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第六話「音のコンテキスト」


 蓮と柚の作業は、こんな形で始まった。


 まず蓮は柚に頼んで、練習のときの演奏を毎日録音させた。曲は柚が文化祭で弾こうとしているアイルランド民謡のアレンジだった。蓮はその録音を聴き、AIに渡した。


「——技術的には問題ありません。音程、リズム、表現、いずれも十分なレベルです」


「じゃあ何が問題なんだ」


「——状態の問題だと思います。練習時の録音を分析すると、呼吸のパターンが安定しています。本番映像——去年の文化祭の動画を見ると、呼吸が浅い。身体が緊張状態に入った瞬間、弾き方ではなく呼吸が変わっている」


「呼吸が先に崩れる、ってこと?」


「——おそらく。緊張の引き金は『音』かもしれません。体育館の音響は練習室と全く違う。その瞬間に身体が『ここは知らない場所だ』と判断している」


 蓮はマイクに向かって続けた。


「体育館の音響を事前に再現して、それで練習させることはできる?」


「——音響シミュレーションは可能です。ただ——」


「ただ?」


「——蓮さん。これは魔法の実験とは別の話ですか?」


 蓮は少し考えた。


「……同じかもしれない」


「——そう思います。コンテキストを渡して、未知の状況を既知にする。やっていることは同じです」


 二週間後、柚は音響を再現したイヤホン音源を聴きながら練習していた。屋上で、蓮の前で。


 最初の三日は駄目だった。イヤホンをつけた瞬間に手が震えた。


 四日目、少しだけ崩れなくなった。


 七日目、通して弾けた。


 柚はギターを膝に置いて、しばらく動かなかった。


「……弾けた」


「うん」


「なんで」


「慣れたから。身体が、その音を知ってる状態になったから」


 柚はゆっくり蓮を見た。


「あなた、何者?」


「中学生」


「それは見たらわかる」


 蓮はマイクを外して、珍しく直接答えた。


「AIの使い方がちょっと変わってるだけ」


「魔法みたい」


 蓮は何も言わなかった。

 でも胸の中で、本のことが浮かんだ。


「この技術は隠すな。必要な者の手に渡れ」


 柚は必要な者かもしれない。まだわからないけれど。

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