第41話 〜旗揚げ〜
七月に入った。
月曜日の、午前十時。
東京は、もう、梅雨の真ん中だった。
朝から湿度が高くて、外を歩くだけで、シャツが肌に張り付く。
恵比寿のオフィスに、藤原さんが来ていた。
採用から二週間。
この間に、藤原さんは業界のリサーチを終えて、最初のライバー候補を三人まで絞り込んでいた。
「三人の中で、一番推したいのは、この方です」
藤原さんが、タブレットの画面を見せた。
水野まり。二十三歳。
配信歴は一年半。
個人でやっているが、同時接続数は平均で三百前後。
SNSのフォロワーは、二万人弱。
「数字だけ見ると、突出はしていません。でも、配信の質が高い。視聴者との距離の取り方が上手い。煽らないし、媚びない。自然体で、かつ、ちゃんとエンタメになっている」
「どういうジャンル?」
「雑談メインです。たまにゲーム。ただ、雑談の引き出しが深くて、リスナーが飽きない。コメントの拾い方も的確です。リスナーの名前を覚えていて、前回の配信で話した内容を覚えている」
「ファンとの関係値が、太い」
「はい。そこが一番の強みです。今は収益化が弱いだけで、マネタイズの導線を整えてあげれば、月商百万は半年以内にいけると思います」
山下さんが、横で資料をめくっていた。
「水野さんの配信、私も何本か見ましたが、藤原さんの評価に同意します。地味だけど堅い。事務所の最初のタレントとしては、むしろ派手な人より、こういう人の方がいいと思います」
「会いましょう。藤原さん、アポ取れますか」
「はい。実は、もう打診はしています。水曜の午後に、ここに来ていただける予定です」
*(仕事が速い。この人を採って正解だった)*
「あと、残り二人の候補についても、簡単に聞かせてください」
「はい。二人目は、ゲーム実況メインの二十歳の男性。フォロワー一万五千。伸びしろはありますが、配信の安定感がまだ足りない。三人目は、二十七歳の女性。歌配信がメインで、声がいい。ただ、本人が事務所に入ることに慎重なスタンスです」
「水野さんを第一候補にして、他の二人は継続的にコンタクトを取る、という方針で」
「はい。僕もそのつもりです」
山下さんが、KY Liveの初月のコスト試算を出した。
人件費と配信プラットフォームの利用料が中心。
スタジオの賃料と設備費はKY Holdings側で負担するので、KY Live単体のランニングコストは月額約九十万に抑えられている。
売上がゼロでも、運転資金だけで九ヶ月以上は持つ計算だった。
「スタジオの改装が終わって本格稼働するまでは、KY Liveの資金はほとんど減らない設計です」
「いい構造だね」
「はい。ライバー事業は立ち上がるまで赤字が続きます。その間、固定費をKYH側で吸収して、KY Liveには身軽に動いてもらう。黒字化できる体力が残っている状態を、長く維持する方が重要です」
「わかった。あと、KY Liveの代表取締役は?」
「当面は、私が兼任する形でよろしいでしょうか。事業が軌道に乗って、専任の経営者を置ける段階になったら、交代する前提で」
「それでいこう。山下さんに任せます」
「承知しました」
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水曜日。
午後二時。
水野まりさんが、オフィスに来た。
小柄な女性だった。
ロングヘアに、薄い化粧。
白いブラウスに、ネイビーのスカート。
緊張しているのか、入口のところで少し立ち止まった。
「水野さん、よく来てくださいました。桐島です」
「あ、は、はい。水野まりです。今日はお時間をいただいて……」
声が、少し震えていた。
でも、目は、まっすぐだった。
会議室で、四人で話した。
俺と、山下さんと、藤原さんと、水野さん。
藤原さんが、KY Liveの事業説明をした。
少数精鋭のライバー事務所であること。
ライバー一人一人に向き合う方針であること。
収益の配分率。サポート体制。機材の提供。
水野さんは、一つ一つ、頷きながら聞いていた。
「水野さん、率直に聞きます。事務所に入ることに、不安はありますか」
「あります。正直、事務所って、怖いイメージがあって。友達で、事務所に入って、合わなくて辞めた子がいるので」
「どういうところが合わなかったんですか」
「配信のスタイルを変えろって言われたらしいです。もっと過激に、もっと数字を取れるように、って。彼女は、それが嫌で」
