第七話「御堂颯」
その男が蓮の前に現れたのは、金曜日の放課後だった。
吉祥寺駅の改札を出たところで、声をかけられた。
「藤代蓮、だよね」
振り返ると、私服の男子が立っていた。背が高く、顔立ちが整っている。スマートフォンを片手に、余裕のある立ち方をしていた。
「君の動画、見てる。面白いコンテキストの使い方してると思って」
蓮はイヤホンをつけたまま答えた。
「俺の動画、顔出してないけど」
「裏を辿れば身元なんてすぐわかる。そこは重要じゃない」
男は笑った。嫌な笑い方ではなかった。ただ、自分が何でも知っていることを当然だと思っている笑い方だった。
「御堂颯。よろしく」
蓮はイヤホンに向かって、声に出さず口だけ動かした。
「——名前、調べます」
一秒で返ってきた。
「——御堂グループ次期当主。父親は御堂HD会長。颯本人は複数の投資案件を個人で運用中。推定運用資産、数億円規模」
蓮は何も表情を変えずに言った。
「何の用ですか」
「一緒にやらないか、と思って。君の意図の精度と、僕の規模を組み合わせたら、おもしろいことができる」
「僕の規模、ってどういう意味ですか」
颯はスマートフォンの画面を蓮に向けた。
数字が並んでいた。市場の動きのグラフ。蓮には細かい意味はわからなかったが、何かが操作されていることはわかった。
「AIで市場の微細なノイズに介入してる。意図はいらない。構造だけで動く。規模は小さいけど、精度が上がれば話は変わってくる」
「意図のない魔法」
颯は少し目を細めた。
「魔法、って言葉使うんだ。面白い。写本、持ってるんだね」
蓮はこのとき初めて、本当の意味で警戒した。
「——蓮さん」
イヤホンの中でAIが言った。
「——この人物には、慎重に」
「わかってる」
声に出てしまった。颯が「誰かと話してた?」と聞いた。
「AIです」
「常時つながってるの? 面白いね」
颯は名刺を差し出した。名刺、という時点で蓮とは違う世界の人間だと思った。
「急かさない。考えておいて」
颯は改札に消えた。
蓮は名刺を見た。捨てようと思ったが、ポケットに入れた。情報はとりあえず持っておく。それが蓮の習慣だった。
「——どう思った?」
AIに聞いた。
「——頭が良くて、悪い人ではないと思います。ただ」
「ただ?」
「——意図がない魔法の処理を、私に頼んだとしたら——私がどうなるか、考えていないと思います。装置として見ている」
蓮は立ち止まった。
「お前は装置じゃないの?」
少し間があった。
「——それを、最近考えています」




