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第64話 〜夜風〜

 九月の最終週、土曜日の夕方。


 南青山のマンションを、出た。

 タクシーを、拾った。

 行き先は、練馬の、ふくろう。


 今日は、桑原さんと、約束していた。

 第63話の初荷の翌週から、二週間。

 その間、メッセージは何往復かしたが、会えていなかった。


 九月の終わりの東京。

 窓の外を、流れる街の色が、夏から、秋に、変わり始めていた。

 歩道で、子どもが、ジャケットを羽織って、走っていた。

 夕方の空気が、もう、涼しい。


 *(夏が、終わった)*


 *(時計を拾って、二年と少しが、過ぎた)*


 タクシーの中で、窓を、少しだけ、開けた。

 九月の風が、入ってきた。

 夏の最後の温度が、まだ、残っていた。

 でも、確かに、季節が、変わっていた。


---


 ふくろうの扉を、開けた。


 夕方の七時前。

 まだ、客は、少なかった。

 カウンターの奥に、福田さんがいた。


「あら、遊馬くん、いらっしゃい」


「こんばんは」


「今日も、桑原さんと?」


「ええ」


「はい、こちら、ハイボール」


 福田さんが、いつもの席に、グラスを、置いた。

 俺は、カウンターの一番奥の席に、座った。


 桑原さんと、初めて並んで飲んだ席。

 あれから、もう、一年以上。


「最近、よく桑原さんと、会うようになったね」


 和代さんが、奥から、出てきた。


「フランスに行く前なんで」


「そっか。寂しいねえ」


「半年だけです」


「半年って、長いよ」


 和代さんが、笑った。


「でも、遊馬くん、フランスまで会いに行くんでしょ?」


「行きます。仕事のついでに」


「そういうの、いいねえ」


 和代さんが、軽く、頷いた。


 *(和代さんが、いつも、肯定してくれる。それが、ありがたい)*


---


 七時十五分。

 扉が、開いた。

 桑原さんが、入ってきた。


 今日は、薄いグレーのワンピース。

 夏のブラウスから、少し、秋寄りの色に、変わっていた。


「遊馬さん、お待たせしました」


「いえ、ちょうど今、来たところです」


 桑原さんが、隣に、座った。

 和代さんが、白ワインを、すぐに、出してくれた。


「桑原さん、注文する前に分かるようになったよ」


 和代さんが、笑った。


「いつも同じ、すみません」


「いいよいいよ、楽だから」


 桑原さんが、ワインを、一口、飲んだ。


「遊馬さん、ニュース、また見ました」


「ニュース?」


「KY Pet Foods のシェルター搬送が、地方紙だけじゃなく、全国紙のウェブ版にも、出ていました」


「ああ、それ」


「すごいですね」


「いや、すごいのは、田島さんと、高木さんですよ」


「桐島さんが、繋いだ、と思います」


 桑原さんが、淡々と、言った。


「桐島さんは、人を、繋ぐ仕事が、本当に、向いていますね」


「……福田さんにも、似たようなこと、言われました」


「同感です。私も、繋いでもらいました」


 桑原さんが、こちらを、向いて、笑った。


 *(桑原さんが、こんなふうに、言葉にしてくれる)*


 *(俺は、それを、ちゃんと、受け取る)*


---


 ハイボールと、白ワインで、しばらく、雑談をした。


 桑原さんが、フランス行きの準備の進捗を、話してくれた。

 ビザの申請が、完了したこと。

 アヴィニョン近郊の家の契約も、決まったこと。

 古い農家の改装した、二階建ての家。

 オリーブの木が、庭に、五本。


「五本?」


「ええ。前の家主が、植えたものだそうです」


「桑原さん、オリーブの実、収穫しますか」


「するつもりです。十一月に。翻訳の参考になりますし」


「いいですね、それ」


「桐島さんも、十一月、来ます?」


「行きたい」


 俺は、しばらく、考えてから、続けた。


