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祝灯式の白い床は、北門の泥を洗い流す前に光れません

北門二十七番灯の下で、トマは片足を止めた。


 夜明け前の石段には、乾ききらない泥が細く残っている。靴底の形が二つ。門番のものと、慈療院へ湯冷ましを運んだロウのもの。石の端だけが黒く濡れ、そこを踏めば、灯りが消えた夜には足首をひねる。


「ここを洗われると、滑った跡が消えます」


 トマは自分の靴先を布で拭かなかった。泥のついたまま、帰宅灯の下へ置く。


 祝灯式の使いが、白い樽札を差し出した。


『北門泥落とし分、白床洗浄へ転用済み。帰宅灯確認、不要』


「式の白床は王宮前に敷かれます。北門の泥など、見苦しいだけです。灯りも、本火台の床照明で代替できます」


 サラは樽を見ず、石段を見た。


 泥は汚れではなかった。誰かが帰った場所であり、まだ帰りきれていない人を数える線だった。


「白くする前に、誰の足元かを読みます」


 リリアが、花文字確認済み欄の横へ青い線を引いた。もう自分の名に似た印を破らない。破れば、帰宅灯を不要にした紙だけがきれいに消える。


 ネリアは洗い場から持ってきた水桶を、石段の上ではなく横へ置いた。


「洗う順番を変えます。先に泥を消すのではなく、帰った人と、まだ帰っていない人の足を分けます」


 彼女は細い木札を三枚並べた。


 ロウ。湯冷まし運搬、帰着未確認。


 マリナ。夜番交代、北門通過待ち。


 トマ。二十七番灯、本人確認中。


 トマは自分の札を見て、初めて息を吐いた。


「俺の泥も、不要ではありませんか」


「不要ではありません」


 サラは青い保留札を、帰宅灯の灯芯箱へ結んだ。


『北門二十七番灯。泥跡・本人帰着札・石段安全確認、未了。白床洗浄への転用不可』


 使いが眉をひそめる。


「門番一人の泥で、祝灯式の床を止める気ですか」


「一人ではありません」


 サラは石段の泥を指した。


「ロウさんの湯冷ましは、慈療院の薬に届きます。マリナさんの夜番交代は、次の灯を見ます。トマさんの足がここで滑れば、二十七番灯は『点いていた』という紙だけを残します。床を白くする水は、この三つの帰宅条件を読んでからです」


 ネリアが、水桶からほんの少しだけ水をすくった。泥の上には掛けない。石段の脇の割れ目に流し、足が乗る縁だけを確かめる。


「ここは洗う場所です。でも、跡を消す場所ではありません」


 リリアは樽札の下へ、震えない字で書いた。


『わたしは、北門の帰宅灯を不要と読んでいません。泥跡を見てからでなければ、白床洗浄確認済みにしません』


 帰宅灯が一度、弱く揺れた。


 サラは灯芯を替える。新しい灯りは大きくない。けれど、泥の縁と石段の欠けが見えるだけの明るさはあった。


 ロウが戻ってきたとき、その灯りの下で、自分の札に手を置いた。


「湯冷まし、渡しました。帰ってきました」


 マリナも門の内側から顔を出し、夜番交代札へ小さく印を押す。


 トマは最後に、自分の泥の横へ青い線を一本引いた。


「二十七番灯、本人確認中。消してから確認しない」


 白床用の樽は、まだ動かせない。だが北門の石段では、三人分の帰る足元が紙ではなく灯りの下に戻った。


 サラは転用札を封じず、写しを一枚だけ取った。


 裏には、さらに大きな図が貼られている。


 祝灯式本火台、床図。


 北門二十七番灯から伸びる細い線が、白い広場の中央へ吸い込まれていた。


 その端に押された角印は、サラが工房の鍵を返した日のあとだった。


『旧保守印箱より、本火台床照合済み』


 サラは泥の残る石段から目を離さなかった。


「次は、誰の足元を読んだことにされたのかを見ます」

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