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第62話 〜窓辺〜

 八月の第二週、火曜日の朝。


 目が覚めて、枕元の懐中時計を握った。

 冷たい。


 *(今週、まだ一回も、温かくなっていない)*


 月曜が冷たい、火曜も冷たい。

 先週から数えると、温かい日は、極端に減っている。


 窓のカーテンを、開けた。

 八月の朝の光が、白く差し込んでいた。

 遠くで、蝉の声が、聞こえる。


 コーヒーを淹れて、ソファに、座った。


 *(焦るな。今日は冷たいだけで、明日、温かくなるかもしれない)*


 *(でも、もし、もう、温かくならなかったら)*


 その問いに、答えは、出さないことにした。

 答えを出すと、引きずる。

 今日は、冷たいまま、過ごす。


 時計をテーブルに置いた。

 翠色の蓋が、朝の光を、受けていた。


---


 九時半。

 吉野さんに連絡を入れた。


「十時に、事務所までお願いします。午後、アンちゃんと面談。夕方、恵比寿に寄る予定です」


「承知いたしました」


---


 十時。

 恵比寿のオフィスに、着いた。


 西村と山下が、すでに、いた。

 西村が、ソファで、スマートフォンを、見ていた。

 山下が、いつもの席で、書類を、整理していた。


「会長、おはようございます」


「おはよう」


「今日、午後、水沢さん来るんですよね」


 西村が、顔を上げて、聞いた。


「ああ。配信のことで、相談だって」


「最近、水沢さん、調子いいよ。チャンネル登録、二万を超えた」


「そうなんだ」


「保護犬の特集、好評で。アンチも増えたけど、それ以上にファンが定着してる」


 西村が、スマートフォンの画面を、こちらに見せた。

 アンちゃんの最新の配信のサムネイル。「保護犬と私たちにできること」というタイトル。


 *(アンちゃんが、自分の発信で、自分の場所を、作り始めている)*


「会長」


 山下が、口を開いた。


「先週ご相談した、グループの月次余剰の引き上げ計画。具体的な施策を、まとめました」


 山下が、新しいファイルを、持ってきた。


 俺は、ソファに座って、ファイルを開いた。


 FORECASTの新アルゴリズム実装スケジュール。

 KY Liveの黒字化計画。

 田島フーズの販路拡大プラン。

 ナカジマ精工の超小型インペラ事業化検討。

 すべてが、具体的な数字と、期日と、責任者で、書かれていた。


「すごいな。一週間で、ここまでまとめたのか」


「全体像は、以前から、頭の中で動かしておりました。形にしただけです」


 山下らしい返事だった。


「会長」


「はい」


「先週、ご事情を、半分だけ、お話しいただきました」


「ええ」


「残りの半分は、お話しいただかなくて結構です。CFOとして、私の仕事は、いただいた情報の範囲で、最善を尽くすことですので」


「……ありがとう」


「ただ、一つだけ、確認させてください」


 山下が、いつもの淡々とした目で、こちらを、見た。


「会長は、いま、ご自分の体調や、命に、何か、危険な状態にありますか」


 俺は、しばらく、考えた。


「ない」


「それなら、よろしいです」


 山下が、小さく頷いた。

 それ以上、追及しなかった。


 *(山下が、最も心配だったのは、俺自身のことだったんだ)*


 *(事業の話の前に、人の話を、ちゃんと、聞いてくる)*


「山下」


「はい」


「俺は、健康だ。事業も、続けるつもり。ただ、ギャンブルで稼ぐペースが、落ちる時期に、入ってきてる。それだけだ」


「承知いたしました」


「もし、急に、ギャンブル収益がゼロになっても、グループが回るように、しておきたい」


「その計画は、進めております」


「頼む」


 山下が、ファイルを、閉じた。

 その手が、いつもより、ほんの少しだけ、丁寧だった。


---


 午後二時。


 アンちゃんが、事務所に来た。


 白いTシャツに、デニムのワイドパンツ。

 短く切った髪を、ヘアバンドで、まとめている。

 夏らしい、軽い格好だった。


「遊馬くん、お疲れ様」


「お疲れ。元気そうだな」


「最近、配信が楽しくて。寝不足だけど、体は元気」


 会議室に、二人で、入った。

 ノートとペンを、テーブルに、置いた。


 アンちゃんが、笑った。


「会長然としてるね」


「会議室で話すなら、それなりに、しないと」


「ふふ」


 アンちゃんが、ノートを、開いた。

 手書きで、企画書のようなものが、書かれていた。


「相談、二つあって」


「うん」


「一つ目。保護犬の特集配信を、定期化したい。月に一回、シェルターを訪問して、その様子を配信する形で。アーカイブも残して、寄付の窓口に、繋げたい」


 *(アンちゃんが、自分で、ここまで、考えている)*


「いいじゃない。具体的に、どう動かす?」


「『いのちの家』の高木さんに、まず相談してみたい。月一でお邪魔して、犬猫の様子を、撮らせてもらう。配信中に、シェルターの寄付窓口のリンクを、貼る。視聴者から、寄付が直接、シェルターに行く流れを作りたい」