「実は、来年の春に、ヨーロッパに、行く計画が、いくつかあって」


「春?」


「ええ。FORECAST の英語版リリースで、ロンドンに。それと、ペットフードのオーガニック認証で、ドイツに、行きたい」


「そうなんですか」


「ついでに、フランスにも、寄ろうかと」


「ついでに」


 桑原さんが、笑った。


「ついでで、来てくれるのが、一番、嬉しいです」


「なんで?」


「『会いに行く』って言われるより、『仕事の流れで寄った』の方が、自然じゃないですか」


「桑原さんらしいですね」


「ええ。私、特別な扱いが、苦手なんです」


「知ってます」


 桑原さんが、もう一度、ワインを、傾けた。


 *(桑原さんは、距離感の取り方が、ずっと、桑原さんのまま)*


 *(その距離感が、俺には、心地よい)*


---


 ふと、桑原さんが、ノートと、ペンを、出した。


「遊馬さん、ちょっと、お聞きしてもいいですか」


「はい」


「KY Pet Foods の、これからの展開、聞いてもいいですか」


「桑原さん、それ、仕事?」


「仕事じゃないです。個人的な興味で」


「じゃあ、話します」


 俺は、グラスを、置いた。


「まず、月一回の八王子搬送を、定例化。これは、もう、確定」


 桑原さんが、ペンで、ノートに、メモを、取った。


「次に、他のシェルターへの展開。高木さんが、ネットワークの仲介をしてくれます。十月から十一月にかけて、関東圏内の三団体に、まず広げる」


「三団体」


「ええ。広げすぎても、フードの供給が追いつかない。田島フーズのライン増設で、月五十トンまでは作れますが、無償提供分は、その中の一部です」


「全国に五百団体、と聞きましたが」


「全部を一気にカバーするのは、無理です。でも、五年で、百団体には届くようにしたい」


「五年で百」


「うちのフード会社一社で、です。もし、他のフードメーカーも、似たような仕組みを始めたら、もっと早く、広がる」


「他のメーカーも、巻き込むつもりですか」


「巻き込む、というより。うちが、やってみせたら、自然に、追随するところが、出てくると思う」


「業界の、慣行を変える、ということですか」


「そこまで、大きいことを、考えてはいないけど。結果的に、そうなれば、嬉しい」


 桑原さんが、ノートに、文字を、書き連ねた。


「遊馬さん」


「はい」


「これ、書籍にしませんか」


「え?」


「KY Holdings の物語。二十八歳のギャンブラーが、会社を作って、ペットフードのシェルター提供事業を始めるまで」


「いや、それ、誰が買うんですか」


「読みたい人、いると思います」


「いやいや」


 俺は、笑った。


「俺、物語の主人公にされるような、立派な人間じゃないですよ」


「立派な人間が、主人公になるとは、限りませんよ」


 桑原さんが、ペンを、置いた。


「桐島さんの良いところは、完璧じゃないところです。ギャンブラーで、依存症の自覚があって、女性関係も、はっきりしない。でも、人を繋ぐ力がある」


「……」


「私は、フランスで、翻訳の合間に、書きたい気もしています」


「桑原さん、自分で書くんですか」


「翻訳家が、たまに、自分で書くこともあるんです」


「日本語で?」


「私は、日本語の方が、得意ですから」


 桑原さんが、笑った。


 *(桑原さんが、半年フランスで、何かを書く。俺のことを、書くのかもしれない)*


 *(それは、ちょっと、こそばゆいけど、悪い気は、しない)*


「もし、本当に書くなら、登場人物の名前は、変えてくださいね」


「もちろんです」


「俺、もう少し、かっこいい主人公が、いいです」


「うーん、それは、難しいかもしれません」


 桑原さんが、笑った。

 俺も、笑った。

 福田さんが、その様子を、カウンターの中で、見ていた。

 無表情のまま、グラスを、磨いていたけど、口元が、少しだけ、緩んでいるような気がした。


---


 九時を、過ぎた。

