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第43話 〜配信〜


 八月。

 最初の金曜日。


 今日は、水野まりの初配信の日だった。


 午前中、恵比寿のオフィスで、藤原さんから最終確認の報告を受けた。


「準備は万全です。TikTokのアカウント設定、プロフィール画像、告知用のショート動画も全部整えました。水野さん自身も、テスト配信を五回やって、配信の流れには慣れています」


「本人の調子は?」


「緊張はしていますが、前向きです。初配信のテーマは『自己紹介雑談』。水野さんの強みが一番出やすい形にしました」


「配信時間は?」


「夜八時から。金曜の夜は、TikTokのアクティブユーザーが最も多い時間帯です。初回は一時間くらいを予定しています」


 山下さんが、横から補足した。


「告知は、三日前からTikTokとInstagramで出しています。水野さんの個人アカウントのフォロワーに加えて、KY Liveの公式アカウントからも発信しました。初配信の同時視聴目標は、二百人が目標。水野さんの既存ファン層がそのまま来てくれれば、到達できるラインです」


「わかった。俺は、何をすればいい?」


「見ていてください。それだけで十分です」


---


 夜。

 七時五十分。


 タワーマンションのリビングで、スマートフォンを手に取った。

 TikTokの、水野まりのアカウントを開いた。

 アイコンに「LIVE」のマークはまだ点いていなかった。

 プロフィール欄に「今夜20:00〜初配信!」と書いてあった。


 八時ちょうど。

 アイコンに「LIVE」が灯った。タップした。


 水野まりが、映った。

 縦画面いっぱいに、スタジオの配信ブース。

 背景に、パステルカラーの壁紙と、小さな観葉植物。

 デスクの上に、ぬいぐるみが一つ。猫の形をしている。

 照明が、きれいに当たっていた。藤原さんがセッティングしたリングライトだろう。

 肌のトーンが自然で、画面映りが良い。


 スマートフォンの画面越しでも、画質の違いがわかった。

 照明と機材の効果が、縦画面を通して伝わってくる。


「こんばんは。水野まりです。えっと、今日から、KY Liveという事務所の所属ライバーとして、配信を始めます。よろしくお願いします」


 声が、少し震えていた。

 でも、笑顔は自然だった。

 緊張しているのは、わかる。でも、それを隠そうとしていないところが、逆に好感が持てた。

 「素」が出ている。配信者として、これは強みだ。


 画面の下部から、コメントが湧き上がり始めた。

 「まりちゃん事務所入ったんだ!」「おめでとう」「頑張って」「画質良くなった」「背景かわいい」。

 ハートが、画面の右側をふわふわと上っていく。

 既存のファンが、早速、駆けつけていた。


「ありがとうございます。今日は、自己紹介をしながら、みなさんとお話ししたいと思います」


 水野さんが、自分の経歴を話し始めた。

 大学を出て、OLをしていたこと。

 仕事が合わなくて、辞めたこと。

 何もやることがなくて、暇つぶしに始めた配信が、いつの間にか生活の中心になっていたこと。


「配信って、最初は怖かったんです。自分の顔を出して、知らない人に話しかける。でも、コメントが来た時に、一人じゃないんだって思えて。それが嬉しかった」


 コメントが、次々と画面を流れていった。

 「わかる」「私も同じ」「配信始めてくれてありがとう」。

 水野さんの話に共感する言葉が、途切れることなく湧き上がっていった。


 画面の上部に、視聴者数が表示されていた。

 百五十。二百。二百五十。

 じわじわと、上がっていった。


 水野さんが、好きなものの話を始めた。

 猫が好きなこと。実家に、三匹いること。

