第十五話 レオン
第十五話。物語も後半戦に向かっています。
夜の住宅街。車がギリギリすれ違えるかどうかの道沿いに、教会は慎まやかに建っていた。
カーリーはその教会の前で足を止めた。
薄暗い門の入口には黒髪の少女が一人、不気味な笑顔で立っていた。彼女の背後に一人、人影がある。
「あら、カーリー先輩。こんな時間にこんな所にいらっしゃるとは。一体何の御用でしょうか?」
結奈は目元を前髪で隠して、冷たく、鋭利な口調で言う。
カーリーは手を開き、甲の側を向け、自身の指輪を見せる。指輪からは、鮮やかな水色。南国で見られる空のような色だった。
「これを見て、分からない?」
カーリーの言葉と同時に、結奈の眉間へと、クロスボウの矢が、カーリーの背に立つ屋根の方向から飛翔する。
結奈の背後に居た人影が、瞬く間に結奈の正面に現れ、短剣を持った少年が弾く。そして、「プスッ」と、矢が教会の庭の土に刺さる音が聞こえる。
少年の髪は白く、鋭角的な髪先が、重力に従いだらんと落ちていた。服は少し大きめの黒のTシャツ。そして、黒いアンクルパンツを履いている。
”白髪の少年”はただただ、カーリーを警戒しながら、睨んでいた。
「……卑怯ね。貴女。同じ神を信仰する身として、恥ずかしいわ。」
毒を吐くように、結奈は言う。
「……申し遅れました。わたし、辻結奈と言います。宜しくお願い致します。」
と続けた。結奈の自己紹介が終わった瞬間、”白髪の少年”からカーリーに向けて、投げナイフが投射される。
カーリーの眼の前に、ポンチョのような灰色の長いコートに包まれ、パーマロングヘアーの黒髪の男性が、現れる。というよりはフェードインするようにその場に浮き上がる。
”黒髪の男性”はクロスボウ矢を剣のように扱い、投げナイフを弾いた。そして、その投げナイフはカーリーの背後の家の塀を越え、地面に刺さった。
「この子の名はレオン。仲良くしてあげてね。」
結奈はカーリーに、レオンと呼ばれた従者を紹介する。結奈、カーリーどちらの従者も、会釈などはせず、虎視眈々と睨み合っている。
「あら、自己紹介なんて、悠長ね。でもされたなら、紹介してあげるわ。私の従者の名はデーヴィッド。これで良いかしら」
カーリーがデーヴィッドと呼ばれた従者を紹介した。デーヴィッドは目線を緩めること無く、レオンを睨み続ける。
デーヴィッドが手に少し力を入れた時、レオンは主である結奈を片腕で抱えようとする。デーヴィッドは手榴弾を出し、安全ピンを抜くそれを宙に投げて一秒。
予め装填してあるクロスボウが素早く手榴弾へと命中する。レオンは結奈を抱えたまま、門横の塀の影へ隠れる。
手榴弾はクロスボウに命中したときに爆発し、矢が押し出すように力を手榴弾に作用させ、その力で強い爆風が全て教会の方向へ押し出される。
カーリーは反射的に両腕で顔を隠し、塵が顔へと近づくのを防いでいた。
爆発による煙が微かに晴れた頃、塀からレオンは飛び出す。その瞬間を見逃さず、デーヴィッドはクロスボウを射出する。
打ち出された二本の矢は同じ軌道を描き、一本目の矢の僅か後ろを二本目の矢は通っていく。
射撃を受けた側の視点では、その二本の目の矢は完全に一本目の矢に隠れて見えなくなっていた。
しかし、レオンは「音」で見抜き、自分の背丈よりも高さのある塀を飛び降りながら、二対の剣で落としていく。
デーヴィッドは空中に居るレオンに向かい、クロスボウを連射する。レオンは身を捩じって躱しながら、避けられない矢を、双剣で弾き落とす。
レオンが降りた時、辺りは矢で散乱していた。デーヴィッドは別のマークをしてある矢をクロスボウに装填し、レオンへ放つ。
その矢は、レオンの真正面へと飛翔する。
避けるまでもなく、レオンは剣で振り落とそうとする。しかし、
「Paralysis」
デーヴィッドが呟くと、そのマークの付いた矢は、レオンのほぼ零距離の位置で、黄色い稲妻を球体のように走らせる。
その稲妻はレオンへと伝わり、体を麻痺させる。レオンの体は硬直し、所々がピクピク動くだけである。
『魔力を回せ』
レオンはデーヴィッドの矢が迫る中、結奈の脳内へと伝える。
『分かってるわ』
結奈は冷静に答え、右手の甲へと力を入れる。右手の甲にある刻印が一瞬紫色に光る。
瞬間、レオンに纏わり付いた稲妻は弾け飛び、レオンは硬直から解かれる。
レオンは間一髪の所で、矢を弾き、手傷を負うのを防いだ。
