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初心者ダンジョンを掃除してたら、なぜか中級ダンジョンになってしまった  作者: ギズモ


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3/3

第3話 もう掃除しませんからね!

「グルルルル……」


 新しく開いた通路の奥から、低い唸り声が聞こえた。


 続いて、もう一つ。


 さらに、その奥からもう一つ。


 一体ではなかった。


「佐倉さん、後ろへ」


「はい!」


 真壁さんに言われるより早く、俺は三人の後ろへ下がった。


 もう慣れた。


 別に慣れたくはなかったけど。


 三機の中継ドローンが暗い通路へライトを向ける。


『前方、生体反応五』


「五体」


 相田さんが短剣を抜いた。


「さっきの二十七体よりはマシか」


「比較対象がおかしくなってません?」


 暗闇の中から、四足の影が現れた。


 灰色の毛。


 低い姿勢。


 犬に似ているが、口は不自然なくらい大きい。


「ダンジョンハウンドか」


 真壁さんが盾を構える。


「青梅第二にいたんですか?」


『出現記録を照合中です』


 五体が一斉に走り出した。


「森川!」


「はい!」


 白い閃光が通路を走る。


 先頭の二体が吹き飛んだ。


 残った三体を真壁さんが盾で受け止め、相田さんが側面へ回る。


 俺は後ろ。


 本当に何もしない。


 できることなら息も潜めていたい。


 一体が真壁さんの横を抜けかける。


「うわっ」


「行かせない!」


 相田さんの短剣が走った。


 数十秒。


 最後の一体が光の粒子になって消えた。


『周辺のモンスター反応、消失』


「ふう」


 相田さんが息を吐く。


「で、こいつらは?」


『ダンジョンハウンド。青梅第二ダンジョンにおける最終確認記録は七年前です』


「また復活組か」


 もう誰も驚かなかった。


 そこが一番怖い。


 真壁さんが、俺と塞がった帰路を交互に見る。


「センター。どうする?」


『現在、周辺構造を再走査しています。しばらくお待ちください』


「救助は?」


『救助班は入口で待機中です。ただし、内部構造の変化が継続しているため、現時点での進入は危険と判断しています』


 つまり。


 助けに来てもらうにも、道がない。


「俺たちが出口を探すしかないってことですか?」


『既存区画との再接続地点を探索していただくことになります』


「それ、はいって言うしかないやつですよね?」


『申し訳ありません』


 今日はそういうのばかりだ。


「分かった」


 真壁さんが頷いた。


「今いる四人で移動する。ただしセンター」


『はい』


「佐倉さんに《浄化》は使わせない。何があってもだ」


「言われなくても使いませんよ!」


 思わず声が大きくなった。


「もう掃除しませんからね!」


 床に汚れがあろうが。


 壁が黒かろうが。


 スライムが粘液を撒き散らそうが。


 知らない。


 絶対知らない。


     ◇


 俺たちは、新しくできた通路へ入った。


 他に道がない以上、仕方がない。


 先頭は相田さん。


 次に真壁さん。


 俺。


 最後尾を森川さん。


 三機のドローンが周囲を走査しながら同行する。


「……気味悪いな」


 相田さんが呟いた。


「何がです?」


「綺麗すぎる」


 言われて気づいた。


 確かに。


 床には埃一つない。


 壁にも汚れがない。


 欠けた場所も、擦れた跡もない。


 まるで完成したばかりみたいに、石材の表面が均一だった。


「新しくできたからじゃないですか?」


「たぶんな」


 それから十分ほど歩いた。


 分岐。


 右。


 左。


 どちらも地図には存在しない。


『両経路とも未登録です』


「どっちだ?」


 真壁さんが止まる。


 相田さんが左右を確認する。


「足跡なし。罠反応もなし」


「魔力は?」


「ほぼ同じ」


 森川さんが答える。


 全員が黙った。


 どちらへ進んでも正解かどうか分からない。


「…………」


 俺は二本の通路を見比べた。


 右。


 綺麗な床。


 綺麗な壁。


 左も――。


「ん?」


 しゃがみ込む。


「佐倉君?」


「ちょっと待ってください」


 左側の通路。


 床の端。


 そこだけ色が違う。


 よく見ると、壁際に薄い黒ずみが残っていた。


「これ」


 指は触れずに示す。


「汚れてます」


「……それが?」


 相田さんが首を傾げる。


「こっち、元からあった通路じゃないですか?」


 三人が俺を見る。


「どういうこと?」


「新しくできたところって、ずっと綺麗だったじゃないですか」


 右側を見る。


 床も壁も新品みたいだ。


「でもこっちは汚れてる。それに――」


 少し奥を指す。


 壁の角に、小さな欠け。


 床には武器か何かを引きずったような傷。


「人が通った跡もあります」


 相田さんが目を細める。


「ほんとだ」


 奥へ数歩進んで確認する。


「擦り傷も古いな」


「既存区画が、今の通路につながった?」


 森川さんが言う。


