第五話「七瀬柚」
翌日の昼休み、蓮は学校の屋上で飯を食っていた。
屋上には鍵がかかっているはずだったが、蓮は一ヶ月前にAIと試行錯誤して電子錠の仕組みを調べ、管理会社のミスで設定が甘い時間帯があることを突き止めていた。誰にも言っていない。
風が強かった。蓮は弁当の蓋が飛ばされそうになって、慌てて押さえた。
そのとき、扉が開いた。
女子だった。蓮と同じクラスの——名前を蓮は知らなかった。背が低く、髪を二つに結んでいて、右手にスマートフォン、左手にイヤホンを持っていた。
蓮の存在に気づき、固まった。
「……ここ、開くの知ってたの」
「……知ってた」
「どうやって」
「調べた」
気まずい沈黙が続いた。女子は諦めたように蓮から離れた場所に座り、イヤホンをつけた。
蓮は弁当を食べ続けた。
しばらくして、女子がスマートフォンを操作し始めた。音楽アプリのようだった。画面に波形が表示されている。録音したものを聴いているらしい。
ふと、女子の表情が変わった。
泣きそうな顔だった。
泣きそう、というより——悔しい顔だった。
蓮は関係ないと思った。食べ終えて立ち上がろうとした。
でも口が動いた。
「何聴いてんの」
女子は驚いて顔を上げた。しばらく蓮を見て、観念したように言った。
「……自分の演奏。ギター」
「うまいの?」
「うまいと思ってた。でも聴くとそうでもなくて」
「録音のせいじゃないの。録音って大抵ひどく聴こえる」
「違う。本番になると、弾けなくなる。手が震える。頭が真っ白になる。練習ではできるのに」
蓮はもう一度座った。
「本番って、人前ってこと?」
「文化祭で弾くはずだった。去年も一昨年も、直前でやめた」
女子は少し自嘲するように笑った。
「あなた、藤代くんだっけ。私のことなんて興味ないよね、こんな話」
「七瀬さん」
蓮は言った。名前を知らないと思っていたが、出てきた。どこかで聞いていたらしい。
「なんで本番だと弾けないか、原因わかってる?」
「……わかったら苦労しない」
「コンテキストが足りないんじゃないかと思う」
「コンテキスト?」
蓮はイヤホンをつけたまま続けた。
「本番の状況を、身体が知らないんだと思う。音が違う、人がいる、見られてる——それ全部が未知の変数だから、身体がエラーを起こす。事前に本番のコンテキストを全部インプットできれば、変わるかもしれない」
七瀬柚は蓮をしばらく見ていた。
「……それ、どうやって」
「考える。手伝えるかもしれない」
蓮は立ち上がり、扉に向かいながら言った。
「興味あったら、また屋上来て」
返事は聞かなかった。
でも翌日、柚は来た。