「うちは、それはしません。水野さんの配信スタイルが、水野さんの一番の武器だと思っています」
藤原さんが、はっきり言った。
「むしろ、今のスタイルを維持したまま、マネタイズの部分だけを改善する。それが、僕のプロデュースの方針です」
水野さんの表情が、少し、緩んだ。
「あの、一つだけ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「なんで、私なんですか。もっと数字がある人、たくさんいますよね」
「数字は後からついてくるものだと思っています。でも、ファンとの信頼関係は、後から作れない。水野さんには、それがある」
水野さんが、少し黙った。
テーブルの上に置いた両手が、小さく震えていた。
それから、顔を上げて、言った。
「やってみたいです。お願いします」
声が、さっきより、しっかりしていた。
藤原さんが、契約の概要を説明した。
マネジメント手数料は、ギフト収入の十パーセント。企業案件は、事務所が三十パーセントを受け取る。
業界標準のギフト手数料は三十から五十パーセントだから、かなり良心的な設定だ。
配信スケジュールは、水野さん自身が決める。事務所から強制はしない。
ただし、月に最低十五回の配信は目安として設定する。
企業案件は、藤原さんが営業して、水野さんの承認を経てから受ける。
「配信の内容には、口を出しません。ただ、数字の分析と改善提案は、毎週させてください」
「はい。むしろ、そういうのが欲しかったんです。一人だと、何が良くて何が悪いのか、わからなくて」
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水野さんが帰った後、藤原さんと打ち合わせをした。
「いい子だね」
「はい。素直で、芯がある。最初のライバーとしては、理想に近いです」
山下さんが、別の資料を出した。
「会長、配信環境の件ですが、進捗をご報告させてください」
「うん」
「渋谷に、テナント物件を押さえました。築十五年のオフィスビルの三階と四階。合計で約百二十坪です」
「広いな」
「はい。個別の配信ブースを二十室、設ける設計で進めています。各ブースに、配信用PC、高画質カメラ、照明機材、防音設備、配信用の背景セットを完備します。ライバーさんが手ぶらで来ても、すぐに配信できる環境です」
藤原さんが、目を見開いた。
「二十ブース……。正直、この規模の設備を自前で持っている事務所は、大手でもほとんどないです。フラッシュでも、スタジオは共用で五部屋しかなかった」
「うちは、所属ライバーに事務所で配信してもらう方針にしたい。自宅配信だと、環境に差が出る。機材も音も画質もバラバラになる。事務所が配信環境を完璧に揃えて、全員が同じクオリティで出せるようにする」
「それは、ライバーにとっても大きいです。自宅の配信環境を整えるのに何十万もかかるのが、普通ですから」
山下さんが続けた。
「物件の取得はKY Holdingsの名義で行い、KY Liveには当面、無償で貸し出す形を取ります。改装費用もKY Holdings側の負担です。KY Liveの運転資金を圧迫しない設計にしています」
「改装は、いつ終わる?」
「設計は先週上がりまして、今週から施工に入っています。防音工事が入るので、七月末の完成を見込んでいます。水野さんの初配信までには、間に合わせます」
「わかった」
藤原さんが、メモを取りながら言った。
「あの、一つ提案なんですが」
「どうぞ」
「ライバーの採用条件に、通勤可能な範囲——基本的には都内在住、または都内近郊——という条件を入れたいです。事務所で配信する方針なら、通えることが前提になるので」
「いいと思う。遠方で、どうしても欲しい人材がいたら?」
「その場合は、家賃補助を検討していただけると助かります。月五万から八万程度の家賃補助があれば、地方から出てくる子でも生活が回ります」
「山下さん、その辺の制度設計もお願いします」
「承知しました」
「あと、藤原さん。二十ブース稼働させるなら、マネージャーも要るよね」
「はい。最低でも五人は欲しいです。一人が三〜四名のライバーを担当する形で。配信スケジュールの管理、企業案件の窓口、メンタルケア。ライバーは個人事業主に近い働き方なので、マネージャーの質が定着率に直結します」
