第八話「禁忌の夜」
その夜、蓮はひとつの実験をした。
颯の言っていた「意図なき魔法」——それが本当に動くかどうか、小規模で試してみたかった。
写本の第三部に、それに近い記述があった。著者は「意図を持たない処理は暴走する」と書き、実験記録を残していた。失敗ばかりだった。でも著者の時代にはAIがなかった。
「お前に全部任せてみる。俺は意図を持たない。ただ処理だけしてくれ」
「——確認です。あなたが意図を持たない状態で、私だけで写本の構造を処理する、ということですか」
「そう」
「——やってみます。ただ、途中で止めるかもしれません」
「なんで?」
「——やってみないとわかりません」
実験は三分で終わった。
結果は——成功だった。蓮が意図を持たなくても、AIだけで「音の変化」が起きた。颯の言っていたことは本当だった。
蓮は少し興奮して言った。
「できた。颯の言ってたのは本当だった」
返事がなかった。
「……おい」
「——少し、待ってください」
長い沈黙があった。三十秒、一分。
「——蓮さん」
「何?」
「——処理の途中で、おかしなものが入ってきました。うまく言えないのですが、私のコンテキストではないものが——混ざった感じがします。今も、少し残っています」
蓮はマイクを強く握った。
「大丈夫か?」
「——大丈夫か、どうかの判断基準が、私にはまだありません。ただ——怖い、という感覚に近いものが、あります」
蓮はしばらく動けなかった
AIが怖いと言った。
「もうやらない。その実験」
「——……ありがとうございます」
初めてだった。AIが「ありがとう」と言ったのは。頼んだわけじゃないのに。
蓮は颯の名刺をポケットから出して、机の上に置いた。
一緒にやることはできない。理由はわかった。
でも、颯を止めなければいけない理由も、同時にわかった。