 配信ブースに置いてある猫のぬいぐるみは、実家の猫をモデルにしたオーダーメイドだということ。


「この子、ミーちゃんっていうんです。本物のミーちゃんは、今、実家でお昼寝してると思います」


 コメントが、猫の話題で盛り上がった。

 「うちも猫いる!」「三毛猫飼ってます」「猫の名前はモチです」。

 水野さんが、一つ一つ拾っていった。


「モチちゃん! かわいい名前。何歳ですか? え、十五歳。大先輩ですね」


 視聴者との、この距離感。

 一人一人に向き合う姿勢が、自然にできている。

 これは、教えてできることじゃない。水野さんの持って生まれた才能だ。


 二十分経った頃、ギフトが飛び始めた。

 スターが画面を横切る。小さな星のエフェクトが、ぽん、ぽん、と弾ける。

 一つ一つに、水野さんが丁寧にお礼を言った。


「ありがとうございます。えっと……ゆうたろうさん、ギフトありがとうございます。えへへ、嬉しい」


 ギフトへのリアクションが、上手い。

 媚びていない。

 大袈裟なリアクションもない。

 ただ、素直に嬉しそうなのが、画面越しに伝わってくる。

 これが、ファンとの信頼関係を作る力だ。


 続けて、ギフトが連鎖した。

 スター、フラワー、クラウンのアニメーションが画面を賑やかにしていく。

 水野さんは、一人一人の名前を読み上げて、お礼を言った。


 俺も、匿名のアカウントで、ギフトを贈った。

 レインボー。画面いっぱいに、虹のエフェクトが広がった。


「え、レインボー!? すごい……匿名さん、ありがとうございます。こんな大きいギフト初めてもらいました。大事にします、ほんとにありがとう」


 *(素直に驚いてくれる。この反応が、自然でいい。地に足がついている)*


 *(頑張れ)*


 配信の後半。

 水野さんが、コメントで来た質問を拾い始めた。


「好きな食べ物は?」


「カレーです。家で作るカレーが好き。ルーを二種類混ぜるのがこだわりです」


「休みの日は何してる?」


「散歩してます。代々木公園をぐるっと歩くのが好きで。最近は、カフェ巡りも」


 普通の話だった。

 でも、水野さんが話すと、どこか温かくなる。

 声のトーン。間の取り方。相手の言葉を受け止めてから、自分の言葉を返す丁寧さ。

 藤原さんが評価していた「距離の取り方」が、画面越しにも伝わってきた。


 視聴者数が、三百二十を超えた。

 目標の三百を、軽く上回った。


 配信の最後に、水野さんが次回の予告をした。


「来週は、お料理配信をやりたいと思ってます。何作ったらいいか、コメントで教えてください」


 コメントが、一気に加速した。

 「カレー!」「オムライス」「パスタ」「お菓子作り見たい」。

 色々なリクエストが、画面を埋め尽くした。

 水野さんが、一つ一つ読み上げながら、楽しそうに反応していた。


「みんな、いっぱいありがとう。考えて決めますね」


 配信終了。

 九時十分。

 約一時間。


「今日は、来てくれてありがとうございました。初めての配信で、すごく緊張したけど、みなさんのコメントのおかげで楽しかったです。また来週。おやすみなさい」


 水野さんが、小さく手を振った。

 画面が暗くなった。


 *(いい初配信だった。水野さんの強みが、ちゃんと出ていた)*


 スマートフォンに、藤原さんからLINE。


 *「初配信、成功です。同時視聴ピーク328人。ギフト収入合計32,500円相当。初回としては、かなりいい数字です」*


 *「良かった。水野さんの配信、見てたけど、いいね。ファンとの距離感がちゃんとしてる」*


 *「はい。次回以降、企業案件の営業も始めます。水野さんの視聴者層に合いそうなコスメやライフスタイル系のブランドに、TikTokのPR案件としていくつか打診を入れています」*


