受難の亡霊
「テメェ……近くで見てたんなら、やっぱ自分でやればいいじゃねえか……!」
「このイベントはお前がやることになっている。僕はあまり、計画に手を加えたくないんだ」
俺に異様な殺気を送って呼び出してきたのは案の定というべきか、シケアルの兄貴だった。
どうやら人のいない路地裏に隠れながら、周辺の様子を伺っていたようだ。
相変わらず兄貴は『イベント』だの『シナリオ』だの、よく分からないことばかり口にしている。
まるで、舞台のために用意された台本でも守るようなセリフだが――
「ところで、フェイキッド。なぜお前はこんなところで『マリアック・アリビュート』として、住人に聖水を配ってるんだ?」
「あぁ? テメェがこの辺りに<暗黒魔法>をバラまいたからだろうが? テメェの言う『心優しきシスター・マリアック』の演技の一環として、こうやって<暗黒魔法>に少しでも対抗できるよう、聖水を配ってんだよ。つーか、王族のくせに何しでかしてんだよ? さっさと<暗黒魔法>を解除しろよ」
ともかく俺は不機嫌そうにガンを垂れながら、兄貴に言い寄る。
ハッキリ言って、兄貴のやっていることは胸糞が悪い。
もうとっくに死んだことになり、王族でもなくなった俺だが、これまでの鬱憤が流石に爆発してきたようだ。
クーリアが必死になって<暗黒魔法>を消し去ってくれていることもあり、なおのこと兄貴に腹が立って仕方ない。
また兄貴に殴られるのを覚悟で進言してみたが――
「それはできないな。それより、お前は<暗黒魔法>で操られたクッコルセがどこに向かったか知っているか?」
――俺の言葉など無視して、別の質問を投げ返してきた。
「……確か城の下水道に入っていったな。あの行動も兄貴が仕込んだんだろ?」
「ああ、そうさ。クッコルセにはあそこの守りをしてもらっている。この周辺に漂う<暗黒魔法>も、そもそもはあの下水道から発生していてね。僕の次の計画のためにも、しばらく守ってもらう必要があるんだ」
「チィ! 相変わらず趣味が悪いったら、ありゃしねえ」
そしてその口から語られる、兄貴の次なる計画。
おそろくはまた自作自演のためだろうが、そのために騎士団長であるクッコルセまで利用するとは、本当に兄貴は王族としての立場も何も考えていない。
(いや、そもそも『同じ人間』かも怪しいバケモンだったな……)
俺は心の中で兄貴を侮辱しつつ、その顔を睨みつける。
だが兄貴はそんな俺をあざ笑うかのように、さらなる質問を投げかけてきた――
「フェイキッド。お前はクーリア・ジェニスターというファインズ公爵家の従者を知ってるか?」
「ッ!!? あ、ああ。そりゃあ、一応は知ってるさ。俺が持ってる魔法銃"ファルコン"の、前の持ち主だろ?」
――その質問の中でクーリアの名前が出てきて、俺は思わず動揺してしまう。
咄嗟にクーリアをかばうためにあまり知らないフリをしたが、あまりにバレバレな動揺っぷりだ。
それでも兄貴はそんな俺の態度など気にせずに話を続けてくる――
「もう少しすると、あのクーリアとか言う元<アサシン>の現<メイド>は、クッコルセに斬り殺される」
「ハァ……ハァアァ!?」
――そして紡がれた言葉を聞いて、俺は頭の中が一瞬真白になってしまった。
それでもすぐさまその言葉を理解すると、俺は驚きとともに兄貴の胸ぐらに掴みかかっていた。
「ふ、ふざけんな! なんでクーリアがクッコルセに殺されるんだよ!? デタラメ抜かしてんじゃねえぞ!?」
「今日はやけに僕に歯向かうんだな。フェイキッド」
ボゴォオン!!
