洗い場係一名の番表は、ネリアの半日賃金と乾燥順を名無しにできません
慈療院の裏洗い場では、第三乾燥棚の前に小さな木箱が置かれていた。
箱の札には、黒い筆で短く書かれている。
――洗い場係一名、半日分戻入。
ネリアはその札を見た瞬間、赤く荒れた指を布の中へ隠そうとした。
「わたしの、です」
声は小さかった。けれど、サラは聞き返さなかった。聞き返せば、紙のほうが大きな声を出してしまう気がしたからだ。
第三乾燥棚には、朝薬に使う湯瓶布が三枚、まだ少し湿ったまま掛かっている。いちばん端の布には、ネリアが夜明け前に縫い直した青い糸が残っていた。
床灯拭きの替え布も、棚の下に丸められている。これが乾かなければ、薬棚の前の小灯は曇ったままだ。灯が曇れば、ミナは瓶の名を読み間違える。
「一名、ではありません」
リリアが、先に口を開いた。
彼女は確認済みの紙には触れず、乾燥棚の順札を一枚ずつ読んだ。
「一段目、朝薬布。二段目、床灯拭き。三段目、ネリア・ロウズ、湯瓶時刻札確認」
ネリアの肩が小さく揺れた。
自分の名を読まれたからではない。自分の仕事が、棚の順番ごと読まれたからだ。
トマは木箱から半日賃金札を取り出し、裏を見た。
「戻入箱へ入れる時刻が、一刻早い。湯瓶を渡す時刻より前だ」
ルドが湯瓶時刻札を並べた。
「湯瓶はまだ渡っていない。床灯もまだ拭き終えていない。なのに賃金だけ先に戻っている」
サラは、番表の空いた欄を埋めなかった。
青い保留紐を三本通し、欄の横へそれぞれ短く書く。
本人名未到着。
賃金未完了。
乾燥順未完了。
「犯人の名を書く欄ではありません」
サラは木箱の戻入口から半日賃金札を外し、第三乾燥棚のネリアの名札の下へ仮留めした。
「この札は、ネリアさんが湯瓶を渡し、床灯を拭き、朝薬の布を乾かした仕事の札です。本人名と乾燥順が到着するまで、戻入済みにできません」
ネリアは濡れた布で指を拭き、震える字で名札の下に一行を足した。
わたしの手で乾かした順を、一名で閉じないでください。
リリアはその字を最後まで見てから、別の紙を裏返した。
そこには、きれいな花文字でこうあった。
祝灯式洗浄担当一名、リリア名義確認済み。
時刻は、洗い場の番表より一分早い。
ネリアの半日賃金が戻入箱へ落ちる前に、ネリアの仕事はもう、祝灯式の清め水へ名前を失って運ばれていたことになる。
リリアは紙を破らなかった。
破れば、なかったことにされる。
彼女は震える指で、花文字の下に青い線を引いた。
「わたしは、ネリアさんの仕事名を読みました。読んでからでなければ、確認済みにはしません」
第三乾燥棚の下で、床灯が一度だけ薄く光った。
乾いた布を待つ灯りだった。
その灯りの横で、サラはもう一枚の写しを見つけた。
王宮翻訳室第三棚。
そこにも、同じ時刻の一分前の印が押されていた。
清め水、確保済み。
だが、まだ誰の湯瓶から取った水なのかは、どこにも書かれていなかった。




