第九話 善処は……しません!
翌日、月曜日の昼休み。
私は桃子と二人で、校舎の屋上にいた。
湊高等女学校の屋上は、ちょっとした秘密基地みたいな場所だ。
寒い冬もようやく終わり、風が気持ちいいし、空もよく見える。
だから私たちはよくここでお弁当を食べる。
いつもは三人で食べてたんだけど……桜、早く良くなるといいな。
……でも今日は。
当然ながら。
話題は――、昨日のことだった。
「しろさんて……犬じゃないんだから」
桃子が呆れた顔で言った。
私はむっとする。
「いいでしょ!」
お箸を持ったまま言い返す。
「しろさんはしろさんだよ!」
さらに続ける。
「それに本人がいいって言ったんだから、いいの!」
少しだけ膨れてから。
私はなんとなく空を見上げた。
春の空は青い。
昨日しろさんが言っていた言葉を思い出す。
――九千メートルの空は、どこまでも青い。
それから、ぽつり。
「彼女いないって言ってた……」
桃子が箸を止めた。
「紀依さ——」
「うん?」
「——いきなり面会に行ってよく聞けるね」
「え?」
「普通さ、もうちょっとこう……」
桃子は箸で空中に円を描いた。
「そっと探ったりするものじゃないの?」
私はきっぱり言った。
「聞くでしょ」
「え」
「大事なことだよ」
桃子がちょっと引いた顔をした。
「そ、そっか……」
私はお弁当の卵焼きを食べながら考える。
しろさんの顔を思い出す。
ちょっと長めの髪。
真面目そうな目。
「陸軍の軍人さんなのにさ」
私は言った。
「髪も長くて、なかなかハンサムだし」
「へぇ」
「真面目そうだし」
「ふーん」
「いい人かも」
そこまで言ってから、ちょっと首をかしげた。
「でもさ」
「うん?」
「ときどき、ちょっと怪しいんだよね」
「怪しい?」
「うん」
なんでだろう。
面会所でも、飛行機の前でも。
時々、急に固まるというか。
桃子が目を細めた。
そして、すごく疑わしそうな顔で私を見た。
「それさ」
「うん?」
「紀依がいつもみたいにベタベタくっついたんじゃないの?」
私は固まった。
「うっ」
桃子が即答する。
「図星か」
私は慌てて弁解する。
「ち、違うよ!」
「ほんと?」
「ほんと!」
……たぶん。
いや、ちょっとは。
「ちょっとだけ!」
桃子はため息をついた。
「軍人さん可哀想に……」
「可哀想じゃない!」
私は反論する。
「ちゃんとおはぎもあげたし!」
「問題そこじゃないと思う」
桃子は冷静だった。
私はもう一度空を見上げた。
青い空。
あの飛行機。
飛燕。
それから、操縦席の横に並んでいた白い星。
二十六個。
……あの時の、しろさんの顔。
ちょっとだけ胸がきゅっとする。
でも。
それでも私は、にやけてしまう。
だって――
(また行っていいって言ってくれたし)
私はお弁当を閉じながら言った。
「今度また会いに行く」
桃子が即答した。
「また面会?」
「うん!」
「今度は距離をとりなさい」
「善処します」
そう言ったら。
桃子はしばらく黙ってから、ぽつりと言った。
「……それ、もう善処しないやつでしょ」




