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清め水、確保済みは、ミナの薬匙を夜明け前に乾かしていません

慈療院の薬棚前では、床灯の硝子が白く曇っていた。


 ミナは白布の上へ、小さな薬匙を置いた。匙の先に残った水が、柄に刻まれた薬名の一文字目をにじませる。


「これが乾かないと、半匙なのか一匙なのか、朝の目では読めません」


 声は責めるためではなく、間違えたら自分の体に戻ってくる量を知っている人の声だった。


 ネリアは第三乾燥棚から湯瓶の内布を一枚外さずに持ち上げた。まだ芯が冷たい。床灯拭きの布も、棚の下で湿ったまま丸まっている。


「昨夜の順では、先に薬匙、次に湯瓶、最後に床灯でした。清め水に回す余りは、まだありません」


 ユリウスの使いは、薬棚の前に置かれた桶札を示した。


『清め水、確保済み。祝灯式洗浄担当一名、リリア名義確認済み』


「確保済みなら、使用先は決まっています。儀礼前の洗浄水を現場判断で止めるのは――」


「現場判断ではありません」


 リリアが、桶札の花文字を見た。自分の名に似た線を、今度は破らない。破れば、水がどこから消えたかも消える。


 彼女は濡れた薬匙を見て、指を止めた。花文字の上へ落ちかけた水滴を、白布の端で受ける。


「わたしの名で確保済みにされた水が、ミナさんの薬匙を乾かす前なら、わたしはまだ読んでいません」


 サラは桶を奪い返さなかった。


 薬棚の前に浅い皿を三つ並べる。一つ目には薬匙を置く白布。二つ目には湯瓶の内布。三つ目には床灯拭き。


「この水は、まず薬匙を乾かす分です。次が、湯瓶の温度を戻す分。最後が、床灯を拭いて薬名を読めるようにする分。祝灯式へ回せる水は、この三つが終わったあとにだけ、余りとして数えます」


「儀礼の清めを、余り物扱いする気か」


 ユリウスの声が低くなる。


「違います」


 サラは三つの皿の横へ、青い保留札を置いた。


『清め水影響一。夜明け薬匙、乾燥未了』


『清め水影響二。湯瓶内布、温度未了』


『清め水影響三。床灯拭き、薬名読了未了』


「清めるという言葉を、誰の朝から水を取るかを書かずに使わせないだけです」


 ネリアは自分の半日賃金札ではなく、ミナの薬匙の白布を押さえた。


「わたしの洗い場仕事は、祝灯式の床を白くするためだけじゃありません。ミナさんが朝、薬の名を読めるところまでです」


 ミナが、乾き始めた薬匙をそっと持ち上げた。床灯の硝子を拭くと、小さな灯が澄み、薬棚の札が一列だけ明るく浮く。


「……ミナ、夜明け薬。半匙」


 彼女は自分の薬名を一字ずつ声にした。


 誰かの手柄ではなく、朝に間に合った名前だった。


 リリアは桶札の花文字の下へ、青い線を引いた。


『夜明け薬匙・湯瓶・床灯拭き未読。本人および生活確認者読了まで、清め水確保済みにしない』


 使いは唇を噛み、別の写しを差し出した。


 王宮翻訳室第三棚の印。今度は、番号が一つ進んでいる。


『祝灯式洗浄水標準化・第七四号。水量、儀礼順、確認済み』


 サラは写しの下を見た。


 薬匙が乾いたか。湯瓶の布が冷え切っていないか。床灯で薬名が読めたか。


 その欄は、どこにもなかった。

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