愛する者の名は、クーリア・ジェニスター
本編における、最後の清掃対象――
俺はとにかく急ぎ、真夜中のファインズ公爵邸へとたどり着いた。
全員眠っているはずの屋敷だが、どこかからか騒ぎ立てる声が聞こえてくる。
(まさかとは思うが、本当にクーリアの奴が早まった真似を……?)
勝手ながらも、俺は密かに屋敷の中へと入らせてもらう。
もしもこの騒ぎが俺の想像通りのものならば、下手に俺が来たことはバレないほうがいい。
そして静かに屋敷の奥へと進んでいくのだが――
「私は! お掃除で! シケアル殿下を! 人を! 殺してしまったのです! もう! 私が皆様の傍にいる資格は! ないのです!」
「そんなことありませんわ! わたくし達は今でもクーリアを――」
「それ以上! 詭弁は聞きたくありません! お願いです! 早々にこの部屋から……出て行ってください!!」
――俺の嫌な予感が的中する結果が、目の前で起こっていた。
開かれた扉の向こうの部屋で、クーリアとココラルが激しく言い争っているのが見える。
クーリアの方は箒天戟を手に取り、その矛先をあろうことか主のココラルへと向けている。
目も異様に見開かれており、普段のクーリアからは想像もできない形相だ。
まさかとは思ったが、どうやらクーリアは兄貴を殺してしまったことに責任を感じ、自殺を目論んでいたようだ。
俺の自殺は止めたのに、自らが自殺しようとするとは、なんとも勝手な話だ。
(悪いが俺の時と同じく、お前も死なせねえよ。クーリア)
状況を理解した俺はそのまま部屋の方へ進んでいく。
「そこをどけ。ココラルの嬢ちゃん」
そして入り口にいたココラルを軽く押しのけ、クーリアの前まで躍り出ると――
パシィン!
――クーリアの頬をひっぱたいた。
「いい加減にしろよ、クーリア。お前、今自分がどれだけ勝手なことをしてるか、理解してんのか?」
「マ、マリアック……」
クーリアはいきなり俺が現れたことに驚き固まっているが、俺はそんなクーリアの姿もお構いなしに話を続ける。
「さ、下がってください! マリアック! 私はもう死ぬことでしか、この罪を償える気が――」
「お前は本当にどこまで馬鹿なんだ? お前が『シケアルの兄貴を殺したこと』を罪とするのは勝手だが、俺にとってはそれ以上の罪がお前にある」
クーリアはなおも混乱したまま俺を跳ねのけようとするが、そんな言葉も俺は遮りながらこちらから話す。
最初にクーリアへ食らわせたビンタといい、乱暴な物言いといい、少々やり方が荒いことは覚悟の上だ。
だがこうでもしないと、今のこいつは止まらない。
そう思った俺は自らが思うがまま、クーリアの体を優しく両腕で包み込みながら語り掛ける――
「あの燃え盛る教会で死ぬはずだった俺を、お前は生かした。俺にとってはそれがお前の最大の罪だ」
――そして言葉ではクーリアの罪を咎めながら、感謝を込めて言葉を紡ぐ。
「あの時死ぬはずだった俺を生かしておいて、自分は勝手に死ぬだって? ふざけんのも大概にしろ」
「で、ですが、私は<清掃用務員>としての大罪を犯しました。そもそも、私が殺してしまったのはマリアックの兄上であるシケアル殿下で――」
「ハァ……本当に馬鹿で強情な女だ。だったら、この俺が『ウォッシュール王国第二皇太子』であるフェイキッド・スクリームとして、お前の罪に対する罰を与えてやるよ――」
ここまで馬鹿正直に己の誇りを曲げないのは、ある意味尊敬できる。
だがここは俺のワガママとクーリアのためを思い、『ウォッシュール王国第二皇太子に戻った』という嘘を交えながら、その本心を打ち明ける――
「生きろ。これからも俺と一緒に生き続けろ。それがお前への罰だ」
――我ながら臭いセリフだとは思うが、それ以上の言葉が浮かばない。
俺と一緒に生きてほしい。今の俺にとってはクーリアのいない世界なんて考えられない。
そんな俺の言葉を聞いたクーリアは持っていた箒天戟を床に落とし、呆然と立ち尽くしたまま俺に抱きかかえられている。
「お前が<清掃用務員>であることに、ありえねえほど誇りを持っていることは知ってる。その上で俺はお前に『生き続ける』ことを罰として与える。勝手に死ぬことなんて、絶対に許さねえ」
