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誇りを失いし清掃用務員

シケアル戦のその後。

「おわっ!? おわわわっ!?」

「マリアック!?」


 兄貴の<暗黒魔法>が消えたことで、俺を縛り付けていた触手も消え、宙へと投げ出される。

 すぐさまクーリアが真下に駆け込んで受け止めてくれたが、俺の体は触手の締め付けでボロボロだ。


「ハァ……ハァ……。や、やったんだな……クーリア……」

「はい。これで"汚れ"の元は絶ちました」


 俺はクーリアに肩を支えてもらいながら、状況を確認する。

 クーリアも完全な勝利を確信しているらしく、自信をもって声をかけてくれた――




「これにて完全に……清掃業務完了ミッションコンクリーニングです」




 ――清掃業務完了ミッションコンクリーニングという言葉の意味はよく分からないが、とにかくこれで終わったことは確かなようだ。

 もうクーリアの突飛な発言にも慣れてきたので、なんとなく理解はできる。


「本当にようやく……これで全部終わったんだな」

「はい。これでこのシケアル殿下が起こした"汚れ"騒動は終わりです」


 クーリアの言葉の通り、兄貴が作り出した<征服・魔王オーバーカミング・サタン>の領域展開も解除されていき、誓いの大樹周辺の景色も元に戻って行く。

 すべての元凶であった兄貴から<暗黒魔法>が抜け落ちたことで、その力も失われているのが分かる。


 ――思えば長かったものだ。

 十年前に兄貴によって『フェイキッド・スクリーム』としての存在を殺され、『マリアック・アリビュート』や"フェイキッドの亡霊"として生きることを命じられ、ただ暗躍の道具として使われてきた。

 そのまま誰にも本当の自分を明かせずに生涯を終えるものと思っていたが、クーリアがいたおかげですべてが変わった。

 クーリアとシケアルの兄貴という、二人の異世界転生者。

 同じ異世界転生者のはずなのに、対極の道を歩んだ二人。


 この世界は誰かが作った物語をベースにしているらしいが、この世界で生きる俺達にとっては紛れもない現実だ。

 どうにかして物語の通りに動かそうとしていた兄貴の<暗黒魔法>もなくなり、この世界は再び本当の意味での日常に戻るのだろう――




(……ん? まてよ? 兄貴から<暗黒魔法>がなくなったってことは――)


