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床照合済みの角印は、サラの退職後に誰の足元を読みましたか

本火台の飾り板は、半歩だけ後ろへ下がったままだった。


 その半歩の隙間に、青紐の通路とトマの泥靴の幅と、準備係の帰宅札が並んでいる。王宮広場の白い床は、まだ祝灯式の顔をしていた。けれど、足元だけはもう「見栄えの余白」ではなかった。


 サラは、床図の裏から落ちた写しを広げた。


『旧保守印箱角印。退職後使用分。床照合責任者、サラ・ヴィント旧権限』


「旧権限って、名前じゃないですよね」


 若い準備係が、自分の帰宅札を握ったまま言った。彼の靴先は、青紐の外へ一度出かけて、戻る場所を探すように震えている。


「はい。名前ではありません。誰かが読んだことにした責任の箱です」


 サラは角印の赤を指で隠さなかった。隠せば、赤い印が何を閉じたのかも消えてしまう。


「この角印が読んだことにされた足元を、三つに分けます。薬瓶籠を持つ人の半歩幅。夜番交代の青紐通路。準備係が式のあとに帰る札。どれも、退職後の私の名で読んではいけないものです」


 トマが北門の泥を落とした布を差し出した。布には、石段の角で削れた細い泥線が残っている。


「北門の泥幅と、本火台の飾り板裏の幅が同じです。ここを白床に寄せると、灯芯箱を抱えた腕が柱に当たります」


 ネリアは薬瓶籠の取っ手を持ち上げた。瓶は空ではない。夜明け前に冷やしておく熱冷ましの瓶名札が、籠のふちで小さく鳴る。


「薬瓶を持つと、片手で壁を探せません。半歩狭いだけで、瓶を落とします」


 リリアは角印の横へ膝をついた。以前なら、妹名義の読了欄を前にしただけで肩を強ばらせていた。けれど今回は、青鉛筆を自分で握った。


「わたしは、この角印を読めません」


 彼女は、赤い印の横へ一行を書いた。


『読めない角印は読了済みにしない。リリア名義手柄欄へ移さない』


 ユリウスの側近が顔をしかめた。


「妹君が読めないと書けば、床照合は誰の承認にもならない。祝灯式の復旧が遅れる」


「遅れるのは復旧ではありません」


 サラは床図の端に、青い保留札を置いた。


『旧保守権限の足元責任、未引継ぎ。薬瓶籠半歩幅、夜番青紐通路、準備係帰宅札、読了者未確認。飾り板固定不可』


「これは、私の自己弁明ではありません。私が退職後に読めない足元を、誰かの安全確認済みにしないための札です」


 若い準備係が、喉を鳴らした。


「では、私の帰宅札も……匿名の係員ではなく、ここに置いていいですか」


「置いてください。あなたが帰る幅を、祝灯式の余白に戻さないためです」


 準備係は帰宅札の裏に、自分の名を書いた。大きな字ではない。けれど、白い床の上で消えない字だった。


 トマは泥布をその横へ重ねた。ネリアは薬瓶籠の取っ手を青紐の内側へ置いた。リリアは、読めない角印の横にもう一度、自分の名を書いた。


 半歩だけ下がった飾り板の下で、灯りが細く流れ直す。薬瓶籠を抱えたネリアが通っても、瓶名札は柱に触れない。トマが灯芯箱を持って歩いても、泥線の幅は青紐の中に収まる。準備係が帰宅札を胸に戻しても、その札はもう「通行影響なし」の外へ追い出されなかった。


 小さな報酬だった。祝灯式の白さを勝ち取ったわけではない。ただ、三人分の足元が、退職後の旧権限から返された。


 サラは角印の写しを破らず、青い保留札ごと仮保守窓口の箱へ入れた。


「旧権限は、名誉棚ではなく足元確認台へ返します。誰の足を読んだ責任かが読めるまで、完了にはしません」


 そのとき、写しの控え番号が箱の底で裏返った。


『王宮翻訳室・祝灯式安全補完棚へ写し済み。返納済み担当者一名』


 サラの名は消えていた。


 代わりに、誰でもない一名が、まだ帰っていない足元の責任者にされていた。

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