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22,邪神のお兄さんが勇者ちゃんに救われた話


 雨が降り出したので、ミリーは小屋に入った。

 紅茶ニーラカーナを淹れ直しながら、ゼレウスの帰りを待つ。


「おう。終わったぜ」

「!」


 小屋のドアが開き、びしょ濡れになったゼレウスが入室。


 その顔は、あまり気分が良さげではない。

 雨に濡れた事を不快に思っているのではないだろう。

 できれば回避したかった結末に終わったが、まぁ仕方無いよな……と言った風だ。


「そうか」


 ヴァンドゥがどうなったのか。

 わざわざ、訊く事も無いだろう。予想はつく。


 死なない者を殺す方法は、自ら死を選ばせる事くらいだ。

 ゼレウスの呪術は苦痛の経験。

 苦痛とは、文字通り苦しみ。

 考え得る最悪の形で使えば、相手を自殺に追い込む事も可能だろう。


 ……わざわざ言葉で確認するだなんて、趣味悪だ。


「使いたまえ。邪神だって、風邪くらいは引くだろう?」


 ミリーは自分用に変質させたふわふわの獣皮タオルをゼレウスに手渡した。


「ああ、おう……ありがとよ」

「お礼を言うのは私の方だ。……まぁ、私ひとりでもどうにかできたが? 君のおかげで楽をできたのだからね。私のためにどうもありがとう、ご苦労様だね」

「……クハハ、なんか懐かしいな、それ」


 ミリーがゼレウスに初めて助けられた時にも、確かに同じような事を言った。


「さ。紅茶も淹れ直した所だ。気分転換のためにも、ティータイムにしよう」

「おう」


 ミリーとゼレウスはテーブルを挟んで席に着く。


「…………………………」

「…………………………」


 互いにカップを持ったまま、沈黙。

 強さを増す雨が小屋の屋根を叩く音だけが響く。


「……雷も鳴りそうな天気だね」

「ああ……そうだな」

「…………………………」

「…………………………」


 普段は別に、会話が続かなくても気まずいとは感じない。

 お互い、言いたい事や訊きたい事があれば言うし、それが無ければ互いに思案に耽ったり昼寝したり風呂に入ったり。

 会話が無ければ微妙な空気になるような距離感ではなかった。


 しかしまぁ、先ほど起きた事が事だ。


 ミリーは「……私に奉仕してくれた訳だし、もう少し労りの言葉をかけるべきだろうが……」とは思いつつ、その言葉を上手く見つけられない。

 ゼレウスがどれだけ陰惨な事をしてきたか、想像がつくだけに。

 それをさせてしまった原因として、下手な事は言えない気がした。

 つまり、不慣れで下手くそながらゼレウスを気遣おうとしている。


 追放される前に比べて、随分と成長したものである。


 対してゼレウスはと言うと……考えをまとめていた。


「……よし、これなら、大丈夫そうだな」

「ん? 何の話だい?」

「オレが元人間で、邪神の製造法うんぬんについてどう説明するかを考えていたんだ」

「…………いや、別に、無理に訊こうとは思わないと言ったじゃあないか」

「だから、無理にならない方法を考えて、思いついたんだよ」

「?」

「オレがこれから話すのは、不幸や悲劇の類じゃあねぇ。これはただの自慢話だ」

「自慢話?」

「ああ」


 ゼレウスは頷くと、紅茶を一気に飲み干した。

 これから長話をするために、舌と喉を潤したのだろう。


「オレが、最高の親友と出会った話さ」



   ◆



 ――【邪神】を造るのは、簡単だ。


 人間を犠牲にすればいい。

 一体、何人用意すればいいのかって?