俺は言葉では怒っているが、クーリアのことを心から心配して語り続ける。
クーリアの方も俺の気持ちを感じ取ったのか、落ち着きを取り戻しながら言葉を紡いでくる――
「私は……生きていても良いのですか?」
「むしろ、生きていてくれないと困る。お前を慕う人間が大勢いることを、忘れたんじゃねえだろうな?」
「……そもそも、マリアックは今の今まで死んだことになっていました。そんなに早く『ウォッシュール王国第二皇太子』としての権限を、復活させることができるのですか?」
「いや、できねえな。さっきのは俺の嘘だ」
「……マリアックは本当に嘘つきですね」
「嘘で塗り固められた"フェイキッドの亡霊"だからな。だが、以前にお前も童話の『フェイキッドの亡霊』を読んだ時に言ってただろ? 『教訓のようにためになるなら、それは嘘でも構わない』ってなことをよ?」
――思い返せばなんともこっぱずかしい物言いだが、クーリアが冷静さを取り戻していくのが、その言葉だけで分かる。
そして近くにいたココラルと共に、俺はクーリアへ改めて本心を打ち明けた――
「クーリア。わたくしもあなたに生きてほしいのですわ。家族に死なれるなんて、これ以上悲しいことはありませんのよ?」
「俺からも頼む。生きてくれ、クーリア。友人として、これからも俺の傍にいてくれ」
――その言葉を聞いたクーリアは、大量の涙を流しながら地面へと崩れ落ちた。
「ココラルお嬢様ぁ……! マリアックゥ……! 本当に……本当に申し訳ございませんでしたぁ……!」
ココラルと俺の言葉は、しっかりクーリアに届いてくれた。
なんとも人騒がせな奴だったが、こいつは元々それほどまでに強い誇りと責任感を持っている。
――それこそが俺の愛する女、クーリア・ジェニスターだ。
「へへっ。本当に手間を掛けさせてくれるぜ……」
「本当に困った従者なのですわ。……それにしても、フェイキッド様はよくここに駆け付けてくださったのですわ」
「まあ、俺もこいつのことが心配だったからな」
「本当にそれだけですの? 何やら、それ以外の何かも感じますの。もしや、フェイキッド様はクーリアのことを――」
「う、うるせえ! それ以上余計なことを言うな!」
そうしてクーリアが自殺を思いとどまってくれたところに、ココラルがニヤけながら茶々を入れてきた。
どうにもココラルにも俺の気持ちはバレているらしく、俺も思わず動揺してしまう。
あらゆる演技が必要なくなった今の俺だが、これまでずっと隠し続けていた分、本当の感情がうまく隠せなくなってしまったようだ。
もっとも、俺はそれで構わない。
今こうしてクーリアが無事でいてくれたことに比べれば、俺の感情なんていくらでも晒せる。
そして落ち着きを取り戻したクーリアは、いつもの調子で俺とココラルに頭を下げてきた――
「ココラルお嬢様、マリアック。こんな馬鹿な私ですが、どうかこれからもよろしくお願いします」
――『言われるまでもない』といった話だし、こちらの方こそよろしく願いたい。
俺もココラルもクーリアも、三人とも笑顔でそれぞれの気持ちを表し合った。
――こうして、クーリアが最後に自らを掃除しようとしたのも、無事に止めることができた。
それでも、これで俺達の物語が終わったわけではない。
ここが誰かの作った物語の世界であっても、俺達の現実はこれからも続く。
何より俺には、クーリアにまだ伝えられていないことがある。
今はもう少し様子を見て、クーリアが日常を取り戻してくれるのを待つ。
だがそうして日常が戻った時、俺は今度こそこの胸に秘めた気持ちを伝えきる。
今は『マリアック』とこれまでの呼ばれ方を続けているが、それだって俺が本当に望む言葉に変えたい。
俺の本名――『フェイキッド・スクリーム』。
だがそこに『様』などつけず、『フェイキッド』と呼び捨てで愛する者には呼んでほしい。
それらの告白は、そう遠くない未来に俺の方から必ず行う。
俺が愛する者、クーリア・ジェニスターに――
これにて番外編「Episode of Absolute Actor」も完結です。
今まで本当にありがとうございました――
――と、言いたいところですが、まだ一話だけ続きます。




