火守り予備席への一括移送は、座る人の疲れを本人前で読んでからです
晩餐会控え廊下の床に、低い丸椅子が三脚並べられていた。
白い布をかけられ、脚を麻紐でまとめられ、背の札には同じ字で書かれている。
――火守り予備席。一括移送済み。
「火守りは名誉です。晩餐会の火を守る席に回せるなら、休憩椅子より上位でしょう」
王宮係の声は明るかった。椅子を奪う声ではなく、良い場所へ移したと信じている声だった。
サラは麻紐を切らなかった。切れば、三脚まとめて「移送不可」と書かれるだけだ。まず一脚目の布をめくる。
座面には、夜番明けの膝掛けが残っていた。端に小さなパン屑がついている。まだ食べ終えた席ではない。
「この椅子は、火を守る前に、膝を休ませる席です」
門番ロウナが油皿を抱えて立った。
「北門から戻った者が、ここで温皿を一口食べてから帰宅札を書きます。椅子がなくなると、帰ったことまで立ったまま書くことになります」
サラは一脚目の札へ青札を重ねた。
――夜番明け温皿席。火守り予備席へ未到着。
二脚目の下には、匙受けが挟まっていた。昨日、第三棚から戻したものと同じ形だ。だが端に薬粥の湯気で湿った布が巻いてある。
ネリアがそれを見て、すぐ首を振った。
「これは付き添いの椅子です。ミナさんの薬粥を見届ける人が、倒れないように座る場所です。火の近くで立つための予備ではありません」
王宮係が眉を寄せる。
「しかし晩餐会中も、薬粥は別の係が」
「別の係の名が、ここにありません」
リリアが、サラより先に言った。彼女は白札の裏を見せる。
受領者欄は空白だった。
「わたしの名で読了済みにできます。でも、座る人の疲れまでは、わたしの名で受け取れません」
リリアは震える指で、空白欄の横へ書いた。
――本人前読了待ち。付き添い休憩椅子。
その字を見て、三脚目の前にいた少年が小さく息を吸った。ルドだった。火守り手順書を胸に抱え、けれど椅子へ座らずにいる。
「ぼくの席なら、読みます」
ルドは三脚目の布をめくった。座面の高さは、彼が火加減を見るときの低い踏み台と同じだった。脚裏には、古い保守印写しが斜めに押されている。
「でも、一脚だけです。夜番明けの温皿と、薬粥の付き添い椅子を燃料にしないなら、ぼくはここで火を見ます」
サラは三枚の札を床に並べた。
夜番明け温皿席。
薬粥付き添い休憩椅子。
本人読了後の火守り控え席。
「火守り予備席という言葉は、三人分の疲れを一つにできます。でも座る膝は、一つずつ違います」
王宮係の筆が止まった。リリアがその横で、二脚分の返却線に自分の名を書き、三脚目だけにルドの読了待ち印を置く。
廊下の奥で、温皿の蓋が開いた。夜番明けの男が一口だけ食べ、帰宅札へ自分の名を書いた。ネリアは二脚目を薬粥の扉前へ戻し、ルドは三脚目に座って火守り手順書を開く。
晩餐会の火は、まだ点かない。
けれど奪われかけた二つの椅子は、誰かの膝の高さへ帰った。
サラが三脚目を裏返すと、脚裏の古い保守印写しの横に、細い転記札が貼られていた。
――晩餐会火守り予備席。第三棚席次表より転記。食事順・休憩順・帰宅順、統合済み。
サラは札を破らず、青い保留札で閉じた。
「次は、誰の順番を一つにしたのかを読みます」




