男なのに聖女
ちょくちょくクーリアと出くわし、内心ビクビクなヘタレ亡霊。
「あら~? クーリアさんじゃないですか~。こんなところでお会いするなんて~、奇遇ですね~」
なぜか俺と同じタイミングで、同じ場所に居合わせていたクーリア。
見かけてしまった以上、俺は思わず声をかけずにはいられなかった。
――俺の初恋の相手だ。
『心優しきシスター・マリアック』という演技以前に、無視して嫌われたくなんかない。
「シスター・マリアック……? あなた様こそ、どうしてこのような場所に?」
「<シスター>としての~、活動の一環ですね~。この辺りは~、苦しんでる人が多いですから~」
俺がマリアックとして声をかけると、クーリアは不思議そうな顔をして返事を返してくれた。
確かに俺がこのあたりにいるのも不思議だろうが、クーリアがいるのも十分に不思議だ。
この時間、こいつは普段ココラルの嬢ちゃんの付き添いをしているはずだ。
もっとも俺も本当のことは言えないので、とりあえずぼかしながら理由を述べるが――
「このような場所にも出向かれるとは……。流石はシスター・マリアック。実に仕事熱心でございます」
「いえいえ~。これは<シスター>として~、当然の活動ですから~」
――そんな俺の適当な理由にも、クーリアはしっかり反応してくれる。
さらにはなぜか、俺のことを尊敬の眼差しで見つめてくる。
それこそなんというか、俺のことを『なんと慈悲深い聖女様か』といった感じの、ここの住人と同じような眼差しだ。
(や、やめてくれ。俺はそんな目で見られるような人間じゃねえっつーの……。後、本当の俺は男だから、どうあがいても『聖女』にはならねえから……)
前世の記憶を取り戻してからのクーリアなのだが、どうにも言葉にこそ出さなくても、なんとなく思っていることが分かってくる。
こいつは表情の変化こそ少ないが、とにかく感情を隠そうとはしない。目で訴えかけてくる。
そんなわけで口に出さなくても、その内心を大雑把に感じ取れてしまう。
――ある意味、俺よりも器用だ。
演技や表情の変化もなしでここまで相手に感情を読ませるなんて、<アブソリュートアクター>でもできない。
そんな目でずっと見られているせいか、俺は自然と足がもつれて何度か転びかける。
「ところで~、クーリアさんはどうして~、ここに来たのですか~?」
「陛下よりお掃除の依頼を受けました。この用水路をお掃除してほしいとのことです」
(陛下……親父か……)
ただ俺の方もクーリアがここにいる理由が気になったので尋ねてみたが、どうやら親父に頼まれてここに来たらしい。
思えば、親父にも十年会っていない。
とにかくガチムチでイカツイ親父だったが、急に別れてしまった当時は寂しかったものだ。
あのイカツイ表情も、今思い出せば懐かしい。
(後、髪の毛は生えたのか? ずっとハゲてることを気にしてたからなぁ……)
俺は心の中で親父の姿を懐かしむが、今俺に会っても気付かれないだろう。
俺の容姿自体は完全に女のようになってしまったし、たとえ気付いたとしても俺の方に会わせる顔がない。
――今の俺はシケアルの兄貴に命じられて暗躍する亡霊でもある。
むしろ今更俺が会っても迷惑になるだけだ。
(俺が願うのは、親父も兄貴の被害に遭わないことだけか……)
本当のことを言えば親父に会って、俺が知るすべてを話したい。
だがそんなことをしてしまえば、兄貴は親父にもその牙を向ける。
双子の弟である俺まで無理矢理服従させ、道具として利用するような人間だ。
相手が実の父親だろうと、関係なしに害を与えることなど容易く予想できる。
「確かにこの辺りは~、空気がよどんでますね~」
「はい。ですので、まずは私の方でこの空気をお掃除します」
「く、空気をお掃除~? そんなことって~、できるんですか~?」
「少々道具の準備は必要になりますが、できないことはありません」
いずれにせよ、俺はこれ以上親父に関する話に深入りできない。
家族としていろいろ気にはなるが、それでもクーリアとの話を進めていく。
その中でクーリアは『空気を掃除する』という謎の発言をしてきたが、そんなことが本当にできるのだろうか?
「ともかく、必要な道具を取り出しましょう。<収納下衣>、フルオープン」
そんな俺の疑問を他所に、クーリアは準備のためにロングスカートをたくし上げて<収納下衣>の中身を取り出す。
目のやり場に困った俺は目を逸らそうとしたのだが――
ガチャガチャ ガラガラ
ゴチャゴチャ ゴロゴロ
ガララララ――
(なんだよその容量はぁああ!? 明らかに多すぎるだろぉおお!?)
