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第41話 〜旗揚げ〜


 七月に入った。

 月曜日の、午前十時。


 東京は、もう、梅雨の真ん中だった。

 朝から湿度が高くて、外を歩くだけで、シャツが肌に張り付く。


 恵比寿のオフィスに、藤原さんが来ていた。

 採用から二週間。

 この間に、藤原さんは業界のリサーチを終えて、最初のライバー候補を三人まで絞り込んでいた。


「三人の中で、一番推したいのは、この方です」


 藤原さんが、タブレットの画面を見せた。

 水野まり。二十三歳。

 配信歴は一年半。

 個人でやっているが、同時接続数は平均で三百前後。

 SNSのフォロワーは、二万人弱。


「数字だけ見ると、突出はしていません。でも、配信の質が高い。視聴者との距離の取り方が上手い。煽らないし、媚びない。自然体で、かつ、ちゃんとエンタメになっている」


「どういうジャンル?」


「雑談メインです。たまにゲーム。ただ、雑談の引き出しが深くて、リスナーが飽きない。コメントの拾い方も的確です。リスナーの名前を覚えていて、前回の配信で話した内容を覚えている」


「ファンとの関係値が、太い」


「はい。そこが一番の強みです。今は収益化が弱いだけで、マネタイズの導線を整えてあげれば、月商百万は半年以内にいけると思います」


 山下さんが、横で資料をめくっていた。


「水野さんの配信、私も何本か見ましたが、藤原さんの評価に同意します。地味だけど堅い。事務所の最初のタレントとしては、むしろ派手な人より、こういう人の方がいいと思います」


「会いましょう。藤原さん、アポ取れますか」


「はい。実は、もう打診はしています。水曜の午後に、ここに来ていただける予定です」


 *(仕事が速い。この人を採って正解だった)*


「あと、残り二人の候補についても、簡単に聞かせてください」


「はい。二人目は、ゲーム実況メインの二十歳の男性。フォロワー一万五千。伸びしろはありますが、配信の安定感がまだ足りない。三人目は、二十七歳の女性。歌配信がメインで、声がいい。ただ、本人が事務所に入ることに慎重なスタンスです」


「水野さんを第一候補にして、他の二人は継続的にコンタクトを取る、という方針で」


「はい。僕もそのつもりです」


 山下さんが、KY Liveの初月のコスト試算を出した。

 人件費と配信プラットフォームの利用料が中心。

 スタジオの賃料と設備費はKY Holdings側で負担するので、KY Live単体のランニングコストは月額約九十万に抑えられている。

 売上がゼロでも、運転資金だけで九ヶ月以上は持つ計算だった。


「スタジオの改装が終わって本格稼働するまでは、KY Liveの資金はほとんど減らない設計です」


「いい構造だね」


「はい。ライバー事業は立ち上がるまで赤字が続きます。その間、固定費をKYH側で吸収して、KY Liveには身軽に動いてもらう。黒字化できる体力が残っている状態を、長く維持する方が重要です」


「わかった。あと、KY Liveの代表取締役は?」


「当面は、私が兼任する形でよろしいでしょうか。事業が軌道に乗って、専任の経営者を置ける段階になったら、交代する前提で」


「それでいこう。山下さんに任せます」


「承知しました」


---


 水曜日。

 午後二時。


 水野まりさんが、オフィスに来た。

 小柄な女性だった。

 ロングヘアに、薄い化粧。

 白いブラウスに、ネイビーのスカート。

 緊張しているのか、入口のところで少し立ち止まった。


「水野さん、よく来てくださいました。桐島です」


「あ、は、はい。水野まりです。今日はお時間をいただいて……」


 声が、少し震えていた。

 でも、目は、まっすぐだった。


 会議室で、四人で話した。

 俺と、山下さんと、藤原さんと、水野さん。


 藤原さんが、KY Liveの事業説明をした。

 少数精鋭のライバー事務所であること。

 ライバー一人一人に向き合う方針であること。

 収益の配分率。サポート体制。機材の提供。

 水野さんは、一つ一つ、頷きながら聞いていた。


「水野さん、率直に聞きます。事務所に入ることに、不安はありますか」


「あります。正直、事務所って、怖いイメージがあって。友達で、事務所に入って、合わなくて辞めた子がいるので」


「どういうところが合わなかったんですか」


「配信のスタイルを変えろって言われたらしいです。もっと過激に、もっと数字を取れるように、って。彼女は、それが嫌で」


「うちは、それはしません。水野さんの配信スタイルが、水野さんの一番の武器だと思っています」


 藤原さんが、はっきり言った。


「むしろ、今のスタイルを維持したまま、マネタイズの部分だけを改善する。それが、僕のプロデュースの方針です」


 水野さんの表情が、少し、緩んだ。


「あの、一つだけ、聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「なんで、私なんですか。もっと数字がある人、たくさんいますよね」