レオンは間を詰め、デーヴィッドへ迫る。デーヴィッドから連射される矢は、呆気なくレオンの双剣で落とされていった。
レオンは剣でデーヴィッドの首を飛ばそうとする。振った剣が首に当たった。しかし、デーヴィッドの皮膚は石のように固く、剣はそこで動作を止める。
デーヴィッドはレオンの隙を見て、クロスボウの矢を鉈のように振り、レオンを吹き飛ばす。
勢いよくレオンは跳ね飛ばされ、教会の塀に激突する。教会の塀にヒビが入るほどの怪力だった。
そして、デーヴィッドは今までよりも力強く、クロスボウの弓を引く。クロスボウへと集まる魔力が気流を呼び、矢の先端から放射状に気流が広がっていく。
デーヴィッドの冷たい目線が気流から微かに見えた時、矢は放たれる。魔力を溜めた矢は、暗闇を微かに照らしていた。
投げ込まれたそのままに、崩れた塀に腰掛けているレオンにその矢が命中する直前、レオンは不敵な笑みを浮かべた。
刹那、六角形の集合体のシールドが、レオンを守るように、球体状に広がる。魔力と魔力が火花を散らし、轟音を上げた。それからすぐに、魔力を込めた矢は弾けて消えた。
レオンは立ち上がり、双剣を構える。
デーヴィッドとカーリーの目論見は、短期決戦であった。落とせる程度の射撃で相手を油断させ、わざと距離を詰めさせ、硬化魔術で攻撃を防ぐ。そして、瞬間強化魔術のカウンターで仕留める。
しかし、それはレオンの完全防御魔術にて、泡沫へと散った。カーリーに不安な表情が浮かんだ。
「Should be fine. We do not lose.(大丈夫だ。負けたわけではない)」
デーヴィッドは、カーリーを励ます。実際、デーヴィッドはダメージを全く負っていない。けれど、レオンに致命傷を与えたか。というと、そうでもない。
「Thank you for encouragement words. ──To win.(励ましてくれてありがとう。──勝とう。」
「Sure.(勿論だ)」
二人は小さく微笑んだ。
レオンは再びデーヴィッドに接近を試みる。しかし、デーヴィッドが射出する矢の数はさっきとは桁違いに増え、捌くことで精一杯となり、足を止める。
レオンの表情が強張る。レオンはジリジリと後退し、距離を開けざるを得ない状況となった。レオンは教会の塀の影へ逃げ込み、遮蔽を得る。デーヴィッドは躊躇わずにその塀へと、手榴弾を放り投げた。
レオンは結奈を抱え、教会の側面に隠れる。爆風とともに、塀と、門側の壁が崩れる。レオンは砂埃が薄くなる前に結奈を抱えたまま、教会の中へと駆け込む。
「penetrate.(突入する)」
デーヴィッドは小さな声でカーリーに伝え、門を潜る。門の中央上には、レトロなライトが、寂しく照らしていた。
デーヴィッドは砂埃がまだ蔓延している崩落した教会の壁の中へと、赤くマークした矢を放つ。矢を放って数秒後、爆発音が響く。
デーヴィッドは透過魔術を使い、教会中へと侵入して行った。一方カーリーも、教会正面玄関から、突入した。彼女の右手には、小さなナイフが握られていた。
デーヴィッドが崩落した教会の壁を侵入すると、砂煙の中から、左側に気配を彼は感じた。デーヴィッドがパッと振り向くと、橙色の瞳を光らせたレオンの姿が現れる。
レオンのその瞳は、デーヴィッドの透過魔術を看破していた。間合いはレオンのものだった。デーヴィッドはやむなく、長い矢を鉈のように扱い、応戦する。
そして、僅かな隙を見て、不安定な足場の中、一歩後ろに下がり、レオンの足元に、赤くマークした矢を放つ。
レオンは赤い矢から素早く離れ、爆破から逃れた。しかし、砂煙は収まらない。そして、砂煙の中から突然、ゲリラのようにレオンは攻撃を仕掛ける。
次は黄色でマークした矢を放つ。その矢はレオンの目の前で球体の黄色い稲妻を生成する。しかし、レオンの体は硬直しなかった。
さっきの状態異常回復魔術は継続効果があるようだった。
次は、砂煙の中に雨が降り出した。さっきの爆煙に、火災報知器が作動し、スプリンクラーが起動した。そして、幾度となく続くゲリラ攻撃がデーヴィッドを焦らせた。
スプリンクラーが作動して三十秒ほど経ち、砂煙が収まる。デーヴィッドの目には、崩落した壁の瓦礫、壊れた机に割れたシャングリラ。そして、傷を負い、砂埃と水を被ったチェストであった。
そこに、結奈の姿は無かった。レオンの後ろには、虚ろに開いた扉がある。