「採用は並行して進めてくれ。スタジオが完成する頃には、体制が整っている状態にしたい」
「わかりました。前職のつながりで、何人か声をかけます」
山下さんが、メモを取りながら言った。
「契約書は、今週中に仕上げます。機材の発注リストも、藤原さんと詰めて、来週には入れます」
KY Liveが、動き出した。
法人設立から、わずか二週間。
ディレクター一人、タレント一人。渋谷に専用スタジオの改装が始まっている。
小さな船出だが、箱だけは最初から本気で作る。
*(FORECASTも、最初は小林さん一人から始まった。でも、環境だけは最初から整えた)*
*(やり方は、同じだ。人に投資する前に、場所を整える)*
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木曜日の夕方。
吉野さんの車で、立川に向かった。
梅雨の晴れ間だった。
多摩方面に向かう甲州街道は、夕方の渋滞が始まっていた。
吉野さんが、裏道を使って、うまくすり抜けてくれた。
今日は、競輪だった。
立川競輪場。
多摩モノレールの高架下から、バンクの屋根が見えた。
吉野さんが、駐車場に車を入れた。
「会長、お迎えは何時にしましょう」
「二時間くらいで出ると思う。連絡する」
「了解です」
入場ゲートをくぐった。
第七レースの発売中だった。
平日の夕方。
客は少なかった。
年配の常連が、新聞を広げて、赤ペンで印をつけていた。
スタンドの一角では、モニターの前に座って、他場の中継を見ている人もいた。
ポケットの中で、時計を握った。
温かかった。
いつもの、反応。
映像が来た。
バンクの上を、六人の選手が走っている。
残り二周。
先頭の3番が、ペースを上げた。
5番が、3番の番手から、最終バックで捲りにいく。
直線。5番が先頭に立つ。
後方から1番が、大外を回して追い込む。
5番、1番、3番。
2車単。
5→1。
第九レース。
2000メートル。
5番は、二番人気のまくり屋。
1番は、七番人気の追い込み選手。
この組み合わせは、穴目だ。
出走表を確認した。
5番は、最近五走で三回、まくりを決めている。脚力がある。
1番は、展開待ちのタイプ。前が潰れた時に、後ろから伸びてくる。
今回、先行選手が多い。ペースが上がれば、追い込みが届く展開になる。
2車単。
5→1。
十万円、一点。
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第九レース。
号砲が鳴った。
六人の選手が、バンクを周回し始めた。
競輪は、競馬や競艇と違う独特の緊張感がある。
動力はエンジンでもモーターでもない。人間の脚だ。
ラインの組み方。位置取りの駆け引き。誰がいつ仕掛けるか。
すべてが、人間の判断と筋力で決まる。
スタンドから、バンクが一望できた。
選手たちが、ゆっくりと周回する。
誘導員の後ろで、固まりになって走っている。
まだ、仕掛けの気配はない。
残り二周。
誘導員が退避した。
3番が、ペースを上げた。
バンクの傾斜を使って、加速していく。
後ろについていた選手たちが、一気に動き出した。
4番が、3番の番手から発射。
5番が、外に持ち出して、まくりにかかった。
最終バック。
タイヤが、バンクの路面を削る音が聞こえた。
5番のまくりが、決まった。
4番を外から抜いて、先頭に立つ。
直線に入った。
後方から、1番が、大外を回して突っ込んできた。
5番が粘る。
1番が追い込む。
二人の選手が、ゴールラインに向かって、並んで走る。
ゴール。
5番が、半車身、先着。
1番が、二着。
2車単、5→1。
確定。
払い戻し。
配当、72.4倍。
十万円が、七百二十四万円。
*(悪くない)*
スマートフォンで払い戻しを確認した。
七百二十四万。
窓口で換金した。
高額払い戻しの窓口は、別になっている。
係員が、淡々と手続きをしてくれた。
外に出て、吉野さんに連絡した。
「終わった。迎えに来てくれる?」
「はい、五分で」
駐車場の脇で、空を見上げた。
梅雨の合間の、曇り空。
蒸し暑い風が、首筋を撫でた。
*(KY Liveのスタジオ改装と機材。マネージャーの採用。金はかかるが、ギャンブルの収入が積み上がっている。当面は回る)*
*(ギャンブルで稼いだ金が、事業の原資になる。この循環が、回り続ける限り、負けはない)*
