第八話 男の人って、やっぱりこういうの好きですよね
そのあと。
しろさんは――
突然ダッシュした。
「ちょっと待ってください!」
そう言い残して、面会所をものすごい勢いで飛び出していった。
(えっ!?)
私はポカンと見送るしかない。
(……逃げた?)
いやいや。さすがにそれはないよね。
たぶん。きっと。おそらく。
そして数分後。
ガラッ!!
また引き戸が開いた。
しろさんが帰ってきた。
しかも息を切らしている。
「きょ、許可もらってきました!」
「許可?」
「上官の伊吹中尉に!」
(あ、伊吹さん……)
どうやら本当に走って許可を取りに行ってくれたらしい。
(……三角関係のことは黙っておこう)
そして私は――
そのまま飛行場の中を案内してもらうことになった。
基地の中は思っていたより広かった。
滑走路の脇には、土で半分埋めたみたいな建物がずらっと並んでいる。
「あれ、なに?」
「掩体壕です。飛行機を空襲から守るための」
「へぇー……」
さらに歩いていくと、今度はコンクリートで覆われた格納庫に入った。
そして。
そこにいた。
――飛行機。
私があの日見たのと同じ、あの戦闘機。
尖った機首。
細くて長い機体。
フカみたいな飛行機。
翼の上は緑色で、下は銀色。
私はあの日、灰色だと思っていたけど、近くで見ると金属みたいに光っていた。
「飛燕です」
しろさんが言った。
掩体壕の中では、何人かの整備兵さんたちが作業をしていた。
私たちが近づくと、みんな手を止めて敬礼する。
しろさんも敬礼を返した。
私は――
「ぺこっ」
とりあえずお辞儀。
整備兵さんたちは敬礼からなおると、すぐに作業に戻った。
私は飛行機を見上げながら言った。
「これが……あの時の」
しろさんは隣で頷く。
「そうです。あの時の機体です」
それから少し誇らしそうに続けた。
「フィリピンで受領してから半年くらい、ずっとこれに乗ってます。突っ込みも効きますし、手足みたいに動いてくれる、いい飛行機ですよ」
そう言いながら、機首のあたりを手で撫でた。
なんだか――
大事な馬とか犬とかを撫でてるみたいな感じだった。
信頼してる相棒って感じ?
「一昨日の夜の戦闘で過給機が被弾して、エンジンが止まってしまって……」
「え!?」
私は思わず声を上げた。
「大変なことになったんですが」
しろさんは笑う。
「こいつが頑丈だったおかげで、帰ってこられました」
そして整備兵さんたちの方を見る。
「昨日のうちに修理も終わって、もう飛べます」
(よかった……)
なんだか私までほっとした。
しろさんはそれから棚の上からハンドルみたいなものを取り出して持ち上げた。
「これはエンジン始動用のハンドルです」
機体の横を指差す。
「ここに差し込んで、ぐるぐる回して、操縦席からスイッチを入れるとエンジンが始動します」
説明しているしろさんは、さっき面会所でおはぎを詰まらせていた人と同じとは思えないくらい楽しそうだった。
男の子、って感じ!
私もつられて笑う。
そして飛行機の近くまで歩いて、しろさんの隣に立った。
「高く飛べる?」
私は顔を覗き込んで聞く。
「もちろん」
しろさんは少し空を見上げた。
「でも九千メートルくらいが限界ですね」
「きゅ、九千!?」
「そこまで行くと空気が薄くて、ふらふらします。飛んでるだけで必死ですよ」
それから、少しだけ微笑んだ。
「でも、その時の空はどこまでも青いんです」
……想像してみる。
ものすごく高い空。
真っ青な世界。
「いいなあ」
思わず言ってしまう。
「私も飛んでみたい!」
すると、しろさんは笑った。
「綺麗ですけど、零下四十度くらいの世界です」
「……」
私は目を閉じて、自分の体をぎゅっと抱きしめた。
「やっぱりいい」
そして二人で笑った。
そのとき。
「あれ?」
私はふと気づいた。
操縦席の横に、白い星が並んでいる。
しかも――
いっぱい。
「ねえ」
私は指差した。
「そこの白い星、なに?」
その瞬間。
しろさんの顔が、さっと曇った。
「それは……」
言葉が止まる。
近くで作業していた整備兵さんが振り返った。
それから私としろさんを見て、少し迷った顔をして――
言った。
「撃墜マークですよ」
「え?」
「一つで敵機一機撃墜です」
私は目を丸くした。
「え、これ全部そうなの!?」
慌てて数える。
「何個あるの!?」
整備兵さんは少し誇らしそうに答えた。
「二十六個です。本田軍曹殿は大型機を四機、小型機を二十二機撃墜されています」
「……」
私はゆっくりしろさんを見る。
「……ほんとに?」
そして思わず言った。
「しろさん、すごい!」
でも。
あれ?
しろさんは、ちっとも嬉しそうじゃなかった。
整備兵さんは続ける。
「本田軍曹殿は凄腕の撃墜王なんです。第百九十一戦隊の誇りです」
だけどしろさんは、眉をひそめた。
「こんなの、やめようって言ったんですが」
静かな声だった。
「戦果は本来、みんなのものです。個人のものじゃなかったはず」
白い星を見上げる。
「でも先月から、士気向上のためってことで……こんな印をつけることに」
私はもう一度、その星を見た。
二十六個。
さっきまで「すごい!」って思ってたのに。
なんだか――
胸の奥が、少しだけ重くなった。
隣で。
しろさんは黙って、飛行機の機首をもう一度撫でていた。




