暗躍のための亡霊
マリアックのもとに現れたのは、すべての元凶にして双子の兄、シケアル・スクリーム。
「何の用だよ。俺だって<シスター>として忙しいんだ。テメェの話なんざ、聞きたくもねえんだが?」
「あまり僕にそういう態度は感心しないな。お前が僕に逆らえると思っているのか?」
教会の裏手には、俺の予想通りシケアルの兄貴がいた。
幸い兄貴はさっきまでここにいたクーリア達には気付いていなかったようだが、俺個人にとってはやはり都合の悪い相手だ。
兄貴は俺を呼び出すために、わざわざ俺のみに殺気のようなものを向けてくる。
俺は様々なスキルで得たサーチ能力からそういうのには敏感に反応できるし、何より体が完全に覚えてしまっている。
兄であるシケアル・スクリーム。その規格外の恐ろしさを――
「まあ、お前が普段誰と付き合うのかぐらいは、僕も許してやろう。だが、何よりも僕の命令を優先してもらう。分かってるな?」
「……うっせえな。分かってるってえの」
俺は兄貴を睨みながら話を聞くが、内心では怯えて仕方ない。
十年前に俺を地下牢に閉じ込めて以降、兄貴の存在は俺にとって恐怖の象徴以外の何物でもない。
そんな恐怖心に囚われているがゆえに、俺はこれまでも兄貴の言いなりでしかなかった。
「今回は少しイベントを起こそうと思ってね。そのためにお前の力が必要だ」
「ほーう、なんだ? 俺に『人前で百回転べ』とでも言うつもりか?」
「いや、今回は『マリアック・アリビュート』として、イベントを起こしてもらいたいわけじゃない――」
俺は嫌味っぽく兄貴の要望を聞き出そうとしたが、そんなことは気にも留めずに話を続けてくる。
『マリアック・アリビュート』として動くわけではないとなると――
「今回お前には、"フェイキッドの亡霊"として動いてもらう」
――思った通り、『マリアック・アリビュート』とは別に存在する、俺のもう一つの姿に関してだった。
「……俺に"フェイキッドの亡霊"として、何をやらせるつもりだ?」
「ここに僕の<暗黒魔法>を詰め込んだ瓶がある。これをこの学園中にばらまけ。魔法銃"ファルコン"を使えば、それぐらいすぐにできるだろう?」
兄貴はそう言いながら、俺に<暗黒魔法>が詰められた瓶を三本か渡してきた。
こうやって<暗黒魔法>を瓶に詰めておけば、俺も魔法銃"ファルコン"を使って魔法弾として発射することで、<暗黒魔法>を広げることはできる。
どうやら今までは兄貴自身がやっていた<暗黒魔法>の拡散を、今回は俺の方でやれということらしい。
だがそんなことをすれば、俺はクーリアを含む大勢の人間に危害を加えることになる。
「……嫌だね。その<暗黒魔法>だって、兄貴がいつも通り自分でやれば――」
ドゴンッ!!
「オアァ……!? アッ……!?」
「口ごたえするな。お前が僕に逆らっていいわけないだろう? こういう時のために長年を費やし、お前に<アブソリュートアクター>と"フェイキッドの亡霊"という姿を与えてやったんだぞ?」
俺が断りを入れようとすると、兄貴の拳が腹にめり込んできた。
その痛みに腹を抑えながら地面に膝をつく俺に、兄貴はどこか恩着せがましく言葉を投げつけてくる。
俺も<アブソリュートアクター>として様々なスキルを習得し、戦闘能力には自信がある。
並大抵の相手に負ける気は毛頭ない。
――だが、兄貴の実力は別次元だ。
<暗黒魔法>だけでなく、身体能力を始めとしたあらゆる戦闘能力が人間のレベルを超越するほど高い。
実力に自信のある俺でも、兄貴に力づくで逆らおうと思えない要因の一つだ。
「なあ、フェイキッド。お前は僕の道具として動いていれば、表向きには『マリアック・アリビュート』として、平穏な毎日を過ごせるんだ。それを反故にするほど、お前も馬鹿じゃないだろう?」
「ゲホッ……! ち、ちくしょおぉ……!」
さらに兄貴は苦しむ俺に、笑みを浮かべながら語り掛けてくる。
その時の表情はとにかく不気味で、その目は俺を人として見ていないように感じられた。
まるで自分にとって都合のいい、それこそ本当に『道具』としか見ていない目。
そんな目を向けられて、仮にも実の弟である俺は思う――
――俺の兄貴は人間じゃない。
もっと恐ろしい、別の何かだ。
「ハァ、ハァ……! わ、分かった。テメェの言う通りに動いてやるよ」
「最初からおとなしく従っていればいいんだ。僕はこれからファブリに会いに行く。お前は"フェイキッドの亡霊"としての準備が整ったら、すぐに学園中に<暗黒魔法>をまき散らせ」
「ファブリに会って、俺に<暗黒魔法>を任せて……そこからどうするつもりだ?」
「愛しのファブリの前で少しイベントをするのさ。学園中に蔓延る<暗黒魔法>による騒動を、僕の手で終わらせる。今回の<暗黒魔法>は普通の人の目にもある程度見えるものだが、僕にしか解除はできない。このイベントはファブリの心を射止めるためにも重要でね」
どうやら兄貴の目的は、自作自演のアピールにあるらしい。
そのためにこの学園の人間に危害が加わることに、何一つ思うところはないようだ。
――本当に吐き気がする。
こんなことを平然と考える兄、シケアル・スクリームの姿に。
そしてこの騒動に手を貸してしまうこの俺、フェイキッド・スクリームの姿にも。
「それじゃ、後は頼んだぞ。くれぐれも僕の命令を無視しようとは思わないことだ」
(この……クソ兄貴が……!)
俺に後を託して馬に乗って素早くその場を立ち去る兄貴に、俺は心の中では抵抗の意志を見せた。
だが、実際にそれを行動に移すことはできない。
そんなことをすれば、俺はすぐにでも兄貴に殺される。
最悪、<暗黒魔法>で俺は本当に人間ではない、『ただの道具』にされてしまう。
もしそうなれば、俺はその心を死してなお、人々に害を与える存在になってしまう。
そんなものにだけはなりたくない。
――本当に俺はどうしようもない臆病者だ。
「……とにかく、今は兄貴に従うしかねえか」
耐え続けてきた中で見出した、クーリアという可能性。
それを妨げるかのように、俺は元凶であるシケアルの兄貴の命令に従う。
――自分で自分の弱さが嫌になってくる。
「さて……。それじゃ、『嘘で殺されたという、嘘に塗り固められた亡霊』、"フェイキッドの亡霊"を演じるとするか……」
俺は教会の自室に戻ると、普段の修道服から別の衣装に着替える。
全身を覆う黒のレインコートを纏い、長い銀髪ごとフードの中へと隠す。
そして顔には『笑い狐の面』をつけ、生身の部分を完全に覆い隠す。
そうして出来上がったのは、童話と同じ姿をした"フェイキッドの亡霊"。
それが『マリアック・アリビュート』としてではなく、兄シケアル・スクリームの命令で暗躍する時の俺の姿。
この二つの姿こそ、死んだことにされて居場所のなくなったこの俺、フェイキッド・スクリームに許された生き方だ。
「……できることなら、クーリアは巻き込まれねえでくれよ」
俺はそんな傲慢な願望を抱きながら、兄貴から渡された数本の<暗黒魔法>の瓶と魔法銃"ファルコン"を携え、教会の外へと出て行った。
『嘘を嫌う、存在そのものが嘘の亡霊』、"フェイキッドの亡霊"として――