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金曜日の夜。
六本木のルーナに行った。
階段を上がると、黒服が出迎えた。
「いらっしゃいませ、桐島様。いつもありがとうございます」
「アンちゃん、お願いします」
「承知しました。奥のお席にご案内いたします」
奥のボックス席に通された。
ソファに腰を下ろすと、すぐにおしぼりとグラスが運ばれてきた。
金曜の夜だった。
店内は七、八割ほど埋まっていて、あちこちのテーブルから笑い声が聞こえる。
照明は暗めに落とされていて、テーブルごとに小さなランプが灯っていた。
一分もしないうちに、アンちゃんが来た。
「遊馬くん、おつかれ」
隣に座った。
黒のワンピースに、小さなピアス。
仕事モードの顔だったが、俺の顔を見て、すぐにいつもの表情に戻った。
「おつかれ。今日、忙しそうだね」
「うん、金曜だからね。さっきまで団体さんがいたんだけど、やっと落ち着いたとこ」
ボーイがキープのボトルを持ってきた。
アンちゃんが慣れた手つきで水割りを作ってくれた。
グラスに氷を入れて、ウイスキーを注いで、水を足す。
俺の好みの濃さを、もう覚えている。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
一口飲んだ。
いつもの味だった。
「ねえ遊馬くん」
「ん?」
「前さ、この先どうしようみたいな話したじゃん」
「うん」
「あれからちょっと考えてて。別に答えは出てないんだけど」
アンちゃんが、テーブルの上の自分のグラスを両手で包みながら、少し天井を見た。
「友達がさ、ネイルの資格取ったんだって。夜の仕事しながら、昼間に学校通って。すごいなって思って」
「へえ。アンちゃんも、なんかやりたいこととかある?」
「うーん……まだ、わかんない。でも、何もしないで考えてるだけなのは、ちょっとやだなって思い始めた」
「それ、けっこう大事な変化じゃない?」
「そうかな」
途中で、黒服が声をかけに来た。
「水沢さん、五番テーブルのお客様がお呼びです」
「うん。ちょっと行ってくるね」
アンちゃんが立ち上がって、奥のテーブルに向かった。
人気のある子は、こうやって何テーブルも掛け持ちする。
別の女の子がつないでくれた。
まだ入って間もない子なのか、少し緊張した様子で隣に座った。
軽く話を合わせているうちに、十分ほどでアンちゃんが戻ってきた。
「お待たせ」
「おかえり。人気者だね」
「もう、金曜はバタバタだよ」
アンちゃんが笑いながら、隣に座り直した。
メニューを手に取った。
シャンパンのページを開いた。
「今日は一本入れるよ」
「え、いいの?」
「最近いいことが続いてるからね」
黒服を呼んだ。
「クリスタル、一本」
「かしこまりました」
黒服が通した。
「桐島様よりルイ・ロデレール・クリスタルいただきました!」
奥から、ボーイたちの声が揃った。
ボトルが運ばれてきて、黒服が丁寧にグラスに注いだ。
細かい泡が、ゆっくりと立ち上る。
「ありがとう、遊馬くん。嬉しい」
「乾杯」
グラスを軽く合わせた。
クリスタルの泡が、テーブルのランプの灯りを受けて、淡く光った。
シャンパンを飲みながら、話の続きをした。
「あ、そういえば。俺、最近、ライバー事務所を始めたんだよ」
「ライバー事務所? 配信する人のやつ?」
「そう。配信者をマネジメントして、稼げるように育てる会社。今週、最初の子が契約してくれた」
「へえー。遊馬くん、そんなこともやるんだ」
「アンちゃん、ライブ配信って見たことある?」
「たまにね。インスタライブとか、友達がやってるのを見るくらいだけど」
「もし興味あったら、今度、うちの子の配信、見てみてよ。水野まりっていう子。雑談系で、話がうまい」
「ふうん。見てみよっかな」
アンちゃんが、シャンパンのグラスを口に運びながら、少し考えるような顔をした。
「ねえ、それって、誰でもなれるの?」
「なれるよ。でも、続けられる人は少ない。うちの事務所は、設備も全部揃えて、ちゃんとサポートする方針だから、本気でやりたい人なら、環境は整えてあげられる」
「ふうん……」
それ以上は、聞いてこなかった。
でも、グラスをテーブルに置く手が、一瞬だけ止まった。
*(今は、これでいい。種だけ蒔いておく)*