「ゲッホ……!? ガハッ……!?」
そんな俺の腹目がけて、兄貴の無慈悲な拳がめり込んでくる。
俺は地面に膝をつきながらも、必死に兄貴を睨みつける。
『クーリアが死ぬ』という話を聞いて、俺は黙っていることなどできない。
俺は苦しみに悶えながらも、兄貴に真実を問いただす。
「お、教えろ……! な、なんで……なんでクーリアが……死ぬことになるんだ……!?」
「お前があんなモブキャラ一人にこだわるなんて、ずいぶんおかしな話だな」
「だ、黙れぇ……! お、教えろっつてんだ……!」
シケアルの兄貴が口にする『モブキャラ』とか言う言葉の意味は分からない。
それでも俺が知りたいのはこの話の真実だ。
腹を殴られた苦しみで口から涎を溢れさせながらも、必死に兄貴の言葉に耳を寄せる。
「まあ、教えてやってもいいだろう。あのクーリアとか言う女は偶然この辺りを通りかかり、<暗黒魔法>で操られて下水道を守るクッコルセの凶刃にて命を落とす。そのせいで主のファインズ公爵家令嬢のココラル・ファインズは怒り狂い、見境なく暴力を働くようになる。その暴力はファブリにも襲い掛かるが、それを僕が助けて好感度アップだ。さらにはクッコルセも反逆者として僕の手で討伐し、僕の株も上がるというわけだ」
「け、結局全部、テメェの自作自演じゃねえか……! そんなことのために……クーリアを殺すのか……!?」
そんな今回の兄貴の計画を聞いて、俺は恐怖と怒りが一気に押し寄せてきた。
このままだとクーリアが死ぬ。
俺の初恋の相手で、今でも密かに思いを寄せている相手が殺される。
それもただ兄貴が自作自演をするための、『舞台装置』のようにだ。
(そんなこと……絶対にさせねえ……!)
俺はこの時、初めて心の底からシケアルの兄貴に逆らおうと決めた。
それでも俺の力では、決して兄貴に勝つことなどできない。
だから俺にできることなど一つだけ――
「た、頼む……! 今すぐ<暗黒魔法>を解除して、クーリアを殺す計画を、と、止めてくれぇ……! こ、この通りだ……!」
――俺は兄貴の前で地面に両手をつけ、必死に頭を下げて嘆願する。
どれだけ俺がみすぼらしくてもいい。
どれだけ俺が愚かなヘタレでもいい。
どれだけ俺が侮辱されたっていい。
――クーリアが死ぬことに比べれば、俺のプライドなんていくらでも捨ててやる。
「なんだ? そのみっともない姿は? 『マリアック・アリビュート』にも"フェイキッドの亡霊"にも、僕はそんな姿は求めてないぞ?」
ドゴォンッ!! ボゴォンッ!!
「オゴァ!? ゲホォ!? カハァ……!?」
そんな頭下げる俺に対し、兄貴その顔面を容赦なく蹴り飛ばしてくる。
さらにはそこから腹にも蹴りを打ち込み、俺のことを徹底的にいたぶってくる。
「た……頼む……! 俺は……ど、どうなっても……いいから……! す、すぐに……<暗黒魔法>を……解除して……!」
「いい加減にしろ! 僕の計画は絶対だ! くそ! なんで今日はこんなにしつこく逆らうんだ!?」
それでも俺は決して諦めず、兄貴にこの計画の停止を願い出る。
兄貴に蹴り飛ばされるたびに、何度も地面に血反吐を吐く。
だが、俺は構わない。流石にここで止めないと、俺は本当に死ぬほど後悔する。
――だから、今死んだって構わない。
「ぐぐぅ……! クッソォ! もういい! お前がなぜクーリアなんてモブキャラにこだわるのかなんて知らないが、僕の計画に変更はない! ここでおとなしく、苦しみながら待っていろ!!」
だが結局、兄貴が俺の願いを聞き入れてくれることはなかった。
地面に仰向けになって苦しむ俺を尻目に、兄貴は『もう用は済んだ』とばかりに立ち去ってしまった。
(クソォ……クッソォ……! は、早く……なんとかしねえと……!)
それでも俺はなんとかして這い上がろうとする。
このままだとクーリアがクッコルセに殺されるのを、見殺しにしてしまうことになる。
俺に何ができるかなんて分からない。だが、何もしないままなんてできない。
(<シスター>の回復魔法……! <メイド>の洗濯魔法……!)
俺はとにかく全身が元に戻るように、手当たり次第にスキルを使っていく。
身なりも整えておかないと、後々兄貴に変な話が流れて面倒になりかねない。
こんな時に兄貴によって植え付けられたスキルの数々が役に立つなんて皮肉な話だが、今はなんだって構わない。
「い、急がねえと……! クーリア……!」
俺は一通りの回復と身なりの整えなおしが終わると、すぐさま路地裏から駆け出した。
なんとしてもクーリアを守る。
その思いだけを胸に秘めて――
「クーリアがクッコルセに殺される」というのが、あらかじめ用意されていたシナリオ。