 ――だがここで、俺はある可能性に気付く。

 兄貴は『<暗黒魔法>を自身と同化させるレベル』にしたと言っていた。

 そうなるとクーリアによって<暗黒魔法>を掃除された兄貴は――






「グ、グァア……グオォアァアアアァ!!??」

「シ、シケアル殿下!?」


 ――俺の予感は的中してしまった。

 兄貴は激しいうめき声をあげ、喉元をかきむしりながら苦しんでいる。

 そんな兄貴の様子を見て、クーリアもひどく焦っている。


「な、なぜですか!? なぜシケアル殿下があんなに苦しんでおられるのですか!?」

「……おそらくだが、兄貴は自分でも言っていた通り、『<暗黒魔法(汚れ)>を自身と同化させるレベル』まで磨き上げていた。だから、兄貴自身が掃除されれば――」

「シケアル殿下ご自身も……消えてしまう……!?」


 俺の思った通り、<暗黒魔法>は兄貴にとって『肉体そのもの』とも言える状態になっていた。

 その<暗黒魔法>が消えてしまえば、兄貴はその存在を保てなくなる。


「バ、バカナ……!? 僕ガコンナヤツラニ……殺サレルハズ……!?」

「シケアル殿下! 気をしっかり持ってください! 私は……私はあなたを死なせるつもりなんて――」

「よせ……クーリア。もう、どうしようもねえよ。兄貴は助からねえ……」


 兄貴の体は黒く変色し、<暗黒魔法>とともに霧となって消えていく。

 そんな兄貴にクーリアは必死に呼びかけるが、俺はそれを止める。


 正直な話、兄貴がこのまま死んだところで思うところはない。

 薄情かもしれないが、俺どころかこの世界の人間の人生をメチャクチャにした人間だ。今更かける慈悲もない。

 それでもクーリアはそんな兄貴のことを、悲しそうな目で見ている。


 クーリアにとっては、俺とはわけが違う。

 クーリアは自らが<清掃用務員>であることに、強い誇りを持っている。

 自らが襲われようと、絶対に人を傷つけない。掃除を暴力の手段にはしない。

 それはクーリアの強さでもあり、魅力でもあるのだが、今この現状において――




 ――クーリアは掃除で兄貴を殺してしまった。




「ア……ガァ……クソッタ……レェ……」



 ――シュウウゥ



 最後にわずかな恨み節を残し、兄貴の体は完全に消滅した。

 その様子を俺とクーリアは見ていることしかできなかったが、俺の心境の方は問題ない。

 むしろすべての元凶だった兄貴が消滅したことで、これ以上ない安心感がある。

 だが、クーリアの方はそうもいかない――


「あ……ああ……そ、そんな……!?」


 ――自らが『掃除で兄貴を殺した』という事実にさいなまれ、その表情から激しく絶望していることが分かる。

 俺もその姿を見ているだけで、胸が苦しくなってくる。


「……クーリア、お前は悪くねえ。これは仕方のねえことだったんだ。誰が一番悪いのかを問うならば……それはシケアルの兄貴だ」


 そんなクーリアに俺ができることは、ただ慰めるだけだ。

 ただ慰めるにしても、まともな言葉が俺には浮かんでこない。




 ――こういう時こそクーリアの力になりたいのに、俺はとんでもなく無力だ。




「……とにかく、いったんここを離れよう。親父達とも合流して、俺が事の顛末を全て話す」

「…………」


 俺は肩を支えてくれていたクーリアから腕を外し、逆にクーリアの体を支える。

 今のクーリアには一人で立つ気力もない。

 それでも俺は事の顛末を親父達に伝えるため、クーリアを支えながら誓いの大樹を後にした――





「フェイキッド! クーリア! 全てうまくいったのだな!?」

「ああ、うまくはいった。いったんだがよ……」


 ――そして俺とクーリアは親父達と合流した。

 だがクーリアは放心状態のままで、なおも俺が体を支えている。


「ク、クーリア!? 大丈夫か!?」

「フェイキッド様! クーリアに何があったのですわ!?」

「それなんだが、俺から少し説明させてもらう――」


 そんなクーリアの姿を心配して、ファインズ公爵とココラルも駆け寄って来た。

 二人が駆け寄ってもクーリアはまともな反応ができず、俺が代わりにみんなへ事情を説明した。


 シケアルの兄貴は倒せたこと――

 倒すことはできたが、結果として兄貴が死んでしまったこと――


「……そうか。そのような結末となったか……」

「なあ、親父。どうかこのことで、クーリアを責めないでやってほしい」

「無論だ。吾輩とて、実の息子といえどもこれほどの横暴をした者を、許すわけにはいかぬ。……クーリアよ、お主が気に病むことなど何一つとしてない」

「…………」


 親父も俺の話を聞いて、クーリアへの理解を示してくれた。

 親父も言う通り、今回の件でクーリアに罪はない。


 ――その言葉を聞いても、クーリアはうつむいて黙ったままだ。


「……ファインズ公爵、ココラルの嬢ちゃん。すまないが、クーリアのことを頼む。今の俺じゃ、こいつにかけてやる言葉が見当たらねえ……」

「……かしこまりました、フェイキッド様。さあ、クーリア。わしらと一緒にファインズ公爵邸に帰ろう」

「まずは帰って、ゆっくり休むのですわ。クーリアは悪くありませんことよ。少し休めば、いつもの調子のクーリアに戻れますわよ……」

「…………」


 俺は脱力したままのクーリアを、ファインズ公爵とココラルに託した。

 正直、今のクーリアに必要なのは俺なんかじゃなく、クーリアにとっての家族である二人の存在だ。

 俺はクーリアのことが好きなのに、なんの力にもなれない。


 ――無力感だけが押し寄せてくる。


(クーリア……。頼むから、早まった真似だけはするんじゃねえぞ……)


 俺はファインズ公爵とココラルに支えられながら去っていくクーリアの背中を、ただ見守ることしかできなかった。

 だがクーリアの性格を考えた時、俺には嫌な予感がしてしまう。

 クーリアはとにかく責任感が強い。ありえないほど<清掃用務員>であることに誇りを持っている。




 そんなクーリアの背中は、どこか消え入りそうなものだった――

本編と同じく、最後の清掃対象――


――の前に、少しだけ。

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