第49話 〜散歩〜
十一月。
最初の日曜日。
アンちゃんから、LINEが来た。
*「遊馬くん、今日暇? 一緒に出かけたいところがあるんだけど」*
*「暇だよ。どこ?」*
*「代々木公園。保護犬の譲渡会ってのがあるの。犬、見に行きたくて」*
*(犬か)*
アンちゃんが犬を飼いたいと言い出したのは、先月のことだった。
配信で、視聴者から「ペット飼ってますか?」と聞かれた時に、「いつか犬を飼うのが夢なの」と答えていた。
それを聞いた時は、ふうんと思った程度だった。
でも、今日、実際に譲渡会に行くと言い出した。この人は、思ったら動く。
吉野さんに連絡して、車を出してもらった。
アンちゃんを六本木のマンションの前で拾って、代々木公園に向かった。
秋晴れの日曜日。
代々木公園の入口に、テントが並んでいた。
「保護犬・保護猫譲渡会」と書かれた横断幕が張ってある。
テントの下に、ケージが並べられていて、犬や猫がおとなしく座っていた。
来場者は多かった。
家族連れ、カップル、一人で来ている若い女性。
犬を覗き込んで、指先を伸ばして、笑顔になっている人たちがいた。
「わー、かわいい」
アンちゃんが、小型犬のケージの前にしゃがんだ。
トイプードルのミックス。薄茶色の、くりくりした目の犬。
アンちゃんが指を近づけると、犬がぺろっと舐めた。
「やば、かわいすぎる」
「その子、人懐っこいね」
「ねえ、この子の話、聞いてもいいかな」
テントの奥で、ボランティアスタッフが対応していた。
アンちゃんが声をかけると、五十代くらいの女性が出てきた。
「この子に興味がありますか?」
「はい。この子は、どこから来たんですか?」
「多頭飼育崩壊の現場からです。飼い主が高齢で、犬を十五頭飼っていたんですが、世話ができなくなって。保健所に持ち込まれる前に、うちの団体が引き取りました」
「十五頭……」
「はい。この子は、そのうちの一頭です。保護した時は、毛が絡まって、爪が伸び放題で。獣医さんにケアしてもらって、今はきれいになりましたけど」
アンちゃんが、犬を見た。
犬は、何も知らないように、尻尾を振っていた。
「こういう子って、多いんですか?」
「多いです。多頭飼育崩壊、ブリーダーの劣悪な環境、飼い主の事情で飼えなくなるケース。東京だけでも、年間で何千頭もの犬猫が、行き場をなくしています」
女性の声は、淡々としていた。
でも、その淡々さの中に、長年この活動を続けてきた人の重みがあった。
「うちの団体は、シェルターを一つ運営しています。今、七十頭の犬と三十頭の猫を保護しています。でも、資金が厳しいです。フードの費用、医療費、施設の維持費。全部、寄付とボランティアで回していますが、正直、毎月ぎりぎりです」
「フードの費用って、月にどのくらいかかるんですか?」
俺が、聞いた。
女性が、少し驚いた顔をした。
「犬七十頭と猫三十頭で、月に約四十万円です。それに、医療費が別で月に二十万から三十万。保護した直後の子は、感染症やケガの治療が必要なことが多いので」
「月に六十万から七十万」
「はい。寄付が集まる月はいいんですが、集まらない月は、私のポケットマネーで補填しています。でも、それにも限界があって」
女性が、苦笑した。
苦笑の裏に、切実さがあった。
「……なんとかしたいって、ずっと思ってるんですけどね。でも、寄付に頼る構造だと、どうしても不安定で」
*(寄付に頼る。不安定。それは、事業としては持続性がないということだ)*
*(でも、この人たちは、事業をやっているわけじゃない。ただ、目の前の命を救いたいだけだ)*
アンちゃんが、犬を撫でながら、黙って話を聞いていた。
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譲渡会を見て回った後、公園のベンチに座った。
十一月の空が、高く澄んでいた。
紅葉が始まった銀杏の木が、金色に光っていた。
「アンちゃん、あの子、飼う?」
「……飼いたい。すごく飼いたい。でも、今のマンション、ペット不可なんだよね」
「引っ越せばいいじゃん」
「そうなんだけど、キャバの仕事してると、夜いないでしょ。犬を一人にする時間が長くなっちゃうのが、心配で」
「配信の方が軌道に乗ったら、働き方が変わるかもしれないよ」
「……うん。そうだよね。ちょっと、考える」
アンちゃんが、空を見上げた。
「ねえ、遊馬くん」
「ん?」
「さっきの団体の人の話、聞いてて思ったんだけど。お金が足りなくて、助けたい命を助けられないって、きつくない?」
「きついね」
「うん。きつい。私、犬を飼いたいって気持ちで来たけど、あの場所にいる犬たちは、飼いたいじゃなくて、飼ってもらわないと生きていけない子たちなんだよね」
アンちゃんの声が、少し低くなっていた。
この人は、感情で動く人だ。でも、感情の根っこに、ちゃんと考える力がある。
「私にできることって、何かあるかな」
「配信で、保護犬のことを話すのはどう? アンちゃんのフォロワーが増えれば、それだけ多くの人に知ってもらえる」
「……そっか。配信で」
「アンちゃんが、あの犬を撫でながら話してる姿。それだけで、見てる人の心は動くよ」
アンちゃんが、少し照れたように笑った。
「遊馬くんって、たまにいいこと言うよね」
「たまにしか言わないけどね」
「うん。でも、そのたまにが、いいの」
公園の中を、少し歩いた。
散歩する犬と、その飼い主たちが行き交っていた。
幸せそうな犬たち。その傍らには、幸せそうな人がいた。
