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時間を望む皇太子

フェイキッドとクーリアが分かれた後。

最後の清掃対象との間の出来事。

「あーあ……。本当になんにも残ってねえや。全部炭になっちまったなー……」


 クーリア達が帰るのを見送った後、俺は学園の敷地内の教会があった場所に一人来ていた。

 クーリアを隠れ家に運んだ時から、俺はここの様子がずっと気にはなっていた。

 なんだかんだで俺の思い出が詰まっていた場所だが、ものの見事にすべて焼け落ちている。

 自分がやったこととはいえ、なんともむなしい光景だ。


「クーリアのことは気になるが、俺がいてもどうにもならねえよな……」


 そんな焼け落ちた教会を見ていると、クーリアのことも心配になってくる。

 ここはクーリアとの思い出も詰まっていただけに、どうしても気になってしまう。


 だが今のクーリアに必要なのは、俺の存在じゃない。

 ファインズ公爵やココラルといった、家族の存在だ。




「フェイキッド。どこに行ったのかと思ったが、ここにいたのか」

「親父……」


 そんな一人でたたずむ俺のもとに、親父がゆっくりと近づいてきた。


「包囲させてた連中のことはもういいのか?」

「そっちはそっちでクッコルセとスミスピアに任せてある。吾輩とて、十年ぶりに我が子と二人きりで話をしたい」


 親父は俺の近くまで来ると、近くの岩の上に座るように案内してきた。

 俺と二人きりで話をしたいそうだが、俺も親父とはずっと話がしたかった。


 俺は親父の案内通り、岩の上に腰かけて親父と横に並ぶ。


「もう十年か……。本当に大きくなったな、フェイキッド。こうして成長したお主に会えるとは、夢にも思わなかったぞ」

「う、うるせえ。人の頭をなでるな。お、俺だって十年前よりは成長してるんだぞ?」

「親から見れば、我が子はいつまでも子供だ。ガハハハッ!」


 親父は幼いころと同じように、俺の頭をワシャワシャとなでてくる。

 十年前と同じように扱われるのはむず痒いが、そこまで悪い気もしない。




 ――俺だって十年ぶりに親父とこうして接することができて、本当は嬉しい。




「ところでフェイキッドよ。お主はこれからどうするつもりだ?」

「どうするつったって……兄貴が死んだ今、俺が皇太子に戻らねえと、親父の立場だってあんだろ?」

「まあ、このままだと世継ぎがいなくなるからな。吾輩も本心を言えば、お主に王室へと戻ってきてほしい。だが『十年前に死んだはずの第二皇太子が実は生きていた』などという話、そう簡単に説明はできまい」


 やはりそうなるとは思っていたが、親父は俺に皇太子に戻ってほしいようだ。

 そうは言っても、本来俺は『十年前に死んだことにされた』人間だ。急に現れたとて、素直に受け入れられるとは思えない。


「まあ……時間がかかっても、俺は王室には戻るさ。正直、礼儀作法とか全然分かんねえけど」

「昔は素直な子供だったのに、随分とやさぐれたものだ。まあ、シケアルに十年も縛り付けられていては、いたし方あるまい。……心はシケアルよりも、はるかに高貴なものだがな」