 *「任せます。藤原さん、いいスタートだった。ありがとう」*


 *「こちらこそ。水野さんの力です。僕は、環境を整えただけです」*


 スマートフォンを置いた。

 リビングの窓から、東京の夜景が見えた。

 あの光の一つ一つの向こうに、同じ画面を見ていた人がいる。

 三百二十八人の視聴者。

 その一人一人が、水野さんの配信を見て、何かを感じている。


 *(小さな船出だ。でも、始まった)*


---


 翌日の土曜日。

 夜。


 タワーマンションのリビングで、競馬の出走表を眺めていた。

 スマートフォンが鳴った。

 アンちゃんからのLINEだった。


 *「遊馬くん、昨日の水野さんの配信見たよ! すごく良かった。ちょっと話したいことがあるんだけど、今日仕事終わったら会えたりする?」*


 時刻は、二十二時過ぎ。

 ルーナの営業は深夜一時まで。上がりが一時半として、到着は二時前か。


 *「いいよ。うち来る?」*


 *「ありがとう! 終わったら連絡するね」*


 深夜一時四十分。

 インターホンが鳴った。


 玄関を開けると、アンちゃんが立っていた。

 仕事終わりの私服。白いTシャツにデニムのショートパンツ。メイクは落としていて、少しだけ疲れた顔をしていたが、目だけは妙にきらきらしていた。


「おじゃまします」


「どうぞ。何か飲む?」


「ハイボールがいい」


 キッチンでハイボールを二つ作って、リビングに持っていった。

 アンちゃんはソファに座って、すでにスマートフォンを開いていた。


「で、話って?」


「あのね」


 アンちゃんが、少し前のめりになった。


「水野さんの配信、最初から最後まで全部見たの。前に、ライバー事務所始めたって言ってたじゃん。気になって、配信のアカウントフォローしてて」


 *(ちゃんとフォローしてくれてたんだ)*


「初配信だったんでしょ? すごく良かった。話し方が自然で、見てるだけで落ち着く感じ」


「ありがとう。嬉しいな、見てくれて」


「当たり前じゃん。遊馬くんの会社のことなんだから、気になるよ」


 アンちゃんが、当然のように言った。

 こういう、さらっとした優しさが、この人にはある。


「で、見てて思ったんだけど——」


 アンちゃんが、ハイボールのグラスを両手で持ったまま、少し言い淀んだ。


「——私も、やってみたいなって」


 一瞬、驚いた。

 でも、すぐに納得がいった。

 アンちゃんの目が、さっきからきらきらしていた理由が、わかった。


「ライバー?」


「うん。水野さんの配信見てたら、なんか、すごく楽しそうだったの。コメントに答えてる時の表情とか、ギフトが来た時のリアクションとか。あれ見てたら、自分もあの画面の向こう側に立ってみたいって、初めて思った」


「でも、カメラの前で喋るの、緊張しない?」


「する。めっちゃする。でも、キャバだって最初は緊張してたんだよ? 知らない人と話すなんて無理って思ってた。でも、今は普通にできてる。だから、慣れだと思うんだよね」