「事務所として、リスクは?」


「藤原さんに相談したら、利益相反にならないように、寄付は事務所を通さず、視聴者から直接シェルターへ送る形にすれば大丈夫って。アンちゃんは、紹介者の立場」


「いいね。それで進めよう。高木さんには、俺からも、連絡しておくよ」


「ありがとう」


 アンちゃんが、ノートに、メモを、加えた。


「二つ目」


「うん」


「これは、配信の話じゃなくて。プライベートな相談」


「プライベート?」


 アンちゃんが、ペンを、置いた。


 しばらく、黙っていた。


「私、最近、考えるんだよね」


「何を」


「私と、遊馬くんの関係って、何なんだろう、って」


 俺は、コーヒーを、置いた。


 *(来たな)*


「友達以上、恋人未満、みたいな感じで、もう何年だっけ」


「一年半くらいかな」


「うん。最初は、それで、よかった。私もまだキャバ嬢で、お互い、忙しかったし。お客さんとキャバ嬢の延長から始まったから、その距離感が、楽だった」


「ええ」


「でも、最近、私、配信者として、ちゃんと立ってる感じがしてきて。自分の足で、立ってる感じが」


「うん」


「そうすると、遊馬くんとの関係も、ちゃんと、見えるようになってきて」


 アンちゃんが、こちらを、見た。


「責めてるんじゃないよ」


「うん」


「ただ、確認したくて」


「何を」


「遊馬くんは、私のこと、どう、見てるの」


 俺は、コーヒーを、もう一口、飲んだ。


 *(アンちゃんが、ちゃんと、聞いてきた。桑原さんも、土曜に、聞いてきた)*


 *(俺は、両方の女性から、同じことを、問われている)*


「アンちゃん」


「うん」


「俺は、アンちゃんと一緒にいる時間が、好きだ」


「うん」


「でも、たぶん、俺は、誰か一人を選ぶような、関係の作り方が、できない人間なんだ」


「うん」


「それは、アンちゃんに悪い、っていうことじゃない。俺自身の問題」


「うん。それは、わかってる」


「だから、アンちゃんが、いま、別の関係を、選びたいなら。俺は、それを、止めない」


 アンちゃんが、しばらく、黙っていた。


 それから、笑った。


「遊馬くん、桑原さんにも、同じこと、言ったでしょ」


 俺は、驚いた。


「……なんで、わかるの」


「だって、遊馬くんの言い方、同じ感じだから」


 アンちゃんが、ペンを、もう一度、握った。


「私、桑原さんのこと、知ってるよ。同じ匂いがする」


「同じ、匂い?」


「うん。遊馬くんと、ちゃんと距離を取って、関係を保ってる人。たぶん、お互い、わかってると思うよ」


 *(アンちゃんは、いつも、俺が思っているより、ずっと、見ている)*


「アンちゃん、答えを、聞かせて」


「答え?」


「俺との関係、どうしたい」


 アンちゃんが、しばらく、考えた。


「今のままで、いいよ」


「……」


「私、いま、配信者として、伸びてる時期で。自分のことに、集中したい。遊馬くんに、ちゃんと向き合うのは、もう少し先で、いい」


「……」


「ただ、たまに、遊馬くんに会いたくなる時があるから。その時は、会ってほしい」


「もちろん」


「それで、今は、いい」


 アンちゃんが、また、笑った。

 いつもの、明るい笑顔。


「遊馬くんって、ほんと、ずるい男だよね」


「ずるい?」


「うん。誰も、選ばない。誰も、捨てない。みんなと、繋がったまま」


「……」


「でも、それで、嫌になる女もいるかもしれないけど、私は、それでいいよ。今は」


「……ありがとう」


「いえいえ。じゃあ、保護犬の方、進めるね」


「うん。頼む」


 アンちゃんが、ノートを、閉じた。

 席を、立った。


 扉の前で、振り返った。


「遊馬くん」


「うん」


「桑原さんに、ちゃんと、向き合ってあげてね」


「……」


「私とは違う形で、桑原さんは、遊馬くんに、ちゃんとした答えを、求めてると思う」


「もう、聞いてくれた」


「土曜の夜?」


「ああ」


「で、なんて答えたの」


「フランスに行ってきてください、って。それで、俺、会いに行きます、って」


 アンちゃんが、ふっと、笑った。


「いいじゃん。そういうの」


「いいの、それで」


「いいよ。桑原さんも、たぶん、そういう答えが、欲しかったんだと思う」


 アンちゃんが、扉を、開けた。


「火曜の午後の、相談、ありがとね」


「こちらこそ」