 その後も俺と親父は何気ない会話を続ける。

 その中で死んだ兄貴の話題も出てくるが、親父は特に言及しなかった。

 親父にとっても兄貴がこれまで裏でしていた横暴は許せないらしく、兄貴が死んでしまったことで俺やクーリアを責めるつもりは毛頭ないらしい。

 そこは父親でありながらも、国王である親父の立場もあるのだろう。


「それにしても、お主がシケアルの傍にいたことは、ある種の幸いだったのやもしれぬ。お主がいたからこそ、クーリアを始めとした民への被害を抑えることもできた」

「俺に感謝とかいらねえから。俺が兄貴に関与したのは事実だし、それに……」

「ん? 『それに』どうしたのだ?」


 俺は親父に話そうとした言葉を、寸前のところで飲み込んで止めた。

 俺が言おうとしたのは、『この世界が物語の世界で、俺はその物語の言いなりになっていただけ』ということ。

 この事実はあまりに衝撃的すぎるため、いくら親父相手でも言いよどんでしまう。




「……フェイキッドよ。お主はもしかするとシケアルのことで――いや、もしかすると『この世界の重大な何か』を知ってしまったのではないか?」

「な、なんでそんなことが分かんだよ!?」

「ガハハハッ! <アブソリュート(完璧なる)アクター(役者)>と言っても、咄嗟の演技は苦手なようだな。自分から認めてしまっておるぞ?」

「あっ……」


 どうやら親父には俺の考えが読まれているようで、一本取られてしまった。

 十年経っても俺は親父の息子。これはどうにも敵わない。


「なに、吾輩もカマをかけただけだ。お主が言いづらいならば、無理に言う必要もない」

「本当に食えねえ親父だぜ……」

「ただ、お主が別に言いたいことややりたいことがあるならば、遠慮なく言え。十年間満足に聞けなかった我が子のワガママぐらい、吾輩だって聞いてやりたい」


 とにかくコワモテの親父だが、こういうところは昔から優しい。

 まだ甘えたい盛りの時に親子の仲を引き裂かれた俺だって、その時間を取り戻す意味でも親父に甘えたい。




 ――俺にも親父に言いたいワガママはある。

 ただそれは親父とのことではない――




「……なあ、親父。俺が王室に戻るのを、もう少しだけ待ってもらうことってできるか?」

「もう少しも何も、必要ならばいつまでだって待ってやる。もうすでに十年も待ったのだ。それも本来ならば、叶わないはずの願いをな」

「だったらさ……俺、告白したい相手がいるんだよ」

「……成程。クーリアのことか」


 少し話しただけだが、親父には俺の考えが筒抜けのようだ。


 いずれ俺は王室に戻り、兄貴に代わって第一皇太子になる必要がある。

 でもその前に、俺はどうしてもクーリアにしっかりと告白をしたい。


 前日の寝る前にした約束を、なんとしても果たしたい。

 『俺が本当に好きな相手』を、クーリアに直接伝えたい。


 そんな気持ちを秘めながら、俺は立ち上がって親父にその決意を語る。


「俺はまだまだ未熟で、クーリアの隣にいるのにふさわしい人間だとは思えねえ。だけど、俺がクーリアに認めてもらえるぐらい立派な男になったら、俺は王室に戻る」

「ガハハハッ。なんとも慎重な息子だ。安心しろ。これまで十年間耐え続け、正しき心を持ち続けてきたお主は吾輩にとっても自慢の息子だ。今更臆することなどない」


 俺のその決意を聞くと、親父も立ち上がって俺に笑顔で語り掛けてくる。


「何よりも、お主がクーリアのことを本気で愛しているならば、今やるべきことがあるはずだろう?」

「俺にやるべきこと?」

「ああ。クーリアは今回の一件でひどく心を病んでいる。それは吾輩から見ても一目瞭然だ。そんな愛する女が落ち込んでいて、傍にいないと男が廃るぞ?」

「だ、だけどよ……」


 どうやら親父は俺に、クーリアを慰めに行かせたいようだ。

 そんな親父のアドバイスを聞いても、俺はしり込みしてしまうが――




「行ってこい、吾輩の自慢の息子よ。お主は決して未熟ではない。『己が未熟さを理解している』ことこそ、未熟を抜け出した者の証だ。そんなお主ならば、クーリアの心も射止められる。アトカルやココラルといったクーリアの家族だけでなく、お主のような『友人にして愛してくれる者』の存在もまた、今のクーリアには必要だ」




 ――親父は俺の肩をたたきながら、俺の気持ちを後押ししてくれた。

 十年ぶりの親父との会話だが、その一言で俺の心は前に進める感じがした。




 ――どうにも父親というのは偉大だ。

 俺はまだまだガキであることを理解するが、それでも勇気が湧いてくる。




「……ありがとうな、親父。まだ時間はかかるかもしれねえけど、ちょっとの間、国王を引退するのは待っててくれ」

「ガハハハッ! いくらでも待つと言ったであろう? 吾輩とて、まだ齢十七の息子に心配するほど老いてはおらぬ! 吾輩のことなど気にせず、クーリアのもとに行ってやれ!」

「ああ!」


 俺は親父の後押しもあり、ファインズ公爵邸へと駆け出した。


 クーリアと別れた時から、本当は不安で仕方なかった。

 だが俺は臆病にも、一緒にいることを怖がってしまった。


 ――それでも親父の言葉のおかげで、俺は前へと踏み出せた。

 思えばこうして親父と親子として再会できたのも、クーリアのおかげだ。

 クーリアに伝えたい思いは山ほどある。クーリアを心配になる理由は腐るほどある。


 俺はとにかくファインズ公爵邸へと急ぎ、クーリアの様子を確かめに向かう。

 兄貴と戦う時だって俺を支えてくれたクーリアだが、別れた間際の姿はどこか消え入りそうだった。




「待っててくれよ、クーリア! 俺はまだお前に伝えたいことがあるんだからよ!」




 ――俺が愛した初恋の相手の支えに、今度は俺がなる番だ。

フェイキッドが最後の清掃対象と相まみえる時――

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