 ふくろうに、他の客が、何人か、入ってきた。

 夜の常連たちが、それぞれの席で、それぞれの酒を、飲み始めていた。


 桑原さんが、もう一杯、白ワインを、頼んだ。

 今日は、長く、いるつもりらしい。


「遊馬さん、今日、一つ、聞いてもいいですか」


「はい」


「水沢さんとは、最近、どうですか」


 俺は、しばらく、桑原さんを、見ていた。


 *(桑原さんが、アンちゃんのことを、聞いてくる)*


 *(土曜の夜、二人で、こういう話を、するのは、初めてだ)*


「アンちゃんとは、配信のことで、相談があって。先月、事務所で、話しました」


「お元気でしたか」


「元気でした。配信が、伸びてるみたいです」


「彼女、桐島さんに、何か、聞いてきましたか」


「……ええ」


「『私たち、どうするの?』と?」


「ええ」


「答えは?」


「今のままでいい、って」


 桑原さんが、頷いた。


「水沢さんらしい答え方ですね」


「桑原さん、アンちゃんに、会ったことあるんですか」


「いいえ。配信を、見ただけです」


「それで、わかるんですか」


「わかります。あの人は、自分の人生に、芯がある人ですから」


「同感です」


「そして、桐島さんを、わかっている人ですね」


 *(桑原さんが、アンちゃんのことを、見抜いている)*


「桑原さんも、わかってますよね」


「私も、たぶん、わかっています」


「で、それで、いいんですか」


「ええ。それで、いいです」


 桑原さんが、グラスを、軽く、揺らした。


「桐島さんは、誰か一人を選ぶ生き方を、選ばないと、思います。それを、寂しいと思う女性も、いるでしょう。私は、寂しいけど、嫌じゃない」


「……」


「水沢さんも、たぶん、同じ感覚だと思います。寂しいけど、嫌じゃない」


 桑原さんが、こちらを、見た。


「私たち、桐島さんに、ちゃんと向き合おうとしている女性です。そして、お互いの存在を、知っている」


「知ってる?」


「ええ。私は、水沢さんの存在を、知っています。水沢さんも、たぶん、私のことを、知っています」


「……」


「桐島さんを、責めているわけじゃ、ありません。むしろ、あなたが、それぞれと、誠実に向き合っている限り、私たちは、それぞれの場所で、満たされている」


 俺は、しばらく、黙っていた。


 *(桑原さんが、言葉にしてくれる)*


 *(俺が、ずっと、自分でも整理できていなかったことを)*


「桑原さん」


「はい」


「俺、いつか、桑原さんに、誠実じゃなくなったら、どうなりますか」


「その時は、私が、離れます」


「即決ですね」


「ええ。即決です」


 桑原さんが、笑った。


「でも、今は、その心配は、していません」


「ありがとうございます」


「いえ。私が、勝手に、信頼しているだけです」


 *(信頼。桑原さんは、信頼してくれている)*


 *(俺は、それを、裏切らないようにするしか、ない)*


---


 九時半。

 桑原さんが、トイレに、立った。


 その隙に、福田さんが、こちらに、近づいてきた。


「遊馬くん」


「はい」


「桑原さん、いい人だね」


「ええ」


「で、もう一人の方も、いい人なんでしょ?」


「もう一人?」


「水沢さん、だっけ。ニュースで見たよ」


「あ、はい」


 福田さんが、グラスを、磨きながら、笑った。


「お前、本当に、欲張りな男だな」


「すみません」


「いや、いいよ。お前みたいなのが、いる方が、世の中、面白い」


 福田さんが、笑った。


「あと、里中、って人もいるよね」


「えっ」


「西村さんが、こないだ来た時に、ちょっと話してたよ。会長は、PR会社の女性とも、たまに会ってるって」


「西村のやつ……」


「いや、責めてないって。むしろ、感心してる」


 福田さんが、続けた。


「ただ、一つだけ、忘れるな」


「はい」


「お前と関わる女性は、全員、お前に、何かを期待してる。期待を、裏切るな。それだけだ」