「数字は後からついてくるものだと思っています。でも、ファンとの信頼関係は、後から作れない。水野さんには、それがある」


 水野さんが、少し黙った。

 テーブルの上に置いた両手が、小さく震えていた。

 それから、顔を上げて、言った。


「やってみたいです。お願いします」


 声が、さっきより、しっかりしていた。


 藤原さんが、契約の概要を説明した。

 マネジメント手数料は、ギフト収入の十パーセント。企業案件は、事務所が三十パーセントを受け取る。

 業界標準のギフト手数料は三十から五十パーセントだから、かなり良心的な設定だ。

 配信スケジュールは、水野さん自身が決める。事務所から強制はしない。

 ただし、月に最低十五回の配信は目安として設定する。

 企業案件は、藤原さんが営業して、水野さんの承認を経てから受ける。


「配信の内容には、口を出しません。ただ、数字の分析と改善提案は、毎週させてください」


「はい。むしろ、そういうのが欲しかったんです。一人だと、何が良くて何が悪いのか、わからなくて」


---


 水野さんが帰った後、藤原さんと打ち合わせをした。


「いい子だね」


「はい。素直で、芯がある。最初のライバーとしては、理想に近いです」


 山下さんが、別の資料を出した。


「会長、配信環境の件ですが、進捗をご報告させてください」


「うん」


「渋谷に、テナント物件を押さえました。築十五年のオフィスビルの三階と四階。合計で約百二十坪です」


「広いな」


「はい。個別の配信ブースを二十室、設ける設計で進めています。各ブースに、配信用PC、高画質カメラ、照明機材、防音設備、配信用の背景セットを完備します。ライバーさんが手ぶらで来ても、すぐに配信できる環境です」


 藤原さんが、目を見開いた。


「二十ブース……。正直、この規模の設備を自前で持っている事務所は、大手でもほとんどないです。フラッシュでも、スタジオは共用で五部屋しかなかった」


「うちは、所属ライバーに事務所で配信してもらう方針にしたい。自宅配信だと、環境に差が出る。機材も音も画質もバラバラになる。事務所が配信環境を完璧に揃えて、全員が同じクオリティで出せるようにする」


「それは、ライバーにとっても大きいです。自宅の配信環境を整えるのに何十万もかかるのが、普通ですから」


 山下さんが続けた。


「物件の取得はKY Holdingsの名義で行い、KY Liveには当面、無償で貸し出す形を取ります。改装費用もKY Holdings側の負担です。KY Liveの運転資金を圧迫しない設計にしています」


「改装は、いつ終わる?」


「設計は先週上がりまして、今週から施工に入っています。防音工事が入るので、七月末の完成を見込んでいます。水野さんの初配信までには、間に合わせます」


「わかった」


 藤原さんが、メモを取りながら言った。


「あの、一つ提案なんですが」


「どうぞ」


「ライバーの採用条件に、通勤可能な範囲——基本的には都内在住、または都内近郊——という条件を入れたいです。事務所で配信する方針なら、通えることが前提になるので」


「いいと思う。遠方で、どうしても欲しい人材がいたら?」


「その場合は、家賃補助を検討していただけると助かります。月五万から八万程度の家賃補助があれば、地方から出てくる子でも生活が回ります」


「山下さん、その辺の制度設計もお願いします」


「承知しました」


「あと、藤原さん。二十ブース稼働させるなら、マネージャーも要るよね」


「はい。最低でも五人は欲しいです。一人が三〜四名のライバーを担当する形で。配信スケジュールの管理、企業案件の窓口、メンタルケア。ライバーは個人事業主に近い働き方なので、マネージャーの質が定着率に直結します」