――クーリアの<収納下衣>から出てくるとんでもない容量の道具の数々を見て、俺も目を疑わずにはいられない。
とにかく多い。多すぎる。
いくら収納性に優れた<収納下衣>であっても、ここまでの容量を入れることなど本来できるはずがない。
モップやら、ハタキやらが、雑巾やら、霧吹きやら、さらには魔法石にティーテラスセットやら――
これじゃあもう、クーリア自身が倉庫か何かじゃないか。
「あ、あの~……クーリアさん~?」
「どうかされましたか? シスター・マリアック」
「<収納下衣>の中身が~、多すぎないでしょうか~?」
気になった俺はクーリア本人にも尋ねてみたのだが――
「<メイド>スキルに<清掃用務員>スキルを融合させることで、<収納下衣>の容量アップに成功しました」
「え……え~……。そんなことって~、できるんですか~……?」
――訳が分からない回答が返ってきた。
(これって、<清掃用務員>のスキルが完全にこの世界のスキルの概念を捻じ曲げてねえか? どんだけスゲえんだよ、<清掃用務員>……)
流石はこことは違う異世界のスキル。俺なんかの想像のはるか先を行っている。
とりあえず俺はマリアックとして、クーリアの観察を続けてみることにする。
――なお、先程クーリアが<収納下衣>から道具を取り出すときにパンツが見えてしまったことは、俺の心の中の秘密としておく。
ちなみに、色は黒だった。結構エロかった。
「さてと……。一応ここにあるもので、私が望むものは作れそうですね」
「い、今から作るのですね~……」
そしてクーリアは取り出した道具を使い、何やら組み立てていく。
取り出した二本のハタキに何やら風と水の魔法石をはめ込み、水の魔法石には何かの液体を貯めこんでいる。
「――よし。ひとまずこれで、道具の準備はできました」
そうしてクーリアは作り上げた二本のハタキをそれぞれ片手に持ちながら、仁王立ちで構える。
相変わらず表情の変化こそ少ないが、どこか自信満々といった感じだ。
一体その魔法石を仕込んだハタキに、なんの意味があるのだろうか?
「あ、あの~……クーリアさん~? 一体これから~、何を始められるのですか~」
「もちろん、お掃除です。ですが、今回は私もかなり激しく動きます。シスター・マリアックは危険ですので、どうか離れて見ていてください」
クーリアはやはり自信満々に二本のハタキを持ちながら、その場で力をこめるように腰を落とす。
その様子を見る限り、身体能力強化系のスキルを使うつもりだ。
(クーリアが使える能力強化は<アサシン>のスキルだが――いや、確か<清掃用務員>にも似たようなスキルが――)
そんなことを俺が考えていると――
「<清掃能力強化>――<除菌疾走>!!」
ビュゥウウンッ!
「きゃあ~~!?」
――以前クーリアが教会で使っていた謎スキルの名前を叫びながら、吹き抜ける風の音とともに、凄まじい勢いで動き始めた。
その時生じた風によって俺のスカートもめくれ上がり、思わずマリアックらしい悲鳴を上げながらスカートを抑える。
これで中身が本当は男なのだから、俺からしてみても気色悪い話だが、何よりも気になることがある――
(クーリアの奴! 俺のパンツは見えてねえよな!?)
――人のパンツは見ておきながら、自分のパンツは見られたくないとはなんとも浅ましい。
だが、もし仮に見られていたら、俺の股間の"フェイキッド"に気付かれてしまいかねない。
そうなると俺が男であることもモロバレ。俺はいろんな意味で終わる。
(……とりあえず、バレてはなさそうだな)
不安はあったが、肝心のクーリアは屋根を飛び回りながら遠くへ行ってしまった。
これで俺が男だとバレていたら、すぐに戻ってきていたはずだ。
戻って来ないところをみると、とりあえずバレてはいないようだ。
(ハァ~……心臓に悪い――)
ゾクリッ!
(――ッ!? 本当に心臓に悪い奴が、俺をお呼びか……!)
俺がクーリアに対して安心したのも束の間、俺は自らに向けられた殺気を感じとる。
俺は一度マリアックとしての奉仕活動を中断し、殺気が放たれたと思われる路地裏へ、一人足を運ぶ――
「とりあえず僕の命令通り、クッコルセは操れたようだな。フェイキッド」
「……またかよ。クソ兄貴が……!」
ある意味、クーリアよりも女性らしいマリアック。