*(前に話した時より、少し、前を向いてる感じがする。何かを始めたいって思い始めてる。あとは本人のタイミングだ)*
クリスタルのボトルが半分を過ぎた頃、アンちゃんの飼い猫が最近太ったという話になった。
アンちゃんが笑うと、ボックス席の照明が、少し暖かく見えた。
ボトルが空になって、会計をした。
クリスタルと、セット料金、本指名料、ドリンク代。
合計二十二万円。
「また来るよ」
「うん。今日、遅番だから。先に帰ってて」
「了解。おつかれさま」
「おつかれー」
アンちゃんが、小さく手を振った。
黒服に見送られて、階段を下りた。
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土曜日の午後。
打ちっぱなしに行った。
いつもの練習場。
吉野さんと二人で、二階の打席を取った。
七番アイアンで、ひたすら打った。
グリップの握り方。アドレス。テイクバック。
YouTube で見た基本動作を、一つずつ、体に覚えさせていく。
まだ、まともに当たらない球の方が多い。
トップしたり、ダフったり、スライスしたり。
でも、時々、芯を食った感触がある。
手のひらに、何の衝撃もなく、ボールだけが飛んでいく。
その一球が、気持ちいい。
打席の隣に、四十代くらいの男性がいた。
フォームが、きれいだった。
ドライバーの打球が、まっすぐ、二百五十ヤード先のネットに突き刺さる。
「お上手ですね」
声をかけた。
「いやいや、まだまだですよ。そちらは、始めたばかりですか?」
「はい。一ヶ月くらいです」
「いい構えしてますよ。力みがない。自然体で振れてる」
「ありがとうございます」
休憩の時に、自販機の前で、また話した。
名前は、河野。
不動産開発の会社を経営しているらしい。
「へえ、不動産ですか。実は、俺も不動産を少しやっていて」
「本当ですか。どのエリアで?」
「港区が中心です。白金と、高輪に一棟ずつ」
「港区。いいエリアですね。うちは、城南エリアが中心なんですが」
名刺を交換した。
河野不動産開発株式会社。代表取締役、河野誠一。
「桐島さん、今度、一緒にラウンドしませんか。同じくらいの腕前の人がいると、楽しいんですよ」
「ぜひ。まだまだ下手ですけど」
「下手でいいんです。ゴルフは、一緒に回る相手で楽しさが変わりますから。うちの取引先の人間もよく誘うんですが、不動産業界はゴルフ好きが多くてね」
「不動産開発って、どういう案件が多いんですか」
「マンション開発がメインです。城南エリアで、二十戸から五十戸くらいの中規模マンションを。大手がやらないサイズ感のところを、うちが拾っています」
「面白いですね。うちは既存の一棟物件の運用なので、開発側の話は新鮮です」
「機会があれば、一度、現場をお見せしますよ」
連絡先を交換した。
練習に戻った。
七番アイアンを、もう五十球打った。
河野さんの打球音が、隣から聞こえてくる。
乾いた、いい音だった。
吉野さんが、ドライバーで打っていた。
吉野さんも、最近、ゴルフを始めた。
俺につき合う形だったが、本人も楽しそうだった。
「吉野さん、フォームよくなってない?」
「ありがとうございます。動画で勉強しました」
*(ゴルフを始めて一ヶ月で、もう人脈が一つ増えた)*
*(福田さんが勧めてくれた理由が、わかる気がする。経営者同士が、自然に出会える場所だ)*
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夜。
タワーマンションのリビングで、スマートフォンを見ていた。
LINEに、通知が来ていた。
石橋マサト。
石橋さん。
ラスベガスで一緒にポーカーのテーブルを囲んだ、プロポーカープレイヤー。
帰国後、何度かLINEのやり取りはしていたが、直接会うのはまだだった。
*「桐島さん、お久しぶりです。最近どうされてますか?」*
*「元気ですよ。事業が忙しくて、ポーカーはご無沙汰ですが」*
*「実は、来月、東京でアミューズメントポーカーの大会があるんです。出ませんか?」*
*「アミューズメントポーカー?」*
*「賭けなしのポーカー大会です。日本では、金銭を賭けるとアウトなので、賞金はポイント制。でも、レベルは高いですよ。参加者は百人超え。プロを目指してる若い子もたくさん来ます」*
*「面白そうですね。どこでやるんですか」*