 一人だ。一人で充分――いや、独り(・・)だからこそ、邪神は成る。


 邪神とは【呪い】。

 生命体と言う形態を取った自律式の攻撃呪術。それが邪神だ。


 さて、具体的な方法だが――まず、できるだけ善良で何の罪も無い、若い人間を用意する。

 悪人は全然ダメ。

 理不尽が演出できない。

 幼くても老いぼれていてもきっとダメ。

 耐えられない。程よく若く。

 性別は……まぁ、おそらくどちらでも問題無いと思う。


 そうして見繕った人間を――ひたすら嬲り尽くす。


 何の罪も無く、未来ある若者を。ひたすら、ただすら、この世に有り得るありとあらゆる悪虐で、苦しめる。


 もちろん、若者は叫ぶだろう。

 泣きながら問うだろう。

 訳もわからず半狂乱になりながら、助けも乞うだろう。

 それでも構わず、一切の情けなどかけずに、躊躇いも呵責も無しに、嬲り尽くす。


 幼子がクモの巣を引き裂くように。

 幼子がセミの翅をもぎ取るように。

 幼子がカエルの足をへし折るように。

 幼子がネズミの目玉を抉り取るように。

 幼子が小鳥の首を捩じるように。


 きゃっきゃっと笑いながら、嗤って、もてあそぶ。


 そうして、極上の理不尽を味あわせる。


 ……どうして、オレがこんな目に遭わなくちゃあならない……?

 どうしてオレだけ(・・・・)が、こんな目に遭わなくちゃあならないんだ!?


 みんな、みんなは今もきっと、普通に生きている!

 オレだけだ、オレだけが独り、こんな目に遭っている!

 どうしてオレなんだ、どうしてあいつじゃあなかったんだ、あの子でもよかったじゃあないか、あの人だって、あの人だって……!


 ……そうして、【呪う】ようになる。


 おれだけこんなのひどいじゃあないか。

 おれだけをこんなめにあわせるなんてひどいじゃあないか。

 どうしておれなんだ。

 なにもわるいことなんてしていないのに。

 どうしてだれもたすけてくれないんだ。


 ――みんなしんでしまえ。

 ――こんなせかいほろんじまえ。

 ――ぜんぶぜんぶぶっこわれちまえ。


 そんな単純な憎悪と呪念だけに満たされていく。

 それ以外の思考を殺す事で、現実から逃避して、ほんの少しでも苦しみを忘れたくて。


 皮を剥がれた顔、焼いて均された口だった場所の奥、穴だらけの喉、そこから出入りする蟲たちの苗床になった声帯で、絶える事なく呪詛を吐くようになる。


 この世のすべてを憎んで、恨んで、呪い尽くす。


 ……そうなったら「良い出来だ」と首を落とされる。

 唐突に、殺される。

 死を以て解放されたかに思える。


 でも、もう遅い。


 あとは、もう、ただ呪い続ける。

 魂だけになっても、呪い続ける。

 死んだら終わり、肉体を失ったらもう何もできない……と言う、この世の摂理を捻じ曲げるほどに呪い続ける。

 呪って、呪って、呪って、呪って、呪って、呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って。


 その呪いを、加工されて……生まれ落ちる。


 ――気付いたら、オレを邪神に仕立て上げた術者を食い殺していましたとさ。


 ……そう言うものなんだよ。

 だから、邪神は「自律式(・・・)攻撃呪術」。

 誰に指揮される事も無く、邪神は邪神としてただ振る舞う。

 自らの腹底から絶えず噴き出し続ける憎悪に任せて、認識できるすべてを破壊する。

 誰にも制御なんて、できはしない。


 あの時、オレを駆り立てていた衝動はひとつだけ。


 みんな殺す。

 世界を滅ぼす。

 全部、壊す。


 ああ、まさしく、邪の神だろうさ!

 呪詛の極致にて得た理外の力で、何もかもを踏み潰したくて仕方がなかった!

 オレだけが味わった地獄を、誰もかれも、何もかもに味あわせたくてしょうがなかったんだ!


 冷静に考えれば無益にもほどがある行為!

 報復とは得てしてそう言うものだが、しかし、その時はそれだけが衝動だった!


 この世界に、この世のすべてに!

 オレが認識し得る万事万象に禍いをッ!


 みんな、すべて、何もかもが、呪われてしまえばいいッ!!