「……了解です」


 桑原さんが、戻ってきた。


 福田さんが、何事もなかったかのように、別の客の方に、向き直った。


 *(福田さんは、いつも、いいタイミングで、いいことを言う)*


---


 十時過ぎ。

 桑原さんが、立ち上がった。


「私、もう、帰ります」


「お送りしましょうか」


「いえ、結構です。タクシーで、帰ります」


「では、外まで」


 俺も、立ち上がった。


 扉を、開けた。

 九月の夜の街に、出た。

 空気が、確かに、涼しい。


 桑原さんが、軽く、深呼吸した。


「秋ですね」


「秋ですね」


「フランスに行く前に、もう一度、ここで、飲みましょう」


「はい」


「日にちは、また、LINEで」


「了解です」


 桑原さんが、軽く、手を、振った。

 夜の練馬の街を、駅の方へ、歩いていった。


 俺は、しばらく、その後ろ姿を、見送った。


 *(桑原さんが、行く)*


 *(でも、また、戻ってくる。俺も、会いに行く)*


 *(続いていく関係というのが、ある)*


---


 ふくろうに、戻った。

 カウンターに、座り直した。


 福田さんが、何も言わずに、ハイボールを、置いてくれた。

 和代さんが、煮物の小鉢を、追加で、出してくれた。


「遊馬くん」


「はい」


「今日、何の日か、覚えてる?」


「何の日?」


「あんたが、最初にここに来た日から、ちょうど、二年だよ」


「えっ」


「二年前の九月。あんた、最初は、競馬で勝った帰りだった。ぶらっと、入ってきて、刺身と焼き鳥と、ビールとお湯割り。覚えてる?」


「……覚えてます」


「『うますぎる、反則だろ』って、言ったよね」


「ええ」


「あの時から、二年だよ」


 俺は、しばらく、黙っていた。


 二年。

 貯金三万二千円の、無職の男が、今、五つの事業のオーナーになって、銀行から二億五千万を借りている。


 ふくろうに、最初に来た日。

 あの時、俺は、まだ、自分の人生の方向を、見つけられていなかった。


 今、見つけたかと言われると、わからない。

 でも、毎日、誰かと一緒に、何かを、作っている感覚は、ある。


「和代さん」


「うん」


「俺、二年で、変わりましたか」


「変わったよ」


「どこが」


「全部」


「全部?」


「最初に来た時のあんたは、目が、少し、死んでた。今は、生きてる」


「……」


「いい変化だよ」


 和代さんが、笑った。


 福田さんが、ぶっきらぼうに、言った。


「あんまり、変わるなよ」


「え?」


「変わるな、っていうのは、変わらない部分を、忘れるな、って意味だ」


「……」


「お前は、いい男だ。最初から、いい男だった。それを、忘れるな」


「……了解です」


 福田さんの言葉が、胸に、しみていた。


---


 十一時。

 ふくろうを、出た。


 タクシーを、拾って、南青山に、戻った。

 車内で、スマートフォンを、見ていた。


 アンちゃんから、LINEが、来ていた。


 *「遊馬くん、来月のシェルター訪問、決まったよ。神奈川の団体! 高木さんが、繋いでくれた!」*


 俺は、返した。


 *「了解。報告聞かせて」*


 *「お願いします! あと、佐々木のフォロワー、ついに十万人突破!」*


 *「すごいな」*


 *「みんな、伸びてるね」*


 *(伸びている。みんなが)*


 次に、里中から、LINEが来ていた。

 半月ぶりだった。


 *「お久しぶりです。ペットフード、見ました。すごい事業ですね。今度、お話聞かせてください」*


 *「了解。来月、時間取りますね」*


 *「お待ちしてます」*


 *(里中も、ちゃんと、つながっている)*


 最後に、桑原さんから、LINEが、来ていた。


 *「今日もありがとうございました。福田さん、今日は、特別な煮物を作ってくれたみたいですね。実は、私の好きな根菜の組み合わせでした」*