「採用は並行して進めてくれ。スタジオが完成する頃には、体制が整っている状態にしたい」


「わかりました。前職のつながりで、何人か声をかけます」


 山下さんが、メモを取りながら言った。


「契約書は、今週中に仕上げます。機材の発注リストも、藤原さんと詰めて、来週には入れます」


 KY Liveが、動き出した。

 法人設立から、わずか二週間。

 ディレクター一人、タレント一人。渋谷に専用スタジオの改装が始まっている。

 小さな船出だが、箱だけは最初から本気で作る。


 *(FORECASTも、最初は小林さん一人から始まった。でも、環境だけは最初から整えた)*


 *(やり方は、同じだ。人に投資する前に、場所を整える)*


---


 木曜日の夕方。

 吉野さんの車で、立川に向かった。


 梅雨の晴れ間だった。

 多摩方面に向かう甲州街道は、夕方の渋滞が始まっていた。

 吉野さんが、裏道を使って、うまくすり抜けてくれた。


 今日は、競輪だった。

 立川競輪場。

 多摩モノレールの高架下から、バンクの屋根が見えた。

 吉野さんが、駐車場に車を入れた。


「会長、お迎えは何時にしましょう」


「二時間くらいで出ると思う。連絡する」


「了解です」


 入場ゲートをくぐった。

 第七レースの発売中だった。

 平日の夕方。

 客は少なかった。

 年配の常連が、新聞を広げて、赤ペンで印をつけていた。

 スタンドの一角では、モニターの前に座って、他場の中継を見ている人もいた。


 ポケットの中で、時計を握った。

 温かかった。

 いつもの、反応。


 映像が来た。

 バンクの上を、六人の選手が走っている。

 残り二周。

 先頭の3番が、ペースを上げた。

 5番が、3番の番手から、最終バックで捲りにいく。

 直線。5番が先頭に立つ。

 後方から1番が、大外を回して追い込む。

 5番、1番、3番。


 2車単。

 5→1。


 第九レース。

 2000メートル。


 5番は、二番人気のまくり屋。

 1番は、七番人気の追い込み選手。

 この組み合わせは、穴目だ。


 出走表を確認した。

 5番は、最近五走で三回、まくりを決めている。脚力がある。

 1番は、展開待ちのタイプ。前が潰れた時に、後ろから伸びてくる。

 今回、先行選手が多い。ペースが上がれば、追い込みが届く展開になる。


 2車単。

 5→1。

 十万円、一点。


---


 第九レース。

 号砲が鳴った。


 六人の選手が、バンクを周回し始めた。

 競輪は、競馬や競艇と違う独特の緊張感がある。

 動力はエンジンでもモーターでもない。人間の脚だ。

 ラインの組み方。位置取りの駆け引き。誰がいつ仕掛けるか。

 すべてが、人間の判断と筋力で決まる。


 スタンドから、バンクが一望できた。

 選手たちが、ゆっくりと周回する。

 誘導員の後ろで、固まりになって走っている。

 まだ、仕掛けの気配はない。


 残り二周。

 誘導員が退避した。

 3番が、ペースを上げた。

 バンクの傾斜を使って、加速していく。

 後ろについていた選手たちが、一気に動き出した。

 4番が、3番の番手から発射。

 5番が、外に持ち出して、まくりにかかった。


 最終バック。

 タイヤが、バンクの路面を削る音が聞こえた。

 5番のまくりが、決まった。

 4番を外から抜いて、先頭に立つ。

 直線に入った。


 後方から、1番が、大外を回して突っ込んできた。

 5番が粘る。

 1番が追い込む。

 二人の選手が、ゴールラインに向かって、並んで走る。


 ゴール。

 5番が、半車身、先着。

 1番が、二着。


 2車単、5→1。

 確定。


 払い戻し。

 配当、72.4倍。

 十万円が、七百二十四万円。


 *(悪くない)*


 スマートフォンで払い戻しを確認した。

 七百二十四万。


 窓口で換金した。

 高額払い戻しの窓口は、別になっている。

 係員が、淡々と手続きをしてくれた。


 外に出て、吉野さんに連絡した。


「終わった。迎えに来てくれる?」


「はい、五分で」


 駐車場の脇で、空を見上げた。

 梅雨の合間の、曇り空。

 蒸し暑い風が、首筋を撫でた。


 *(KY Liveのスタジオ改装と機材。マネージャーの採用。金はかかるが、ギャンブルの収入が積み上がっている。当面は回る)*