 アンちゃんが、出ていった。

 会議室の扉が、静かに、閉じた。


---


 会議室を、出た。

 西村が、外で、待っていた。


「水沢さん、もう帰った?」


「うん」


「何だった、相談」


「保護犬の特集を、定期化したいって」


「いいじゃん。藤原さんと、詰めるよ」


「頼む」


 西村が、頷いて、自分のデスクに、戻った。


 俺は、山下の席に、寄った。


「山下。今日、夕方、恵比寿の路地裏のカフェに、寄ってくる」


「カフェ、ですか」


「以前、行った『NOEL』というところ。シングルマザーが、一人でやってる店」


 山下が、何かを思い出したように、頷いた。


「以前、お話しされていたことが、ございましたね」


「うん。様子を見に行ってくる」


「では、私は、田島フーズの設備メーカーの契約書を、進めておきます」


「頼む」


---


 夕方の五時。

 吉野さんの車で、恵比寿に向かった。


 車から降りて、商店街を、歩いた。

 八月の恵比寿。夕方になっても、まだ、暑い。

 でも、空の色が、少し、柔らかくなり始めていた。


 路地の奥、「NOEL」の看板。

 扉を、開けた。


 店内は、前と変わらない。

 古い木の家具、手描きのメニューボード、よく効いたエアコン。


 カウンターの中に、瀬川さんが、いた。


「あ、いらっしゃいませ──あ、この間の」


 瀬川さんが、俺に気づいて、少しだけ、目を見開いた。


「お久しぶりです」


「お久しぶりです。覚えていてくださって」


「もちろんです。アイスコーヒーの方ですよね」


「よく覚えてますね」


「常連のお客様じゃないと、逆に、よく覚えるんです」


 瀬川さんが、笑った。

 目の下のクマは、前と同じか、少し、深くなっているかもしれない。


 カウンター席に、座った。

 他に客は、いなかった。


 アイスコーヒーが、運ばれてきた。


「相変わらず、美味い」


「ありがとうございます」


「あの、お子さんは?」


「学童に行ってます。月曜と火曜だけ、四時まで延長になったので、今日は、ここに来るのが、五時過ぎなんです」


「学童、延長されたんですか」


「夏休み期間限定で。助かってます」


 *(夏休みは、学童の時間が、延長される。普段は、三時までしか預けられない)*


 瀬川さんが、カウンターを拭きながら、続けた。


「お忙しい中、また、来てくださって」


「いえ。前回のコーヒー、忘れられなくて」


「お世辞、上手ですね」


「世辞じゃないですよ」


 瀬川さんが、笑った。


 しばらく、雑談をした。

 梅雨が明けたこと、商店街の催し物のこと、瀬川さんの娘が学校で犬の絵を描いて表彰されたこと。


 話の途中で、瀬川さんが、ふと、声のトーンを、落とした。


「実は、お店、もうすぐ移転するかもしれないんです」


「移転?」


「家賃が、来年から、上がるって、大家さんから連絡があって」


「いくら上がるんですか」


「今、月二十二万なんですけど、来年から、二十八万になるって」


「六万円か……」


「年間で、七十二万。うちの利益が、月十万くらいなので。家賃が上がると、運営が、厳しくなる」


 瀬川さんが、淡々と、話した。

 深刻そうにではなく、事実として、伝える話し方。


「移転先、決まってるんですか」


「まだ、探してる段階です。同じ恵比寿エリアじゃ、もっと家賃が高くて。少し離れた場所を、考えてます」


「いつまでに、決めないと」


「来年の三月までに。今の契約が、そこで切れるので」


 *(時間は、まだ、ある。でも、急がないと、ない)*


「瀬川さん」


「はい」


「失礼な質問でも、いいですか」


「どうぞ」


「移転して、続けたい店ですか。それとも、いっそ、別の場所で、別の形を、考えてますか」


 瀬川さんが、しばらく、考えた。


「ここで、続けたいです」


「ここで、というのは」


「この恵比寿で、というか、ここに通ってくれる人たちと、続けたい。常連さんが、何人かいて。あの人たちが、お店をなくすと、行く場所がなくなる」


「常連さん、どんな人たちですか」


「近くで一人暮らしの、お年寄りの方とか。在宅で仕事してる、フリーランスの方とか。みんな、コーヒー一杯飲みに来て、私と少し話して、帰っていく」


 *(瀬川さんは、コーヒーを売っているだけじゃない。場所を、提供している)*


 *(その『場所』が、移転で、消えてしまうかもしれない)*