「可能性はある」


 真壁さんがドローンを見る。


「センター?」


『映像を確認。左側経路に経年劣化の痕跡を複数確認しました』


「じゃあ左だ」


 真壁さんが決める。


 歩き始める。


 俺もついていこうとして。


「佐倉さん」


「はい?」


 相田さんが笑っていた。


「役に立つじゃん」


「掃除屋ですからね」


 戦えなくても。


 汚れなら見慣れている。


 ……今日は一切掃除しないけど。


     ◇


 左側の通路を進むほど、見慣れたダンジョンらしくなっていった。


 壁の傷。


 床の泥。


 薄い血痕。


 途中には、探索者が落としたらしい空のポーション瓶まであった。


「…………」


「佐倉さん」


「見えてません」


「まだ何も言ってないけど」


「拾いませんからね」


 相田さんが笑う。


「職業病だな」


「違います」


 本当は少し気になる。


 でも拾わない。


 今日だけは。


『前方に空間反応』


 ドローンが告げた。


「また何かできた?」


 真壁さんが警戒する。


 通路を抜けると、小さな広間へ出た。


 正面。


 豪華な装飾の施された扉がある。


「…………」


 相田さんの足が止まった。


「何あれ」


『内部に複数の物体反応』


 ドローンの走査光が扉をなぞる。


『宝箱と思われる反応を六確認』


「六」


 相田さんが呟く。


「今度は六」


「行きませんよ」


 俺は即答した。


「まだ何も言ってないだろ」


「顔に書いてあります」


 相田さんが扉を見る。


「いや、でも六個だぞ?」


「相田」


 真壁さん。


「はい」


「帰るぞ」


「……はい」


 森川さんまで、


「帰るよ」


「分かってるって」


 相田さんは何度も振り返りながら広間を離れた。


 たぶん一番ダンジョンが元気になったことを惜しんでいるのは、この人だ。


 少し進んだところで。


 ゴゴゴゴ――。


「また動いてる」


 森川さんが足を止めた。


 後ろを見る。


 今通ってきた広間の壁が少しずつ変形している。


 宝部屋の扉が見えなくなった。


「あっ」


 相田さんが悲しそうな声を出す。


「閉じた」


「残念でしたね」


「六個……」


「命と比べてください」


「分かってるよ」


 本当に分かっているだろうか。


     ◇


 さらに進む。


 幸い、《浄化》をやめてから新しい変化の頻度は少し落ちていた。


 ただし、止まったわけではない。


 遠くで壁が動く音。


 新しく生成されるモンスター反応。


 地図との不一致。


 ダンジョンは今も形を変え続けている。


『前方、既登録構造との類似度八十三パーセント』


「既登録?」


 真壁さんが顔を上げる。


『青梅第二ダンジョン第二階層北側区画と構造的特徴が一致します』


「第二階層?」


「上に戻れてる!」


 相田さんの声が弾んだ。


 俺たちは足を速める。


 角を曲がる。


 その先。


「……これ」


 俺には見覚えがあった。


 壁沿いの細い水路。


 そこを流れる、透明な水。


「ここ、俺が掃除したところです」


 森川さんが周囲を見る。


「第二検証地点?」


「はい」


 来たときは濁っていた水路。


 俺が《浄化》した場所だった。


 今ではすっかり澄み切っている。


 真壁さんが息を吐く。


「既存区画に戻った」


『登録地図との一致を確認』


 三機のドローンが同時に告げた。


『現在位置、青梅第二ダンジョン第二階層。既存帰還経路を確認しました』


「帰れる!」


 今日初めて。


 心の底からそう思った。


「急ごう」


 真壁さんを先頭に、出口へ向かう。


 途中。


 壁に大きな黒ずみがあった。


「…………」


 見ない。


 床にはスライムの粘液。


 見ない。


 隅にはポーション瓶。


 見ない。


「佐倉さん」


「何も見えてません」


「いや、出口こっち」


「あ、はい」


 相田さんに笑われた。


     ◇


 ダンジョンの入口を抜けた瞬間。


「外だ……」


 俺は思わず空を見上げた。


 明るい。


 太陽がある。


 壁が動かない。


 素晴らしい。


『探索者四名の退避を確認しました』


 三機の中継ドローンが告げる。


 入口前では、救助班と協会職員が待機していた。


「お疲れさまでした!」


 職員が駆け寄ってくる。


「全員、負傷は?」


「問題ない」


 真壁さんが答える。


「佐倉さんも?」


「戦ってませんから」


 精神的にはものすごく疲れたけど。


 振り返る。


 《青梅第二ダンジョン》。


 入ったときとは違う。


 入口の奥。


 ぼんやりしていた照明魔石が、今はかなり明るい。


 奥から、モンスターの鳴き声まで聞こえてくる。


「…………」


 俺たちは。


 あれを消しに来たはずだった。


「元気ですね」


 相田さんが言った。


「言わないでください」


     ◇


 数日後。


 俺はまた探索者協会本部の会議室に座っていた。


「最近ここによく来るな……」


 できれば、もう二度と来たくない。


 向かいに座っているのは、前回と同じ男性職員だった。


