23,優雅なティータイムを目指して
「何故、連絡が来ない……?」
とある貴族の執務室。
部屋主である若者貴族、デモンド・ゼーベンは落ち着かない様子で室内を無意味に歩き回っていた。
「もう一〇日も経つ……まだミリー・ポッパーの気配は消えていない……邪神傭兵め……俺の頼みを無視したのか?」
デモンドはすぐに「いや、有り得ない」と独り言ちる。
「奴は変態だ。あの目は狂人の目だ。あの手の人種は、良くも悪くも嘘は吐かない」
まるで同類が如く理解している風である。
「つまり……ミリー・ポッパーが自力で、邪神傭兵を退けた……!?」
邪神傭兵がしくじった、その可能性に気付いたデモンドの顔を埋め尽くしたのは――恍惚。
「はぁぁあああああ……すごい……しゅごいよぉ、ミリー・ぽっぱぁぁああああ……」
デモンドは腰砕けになり、その場で尻もちを突いてしまう。
「やっぱり君は天才なんだぁ……邪神霊園に追放されても生き残ってぇ、邪神傭兵を差し向けても退けてしまう……俺の企みなんてことごとく踏み潰すのかぁぁ……どこまでも高みから、俺を見下ろしてくれるんだね、君はぁぁ……小さいくせに、華奢なくせに、すぐ壊れてしまいそうな硝子細工のような少女のくせにぃ……はふぅ……ギャップに昂るぅ……」
がくがくと腰を揺らしながら、デモンドは床に突っ伏した。
耳まで紅潮し、半開きの口から舌と唾液がこぼれ、ほぼ白眼になった両目からは滂沱の涙。
「勝てないなぁ、悔しいなぁ、気ん持ち良いぃぃなぁぁぁ……! ふふ、ぅふあはは……次はどうしよう、次はどうすれば、今度こそ彼女を超えられるかなぁ? また踏み潰されちゃうかなぁ? また『下等め』って言われちゃうのかなぁぁ……それはかなり興奮しちゃうよなぁぁ~~~ッ!!」
床を一体何に見立てているのか。
犬が主人の足を舐め尽くすように、デモンドは床を舐めたくる。
「俺はもっと頑張るよぉ~……! もっと君を超えようと足掻くからさぁ! そしたらもっともっとさぁ! 君は俺の努力を嘲笑ってくれるよなぁぁ~~~!! あああふぅうあああああああッッッ!!」
歪んだ憧憬を劣情として、デモンドは全身をびくんびくんと痙攣させる。
――その時。
「デモンド・ゼーベン! 両手を頭の後ろで組んで床に伏せ……あれ、もう伏せている……!?」
「……ッ!?」
執務室のドアを蹴破って雪崩れ込んできたのは、無数の憲兵。
「な、け、憲兵……?」
デモンドが目を剥いていると、憲兵が両脇に割れた。
「……何故そんな状態なのかは知らないし知りたくもないが、君の悪行もここまでだ。ゼーベン卿……いや、デモンド・ゼーベン」
「ッ、あ、あなたは……ウイッジリー卿……!?」
憲兵たちの間をゆったりと歩いてきたのは、貴族の中年男性ロム・ウイッジリー。
「諸々、調べさせてもらったぞ。結論から言おう。ミリー・ポッパーは無実だ。すべては君と、君に賛同する者たちの仕込み。売人たちの処分を焦ったのが迂闊だったな」
「なッ……」
ウイッジリーがミリー・ポッパーの件を疑っている。
きっとウイッジリーは、自分が納得できるまで調査をするだろう。
それを知ったデモンドは、証拠の処分を急いだ。
この一件における最大の証拠は、ミリーを顧客だったと証言した違法薬物の密輸業者と売人たち。
デモンドは賛同者らと結託し、獄中の彼らを毒殺した……はずだった。
しかし、一命を取り留めた者がいたのだ。
その者は己が殺される理由はひとつしかないと気付き、デモンドから持ち掛けられた「ミリー・ポッパーを陥れるための計画」を洗いざらい暴露してしまったのである。
ウイッジリーが動いていなければ、憲兵団上層部にも協力者がいるデモンドはその暴露も握り潰せただろう。
しかしウイッジリーは既に憲兵団の最上層部に話を通し、証拠の再査定を進めていたのだ。
そんな中で、証人が一斉に毒殺された。
その生き残りを真っ先に匿わないほど、ウイッジリーは耄碌していない。
「無実の少女に罪を着せ、国外追放とさせた君の所業。酷く悪辣で許され難い事だ。君自身も国外追放を覚悟していたまえ」
「あ、あふ……ああぁあああああ……」
デモンドは言葉にならないと言った様子で喘ぐ。
だが、その顔には未だに恍惚が滲んでいた。
(ひ、ひひ……まさかこれは……君かい、ミリー・ポッパー……! 君が俺を追い詰めているのかい!? 邪神霊園から、どうやって……一体どんな手を使っているのか、俺ごときには想像もできないぃぃ……しゅごい、どこまでもしゅごいよぉ、ミリー・ポッパァァァア~~~ッッッ!!)