デーヴィッドは止め処なく矢を放ち続ける。レオンは躱すことのできる矢を避け、他を剣で弾き落としていく。
背面の壁には大量の矢が刺さっていた。
デーヴィッドは不敵な笑みを浮かべた。レオンはそれを訝しげな目線で、デーヴィッドを睨んだ。
「Faker」
デーヴィッド小さな呟きを合図に、背面の壁の矢の数本が、爆発する。
レオンは冷や汗を搔きながら、背後に気を取られながらも、ただただ、デーヴィッドを睨んだ。
爆発は、奥の部屋まで見通せるぐらいの数の壁を破壊した。奥の部屋の隅には、白い熊のぬいぐるみを抱いて、泣いている結奈の姿があった。
デーヴィッドはそれが視界に入った途端、矢の軌跡の延長線上が結奈になるように、矢を連射した。レオンが、冷や汗を搔きながらも、黙って矢を弾いた。
永遠に射出される矢は、レオンを圧倒した。捌ききれなかった矢が一つ一つ、レオンの体から赤の滲みを生み出させる。
デーヴィッドは、一歩一歩、レオンに近付いた。油断を見せる表情は、一つも無かった。それは、冷酷な殺しを生業とする者の顔そのものであった。
『レオン……、レオン!』
結奈はレオンの名を呼ぶ。そして、
『もう良いわ。だから……、そんな無残に……、死なないで……。』
と、続けて言った。彼女の伏せた目からは、涙が流れていた。そして、その雫は、崩落した教会の天井から刺す月が、反射して、光らせていた。
二人の間に沈黙が走る。しかし、デーヴィッドの矢の連射は、止まらない。
『……馬鹿か』
レオンは小さく呟く。その言葉を聞いて、結奈はキョトンとした顔で、レオンを見た。
レオンは力の籠もった声で言った。
『俺達はまだ、負けていない。』
結奈は、レオンが傷を一瞥してから、強く叫んだ。
『どうして! ……どうしてそんな事が言えるのよ。……もう終わりなのよ。……レオンも、私も……。』
声がだんだん弱くなり、声の強さに反比例して、涙が増える。
『そんなもの、決まっているだろ。俺達には、まだ ”切り札”が残っている。』
切り札は、宝石を意味していた。結奈はぼやけた視界を拭いた。月に反射した指輪から、紫色の光が発される。
結奈の持つ宝石魔術は ”狂化”この魔術を受けた従者は、攻撃力、生命力が飛躍的に強化される。
しかし、その代償として、最初に見た敵を殺すまで、理性を失い、暴走する。
『でも、こんなのを使ったら、レオンが……!!』
結奈の声は、涙によって掠れていた。彼女は、その宝石魔術の代償を知っていた。そして、レオンも、その宝石魔術を嫌っていた。
『いいんだ。』
レオンはきっぱりと答えた。そして、
『俺もこの宝石魔術は嫌いだ。大嫌いだ。でも、俺がこの宝石魔術でお前が助かるなら、結奈が死なずに済むのなら、俺は受け入れる。その宝石魔術を。』
優しい声で続けた。先程からのデーヴィッドの連射で、レオンの手足はハリネズミのようになっていた。そして、レオンの意識ももう、薄くなっていた。
『結奈の想い人に対する熱意は知っている。
そのために、悩んで、失敗を恐れず挑戦する姿は何度も見てきた。
その影で、失敗したら強く落ち込んだり、成功したら無邪気に笑ったり。
そんな諦めない結奈の傍に居るのは、なんだか新鮮で、楽しかった。
俺は、今、結奈のお陰で立てていると思う。きっと他の主だったら、俺は諦めていた。
根暗な俺だって、変わろうと思えたんだ。それを教えてくれた結奈に、諦めて欲しくはない。
だから、今ならその宝石も、結奈の為なら受け入れられると思う。
それで大切な人を守れるなら──。』
結奈の意識は少しの間、上の空となった。
彼女の脳裏には、レオンが召喚されてからの事が映った。
それは、長いものではなかった。けど、彼女の記憶は、レオンが初めて、悩みを打ち明けて、一緒に戦ってきた”仲間”だと教えてくれた。
結奈は安堵した表情を浮かべ、レオンを見つめた。涙は止まらなかったけれど、さっきの絶望の涙とは違う気がした。
『早くその宝石魔術を、俺に撃て。俺ももう持ちそうにない!』
レオンは、結奈を催促する。結奈は、手の甲をレオンに向ける。
宝石が、強く発光した。
『今送ったよ、レオン。そして……
──ありがとう。』
ご購読ありがとうございます。よろしければ、感想、ブクマ等していただけると幸いです。
Twitterやってます。---> @Haru1939




