓶の控えも、賃金札も、測り紐も、入口にある。
けれど、看板にはまだ三文字が残っている。
予定地。
ロドが黒パンの包みを抱えて戻ってきた。ピムが半分を受け取り、リオが出口の測り紐を結び直す。セナは、坂の下の診療所へ向かう空瓶の小さな音を聞いていた。
ミラは看板の下へ、今日の青札をもう一枚足した。
『予定地の三文字、未到着』
明日、外すものが決まった。