 *(ギャンブルで稼いだ金が、事業の原資になる。この循環が、回り続ける限り、負けはない)*


---


 金曜日の夜。

 六本木のルーナに行った。


 階段を上がると、黒服が出迎えた。


「いらっしゃいませ、桐島様。いつもありがとうございます」


「アンちゃん、お願いします」


「承知しました。奥のお席にご案内いたします」


 奥のボックス席に通された。

 ソファに腰を下ろすと、すぐにおしぼりとグラスが運ばれてきた。

 金曜の夜だった。

 店内は七、八割ほど埋まっていて、あちこちのテーブルから笑い声が聞こえる。

 照明は暗めに落とされていて、テーブルごとに小さなランプが灯っていた。


 一分もしないうちに、アンちゃんが来た。


「遊馬くん、おつかれ」


 隣に座った。

 黒のワンピースに、小さなピアス。

 仕事モードの顔だったが、俺の顔を見て、すぐにいつもの表情に戻った。


「おつかれ。今日、忙しそうだね」


「うん、金曜だからね。さっきまで団体さんがいたんだけど、やっと落ち着いたとこ」


 ボーイがキープのボトルを持ってきた。

 アンちゃんが慣れた手つきで水割りを作ってくれた。

 グラスに氷を入れて、ウイスキーを注いで、水を足す。

 俺の好みの濃さを、もう覚えている。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


 一口飲んだ。

 いつもの味だった。


「ねえ遊馬くん」


「ん?」


「前さ、この先どうしようみたいな話したじゃん」


「うん」


「あれからちょっと考えてて。別に答えは出てないんだけど」


 アンちゃんが、テーブルの上の自分のグラスを両手で包みながら、少し天井を見た。


「友達がさ、ネイルの資格取ったんだって。夜の仕事しながら、昼間に学校通って。すごいなって思って」


「へえ。アンちゃんも、なんかやりたいこととかある?」


「うーん……まだ、わかんない。でも、何もしないで考えてるだけなのは、ちょっとやだなって思い始めた」


「それ、けっこう大事な変化じゃない?」


「そうかな」


 途中で、黒服が声をかけに来た。


「水沢さん、五番テーブルのお客様がお呼びです」


「うん。ちょっと行ってくるね」


 アンちゃんが立ち上がって、奥のテーブルに向かった。

 人気のある子は、こうやって何テーブルも掛け持ちする。

 別の女の子がつないでくれた。

 まだ入って間もない子なのか、少し緊張した様子で隣に座った。

 軽く話を合わせているうちに、十分ほどでアンちゃんが戻ってきた。


「お待たせ」


「おかえり。人気者だね」


「もう、金曜はバタバタだよ」


 アンちゃんが笑いながら、隣に座り直した。


 メニューを手に取った。

 シャンパンのページを開いた。


「今日は一本入れるよ」


「え、いいの?」


「最近いいことが続いてるからね」


 黒服を呼んだ。


「クリスタル、一本」


「かしこまりました」


 黒服が通した。


「桐島様よりルイ・ロデレール・クリスタルいただきました!」


 奥から、ボーイたちの声が揃った。

 ボトルが運ばれてきて、黒服が丁寧にグラスに注いだ。

 細かい泡が、ゆっくりと立ち上る。


「ありがとう、遊馬くん。嬉しい」


「乾杯」


 グラスを軽く合わせた。

 クリスタルの泡が、テーブルのランプの灯りを受けて、淡く光った。


 シャンパンを飲みながら、話の続きをした。


「あ、そういえば。俺、最近、ライバー事務所を始めたんだよ」


「ライバー事務所? 配信する人のやつ?」


「そう。配信者をマネジメントして、稼げるように育てる会社。今週、最初の子が契約してくれた」


「へえー。遊馬くん、そんなこともやるんだ」


「アンちゃん、ライブ配信って見たことある?」


「たまにね。インスタライブとか、友達がやってるのを見るくらいだけど」


「もし興味あったら、今度、うちの子の配信、見てみてよ。水野まりっていう子。雑談系で、話がうまい」


「ふうん。見てみよっかな」


 アンちゃんが、シャンパンのグラスを口に運びながら、少し考えるような顔をした。


「ねえ、それって、誰でもなれるの?」


「なれるよ。でも、続けられる人は少ない。うちの事務所は、設備も全部揃えて、ちゃんとサポートする方針だから、本気でやりたい人なら、環境は整えてあげられる」


「ふうん……」


 それ以上は、聞いてこなかった。