「青梅第二ダンジョンについて、再調査の結果がまとまりました」


「聞かないとダメですか?」


「一応、当事者ですので」


「俺、指定されたところしか掃除してませんよね?」


「はい」


「途中から《浄化》も使ってませんよね?」


「はい」


「核には?」


「到達すらしていません」


「ですよね」


 そこは大事だ。


「したがって、今回の件について佐倉さんに過失はありません」


「よかった」


 今回はちゃんと言ってくれた。


 職員が資料を一枚めくる。


「その上で、青梅第二の現状をご説明します」


「はい……」


「モンスター生成数は、検証前と比較して四倍以上」


「…………はい」


「宝箱の生成頻度は六倍を超えています」


「…………」


「現在までに新規区画を十一確認」


「十一」


「うち二か所は宝部屋です」


「相田さん喜びそうだな」


 職員はさらに資料をめくる。


「長期間確認されていなかったモンスターも複数種、再出現しています」


「元に戻ったってことですか?」


「それだけなら良かったのですが」


「嫌な言い方ですね」


「モンスターハウスの発生を含め、現在の活動規模は過去の青梅第二を上回っています」


「…………」


 元気になりすぎた。


「なお、内部の魔力循環については現在も安定しています」


「詰まりが取れたから?」


「現時点では、その可能性が最も高いと考えられています」


「俺、掃除しただけなんですけど」


「はい」


 職員は否定しなかった。


 むしろ、それが一番困る。


「それで」


 職員が一枚の書類を俺の前へ置いた。


「本日付で、青梅第二ダンジョンの初心者指定を解除しました」


「解除?」


「現在の脅威度を再評価した結果です」


 書類の一番上。


 変更前。


 《初心者》


 そして変更後。


 《中級》


「…………」


 俺はしばらく文字を見つめた。


「俺たち」


「はい」


「ダンジョンを消しに行きましたよね?」


「はい」


「初心者ダンジョンを?」


「はい」


 もう一度、書類を見る。


「なんで中級ダンジョンになってるんですか」


「佐倉さんの《浄化》によって、内部の魔力循環が回復した影響と考えられています」


「俺、知りませんよ?」


「はい。今回の《浄化》はすべて協会の指示下で行われています。佐倉さんに責任を求めることはありません」


「ならいいです」


 よくはない。


 ダンジョンを消しに来たのに、中級ダンジョンを一つ作って帰ったことには変わりない。


「それと、今後の《浄化》の使用についてですが」


「……まだ何かあるんですか」


「今回の検証結果をもとに、暫定的な運用基準が決まりました」


 職員が別の書類を俺の前へ置く。


「通常のゴミ回収はこれまで通り行っていただいて構いません。また、戦闘直後に生じた血液やモンスターの体液など、ダンジョン構造へ影響しないことが確認されている清掃対象については、これまで通り《浄化》を使用できます」


「じゃあ、普通の清掃仕事はできる?」


「はい」


「よかった……」


 ようやく安心できる。


「ただし」


「またそれですか」


「壁面、床、水路などに長期間蓄積した魔力残滓については、協会の許可なく《浄化》しないでください」


「…………」


「特に、ダンジョン構造そのものへ染み込んでいる汚染については、事前に測定を行います」


「つまり?」


「古そうな汚れは、勝手に掃除しないでください」


「清掃員に言うことですか、それ」


「佐倉さんの場合は」


「俺の場合は?」


「掃除するとダンジョンがどうなるか分かりませんので」


「…………」


 反論できない。


「未知の汚染物質についても同様です。異常な魔力反応や、これまでに確認されていない物質を発見した場合は、まず報告してください」


「《浄化》は?」


「許可が出るまで禁止です」


「核は?」


「絶対に触らないでください」


「それはもう俺からお願いしたいです」


 ともあれ。


 条件付きではあるが、これで清掃依頼には戻れるらしい。


 初心者ダンジョンへ行って。


 ポーション瓶を拾って。


 戦闘後の血痕やスライムの粘液を掃除する。


 古そうな汚れには触らない。


 変な染みを見つけたら報告する。


 壁も床も、少し考えてから掃除する。


「……面倒になったな」


「安全のためです」


「分かってます」


 それでも。


 ダンジョンを消したり。


 中級に育てたりするよりは。


 ずっといい。


「ああ、それと佐倉さん」


「はい?」


 職員が机の横へ手を伸ばした。


 新しいファイルを一冊取り出す。


「…………」


 嫌な予感がした。


 表紙には。


 また、ダンジョンの平面図。


「実は最近、同じように活動が低下している初心者ダンジョンがありまして」


「嫌です」


「まだ何もお願いしていません」


「もう分かります」


「今回の結果を踏まえて、一度そちらでも――」


「嫌です」


 職員は少し困ったようにファイルを見る。


「別のダンジョン、行ってみません?」


「嫌です」

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