↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初心者ダンジョンを掃除してたら、なぜか中級ダンジョンになってしまった  作者: ギズモ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/3

第2話 ちょっと元気になりすぎじゃないですか?

「……これ」


 誰に聞くでもなく言う。


「元気になってません?」


 誰も答えなかった。


 新しく現れた通路を、三機の中継ドローンが照らしている。


 ついさっきまで、そこにはただの石壁しかなかった。


 少なくとも俺たちが持っている地図では、そうなっている。


「相田」


「見てくる」


 真壁さんの指示に、相田さんがすぐ動いた。


「え、入るんですか?」


「入口だけだ」


 相田さんは新しい通路へ数歩だけ入り、壁や床を確認する。


「加工は他と同じ。崩れた跡もないな」


「元からあった通路が開いた可能性は?」


 森川さんが聞く。


「分からない。ただ――」


 相田さんが壁際へしゃがみ込む。


 指先で床をなぞった。


「埃がほとんどない」


「え?」


「長いこと閉じてた道なら、もう少し溜まっててもよさそうだけど」


「つまり?」


「本当に、今できたのかも」


「…………」


 やめてほしい。


 俺は自分の右手を見る。


 いつもの手だ。


 何も生えていないし、光ってもいない。


『全員、その場で待機してください』


 中継ドローンから管理センターの声が聞こえた。


 今までの機械音声ではなく、人間の声だ。


 真壁さんが答える。


「了解」


『新規経路について解析を行います。これ以上の進入は禁止します』


「了解した」


 助かった。


 誰かが、


『せっかくだから行ってみましょう』


 なんて言い出したらどうしようかと思った。


 数分ほど待つ。


 三機のドローンが壁や床を何度も走査している。


 森川さんも測定器から目を離さない。


「どうです?」


「魔力反応自体は普通」


「普通」


「少なくとも、危険な何かが出てきてる感じじゃない」


 それならいい。


 よくはないけど。


 森川さんは測定器を見つめたまま、わずかに眉を寄せた。


「ただ……」


「ただ?」


「入ってきたときより、魔力の偏りが少ない気がする」


「偏り?」


「まだ分からない。もう少しデータ見ないと」


 そこで話は切れた。


『解析終了』


 センターから声。


『現時点で新規経路内に危険反応は確認されていません。ただし、今回の検証目的から外れるため、内部の探索は行いません』


「はい」


 俺は真っ先に返事をした。


『一方、ダンジョン内部の活動値について、明確な上昇が確認されています』


 やっぱり。


「原因は?」


 真壁さんが聞く。


『現時点では特定できません。ただし、これまでの変化はいずれも佐倉さんによる《浄化》の実施後に発生しています』


 三人が俺を見る。


「……俺も聞いてましたから」


 見なくていい。


『検証は継続します』


「え?」


 思わず声が出た。


「ここまで起きてるのに?」


『現時点で脅威度の上昇は限定的です。また、新規経路には立ち入らず、予定されている既存の攻略ルートを使用します』


「でも」


『次の検証地点まで約二百メートルです。そこで再度、継続の可否を判断します』


「…………」


 俺は真壁さんを見る。


「行くんですか?」


「センターの判断ならな」


「真壁さんはどう思います?」


「俺たちで対処できない状況じゃない。今のところは」


 今のところ。


 その言葉が気になった。


「まあまあ」


 相田さんが新しい通路の入口から戻ってくる。


「宝箱も出たし、悪くなってるわけじゃないだろ?」


「ダンジョンを消しに来てるんですよ、俺たち」


「あ」


 忘れてたのか。


     ◇


 新しく開いた通路には入らず、俺たちは元の攻略ルートを進んだ。


 最深部までは、まだ距離がある。


 本来の予定なら、途中で協会から指示された箇所を《浄化》しながら第五階層まで進み、最後にダンジョン核へ《浄化》。


 それで終わるはずだった。


『前方、モンスター反応二』


「二体」


 真壁さんが盾を構える。


 現れたのはゴブリンだった。


 初心者ダンジョンでは珍しくない。


 二体とも、真壁さんと相田さんがあっという間に倒した。


「さっきは一体だったよな」


 相田さんが言う。


「偶然じゃない?」


 森川さんは測定器を見ながら歩いている。


「偶然ならね」


「怖い言い方しないでくださいよ」


「佐倉君が一番怖がる必要ないでしょ」