 でも、グラスをテーブルに置く手が、一瞬だけ止まった。


 *(今は、これでいい。種だけ蒔いておく)*


 *(前に話した時より、少し、前を向いてる感じがする。何かを始めたいって思い始めてる。あとは本人のタイミングだ)*


 クリスタルのボトルが半分を過ぎた頃、アンちゃんの飼い猫が最近太ったという話になった。

 アンちゃんが笑うと、ボックス席の照明が、少し暖かく見えた。


 ボトルが空になって、会計をした。

 クリスタルと、セット料金、本指名料、ドリンク代。

 合計二十二万円。


「また来るよ」


「うん。今日、遅番だから。先に帰ってて」


「了解。おつかれさま」


「おつかれー」


 アンちゃんが、小さく手を振った。

 黒服に見送られて、階段を下りた。


---


 土曜日の午後。

 打ちっぱなしに行った。

 いつもの練習場。

 吉野さんと二人で、二階の打席を取った。


 七番アイアンで、ひたすら打った。

 グリップの握り方。アドレス。テイクバック。

 YouTube で見た基本動作を、一つずつ、体に覚えさせていく。

 まだ、まともに当たらない球の方が多い。

 トップしたり、ダフったり、スライスしたり。

 でも、時々、芯を食った感触がある。

 手のひらに、何の衝撃もなく、ボールだけが飛んでいく。

 その一球が、気持ちいい。


 打席の隣に、四十代くらいの男性がいた。

 フォームが、きれいだった。

 ドライバーの打球が、まっすぐ、二百五十ヤード先のネットに突き刺さる。


「お上手ですね」


 声をかけた。


「いやいや、まだまだですよ。そちらは、始めたばかりですか?」


「はい。一ヶ月くらいです」


「いい構えしてますよ。力みがない。自然体で振れてる」


「ありがとうございます」


 休憩の時に、自販機の前で、また話した。

 名前は、河野。

 不動産開発の会社を経営しているらしい。


「へえ、不動産ですか。実は、俺も不動産を少しやっていて」


「本当ですか。どのエリアで?」


「港区が中心です。白金と、高輪に一棟ずつ」


「港区。いいエリアですね。うちは、城南エリアが中心なんですが」


 名刺を交換した。

 河野不動産開発株式会社。代表取締役、河野誠一。


「桐島さん、今度、一緒にラウンドしませんか。同じくらいの腕前の人がいると、楽しいんですよ」


「ぜひ。まだまだ下手ですけど」


「下手でいいんです。ゴルフは、一緒に回る相手で楽しさが変わりますから。うちの取引先の人間もよく誘うんですが、不動産業界はゴルフ好きが多くてね」


「不動産開発って、どういう案件が多いんですか」


「マンション開発がメインです。城南エリアで、二十戸から五十戸くらいの中規模マンションを。大手がやらないサイズ感のところを、うちが拾っています」


「面白いですね。うちは既存の一棟物件の運用なので、開発側の話は新鮮です」


「機会があれば、一度、現場をお見せしますよ」


 連絡先を交換した。


 練習に戻った。

 七番アイアンを、もう五十球打った。

 河野さんの打球音が、隣から聞こえてくる。

 乾いた、いい音だった。


 吉野さんが、ドライバーで打っていた。

 吉野さんも、最近、ゴルフを始めた。

 俺につき合う形だったが、本人も楽しそうだった。


「吉野さん、フォームよくなってない?」


「ありがとうございます。動画で勉強しました」


 *(ゴルフを始めて一ヶ月で、もう人脈が一つ増えた)*


 *(福田さんが勧めてくれた理由が、わかる気がする。経営者同士が、自然に出会える場所だ)*


---


 夜。

 タワーマンションのリビングで、スマートフォンを見ていた。


 LINEに、通知が来ていた。

 石橋マサト。


 石橋さん。

 ラスベガスで一緒にポーカーのテーブルを囲んだ、プロポーカープレイヤー。

 帰国後、何度かLINEのやり取りはしていたが、直接会うのはまだだった。


 *「桐島さん、お久しぶりです。最近どうされてますか?」*


 *「元気ですよ。事業が忙しくて、ポーカーはご無沙汰ですが」*


 *「実は、来月、東京でアミューズメントポーカーの大会があるんです。出ませんか?」*


 *「アミューズメントポーカー?」*


 *「賭けなしのポーカー大会です。日本では、金銭を賭けるとアウトなので、賞金はポイント制。でも、レベルは高いですよ。参加者は百人超え。プロを目指してる若い子もたくさん来ます」*