「う、うぇ……こいつ、ひでぇ面で失神してやがるぞ……」
「しかも何かイカくせぇ……」
「…………………………さっさと連れて行け」
憲兵たちに指示を出し、ウイッジリーは深く溜息。
「……む」
ふと、デモンドのデスクに立ててあった写真立てに目がいく。
「ミリー嬢の写真……?」
その写真立てには、盗撮らしいミリー・ポッパーの写真が納まっていた。
写真の中でも、幼い少女には似合わない仏頂面で、威風堂々と振舞っている。
「……デモンド・ゼーベンはミリー嬢を恨んで、今回の事に及んだはずでは……?」
であれば何故、こんな写真を飾っているのか。
……何か悍ましいバックボーンの存在を感じ、ウイッジリーはその辺りの考察を意図的にやめた。
「真実を明らかにはできたが、誇りはしない。間に合わなかったのだからな。……だが、君の名誉だけは取り戻したぞ、ミリー嬢」
ウイッジリーは胸に手を当て、写真の前で黙祷する。
無実とは言え、ミリー・ポッパーは既に刑を執行されてしまった。
追放先はあの邪神霊園。
もう彼女が追放されて半月以上。
いくら優秀な魔術師だろうと、生存しているはずがない。
まず生存の見込みが無い者のために回収部隊を編成して特逸級危険区域に送り込むなど、ウイッジリーの権限を以てしても不可能だ。
だからせめてもの、黙祷。
(どうか安らかに、眠りたまえ)
◆
一方、邪神霊園。ゼレウスの小屋。
「いやぁ、本当に。ここに来てから睡眠の質が向上したと感じるよ。安眠の極致だね」
少女らしい笑顔で紅茶を嗜みながら、ミリーは上機嫌。
「面倒な中枢貴政院の招集は無く、食と紅茶は実に充実。ウグドラ製の屋内にウグドラ製のベッドと言う驚異の相乗セラピー効果! そしてブルウールの高級羊毛皮を重ねた布団の寝心地!! いやはや。こんな貧相な小屋で、まさか贅を尽くした豪邸以上の睡眠が提供されるだなんて」
「貧相言うなし」
やれやれ、と溜息を吐きつつ「喜んでくれてんならまぁ、何よりだけどさ」とゼレウスも笑う。
「で、だ。ゼレウス。『例の物』は完成したんだね?」
「ああ、一応は言われた通りに作ったが……何に使うんだ、こんなもん」
ゼレウスが机の横に立てかけていた巨大な物品を手に取る。
それは、一本の木剣。ウグドラから切り出した木製の大剣、またはグレートソードと呼ばれる部類の代物だ。ご丁寧に鞘まで造られている。
「ふむふむ。よろしいよろしい。細部は雑だが、そこはこちらで調整しよう。そこに置いてくれ」
ミリーは指に白い魔力を灯すと、木剣の改造に取り掛かり始めた。
作業にかかる様子は何やら妙に楽し気だ。
「どうせ君は剣なんて使わないだろう? 実用性は無視、見た目だけを取り繕うよ」
「まぁ、それは良いけどよ……さっきも訊いたが、何に使うんだ?」
「君に装備させる」
「……いや、おまえが今さっき言った通り、オレは剣なんて使わねぇぞ?」
「使う必要は無い。装備する事に意味があるんだ」
「はぁ……?」
ますます意味がわからん……と首を捻るゼレウス。
しかし、ミリーがせっせと作業している姿を見て、今は静観する事にした。
◆
「で、できあがったのがこちらになる訳か」
「そちらになる訳だ!」
自信作だぞ! と胸を張ってふんぞりかえるミリー。
何か今日は無闇やたらとテンション高いな……? と不思議に思いつつ、ゼレウスは自らの背に視線をやる。