「瀬川さん」


「はい」


「もし、家賃を心配せずに、この恵比寿で店を続けられる方法があったら、続けたいですか」


「もちろんです。でも、そんな方法、ありませんよ」


「あるかもしれません」


 瀬川さんが、こちらを、見た。


「私、不動産事業を、やっていて」


「あら、そうなんですか」


「都内で、いくつか物件を持ってます。恵比寿には、まだ、ないんですが」


「はあ」


「もし、瀬川さんが、来年の春までに、移転先を決めなきゃいけないなら。その時期に合わせて、うちの会社が、恵比寿で店舗物件を取得することも、検討できます」


 瀬川さんが、しばらく、黙っていた。


「……それは、私のため、ですか」


「半分は、瀬川さんのため。半分は、うちの事業のため。恵比寿の店舗物件は、利回りで考えると、悪くない投資なので」


「……」


「もちろん、いきなり結論を出さなくていいです。物件を取得するかどうかも、まだ決めていません。ただ、可能性として、テーブルに置きたかった」


 瀬川さんが、ゆっくりと、頷いた。


「……ありがとうございます」


「お礼を言われることじゃないですよ。まだ、何も、決まってないので」


「いえ。話を、聞いてくださっただけで、ありがたいです」


 瀬川さんが、目を、少し、伏せた。


「私、ここ最近、移転のことで、誰にも、相談できなくて」


「……」


「実家は、もう、両親が亡くなっていて。元夫とは、子どもが生まれてすぐに、別れて。一人で、決めるしかなくて」


「お一人で、抱えていたんですね」


「いえ。普通のことです」


 瀬川さんが、笑った。

 その笑い方が、強くて、少し、切なかった。


 *(一人で、店を切り盛りして、子どもを育てて、移転先まで、一人で決める)*


 *(金があれば、解決できることが、ある。でも、金だけじゃ、解決できないこともある)*


 *(瀬川さんに必要なのは、金じゃない。一緒に考える人だ。それを、俺が、できるかどうか)*


---


 六時過ぎ。

 扉が、開いた。

 女の子が、ランドセルを、背負って、入ってきた。


「ママ、ただいま」


「おかえり。今日、学童どうだった」


「ふつう」


 女の子が、俺を見て、少し、目を細めた。


「あ、犬のお兄ちゃん」


「覚えててくれたんだ」


「うん。柴犬好きの人」


「君は、トイプードル好きの子だね」


 女の子が、にこっと、笑った。

 白い歯が、見えた。


「みいちゃん、宿題、やる?」


「やる」


 みいちゃんが、カウンターの端に、座った。

 ランドセルから、ノートを、出した。


 俺は、瀬川さんに、目を、向けた。


「みいちゃん、いい名前ですね」


「美咲、と書きます。美しく、咲く」


「いい名前です」


「夫が、つけたんです。離婚しましたけど」


 瀬川さんが、淡々と、言った。


「もう、何年になるんですか」


「美咲が、二歳の時に。今、八歳なので、六年です」


「六年」


「あっという間でした」


 瀬川さんが、カウンターを拭きながら、笑った。


 みいちゃんが、ノートを開いて、漢字の練習を、始めた。

 鉛筆を握る手が、慣れている。


「美咲ちゃん、お絵描き、上手なんですね」


「あ、表彰の話、しちゃったんですか」


「ええ。犬の絵で」


「美咲、犬の絵で、賞、もらったの」


 みいちゃんが、頬を、赤くした。


「先生が、選んでくれた」


「いい先生だね」


「うん」


 みいちゃんが、ノートに、もう一度、目を落とした。


 俺は、瀬川さんに、聞いた。


「瀬川さん」


「はい」


「電話番号、交換してもらえますか」


 瀬川さんが、こちらを、見た。


「移転の件で、何か、考えたら、ご連絡したくて」


「ああ、そういう」


 瀬川さんが、笑った。


「もちろんです」


 スマートフォンを、交換した。

 瀬川さんの番号が、登録された。


「桐島、と申します」


「桐島さん、ですね。覚えました」


「では、何か、進展があったら、ご連絡します」


「お願いします」


 会計を、した。

 千円札を、渡した。


「美咲ちゃん」


「うん」


「また、来るよ」


「うん。来てね」


 みいちゃんが、手を、振った。

 小さな手。鉛筆の跡が、指に、付いていた。


 店を、出た。

 恵比寿の路地に、夕方の光が、長く伸びていた。


 *(瀬川さん。一人で、店を切り盛りしながら、子どもを育てている)*