「なんでです?」


「原因かもしれないから」


「余計怖いですよ」


 次の検証地点へ着いた。


 壁際に広がった黒い汚れ。


 見たところ、今までと大差ない。


『対象箇所への《浄化》を許可します』


「まだやるんですね……」


 右手を向ける。


「《浄化》」


 白い光が走る。


 汚れが消えた。


「…………」


 全員が周囲を見る。


 何も起きない。


「ほら」


 少しだけ安心する。


「今回は何も――」


『前方、モンスター反応三』


「増えてるじゃないですか」


 真壁さんが笑いを堪えるような顔をした。


「まだ偶然かもしれない」


「さっき二体でしたよ?」


「一、二、三と来たな」


 相田さんが指を折る。


「次、四体とかやめてくださいね」


 幸い、三体のゴブリンも問題なく処理された。


 俺は何もしていない。


 ちゃんと後ろにいた。


 それからさらに進む。


 照明魔石は、もう入った直後とは比べものにならないくらい明るい。


「森川さん」


「何?」


「魔力、増えてるんですか?」


「それが少し違うの」


「違う?」


 森川さんが測定器を見せてくる。


 見せられても数字の意味は分からない。


「魔力濃度自体も上がってる。でも、それより……」


 森川さんが壁へ視線を向ける。


「淀みが減ってる」


「淀み?」


「入ったときは、場所によって魔力が溜まって動いてない感じだったの。それが今は少しずつ均されてる」


「流れ始めてるってことですか?」


「たぶん。でも、まだ原因までは分からない」


 森川さんは通路の奥を見る。


「さっきの新区画も、その影響なのかもしれない」


 あまり聞きたくない話だった。


『次の指定箇所です』


「また?」


『はい』


 今度は通路の隅に溜まった、黒っぽい泥のようなもの。


 古い魔力残滓を含んでいるらしい。


「……やりますよ?」


『《浄化》を許可します』


「《浄化》」


 黒い泥が消えた。


 数秒。


 十秒。


「今度こそ何も――」


 ゴゴゴゴ……。


「もうやだ」


 左側の壁が動き始めた。


「また通路?」


 相田さんが身構える。


 しかし今回は違った。


 壁が左右へ開く。


 その向こうにあったのは、小さな部屋だった。


 奥行きは五メートルもない。


 入口から部屋全体が見渡せる。


 そして中央には。


 箱。


 一個。


 二個。


 三個。


「……宝箱?」


 相田さんの目が輝いた。


「三つ?」


「待て」


 真壁さんが肩を掴んで止める。


「さっきの通路と同じだ。勝手に入るな」


「分かってるって」


 三機の中継ドローンが入口から小部屋を走査する。


『新規生成区画を確認』


「奥へ続く道は?」


 真壁さんが聞く。


『確認できません。当該区画は一室のみで完結しています』


「危険反応は?」


『現時点では検出されていません』


 少し間があった。


『相田探索者一名による区画内確認を許可します。その他の探索者は入口で待機してください』


「了解」


 相田さんが俺を見る。


「今回は入っていいってさ」


「ちゃんと許可取ってくださいよ」


「取っただろ」


「そこ大事なんで」


 前回から学んでいる。


 相田さんは小部屋へ入る。


 まず床。


 次に壁。


 天井。


 それから宝箱。


 一つずつ慎重に調べていく。


「床罠なし。壁も異常なし」


 一つ目の箱。


「こっちも問題なし」


 二つ目。


「これも」


 三つ目。


「全部普通だ」


 相田さんが振り返った。


「宝部屋じゃん」


「青梅第二に宝部屋の記録は?」


 真壁さんがドローンへ聞く。


『確認できません。少なくとも現存する攻略記録にはありません』


「すげえ」


 相田さんが本気で感心している。


「佐倉さん、これ普通にすごいぞ」


「増やしてどうするんですか」


「まあ……」


 相田さんが宝箱を見る。


「儲かる?」


「目的変わってますよ」


「……タイミングが良すぎる」


 森川さんの声で、相田さんの笑顔が少し引っ込んだ。


 森川さんは宝箱を見ていない。


 測定器から目を離さず、俺たちが通ってきた方向を振り返っている。


「照明が戻った。モンスターも増えた。新区画ができて、今度は宝部屋」


 真壁さんも表情を固くする。


「全部、《浄化》のあとだな」


「…………」


 俺は右手を身体の後ろへ隠した。


「俺、もう使わない方がよくないですか?」


「俺もそう思う」


 真壁さんが中継ドローンを見る。


「センター。このまま続行するのか?」


『次の観測地点まで進行してください。ただし、現時点より《浄化》の追加実施は保留します』