ゼレウスが背負わされているのは、先ほどまでは木製の大剣だったもの。
ミリーの魔術によって改造され、今では豪壮な装飾の立派な大剣になっている。
と言っても、それは見た目だけ。
ガワを取り繕っているだけで、中身は木のままだ。
「立派なモンだな。神代の聖騎士が似たようなモンを背負っていたのを見たぜ」
「ああ、まさしくそう言った代物を目指したのだからね。さて、フードを深く被りたまえ」
「ん? ああ、おう」
言われた通り、ゼレウスはフードを深く被る。
「これで、どこからどうみても立派な鎧の騎士だ」
ゼレウスの表皮はパッと見、黒鉄の全身鎧だ。
フードを深く被せて眼球と口腔さえ見えないように気を付ければ、まさに鎧騎士。
「……立派、かぁ……? 禍々しくね……?」
「現代人は呪文なんてただの装飾模様にしか見えないよ。
実際、博識なミリーでさえも呪文だと言われるまでは「魔文に似た模様だな」としか思わなかった。
「全身を覆う重厚な黒鉄鎧に、手の込んだ装飾模様。そして背負うは荘厳かつ豪奢な大剣。相当に高位の騎士だと認識される事だろうね」
「んー……剣の使い道はわかったが……」
ゼレウスは新たな疑問を抱く。「オレを騎士もどきにして一体どうしたいんだよ?」と。
だが、それを訊く前に、
「ふふふ……それでは、次にこれを見てもらおうか!」
いつも自信満々なミリーが、いつも以上に自慢気に巻いた布を取り出し、ぶわっと広げて見せた。
「! それ……魔文か?」
「うむ! 魔文だともさ!」
ミリーが広げた布には、色とりどりに淡く光る文字が円を描くように刻まれていた。
「……消えないな?」
「うむ! 消えないともさ!」
魔文は魔力を体外に放出して描くもの。
体外に放出された魔力は数秒で霧散して消えてしまうはずのものだ。
だが、ミリーが広げた布に刻まれた魔文の円陣は一向に消え失せる気配が無い。
「変質の魔術を使って、布の性質を変化させてね……『魔力が固着して消えにくい性質』を探求したのさ! そして見つけた! 完成した! 少々手こずったが、まぁ、私の手にかかれば、だ!」
「おおー……すごいすごい」
「そうとも! そうともさ! 私は偉大なんだ! 褒めたたえよ我が弟子ぃ!」
「……んで、そんなもん何に使うんだ?」
「先日、【陣設魔術】については話しただろう? もう忘れたのかい?」
「陣設……って、チンチクリンの書斎で見つけた奴か」
先日、魔術の創始者であるアリンクリー・クローリーの書斎で見つけた新たな魔術形態に関するレポート。
そこに記されていたのが陣設魔術、数十の魔文を連結させて従来に無い強力な魔術を組み立てるもの。
だが陣設魔術は事実上実現不可能。
数十の魔文を連結させなければならないのに、魔文はすぐに霧散して消えてしまう。
陣設魔術を完成させるのは「足をすごく速く動かせば水の上を走れるぜ!」レベルの話。
「原案はアリンクリー・クローリーだが! 実現までこぎつけたのは私だ! つまり私はこの一点においてアリンクリー・クローリーさえも凌駕したと言う事で間違いないね!!」
かつて無いほどに上機嫌。ミリーの笑顔は一向に衰える気配が無い。
「本当におまえはすげぇなぁ。で、その術式は一体、どんな術なんだ?」
「ふふふ……説明するよりも、体験した方が良い。と言う訳でゼレウス。目を閉じたまえ」
「おう」
ゼレウスが素直に目を閉じる。