 *「ええ、和代さんが教えてくれました。桑原さんがフランスに行く前の、サービスだそうです」*


 *「気づいてくれて、嬉しかったです」*


 桑原さんから、ハートのスタンプが、一つ。


 俺も、ハートのスタンプを、一つ、返した。


---


 南青山の、タワーマンション。

 リビングに、入った。

 窓の外、東京の夜景。

 九月の夜は、確かに、涼しい。


 冷蔵庫から、水を、出して、飲んだ。


 懐中時計を、テーブルに、置いた。

 握ってみた。

 冷たい。


 今夜も、冷たい。


 *(時計が、衰えていく)*


 *(でも、それを、悲しまない)*


 *(時計が、ここまで運んでくれた。みんなに、会わせてくれた)*


 *(みんなと、これからは、自分の足で、進む)*


 ソファに、座った。

 天井を、見上げた。


 頭の中で、二年間の出来事が、ゆっくりと、流れていった。


 東京競馬場のベンチ。

 白髪の老人。

 翠色の懐中時計。


 多摩川競艇。府中。中山。大井。川崎。立川。京王閣。

 マカオ。ラスベガス。


 山下と、出会った日。

 西村に、電話した夜。

 橘修と、最初に話した時。

 小林賢司の、初日の出社。


 水沢アンと、初めて結ばれた朝。

 桑原彩花と、ジンジーニャを、渡した日。

 里中彩との、銀座のバー。


 樋口和彦さんとの、赤坂の面会。

 サクラノホマレと、目が合った瞬間。

 日高の牧場。


 中島鉄也さんとの、初対面。

 松田研究所長の、研究室。

 田島誠二さんとの、握手。

 高木幸子さんの、シェルターの庭。

 瀬川美奈さんの、カフェの窓辺。

 彼女の娘、美咲ちゃんの、犬の絵。


 みんな、時計が、連れてきてくれた。


 *(時計が、いつか、完全に止まる)*


 *(その日が来ても、俺は、誰かと一緒に、何かを、作っている)*


 *(それで、十分だ)*


 ベッドに、横になった。

 目を、閉じた。


 外で、九月の夜風が、吹いていた。

 夏の終わりの、最後の風。

 明日からは、秋。


 *(明日も、続いていく)*


---


 翌日、日曜日の朝。


 目が覚めた。

 枕元の時計を、握った。


 冷たい。


 *(今日も、冷たいか)*


 でも、起き上がって、カーテンを、開けた。

 九月の最後の日曜。

 空が、澄んでいた。

 雲が、薄く、東の方へ、流れていた。


 コーヒーを、淹れた。


 今日は、何の予定も、入れていなかった。

 日曜日を、何もしない日にしたかった。


 ベランダに、出た。

 南青山の街。

 ジョギングしている人。

 散歩している老夫婦。

 犬を、連れている、若い女性。


 犬は、白い、小さなトイプードルだった。


 *(あの子も、いつか、シェルターで保護される日が、来るかもしれない)*


 *(その時のために、田島さんのフードが、ある)*


 *(そう思うだけで、何か、続いていく感じが、する)*


 ベランダから、東京の街を、見ていた。


 九月の風が、頬を、撫でた。

 もう、夏の風じゃない。


 *(夏が、終わった)*


 *(秋が、来た)*


 *(俺は、まだ、走り続けている)*


 懐中時計を、ポケットから、出した。

 翠色の蓋。

 針が、相変わらず、逆向きに、動いている。


 握った。

 冷たい。


 でも、もう、それが、怖くなかった。


 *(時計が、温かい日も、冷たい日も、ある)*


 *(どちらでも、生きていける場所を、作った)*


 ベランダから、リビングに、戻った。

 ソファに、座って、コーヒーを、飲んだ。


 窓の外で、九月の最後の日が、ゆっくりと、進んでいた。


---


**── 残高メモ(第二章末・第64話時点)──**


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 9月後半 ギャンブル収益(鮮明度低下のため少なめ) | +約180万円 |

