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本火台の床図は、夜勤者の足跡を余白にできません

祝灯式本火台の床図は、王宮広場の白い板の上に広げられていた。


 北門二十七番灯から伸びる細い線は、床図の端で小さく折れ、中央の本火台へ吸い込まれている。線の横には、きれいな字でこう書かれていた。


『安全余白。通行影響なし』


 トマはまだ泥のついた靴で、広場の端に立った。王宮の磨かれた床へ上がる前に、彼は足を止める。


「この余白、俺たちが帰る踏み幅です」


 祝灯式準備係が顔をしかめた。


「泥を持ち込まないでください。そこは観客導線の見栄えを整えるための余白です。夜勤者は式の時間には通りません」


「式の時間には、です」


 サラは床図へ膝をついた。白い線の幅を、指一本ずつ測る。北門の石段で見た欠け、ロウが湯冷ましを運んだときの足の向き、マリナが夜番札を押した門の内側。その三つを重ねると、床図の余白は余りではなかった。


「夜勤者は、式の前に帰ります。慈療院の湯冷ましは、式のあとにもう一度運ばれます。北門灯が本火台の床照明へ吸われるなら、ここは見栄えではなく帰る足元の予約分です」


 リリアが床図の角を押さえた。そこには、彼女の花文字に似た確認欄ではなく、旧保守印箱の角印があった。


『旧保守印箱より、本火台床照合済み』


 日付は、サラが工房の鍵を返した日のあと。


 リリアは角印を破らなかった。破れば、誰の足元を読んだことにされたのかが消える。


「わたしは、この床を読んでいません」


 彼女は青鉛筆で、角印の横へ小さく書いた。


『本人読了なし。生活影響明細未添付』


 準備係の若い男が、声を落とした。


「でも、床図には照合済みが必要です。照合済みがなければ、本火台の飾り板を置けません」


「飾り板より先に、足です」


 ネリアが、水桶ではなく布紐を取り出した。洗い場で棚の順を示す青紐だ。それを床図の上へ置き、北門線から本火台手前まで一本の細い道にした。


「ここを残せば、白床の板を全部剥がさなくても、三人は帰れます。ロウさんは湯冷ましの瓶を持っているから、幅は二足分。マリナさんは夜番交代札を胸に入れるから、灯りは左側。トマさんは二十七番灯の灯芯箱を抱えるから、段差を消してはいけません」


 トマは自分の泥のついた靴を、床図の横に置いた。王宮の床には上がらない。ただ、紙の上の余白へ靴底の幅を合わせる。


「俺の足跡を、見栄えの外側に追い出さないでください」


 若い準備係は、口を開きかけて閉じた。彼の腰にも、小さな帰宅札が下がっている。祝灯式が終われば、彼も北門を通って下宿へ戻る人だった。


「……私の帰宅札も、同じ線です」


 彼はそっと札を外し、青紐の端へ置いた。


「床照明を中央へ寄せると、裏門側の灯が一つ消えます。今まで、式が終わるころには係員が走って帰ればいいと思っていました」


「走らせないための灯です」


 サラは床図へ青い保留札を置いた。


『本火台床図。安全余白ではなく帰宅踏み幅。北門二十七番灯・湯冷まし運搬・夜番交代・準備係帰路、読了前。飾り板固定不可』


 準備係の若い男は、自分の名を札の下に書いた。小さな字だったが、逃げる字ではない。


 リリアも続けて書く。


『旧保守印箱の角印は、誰の足元を読んだ責任か未確認。わたしは手柄として受け取りません』


 広場の端で、白い飾り板が一枚だけ動かされた。全部を止めるのではない。北門線と青紐の重なる一区画だけ、板を半歩分下げる。


 そこへ灯りが落ちると、床図の余白だった場所に、細い通路が生まれた。


 ロウが瓶を抱えたまま通っても、肩が柱に当たらない。マリナが夜番札を胸に入れたまま戻っても、左側の灯で石段の欠けが見える。トマが灯芯箱を抱えても、足を置く線が消えない。


 サラは小さく息を吐いた。


 王宮広場の白さは、少しだけ欠けた。けれど、その欠けた分だけ、誰かが無事に帰れる余白ではなく通路が戻った。


 そのとき、床図の裏から薄い写しが一枚滑り落ちた。


『旧保守印箱角印。退職後使用分。床照合責任者、サラ・ヴィント旧権限』


 サラの名が、まだ帰っていない足元の上に押されていた。


 リリアが息をのむ。


 サラは写しを閉じず、青い紐の端へ重ねた。


「旧権限で読んだことにするなら、次は、その権限が誰の足元を読める場所へ返されたのかを見ます」

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