 吠え立て、叫び、嘆き、苦しみ悶えながら。

 オレはただ、世界を対象にした呪いの攻撃――邪神然として、それだけを実行しようとした。


 ……だが、その邪悪で醜悪な悲願は、微塵も達成されなかった。


 ――オレが何をするよりも早く、【あいつ】が止めてくれた。


 新雪のような銀髪が、風に揺れる。

 紅蓮のマントが、翻る。

 幼げな少女が、笑っている。


「おやおや!? そこなお兄さん! 随分と大きくて真っ黒さんでデコボコだね? 新手のアスレチックめいているじゃあないか! ちょっと握手代わりに登ってみても良いかなぁ!? ボク、こういうの大好きなんだ!」


 その少女は、いきなり現れて、いきなり凄まじく慣れ慣れしくて。


「グオオオォォォォォォオオオオオアアアアア!!」

「ややッ!? 唐突な殺気!?」


 当然、衝動のまま、オレはその少女を殺そうとしたが…………まぁ、なんだろうな。


 逆に、オレの方が捻じ伏せられた。

 サックリと。しかも素手で。


「やだなーもー。ボクは乱暴なのが大嫌いなんだよ? 苦手ではないけれどね?」


 ――あいつは、勇者様ってやつでね。

 しかも、ただ神に選ばれた勇士ってだけじゃあねぇ。

 あの頃はまだ神代。

 神の奇跡を恒常的に浴びて育った……どころか、神の種か股座から生まれた奴までいる時代。

 そんな半神半人が、更に純正の神様の加護を受けて強化される訳だ。


 ――「神代の勇者が如く」――


 このフレーズは現代じゃあ「不幸な奇跡が奇跡的に積み重なったって負け得ない絶対の強者」を讃える時に使うんだろ?


 まさしく、それほどの存在だったんだ。

 あいつの武威には、邪神ですら及べない。

 そしてあいつが纏う大神の庇護は、あらゆる呪いを弾く。


 オレが邪神として手に入れた膂力も、邪神として宿した呪術も、何も通じない。

 あれだけの苦悩の果てに産み落とされた怪物ですら、手も足も出なかったのさ。


 この世の理不尽はすべて知ったつもりだったオレに、更なる理不尽を教える。

 あいつは、そんな意味不明な強さだった。


「ッ……グアアアアアアオオオオオ!」

「やれやれ……さてはお兄さん、話が通じないバーサーカーさんなんだ。そう言うの、良くない。拳なんかより、言葉で語り合う方がずっと素敵だもの!」


 そう言いながら、あいつはオレの頭をその拳で小突いた。

 邪神じゃなかったら普通に爆裂四散して死ぬくらいの威力で。

 当然、オレは冗談みたいな吹っ飛ばされ方をした。


「ァ、ガ……? アア、ァァアア……!?」

「良い? 他者は殺すより、話し合う方が楽しいんだよ? 一緒においしい御飯なんて食べてみたらば、それはもう楽しさのパラダイス! 大雨の日の河川が如く笑顔がだだもれ濁流!」

「グギ、ギギ……! ガアアアアア!!」

「なんと!? まだまだやる気なのかな!? ガッツあるね! でもそのガッツ、使いどころを間違えていないかな? って言うか間違えているよね、断言しちゃう。と言う訳で矯正しよう。そいやさッ」

「グワァァァァァァァァァァ!?」


 ……それから何日間か、そんなやり取りを繰り返していたっけか。

 しまいにゃあ、あいつもさすがに堪忍の限界が来たようで。


「ボクと! 楽しくお話ししようって! 言ってるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」

「グワグワグワグワグワグワグワグワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 神聖な光を纏った拳で、これでもかと言うくらいド突き倒された。


「はぁーッ、はぁーッ……大神パパの加護でこれでもかってくらい強化されているボクを息切れさせるとか……相当な頑固者だよう、お兄さぁん……!」

「ゴペ、ハ、ガ……ァ……」


 オレの方も「もうさすがに無理」、ってなったわー。いやほんと。

 最初は山のような巨体だったオレも、ついには人間大にまで削られちまっていたし。


 で、ショック療法って奴か、それとも勇者様が振るう聖なる拳が奇跡でも起こしたか。

 あの辺りからオレは、憎悪と呪念の海に沈んでいたはずの冷静な思考を……理性と正気を、取り戻しつつあった。


 ……対照的に、あいつは思考から余裕が抜け落ち始めていたようで。


「本当はここまでする気はなかったんだけれど……仕方ないよね。大神パパの加護により有り得ないくらい都合良くにょきにょきと地面から生えたり空から降ってきたりしたこの不思議な縄たちで、お兄さんを滅茶苦茶に縛りあげちゃおう。もうお喋りしかできない状態からだにしてやるんだからね」

「……ッ……!?」


 ……あのセリフは、勇者が吐いて良いセリフじゃあないよなー。

 いや、あいつからそこまで余裕を奪ったオレがすごいと言うか、全面的に悪いんだけどもね?