 *(恵比寿で、店舗物件を取得する。来年の春。山下に、相談しよう)*


 *(うちの不動産事業の延長で、できる。瀬川さんに、原価で貸せばいい。利益が出るほどではなくても、損失も出ない範囲で)*


 *(金で買えないものを、金で買えるようにする。今日も、また、その方法を、見つけた気がする)*


---


 南青山に、戻った。

 タワーマンションの部屋に、入った。


 冷蔵庫から、ビールを、出した。

 ソファに座って、一人で、飲んだ。


 窓の外、東京の夜景。

 八月の夜は、まだ、温かい。


 懐中時計を、テーブルに、置いた。

 握ってみた。

 冷たい。


 *(今日、結局、一日中、冷たかった)*


 *(でも、今日は、よかった。アンちゃんと話せた。瀬川さんと、再会できた)*


 *(金じゃ、買えないこと。会いに行くこと。話を聞くこと。一緒に、考えること。これは、時計の温度に、関係なく、できることだ)*


 スマートフォンを、開いた。

 高木さんに、LINEを送った。


 *「高木さん、桐島です。アンちゃん──水沢アンが、シェルターの定期配信を、企画しています。月一回、訪問させてもらえないかと。寄付窓口の連携も含めて。詳しくは、藤原という者から、ご連絡させます」*


 数分後、返信が、来た。


 *「ありがとうございます。喜んで、お受けします。日程の調整、お待ちしております」*


 *(動いている。いろんなところで、種が、芽を出し始めている)*


 ビールを、もう一口、飲んだ。

 冷たさが、喉を、滑り落ちていった。


 窓を、開けた。

 夏の夜風が、入ってきた。

 遠くで、誰かが、笑っている声が、聞こえた。


 *(明日も、また、時計を、握る。温かければ、行く。冷たければ、行かない)*


 *(でも、温かくなくても、できることが、増えてきた)*


---


**── 残高メモ ──**


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 個人費用(タクシー・カフェ等) | ▲約2万円 |

| 前話繰り越し(個人) | 約25,424万円 |

| **桐島遊馬 個人資金** | **約25,422万円** |


*8月第二週前半。時計の冷たい日が続き、ギャンブル収益はなし。*


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話繰り越し(法人、8月分計上済み) | 約11,782万円 |

| **KY Holdings 法人口座** | **約11,782万円** |


*グループ全体の月次余剰引き上げ計画を、山下CFOが具体化。FORECAST新アルゴリズム実装、KY Live黒字化、田島フーズ販路拡大、ナカジマ精工事業化検討の四本柱で進行。*


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話繰り越し(KY Live) | 約258万円 |

| **KY Live 法人口座** | **約258万円** |


*水沢アンが保護犬定期配信を企画。NPO「いのちの家」との連携を桐島が仲介。*


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話繰り越し(ナカジマ精工) | 約4,845万円 |

| **ナカジマ精工 口座残高** | **約4,845万円** |


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話繰り越し(田島フーズ) | 約1,210万円 |

| **田島フーズ 口座残高** | **約1,210万円** |


| 口座 | 残高 |

|:--|--:|

| 桐島遊馬(個人) | 約25,422万円 |

| KY Holdings(法人) | 約11,782万円 |

| KY Live | 約258万円 |

| ナカジマ精工 | 約4,845万円 |

| 田島フーズ | 約1,210万円 |

| **総資産(融資別)** | **約43,517万円** |


*融資借入残高:約24,549万円。品川ローン残高:約6,927万円。恵比寿の店舗物件取得を検討開始(カフェ「NOEL」店主・瀬川美奈との連携)。*


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