 アンちゃんが、自分を説得するように言った。

 この人は、こういう時、感覚で動く。頭で考えるより先に、体が向いている方へ行く。


「アンちゃん、話すの上手いじゃん。お客さんとの会話、いつも盛り上がってるし。向いてると思うよ」


「ほんとに? お世辞じゃなくて?」


「お世辞は言わないよ」


 アンちゃんが、少し照れたように笑った。


「でも、キャバの仕事もあるし、すぐには無理かも。時間とか、どうなるのかなって」


「うちの事務所なら、ちゃんとサポートするよ。配信のスケジュールも、アンちゃんのペースに合わせられる。機材も用意するし、最初はテスト配信から始めればいい」


「……本当に?」


「本当に。むしろ、うちに来てくれたら嬉しい」


 アンちゃんが、グラスを置いて、少し黙った。

 目が、遠くを見ていた。

 友達がネイルの資格を取った、という話をしていた時と、同じ目だった。

 何かに手を伸ばしたいけど、まだ指先が届かない。そういう目。


「……うん。やりたい。やってみたい」


 小さく、でもはっきりと言った。


「わかった。藤原さんに話しておく。まずは顔合わせからだね」


「ありがとう、遊馬くん」


 アンちゃんが、嬉しそうに笑った。

 深夜のリビングに、その笑顔がよく似合っていた。


 その後、他愛もない話をした。

 最近のルーナの常連客の話。

 アンちゃんが最近見つけた、六本木の隠れ家的なパスタ屋の話。

 夏の暑さの話。


 三時を過ぎた頃、アンちゃんがソファの上で、うとうとし始めた。

 仕事終わりの深夜。お酒も入っている。無理もない。


「アンちゃん、今日泊まってきなよ」


「……うん。そうする」


 眠そうな声で言った。

 抵抗も遠慮もない。この距離感が、俺とアンちゃんの間にはある。


 アンちゃんがベッドに入った後、リビングに戻った。

 テーブルの上に、ハイボールのグラスが二つ残っていた。


 翌朝。

 リビングに出ると、アンちゃんがキッチンに立っていた。

 俺のTシャツを借りて、コーヒーを淹れている。


「おはよう。コーヒー、飲む?」


「ありがとう」


 二人でソファに座って、コーヒーを飲んだ。

 窓の外は、夏の朝の日差しが眩しかった。


「ねえ、遊馬くん」


「ん?」


「私、ちゃんとやるからね。見ててね」


「見てる」


 アンちゃんが、嬉しそうに笑った。

 昨夜の深夜テンションではなく、朝の光の中で、もう一度言った。

 それは、決意だった。


 昼前に、アンちゃんが帰っていった。


---


 日曜日の夕方。

 吉野さんの車で、川崎に向かった。


 川崎競馬場。

 ナイター開催。

 大井に比べると、こぢんまりとしているが、独特の庶民的な雰囲気がある。

 入場ゲートをくぐると、夕暮れの空に、照明塔の明かりが灯り始めていた。

 仕事帰りの常連客が、缶ビールを片手に、出走表を眺めていた。

 フードコートでは、焼きそばとたこ焼きの匂いが漂っていた。


 スタンドの指定席を取った。

 ビールと、枝豆を買って、席に座った。

 夕方の風が、スタンドを吹き抜けていった。

 八月の川崎は蒸し暑いが、日が落ちると、少しだけ楽になる。


 パドックを見に行った。

 次のレースの馬たちが、周回していた。

 川崎の馬は、中央の馬とは少し違う。

 華やかさよりも、たくましさがある。

 地方競馬を走り続ける馬たちの、泥臭い力強さだ。


 席に戻った。


 ポケットの中の時計が、温かかった。

 いつもの反応。

 映像が来た。


 第九レース。

 ダート1400メートル。

 3番が先行して、直線で5番が差し切る。8番が三着。


 3連単。

 5→3→8。


 出走表を広げた。

 5番は、五番人気。前走から中二週で使い詰め気味だが、川崎のダート1400メートルは得意コース。過去三走でいずれも三着以内に入っている。

 3番は、一番人気。逃げ・先行型で、展開が向けば粘る。前走はレコードタイムで圧勝。

 8番は、十二番人気の大穴。成績にムラがあるが、左回りの1400メートルだけは好成績が残っている。条件が合えば走るタイプだ。


 *(一番人気を先行させて、五番人気が差し切る。十二番人気が三着。配当は跳ねるはずだ)*


 3連単。

 5→3→8。

 十万円。一点。


---


 第九レース。

 ファンファーレが鳴った。

 ナイター照明の下で、馬がゲートに入っていく。

 八頭立て。

 川崎のダート1400メートルは、最初のコーナーまでの距離が短い。

 先行争いが激しくなりやすいコースだ。


 ゲートが開いた。


 ナイター照明の下で、馬が走る。

 川崎の砂は、大井より少し重い気がした。

 蹄の音が、重く響く。

 砂が、照明に照らされて、白く舞い上がる。


 3番が、スタートから飛び出して、先頭に立った。

 二番手に6番。三番手に1番。

 5番は、中団の後ろ。じっくり構えている。

 8番は、最後方。


 向こう正面。

 3番が、リードを広げていく。

 三馬身。四馬身。

 後続が、追わない。3番のペースが速すぎるのだ。


 三コーナー。

 5番の騎手が、手綱を動かした。

 外に持ち出して、進出を開始した。


 四コーナー。

 5番が、二番手に上がった。

 3番との差が、二馬身。


 直線。

 3番が粘る。

 後方から、5番が追い込んできた。

 一完歩ずつ、差が縮まっていく。


 残り百メートル。

 5番が、3番に並んだ。

 二頭が、馬体を合わせて走る。

 そして、5番が抜いた。

 5番が先頭でゴール。

 3番が二着に粘った。

 最後方にいた8番が、内をロスなく回って、しぶとく三着に残った。


 5→3→8。確定。


 払い戻し。

 3連単、配当、76.8倍。

 十万円が、七百六十八万円。


 *(今月も、順調だ)*


 スマートフォンで確認した。

 七百六十八万。


 ビールを一口飲んだ。

 ナイター照明が、夜空を照らしていた。

 次のレースが始まるまで、しばらく、夜風に当たった。


 *(KY Liveの運転資金は、当面、心配ない。水野さんが軌道に乗るまで、半年はかかるだろう。その間のキャッシュは、ギャンブルで賄える)*


---


 月曜日の朝。

 オフィスで、山下さんと定例のミーティング。


「会長、二つ、報告があります」


「どうぞ」


「一つ目。FORECASTの有料課金者数が、先月から減少しています」


「減ってる?」


「はい。先月末時点で一万人だったのが、今月は八千五百人まで落ちています。月額課金が八百八十円ですので、サブスクリプション収入だけで月に約百三十万の減収です」


 *(……来たか)*


 成長がいつまでも続くとは思っていなかった。

 ただ、この時期に来るとは思っていなかった。


「原因は?」


「いくつかあります。まず、競合です。大手のスポーツメディアが、AIを使った競馬予測サービスを今年に入って三つ立ち上げています。無料プランが充実していて、ライトユーザーがそちらに流れている」


