表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された貧乏伯爵家の在庫係、余り物に触れると『次の持ち主』が見えるので倉庫から領地を救います  作者: 花守りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/23

管理責任者空白欄は、まだ誰の名前でもありません

返還倉庫予定地、管理責任者仮置き。


 氏名欄は空白。


 その横に押された王都救済準備室長印だけが、やけに濃かった。


「空白なら、ミラさんの名前を書けばいいんじゃないですか」


 荷運びのカイが、そう言ってからすぐに口を押さえた。悪いことを言った顔ではない。むしろ、ミラを助けたい顔だった。


 だからミラは、怒らずに首を振った。


「今、私の名前を書いたら、この空白は閉じてしまいます」


「閉じると、だめなんですか」


「だめです。この空白は、誰か一人の名札ではありません。ここへ帰ってくるものと人を、まだ数えていないという印です」


 ミラは返還倉庫予定地の入口を見た。


 板の看板。夜勤灯。仮机。青札を重ねた申請書。まだ倉庫と呼ぶには頼りない場所だ。


 けれど、夜薬の瓶はここで読まれ直した。四七番車はここへ帰る幅を測られた。カイの賃金札は、後日精算から今夜のパン代へ戻った。


 場所は、名前を書いた瞬間にできるのではない。


 帰ってくる手順が、ひとつずつ届いて初めて、場所になる。


「では、どう処理なさるのですか」


 王都救済準備室の書記が、強張った声で言った。


「管理責任者欄が空白のままでは、公式化申請を進められません。仮置きで結構です。あなたの名を入れれば、返還倉庫は正式な管理下に入ります」


「正式な管理下に入ると、まず何が動きますか」


「それは……保管品の移管、職能印箱の整理、臨時協力者の精算、搬入口工事の承認です」


 ミラは青鉛筆を取った。


「では、四つに分けます」


 申請書の空白欄の下に、線を引く。


 保管品。


 職能印。


 賃金。


 搬入口。


「管理者名を書く前に、それぞれの生活到着条件を確認します」


 まず、保管品。


 セナが薬籠から、まだ青点のついた瓶を一本出した。


「これは今夜、熱の子の家へ行きます。でも朝には空瓶を戻さないと、次の量が分かりません」


「では、保管品ではありません」


 ミラは書いた。


 ――夜薬瓶一本。保管品移管不可。服用、空瓶返却、次回量確認まで到着未完了。


 セナの肩から、少しだけ力が抜けた。


 次に、職能印。


 箱の底の棚卸印の写しは、灯りの中で黙っていた。ミラの古い仕事の形をしているのに、ミラ本人の手触りがない。


「この印は、誰が読んだ棚を閉じるために使いましたか」


 書記は目をそらした。


「写し印は、準備室で保管されていたものです。担当者は別紙に」


「別紙は届いていません」


 カイが先に言った。さっきの自分の賃金札と同じ言葉だと気づいたのだろう。彼は少し背筋を伸ばしていた。


 ミラは二つ目の欄へ書く。


 ――棚卸印写し。職能印整理不可。誰が、どの棚を、誰の生活へ届いたものとして閉じたか、担当者名・棚番号・受取人確認まで未完了。


 リオが裏口の幅を書いた紙を広げた。


「搬入口工事は、承認されたら今日のうちに角を削るそうです」


「誰が通る幅ですか」


「四七番車と、夜薬の台車と、荷役二人……それから、帰る時は空車じゃなくて、返却瓶と賃金台帳も載ります」


「では、入口幅だけでは足りません」


 ミラは三つ目の欄に書いた。


 ――搬入口工事。入庫幅のみ承認不可。四七番車の帰庫幅、返却瓶台車、荷役帰宅動線、夜勤灯位置まで測量未完了。


「帰る幅まで工事に入るんですね」


「入ります。帰れない入口は、入口ではなく閉じ込める穴です」


 カイが小さく笑った。リオも、真剣な顔で頷いた。


 最後に、賃金。


 申請書には、臨時協力者謝礼、公式化後精算と書かれている。


 公式化後。


 そのきれいな言葉の向こうで、今夜のパンが冷えていく。


「カイさん」


「はい」


「今日ここへ来て、何を運びましたか」


「職能印の箱と、四七番車の記録と、薬瓶の空箱です」


「帰れますか」


「……灯りがあれば、帰れます。賃金があれば、明日の朝も来られます」


 ミラは四つ目の欄を、いちばん大きくした。


 ――臨時協力者賃金。公式化後精算不可。カイ、セナ、リオ、荷役二名、本人名・今日の仕事・帰宅灯・明朝継続意思確認まで今夜到着未完了。


 そこまで書いて、ミラは管理責任者欄の空白に青札を貼った。


 名前は書かない。


 代わりに、こう書いた。


 ――管理責任者仮置き欄。生活到着条件明細未添付のため、本人名記入保留。


「保留、ですか」


 書記の声が震えた。


「あなたが管理者になることを拒むのですか」


「違います」


 ミラは申請書を、入口の夜勤灯の下に置いた。


「この場所に帰ってくる人たちを数えずに、私の名前だけで閉じることを拒みます」


 セナが瓶に自分の名を書いた。


 カイが賃金札の下へ、帰宅灯確認、と添えた。


 リオが搬入口図面の端に、帰庫幅再測、と書いた。


 小さな字が増えるたび、空白欄は空っぽではなくなっていく。けれど、誰か一人の名前に飲み込まれることもない。


 書記は、ついに観念したように別の封筒を取り出した。


「……準備室長から、管理責任者欄が埋まらない場合に開くよう言われていました」


 封筒の表には、赤い字でこうあった。


 管理者不在時、商会保管庫へ自動移管。


 ミラは封を切らなかった。


 青札を一枚、その上に重ねる。


「不在ではありません」


 夜勤灯の火が、仮机と入口と帰り道を同時に照らした。


「まだ帰ってくる途中です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