「……グッ……ナ、ゼ……ナゼ、ソコマデ、スル……? サッサト……コロセバ、イイダロウ……!?」


 ……自分で言うのもなんだが……あんな怪物、さっさとトドメを刺して退治してしまえば良かったのに。


 今にして考えてみれば、あいつが最初にオレの前に現れたのは、偶然なんかじゃあないだろう。

 きっと、邪神の誕生を察知した聖なる神々に導かれ、オレが何かするよりも早く、迅速に始末しに来た。

 そのはずだったんだ。


「お、ようやくボクとお話ししてくれる気になったんだね。にひひ! 頑張った甲斐があったよ! ボクは今、すごくうれしい!」

「………………イイカラ、コタエロヨ」

「うん、オッケー。……あー、でもなー……まぁ、アレだね。質問に質問を返す無礼は重々承知で言うよ? ――逆に何でさ?」

「……ハ?」

「何で、ボクがお兄さんを殺さないといけないの? ヤだよ。大神パパの言う事なら何でも聞くと思ったら、大間違いさ」

「オレハ、セカイヲコワソウトシタ、バケモノダゾ……」


 正義を為すために戦う勇者様なら、敵を殺す理由はそれで充分だろうに。


「そうかな? ボクには、お兄さんが悪い事をしようとしている風には見えなかったよ。ただ、助けを求めてもがいているようにしか見えなかった」

「!」

「……ボクは、お兄さんに何があったのかを知らない」


 そこで初めて、あいつの表情から笑みが消えた。


「きっとボクに取っては知りたくもない部類の話なんだろうなって薄らと予想はできる。……悲劇は嫌いなんだ。誰かが不幸になるの、嫌なんだ。すごく」

「オマエ……」

「……本当は、何かが起きる前に助けてあげたかった。でも無理だった。……本当に、ごめんなさい。ボクは……まだ、万能には程遠い」


 ……おまえは別に、何も悪くないだろうに。

 泣きそうな面で、握った拳から血を滴らせながら、そんな事を言いやがる。

 充分に強くて、人もたくさん救ってきただろうに……まだ足りない、すべてをきっちり救えるように成りたい、自分は酷く未熟だと嘆いていやがった。


「でも、だから、ここまでにさせてみせる。これ以上、お兄さんが不幸になる事を、ボクが許さない。間に合わなかったのだとしても、その幸福を取り返してみせるから。取り返せないほどに壊れてしまったのなら、絶対に、代わりの幸福を見つけてみせるから。そうやって、必ず、悲劇の渦中から、不幸の底から助け出してみせる。そうしたいんだ。ボクが、お兄さんを助けるんだ。絶対に、必ず」

「…………………………」

「……なんて、こんなシリアス、似合わないかな?」


 恥ずかしそうに、誤魔化すように。

 あいつは頬をポリポリと掻きながら、笑顔を取り繕っていた。


「……………………ハ、ハハ……」


 ……あんなオレですら、救われるべきだと――あいつは微笑んで、断言したのさ。

 一日の始まりに「おはよう」って言うくらいの自然な言葉で、オレを助けてくれるって言いやがった。


 ……邪神だって、失笑するだろうよ。あんなの。


「お、笑顔いただきましたー! にひひ。どんなもんだい? ボクと話しているとすごく楽しくなるって、みんなから評判なんだ。面目躍如ってやつだよね!」

「……アア、ソウダナ」

「うん、そうだよ! それじゃあ、お兄さん! どうにも気分が良くなってきたように見えるし――」


 呪いで汚れたオレの手を取り、あいつは一際笑顔を弾けさせて、言ってくれた。


「まずは一緒に、おいしい紅茶でもどうだい?」



 人を邪神にするのは、簡単だ。

 たった一人をゆっくりじっくりたっぷりと時間をかけて嬲り尽くし、殺すだけ。



 邪神を人に戻すのは、もっと簡単さ。

 たった一人、快活な笑顔で接してくれる――そんな素敵な友人がいればいいだけなんだから。



 オレは、出会えたのさ。

 そんな素敵な友人にな。


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