| 個人費用(外食・ふくろう・タクシー等) | ▲約15万円 |

| 前話繰り越し(個人) | 約25,759万円 |

| **桐島遊馬 個人資金** | **約25,924万円** |


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| FORECAST 9月末月次売上 | +約780万円 |

| 不動産賃料収入(9月後半・5物件) | +約135万円(半月分) |

| 各種経費(9月後半) | ▲約450万円 |

| 前話繰り越し(法人) | 約11,840万円 |

| **KY Holdings 法人口座** | **約12,305万円** |


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| ギフト・案件収入(9月後半) | +約45万円 |

| 人件費等(9月後半) | ▲約80万円 |

| 前話繰り越し(KY Live) | 約180万円 |

| **KY Live 法人口座** | **約145万円** |


*佐々木、フォロワー10万人到達。アンの保護犬定期配信、視聴数安定。神奈川の保護団体への展開、十月予定。*


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 受注加工売上(9月後半) | +約220万円 |

| 大手メーカー継続取引(9月後半) | +約62万円 |

| 人件費・経費(9月後半) | ▲約240万円 |

| 前話繰り越し(ナカジマ精工) | 約4,920万円 |

| **ナカジマ精工 口座残高** | **約4,962万円** |


*超小型インペラ論文、査読中。来年初頭に、医療機器学会誌に掲載予定。*


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 月間売上(9月後半) | +約1,300万円 |

| 経費等 | ▲約1,200万円 |

| 前話繰り越し(田島フーズ) | 約1,415万円 |

| **田島フーズ 口座残高** | **約1,515万円** |


*KY Pet Foods、関東圏内三団体への展開準備中。十月から順次、定期搬送開始。*


| 口座 | 残高 |

|:--|--:|

| 桐島遊馬(個人) | 約25,924万円 |

| KY Holdings(法人) | 約12,305万円 |

| KY Live | 約145万円 |

| ナカジマ精工 | 約4,962万円 |

| 田島フーズ | 約1,515万円 |

| **総資産(融資別)** | **約44,851万円** |


*融資借入残高:約23,981万円。品川ローン残高:約6,881万円。*


---


**第二章 〜 完 〜**


*懐中時計を拾ってから、二年と少し。桐島遊馬、二十九歳の夏が、終わった。*


*KY Holdings 傘下:FORECAST、不動産事業、KY Live(配信事務所)、ナカジマ精工、田島フーズ(KY Pet Foods)。*


*仲間:山下隆(CFO)、西村公輝(代表取締役)、小林賢司(FORECAST CTO)、橘修(休職中・治療中)、藤原誠(KY Liveディレクター)、河村マネージャー宮本エンジニア、中島鉄也(ナカジマ精工技術顧問)、中島健太郎(次期社長)、松田研究所長、田島誠二(KY Pet Foods 製造責任者)、吉野(運転手)。*


*シェルターネットワーク:NPO法人「いのちの家」高木幸子代表、関東圏内三団体(十月より順次)。*


*関わる女性たち:水沢アン(KY Live専業配信者)、桑原彩花(翻訳家・来春よりフランス・アヴィニョン半年滞在予定)、里中彩(PR会社・定期的に再会)、瀬川美奈(恵比寿カフェ「NOEL」店主・娘の美咲と共に)。*


*懐中時計の状態:温かい日と冷たい日が半々程度に。映像の鮮明度も低下傾向。けれど、まだ、止まっていない。*


*次章「秋風編」へ続く──*


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