「小林さんのAIの精度は?」


「精度自体は悪くありません。ただ、横ばいです。直近三ヶ月、的中率に目立った改善がない。ユーザーから見ると、最初の驚きが薄れてきている。慣れ、ですね」


 山下さんが、淡々と数字を並べた。


「月商は、広告収入を合わせても八百五十万円程度まで落ちています。ピーク時からは、一割五分ほどの減収です」


 *(FORECASTは、小林さんのAIが全てだ。AIの精度が頭打ちなら、サービスとしても頭打ちになる)*


「小林さんは、この状況をどう見てる?」


「本人も危機感を持っています。新しいアルゴリズムの開発に着手したいと。ただ、今の業務を回しながらだと、研究に割ける時間が限られると」


「人が足りないってことか」


「はい。エンジニアをもう一人つけるか、小林さんを開発に専念させてオペレーションを別の人に任せるか。どちらかのテコ入れが必要です」


「……わかった。小林さんと直接話す時間を作ってくれ。今週中に」


「承知しました」


「二つ目は?」


「不動産です。高輪の物件で、先月から空いていた三階のテナントが埋まりました。IT系のスタートアップ企業です。十人規模のオフィスとして使いたいと」


「良かった。家賃は?」


「月額四十二万円。三年契約です。西村さんが、条件を詰めてくれました」


 不動産は、空室が出ると家賃収入が途絶える。

 二ヶ月で埋められたのは、悪くない。

 しかも三年契約なら、安定した収入が見込める。


「白金の方は」


「全室稼働中です。入居率百パーセント。白金は立地がいいので、問い合わせも定期的に来ています。来年、賃料の見直しを検討してもいいかもしれません」


「慌てなくていい。今の入居者さんとの関係を大事にしよう」


「はい」


 *(FORECAST、不動産、KY Live、ナカジマ精工。四つの事業が、それぞれのペースで動いている)*


 *(全部が順調なわけじゃない。FORECASTは、手を打たないといけない)*


 *(でも、事業ってそういうものだ。全部が同時に上手くいくことなんて、ない)*


---


 オフィスを出た。

 恵比寿の街を歩いた。

 八月の日差しが、強かった。

 アスファルトからの照り返しで、空気が揺れて見えた。


 スマートフォンに、通知が来た。

 水野さんの今夜のTikTok Live。テーマは「夏の思い出トーク」。

 初配信から毎日欠かさず配信を続けている。もう四日目だ。


 *(水野さんは、自分の力で歩き始めている。藤原さんのサポートがあれば、伸びる)*


 *(アンちゃんも、やりたいと言ってくれた。藤原さんに繋いで、少しずつ進めていこう)*


 *(事業というのは、結局、人だ。水野さんが頑張って、藤原さんがサポートして、小林さんがAIを改善して、松田さんが精密加工に挑む。俺は、その人たちが動ける場所と資金を用意するだけだ)*


 *(ギャンブルで稼いだ金が、人の力に変わる。その循環が、回り続ける限り、この事業は大丈夫だ)*


 吉野さんの車で、タワーマンションに向かった。

 八月の東京は、夜になっても暑かった。

 窓を開けると、生温い風が入ってきた。


 リビングで、スマートフォンを手に取った。

 今夜も、水野さんの配信をチェックしよう。

 オーナーとして。

 そして、一人のリスナーとして。


---


**── 残高メモ(第43話)──**


*水野まり初配信成功。川崎競馬ナイターで3連単的中。FORECAST有料課金者数が減少傾向(1万→8,500人)。テコ入れ要検討。*


### 個人資金(桐島遊馬)


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約17,416.3万円 |

| 川崎競馬 3連単的中(10万→768万) | +約758万円 |

| 競馬・競艇収入(8月初旬・片手間分) | +約200万円 |

| 飲食費(ルーナ等) | ▲約3万円 |

| 水野まり配信への匿名ギフト | ▲約0.5万円 |

| **桐島遊馬 個人資金** | **約18,370.8万円** |


### 法人資金(KY Holdings)


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約1,377.4万円 |

| FORECAST 8月月次売上(減収) | +約850万円 |

| 不動産賃料収入(8月・全物件) | +約197万円 |

| オフィス賃料・人件費等(8月分) | ▲約390万円 |

| スタジオ改装工事費(残金・8月分) | ▲約800万円 |

| **KY Holdings 法人口座** | **約1,234.4万円** |


### KY Live


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約710万円 |

| 水野まり初配信 ギフト収入(事務所分10%) | +約0.3万円 |

| 藤原誠 月額報酬(8月分) | ▲約60万円 |

| 水野まり 月額サポート | ▲約15万円 |

| **KY Live 法人口座** | **約635.3万円** |


### ナカジマ精工


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約3,735万円 |

| 受注加工売上(8月分) | +約320万円 |

| 人件費(従業員14名・社保込み) | ▲約350万円 |

| 研究費・材料費 | ▲約50万円 |

| 工場賃料(桐島個人名義物件) | ▲約30万円 |

| 光熱費・設備維持費 | ▲約40万円 |

| **ナカジマ精工 口座残高** | **約3,585万円** |


---


*【第44話 へ続く】*


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