表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された貧乏伯爵家の在庫係、余り物に触れると『次の持ち主』が見えるので倉庫から領地を救います  作者: 花守りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/27

旧職能責任、一括退職済

夜勤灯の下で、申請書の文字はやけにきれいだった。


 旧職能責任、一括退職済。


 きれいな字ほど、ミラはすぐには信じない。


 倉庫の棚でいちばん危ないのは、泥で汚れた箱ではない。誰かが丁寧に拭いて、何も残っていないような顔をさせた箱だ。


「旧職能責任、とは何を指しますか」


 ミラが訊くと、王都救済準備室の書記は、待っていましたとばかりに胸を張った。


「退職、解除、追放等により所在が移った職能印の残務責任です。返還倉庫を公式化するにあたり、一括で整理し、今後は倉庫側が保管を――」


「保管ではありません」


 ミラは言葉を切った。


 夜薬を抱えたセナが息を止める。荷運びのカイは、自分の賃金札を胸に寄せた。測量係見習いのリオは、裏口の幅を書いた紙を握っている。


 みんな、一括という言葉が何を閉じるか、もう少しだけ知ってしまっていた。


「責任を箱に入れる前に、生活影響明細を出してください」


「生活影響……またですか」


「はい。またです」


 ミラは青鉛筆で申請書の余白に四つの欄を作った。


 薬札。搬入口。帰宅灯。賃金札。


「旧職能責任が一括退職済になると、今夜の薬札は誰が読んだことになりますか」


 書記は唇を動かしたが、答えは出なかった。


 セナが小さく手を挙げる。


「読んだことになっているなら、読めない行で患者に渡すことになります。熱の子の瓶です。夜に二回、量を変えるって書いてあるかもしれません」


「では一つ目」


 ミラは薬札欄に書いた。


 ――翻訳責任。一括退職済不可。夜薬二本、読了者名・渡し先・未読行の青点確認まで未完了。


 書いた瞬間、返還不要職能印の箱の底で、翻訳印がことりと鳴った。


 次に、リオが紙を差し出した。


「裏口です。入庫幅は足ります。でも帰りに車輪を切るには、角の石が邪魔です。申請書だと、搬入口確認済で閉じています」


「入るだけで終わらせると、車も人も帰れません」


 ミラは二つ目の欄へ青線を引く。


 ――測量責任。一括退職済不可。四七番車の入庫幅・帰庫幅・荷下ろし後の通行幅、三点確認まで未完了。


 カイがほっと息を吐いた。


「帰る幅まで、俺の賃金札に書いていいですか」


「書いてください。運んだ人が帰れない配送は、まだ完了ではありません」


 カイは灯りの下で、震える字で「帰庫幅確認待ち」と書いた。


 三つ目は、灯りだった。


 書記はそこで少し強い声になった。


「しかし夜勤灯管理印は追放済です。追放者の責任を残すのは不適切です」


「追放者の責任を残すのではありません。追放という言葉で、今夜帰る人の灯りを消させないのです」


 返還倉庫予定地の前の道には、もう夜の濃い影が溜まっていた。薬を取りに来た少女が、瓶を両手で抱え、灯りの輪から出られずにいる。


 ミラは三つ目を書く。


 ――夜勤灯責任。一括退職済不可。夜薬受取人一名、臨時荷役二名、水汲み帰宅一名の帰路確認まで消灯不可。


 少女が、ようやく一歩を踏み出した。


 カイが「俺、途中まで持ちます」と言った。セナが瓶の量をもう一度読み上げた。リオが坂の曲がり角に、余った青札を一枚貼りに走った。


 小さな手順が動くと、一括という大きな言葉は、急に重く見えなくなる。


 最後に残ったのは、賃金札だった。


 申請書には、こう添えられていた。


 旧職能責任移管に伴う臨時協力者謝礼、後日精算。


 後日。


 その二文字を見た瞬間、カイの肩がわずかに落ちた。


「後日って、いつですか」


 ミラは書記を見た。


「公式化後、手続きに従い――」


「今夜帰る人のパン代は、公式化後には食べられません」


 ミラは四つ目の欄を、いちばん大きくした。


 ――賃金責任。一括退職済不可。カイ、セナ、リオ、臨時荷役二名の半日賃金と帰宅費、本人名で仮払い。後日精算ではなく、今夜到着条件。


「そんな権限は返還倉庫にはまだ」


「では、返還倉庫を公式化する申請書に、誰の賃金を後日に送るのか書いてください」


 ミラは申請書を、灯りの下へ置いた。


 きれいな文字の下で、欠けた麦穂印が少しだけ浮いた。


 書記の喉が動く。


「……臨時協力者の氏名欄は、別紙です」


「別紙を出してください」


「まだ、届いていません」


 カイが笑った。泣きそうな笑いだった。


「じゃあ、俺たちもまだ一括退職済じゃないですね」


「はい」


 ミラは青鉛筆で、申請書の中央に大きく書いた。


 生活影響明細未添付。旧職能責任、一括退職済――未発令保留。


 返還不要職能印の箱が、またことりと鳴った。


 今度は四つの印だけではなかった。底布の下に、薄い紙束が隠れている。


 リオが慎重に引き出すと、そこには同じ形式の別紙が何枚も綴じられていた。


 退職済翻訳官。


 解除済測量係。


 追放済夜勤係。


 処理済在庫係。


 そして最後の一枚に、ミラの指が止まった。


 返還倉庫予定地、管理責任者仮置き。


 氏名欄は空白。


 ただし、その空白の横には、欠けた麦穂印ではなく、王都救済準備室長印が押されていた。


 ミラは空白を埋めなかった。


 青札を一枚、そこへ重ねる。


「管理責任者を仮置きする前に、この場所へ誰が帰ってくるのかを数えます」


 夜勤灯の火が、申請書の空白欄を照らした。


 空白は、まだ誰にも使わせてはいけない場所の形をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