*(あの譲渡会にいた犬たちにも、こうやって散歩してくれる人がいたら。フードの心配をしなくていい場所があったら)*
*(月に六十万から七十万。百頭で。全国にあるシェルターの数を考えたら、とんでもない金額になる)*
*(寄付じゃない方法は、ないのか。持続可能な仕組みは。事業として回せる形は)*
頭の片隅に、まだ形にならないものが、うっすらと浮かんでいた。
それは、前の週にコンビニで見た親子の姿と、どこかで繋がっている気がした。
*(……まだ早い。でも、種は蒔かれた)*
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夕方。
アンちゃんを六本木のマンションに送った後、吉野さんの車で、平和島に向かった。
平和島競艇場。
ナイター開催。
京浜運河沿いの競艇場は、海風が吹いていた。
十一月の海風は、少し冷たい。
スタンドで、ホットコーヒーを買った。
時計が温かくなった。
握った。
第七レース。
四号艇がまくって先頭。二号艇が差して二着。五号艇が三着。
3連単。4-2-5。
出走表を見た。
四号艇は、モーターの出足が良い。前検タイムも上位。外枠からまくれる選手だ。
二号艇は、イン寄りの好ポジション。堅実に差せる位置にいる。
五号艇は、展開次第で浮上する実力がある。
3連単。4-2-5。
五万円。
レースが始まった。
大時計が動いて、六艇が加速する。
スタート。
四号艇が、外からスピードに乗って、第一ターンマークに飛び込んだ。
まくりが決まった。水しぶきが照明に照らされて、白く散った。
二号艇が、内からうまく差して二番手。
五号艇が、混戦の中を抜けて三番手につけた。
二周目。
四号艇がリードを広げる。
そのまま、三周を走り切った。
4-2-5。確定。
払い戻し。
3連単。配当、八十四倍。
五万円が、四百二十万円。
*(悪くない。今月の生活費と、しばらくの余裕ができた)*
海風に当たりながら、コーヒーを飲んだ。
水面に映る照明が、波で揺れていた。
*(今日は、犬に触れた。保護団体の人の話を聞いた。あの人たちが必要としているのは、一時的な寄付じゃなくて、継続的な支援の仕組みだ)*
*(フードを無償で提供できたら。全国のシェルターに。それだけで、どれだけの命が救えるだろう)*
*(……ペットフード。作る側に回れたら、コストを限りなく下げられる。自分で作って、自分で配る。寄付に頼らない形で)*
まだ、ぼんやりとした輪郭だった。
でも、頭の中で、何かが動き始めていた。
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夜。
タワーマンションに帰った。
リビングのソファに座って、アンちゃんからのLINEを見た。
*「今日はありがとう。保護犬のこと、ちょっと調べてみたんだけど、全国で年間7万頭以上の犬猫が殺処分されてるって。知らなかった」*
*「俺も、今日初めてちゃんと知った」*
*「次の配信で、今日のこと話してもいい? 譲渡会に行ったこと。あの犬たちのこと」*
*「もちろん。アンちゃんの言葉で話せばいいよ」*
*「うん。ありがとう」*
スマートフォンを置いた。
窓の外に、東京の夜景が広がっていた。
*(アンちゃんが、自分の言葉で発信する。それは、配信者としての成長であると同時に、一人の人間としての成長でもある)*
*(俺にできることは、もっと大きい。金がある。仕組みを作れる。でも、今はまだ、考える段階だ)*
*(焦るな。一個ずつだ)*
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**── 残高メモ(第49話)──**
*アンちゃんと保護犬譲渡会。保護団体の実態を知る。ペットフード事業の着想が芽生える。平和島競艇ナイター的中。*
### 個人資金(桐島遊馬)
| 項目 | 金額 |
|:--|--:|
| 前話末時点 | 約18,974.8万円 |
| 平和島競艇ナイター 3連単(5万→420万) | +約415万円 |
| 競馬・競艇収入(11月初旬・片手間分) | +約100万円 |
| 飲食費・交通費等 | ▲約2万円 |
| **桐島遊馬 個人資金** | **約19,487.8万円** |
### 法人資金(KY Holdings)
| 項目 | 金額 |
|:--|--:|
| 前話末時点 | 約5,312.4万円 |
| *(11月月次は次話以降に計上)* | ― |
| **KY Holdings 法人口座** | **約5,312.4万円** |
### KY Live
| 項目 | 金額 |
|:--|--:|
| 前話末時点 | 約328.5万円 |
| *(11月月次は次話以降に計上)* | ― |
| **KY Live 法人口座** | **約328.5万円** |
*注:KY Liveは11月もギフト連動配信を継続。企業案件も増加傾向。来月以降、キャッシュが薄くなる場合はKYHからの資金注入を検討。*
### ナカジマ精工
| 項目 | 金額 |
|:--|--:|
| 前話末時点 | 約4,465万円 |
| *(当話内変動なし)* | ― |
| **ナカジマ精工 口座残高** | **約4,465万円** |
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*【第50話 へ続く】*