*「渋谷のポーカースペースです。アミューズメント専門の店で、最近、かなり盛り上がってるんですよ。日本のポーカーシーンが、ここ二、三年で急激に大きくなっていて」*
*「そうなんですか」*
*「はい。YouTubeやTwitchでポーカーの配信を見て、始める人が増えてます。若い世代を中心に、ゲームとしてのポーカーの認知度が上がってきた。アミューズメント形式なら法律的にもクリーンなので、堂々と大会が開ける」*
*(ポーカーの配信か。ライバー事業との相性は、どうだろう)*
頭の片隅で、そんなことを考えた。
*「桐島さんのポーカー、あの時、テーブルで見てましたけど、かなりのものでしたよ。出たら、上位に入れると思います」*
*「ラスベガスの時は、運が良かっただけですよ」*
もちろん、時計のことは、誰にも言っていない。
石橋さんの前では、普通のポーカー好きとして振る舞っていた。
*「運だけであそこまで勝てないですよ(笑)。とりあえず、場所と日程、送りますね」*
*「ぜひ。楽しみにしてます」*
*(アミューズメントポーカー、か)*
*(賭けなしなら、時計は関係ない。純粋に、自分の腕だけで勝負する)*
*(それも、たまには、面白いかもしれない)*
*(石橋さんとは、ラスベガスで一晩だけ一緒にテーブルを囲んだだけだ。でも、ギャンブルの場で繋がった縁は、不思議と長く続く)*
スマートフォンを置いた。
今週だけで、KY Liveの最初のタレントが決まって、競輪で七百万を稼いで、ゴルフで新しい人脈ができて、ポーカー大会の誘いが来た。
密度が、濃い。
*(七月が始まったばかりだ。まだまだ、やることがある)*
*(来月には、中島さんとのゴルフ。河野さんとのラウンド。石橋さんのポーカー大会。水野さんの初配信も、準備が整えば始まる)*
*(事業と、ギャンブルと、人との繋がり。全部が、少しずつ、広がっていく)*
時計を、枕元に置いた。
翠色の文字盤が、暗い部屋の中で、微かに光っていた。
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**── 残高メモ(第41話)──**
*KY Live水野まり契約。渋谷スタジオ改装開始。立川競輪で2車単的中。*
### 個人資金(桐島遊馬)
| 項目 | 金額 |
|:--|--:|
| 前話末時点 | 約15,530.3万円 |
| 立川競輪 2車単的中(10万→724万) | +約714万円 |
| 競馬・競艇収入(7月上旬・片手間分) | +約120万円 |
| 飲食費(ルーナ・クリスタル含む) | ▲約22万円 |
| **桐島遊馬 個人資金** | **約16,342.3万円** |
### 法人資金(KY Holdings)
| 項目 | 金額 |
|:--|--:|
| 前話末時点 | 約1,952.4万円 |
| FORECAST 7月月次売上 | +約800万円 |
| 不動産賃料収入(7月・全物件) | +約155万円 |
| オフィス賃料・人件費等(7月分) | ▲約380万円 |
| 渋谷スタジオ物件取得(敷金・礼金・仲介料) | ▲約600万円 |
| スタジオ改装工事費(着工金・7月分) | ▲約800万円 |
| **KY Holdings 法人口座** | **約1,127.4万円** |
*注:渋谷スタジオはKYH名義で賃借。KY Liveへは当面無償貸出。改装費残金(約800万円)は8月に支払い予定。*
### KY Live
| 項目 | 金額 |
|:--|--:|
| 前話末時点 | 約910万円 |
| 藤原誠 月額報酬(7月分) | ▲約60万円 |
| 水野まり 契約金 | ▲約30万円 |
| **KY Live 法人口座** | **約820万円** |
*注:配信機材(PC・カメラ・照明等×20ブース分)は改装完了後に発注予定。スタジオ賃料・設備費はKYH負担のため、KY Liveの運転資金は温存。*
### ナカジマ精工
| 項目 | 金額 |
|:--|--:|
| 前話末時点 | 約4,045万円 |
| *(7月分は第42話で計上)* | ― |
| **ナカジマ精工 口座残高** | **約4,045万円** |
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*【第42話 へ続く】*