「了解」


 よかった。


 ようやく掃除しなくていい。


「開封は?」


 相田さんが聞く。


「後だ」


「ですよね」


 名残惜しそうに三つの宝箱を見る。


 そんな相田さんの横で、森川さんが小さく呟いた。


「また減ってる……」


「何が?」


「淀み」


 測定器の表示を指で追う。


「この部屋ができてから、周辺の魔力の偏りがさらに小さくなった」


「それって良いことなんですか?」


「普通ならね」


 森川さんが俺を見る。


「でも、これだけ一気に変わるのは普通じゃない」


     ◇


 第三階層へ下りた。


 ここまで来ると、最初の静けさが嘘みたいだった。


 遠くからモンスターの鳴き声が聞こえる。


 照明魔石も明るい。


 時折、どこかから足音まで響いてくる。


「このダンジョンって、元々こんな感じなんですか?」


 俺が聞くと、森川さんが周囲を見回した。


「私たちが初心者だった頃は、もう少し活気があったけど」


「じゃあ昔はこれくらい?」


「いや」


 真壁さんが答える。


「ここまでじゃなかったと思う」


「ですよね……」


 活動停止寸前だったダンジョンとは、とても思えない。


『前方にモンスター反応』


「何体?」


『一体』


 少し安心する。


『種別照合中』


 真壁さんが剣を構えた。


 暗がりから、小さな影が飛び出す。


 四足。


 灰色の毛。


 犬より少し小さい。


「……何あれ」


 俺は初めて見る。


 相田さんも一瞬だけ目を見開いた。


「グレイラット?」


 真壁さんが切り払う。


 モンスターは一撃で倒れた。


「知ってるんですか?」


「名前だけな」


 森川さんがドローンを見る。


「青梅第二の出現記録は?」


『照合します』


 数秒。


『グレイラット。青梅第二ダンジョンにおける最終確認記録、五年前』


「五年?」


「昔は出てたんだな」


 相田さんが消えていくモンスターを見る。


「最近いなくなっただけで」


「復活した……?」


 今度は、誰も「偶然」とは言わなかった。


 森川さんが壁へ手を当てる。


「真壁さん」


「どうした?」


「止めた方がいい」


 声が変わっていた。


「センター」


『聞いています』


「魔力の淀みが、ほとんどなくなってる。入ったときと循環状態が全然違う」


『こちらでも確認しています』


「これ以上《浄化》を使うのは――」


 その瞬間だった。


『警告』


 三機のドローンが同時に鳴った。


『複数のモンスター反応を検知』


 真壁さんが前に出る。


「数は?」


 一拍。


『十五』


「十五?」


 相田さんの表情から笑いが消えた。


『増加中』


「増加?」


『十九。二十二。二十七』


「佐倉さん、後ろ!」


「はい!」


 俺は即座に下がった。


 前方の広い部屋。


 その床に、魔法陣のような光が次々と浮かぶ。


「これ――」


 相田さんが短剣を抜く。


「モンスターハウスじゃないか?」


「青梅第二にそんなのあるんですか!?」


『過去の発生記録は確認できません』


「ですよね!」


 光の中からモンスターが現れる。


 スライム。


 ゴブリン。


 グレイラット。


 初心者向けの弱いモンスターばかり。


 でも。


 数が多い。


「森川!」


「分かってる!」


 森川さんが前へ手をかざす。


 魔法が走った。


 前列のモンスターがまとめて吹き飛ぶ。


 真壁さんが盾で残った群れを止める。


「相田、右!」


「了解!」


 相田さんが横へ回る。


 俺は後ろ。


 言われた通り。


 何もしない。


 というか、できない。


「《浄化》は!?」


 思わず聞く。


「絶対使うな!」


 真壁さんに即答された。


「ですよね!」


 そりゃそうだ。


 今ここで掃除したら何が起こるか分からない。


 数分後。


 最後のゴブリンが倒れた。


「……終わった?」


『周辺、モンスター反応なし』


「はあ……」


 俺は壁にもたれた。


 戦ってないのに疲れた。


 真壁さんたちも息を整えている。


「初心者ダンジョンの数じゃないだろ」


 相田さんが短剣を鞘へ戻す。


「一体一体は弱かったけどさ」


「佐倉君」


 森川さんが呼んだ。


「はい」


「たぶん、分かった」


 聞きたくない。


 けど、聞くしかない。


「何がです?」


「このダンジョンが弱ってた理由」


 森川さんがしゃがみ込み、床へ測定器を近づける。


「魔力がなくなってたんじゃない」


「じゃあ?」


「淀んでた」


「淀んでた?」