それを厳重に確認して、ミリーはコホンと咳払い。
「それでは……マナは色彩の円環――不変の月、歪みの地、星光の瞳、透過の風、幻想の馬、聖光の導き、望むは――」
次の瞬間、ゼレウスの全身を包んだのは、奇妙な浮遊感。
浮遊感は一瞬にして途切れ、そして、耳に満ちる――雑踏。
「……あ?」
思わず、ゼレウスは開眼。
そこは薄暗く、狭い――路地裏だった。
「これ……」
路地裏に差し込む光、その先には、町並と、行き交う人々。
「まぁ、私が組み立てたのだから当然だが、無事に成功だね――【転移】の魔術」
「転移って……神様連中が使っていた奴か!? 煽り転移とか言うのが何かと問題になっててあんま良い印象ねぇけど」
「いや、そこは知らないが」
ミリーは神代の交通事情など知らない。
とにかく、
「転移の概念を知っているのなら話は早い。私たちは今、陣設魔術を使い、時間と空間を捻じ曲げて移動した。瞬間移動、と言う奴だね。本来は数日……下手すれば数十日をかけて長大な距離を移動しなければならない所を、一瞬かつ一歩も動かずに果たした訳だ。限定的に時間を固定しつつ天体の視点を借りて移動ポイントを補足して……とまぁ、細かしい事はいずれ機会を見て説明しよう」
とんでもない事を滔々と語る努力の天才魔術師、ミリー・ポッパー。
「いや、おいおい、すげぇけどマズイっておまえ! オレが街になんぞ出たら、大騒ぎに――」
「私をよく見たまえ。どこから見ても、気品あふれる御令嬢だ」
「そりゃあそうだが……今はそんな話はしてねぇだろ?」
「そして」
ミリーは堂々たる態度で胸を張りつつ、続ける。
「君は、その御令嬢を護衛する騎士にしか見えないよ」
「!」
「君に剣を作らせ、君を騎士に仕立てた理由と、一体なんの魔術を組み立てたのか。納得したかい?」
「……まだ疑問があるぜ。オレを街に連れ出して、どうしようってんだよ?」
「決まっているだろう?」
ミリーは腕を組んで偉そうに笑うと、
「荷物持ちだ!」
「……はい?」
「前に話しただろう? ――私たちのティータイムには、ティーフーズが足りない!」
ミリーが懐から取り出したのは、小さな巾着袋。
ゼレウスは微かな匂いから、それの中身が神級高級紅茶の茶葉だと察する。
「……あー……大体、わかったぜ。その茶葉を売っぱらって金にして、ティーフーズを買い込んで、オレに持たせて帰ると……」
「その通りさ!」
ミリーは「わかっているじゃあないか、弟子!」とサムズアップで肯定する。
「君だって良質なティータイムは望む所だろう? これの売却に異議は無いよね?」
「まぁ、それは別に」
「ふふふ……価格を破壊しない程度の僅かな分量でも、充分以上の額を作れる。それがこのニーラカーナだ! 庶民に卸してやるのは少々癪だけれども! 私たちのティータイムのクオリティを上げるためだから致し方ない!!」
「……クハハ。本当、おまえはよくやるよ」
ティーフーズを手に入れるためだけに、時空を捻じ曲げて瞬間移動する魔術を完成・成功させた魔術師だなんて。
きっと、後にも先にもこの少女くらいだろう。
「さぁ、行くぞ。ゼレウス。最高の紅茶は、優雅なティータイムの中でこそ完成するんだ」
「へいへい。こうなりゃどこまでも付き合ってやんよ」
「当然だね。君は私の弟子なんだから」
ティータイムを優雅に彩るために。
追放令嬢は今日も、邪神と共に頑張っている。




