帰宅灯返却済みは、本人帰宅確認未了のまま翌朝係へ一括移送できません
帰宅口の青い灯が、一度だけ細くまたたいた。
棚へ戻されたはずのロウナの帰宅灯だった。けれど灯の下には、まだ雨を吸った外套の裾が垂れている。門外へ出た人の外套なら、こんなふうに扉の内側で水を落とし続けない。
「返却済みです。翌朝係へまとめて移します」
翌朝係の若い係員が、青紐で束ねた札を台車に載せようとした。灯一つ、半刻賃金札一枚、薬粥鍋の保温札一枚。どれも、きれいに“返却済み”と押されている。
サラは灯の芯を指でかばった。
「灯が棚へ戻ったことと、ロウナさんが門外で名を呼ばれたことは別です」
「ですが、灯は戻りました」
「戻ったのは物だけです。濡れた外套の裾が、本人の帰着確認を待っています」
ロウナは肩で息をしながら、扉の横に立っていた。迎えの馬車灯は雨で薄く、門番の小窓は閉まりかけている。
「わたし、門の外まではまだ出ていません。薬粥の鍋を、ネリアさんに渡すまでは」
ネリアが鍋の取っ手を押さえた。鍋札には患者名欄が空いたまま、翌朝係への移送済み印だけが先に押されていた。
「この鍋は、ミナの朝の一口です。患者名を読まないまま、係だけ替えないでください」
サラは青い保留札を二枚に裂かず、三つに分けて置いた。
一枚目は帰宅灯の下へ。そこには「棚返却済み」ではなく、「門外証人待ち」と書く。
二枚目は鍋の蓋へ。「患者名読了まで翌朝台車不可」。ネリアが震える字でミナの名を添えた。
三枚目を、ルドの半刻賃金札の横へ置く。
「ルドさん。残るなら、火守りとして残る。帰るなら、帰宅灯の本人確認を受けて帰る。どちらも、晩餐会係の一括移送では決められません」
ルドは濡れた袖を見下ろした。彼の賃金札にも、すでに“翌朝係へ移送”と小さく書かれている。
「……残ります。けれど、今夜の半刻分は、俺の名で受けます。明日の分まで、まとめて働いたことにはしません」
係員の手が止まった。
門番が小窓を開け、ロウナの名を呼んだ。ロウナは外套の裾を持ち上げ、門の外の馬丁に自分の名を言わせた。青い灯は棚から外され、門外証人待ち掛けへ移った。
たった一本、灯の場所が変わっただけだった。
けれどロウナは、戻される物ではなく、帰る人として数え直された。
サラが台車の束をほどくと、奥から別の紙が滑り落ちた。
『翌朝係一括移送簿。帰宅灯返却済み者の半刻賃金札、同束処理可』
王宮翻訳室第三棚式の細い罫線が、濡れた外套の水を吸わないまま、きれいに乾いていた。