「長い間、うまく循環できなくなってたんだと思う」


 センターからも声が入る。


『森川探索者の推測と、現在取得しているデータは一致しています』


「どういうことです?」


『長期間に蓄積した魔力残滓が、ダンジョン内部の循環を阻害していた可能性があります』


「魔力残滓?」


『探索者やモンスターが使用した魔力。死亡したモンスターの残留魔力。破壊された生成物などです』


 聞きながら、俺は今日掃除したものを思い出した。


 壁の黒ずみ。


 水路の泥。


 古い血痕。


 スライムの粘液。


 黒い魔力残滓。


「まさか」


 森川さんが俺を見る。


「佐倉君の《浄化》が、それを取り除いた」


「…………」


「さっきから淀みが減り続けてた。たぶん、詰まってた場所が少しずつ通るようになってたんだと思う」


 照明。


 モンスター。


 宝箱。


 新しい通路。


 宝部屋。


 五年間確認されていなかったモンスター。


 モンスターハウス。


 全部つながった。


「つまり」


 俺は嫌な結論にたどり着く。


「このダンジョン……弱ってたんじゃない?」


 森川さんが頷いた。


「詰まってただけみたい」


「…………」


 掃除した。


 詰まりが取れた。


 元気になった。


 ものすごく分かりやすかった。


「俺」


 頭を抱える。


「何しに来たんでしたっけ」


 相田さんが答える。


「ダンジョン消しに?」


「ですよね」


 真壁さんがドローンを見る。


「センター。検証は中止だろ?」


『はい』


 今度は即答だった。


『これ以上の《浄化》は禁止します。核への接近も中止。全員、直ちに撤退してください』


「やっと帰れる……」


 今日一番嬉しい言葉だった。


     ◇


「さっきの分岐、もうすぐだ」


 真壁さんを先頭に、来た道を戻る。


 俺は何も掃除しない。


 床に汚れがあっても見ない。


 壁に黒ずみがあっても見ない。


 今なら空き瓶が落ちていても拾わない。


 絶対に。


「佐倉さん」


「なんです?」


「そこ、スライムの粘液」


 相田さんが床を指す。


「見えてません」


「いや、見えてるだろ」


「俺には見えません」


「徹底してんな」


 当たり前だ。


 もう十分だ。


「次の角を右だ」


 真壁さんが地図を確認する。


 曲がる。


「…………」


 止まった。


 後ろにいた俺たちも止まる。


「どうしました?」


 真壁さんが答えない。


 俺も、その先を見る。


 石壁だった。


 床から天井まで、隙間なく積み上がった灰色の壁。


 扉の跡もない。


 崩れた様子もない。


 ずっと前からそこに存在していたような、ごく普通のダンジョンの壁だった。


「真壁さん?」


「ここだよな」


 真壁さんが地図を見る。


 相田さんも横から覗き込む。


「合ってる。ここを左から来た」


「でも」


 森川さんが目の前の石壁へ手を伸ばす。


「道、ないよ」


「…………」


 来るとき。


 ここには確かに通路があった。


 俺たち四人が通った。


 三機のドローンも通った。


 それなのに。


 今は、壁しかない。


『登録地図との照合を開始します』


 ドローンの走査光が石壁をなぞる。


『現在の周辺構造と登録情報に不一致を確認』


「不一致って……」


 真壁さんが壁を叩く。


 鈍い音。


「塞がれたって感じじゃないな」


 相田さんも壁際を確認する。


「継ぎ目もない。通路ごと作り直されてる」


 背中が冷たくなった。


「じゃあ」


 俺は振り返る。


「他の帰り道は?」


『現行構造を走査中です』


 数秒。


『既知の帰還経路との接続を確認できません』


「…………」


 誰も言葉を出さなかった。


 その沈黙を破るように。


 ゴゴゴゴゴ――。


「また?」


 今度は背後だった。


 俺たち全員が振り返る。


 少し離れた石壁がゆっくり沈み込んでいく。


 左右へ開き、新しい暗闇が現れた。


『新規経路を確認しました』


 真壁さんが地図を見る。


 相田さんが周囲を見る。


 森川さんが測定器を見る。


 誰もすぐには動かなかった。


 目の前には、完全に塞がれた帰り道。


 背後には、今できたばかりの知らない通路。


 俺は両方を見比べた。


「……帰れないってことですか?」


 そのとき。


 新しい通路の奥から。


「グルルルル……」


 低い唸り声が聞こえた。


 続いて、もう一つ。


 さらに、その奥からもう一つ。


 一体ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。