 *「面白そうですね。どこでやるんですか」*


 *「渋谷のポーカースペースです。アミューズメント専門の店で、最近、かなり盛り上がってるんですよ。日本のポーカーシーンが、ここ二、三年で急激に大きくなっていて」*


 *「そうなんですか」*


 *「はい。YouTubeやTwitchでポーカーの配信を見て、始める人が増えてます。若い世代を中心に、ゲームとしてのポーカーの認知度が上がってきた。アミューズメント形式なら法律的にもクリーンなので、堂々と大会が開ける」*


 *(ポーカーの配信か。ライバー事業との相性は、どうだろう)*


 頭の片隅で、そんなことを考えた。


 *「桐島さんのポーカー、あの時、テーブルで見てましたけど、かなりのものでしたよ。出たら、上位に入れると思います」*


 *「ラスベガスの時は、運が良かっただけですよ」*


 もちろん、時計のことは、誰にも言っていない。

 石橋さんの前では、普通のポーカー好きとして振る舞っていた。


 *「運だけであそこまで勝てないですよ(笑)。とりあえず、場所と日程、送りますね」*


 *「ぜひ。楽しみにしてます」*


 *(アミューズメントポーカー、か)*


 *(賭けなしなら、時計は関係ない。純粋に、自分の腕だけで勝負する)*


 *(それも、たまには、面白いかもしれない)*


 *(石橋さんとは、ラスベガスで一晩だけ一緒にテーブルを囲んだだけだ。でも、ギャンブルの場で繋がった縁は、不思議と長く続く)*


 スマートフォンを置いた。


 今週だけで、KY Liveの最初のタレントが決まって、競輪で七百万を稼いで、ゴルフで新しい人脈ができて、ポーカー大会の誘いが来た。

 密度が、濃い。


 *(七月が始まったばかりだ。まだまだ、やることがある)*


 *(来月には、中島さんとのゴルフ。河野さんとのラウンド。石橋さんのポーカー大会。水野さんの初配信も、準備が整えば始まる)*


 *(事業と、ギャンブルと、人との繋がり。全部が、少しずつ、広がっていく)*


 時計を、枕元に置いた。

 翠色の文字盤が、暗い部屋の中で、微かに光っていた。


---


**── 残高メモ(第41話)──**


*KY Live水野まり契約。渋谷スタジオ改装開始。立川競輪で2車単的中。*


### 個人資金(桐島遊馬)


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約15,530.3万円 |

| 立川競輪 2車単的中(10万→724万) | +約714万円 |

| 競馬・競艇収入(7月上旬・片手間分) | +約120万円 |

| 飲食費(ルーナ・クリスタル含む) | ▲約22万円 |

| **桐島遊馬 個人資金** | **約16,342.3万円** |


### 法人資金(KY Holdings)


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約1,952.4万円 |

| FORECAST 7月月次売上 | +約800万円 |

| 不動産賃料収入(7月・全物件) | +約155万円 |

| オフィス賃料・人件費等(7月分) | ▲約380万円 |

| 渋谷スタジオ物件取得(敷金・礼金・仲介料) | ▲約600万円 |

| スタジオ改装工事費(着工金・7月分) | ▲約800万円 |

| **KY Holdings 法人口座** | **約1,127.4万円** |


*注:渋谷スタジオはKYH名義で賃借。KY Liveへは当面無償貸出。改装費残金(約800万円)は8月に支払い予定。*


### KY Live


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約910万円 |

| 藤原誠 月額報酬(7月分) | ▲約60万円 |

| 水野まり 契約金 | ▲約30万円 |

| **KY Live 法人口座** | **約820万円** |


*注:配信機材(PC・カメラ・照明等×20ブース分)は改装完了後に発注予定。スタジオ賃料・設備費はKYH負担のため、KY Liveの運転資金は温存。*


### ナカジマ精工


| 項目 | 金額 |

|:--|--:|

| 前話末時点 | 約4,045万円 |

| *(7月分は第42話で計上)* | ― |

| **ナカジマ精工 口座残高** | **約4,045万円** |


---


*【第42話 へ続く】*


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